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奇跡講座WB実践60 復習46~50

第一部
レッスン60 復習(レッスン46~50)
46 神は愛であり、その愛の中で私は赦す。
47 神は強さであり、その強さを私は信頼する。
48 恐れるべきものは何もない。
49 神の声は、一日中、私に語りかける。
50 私は神の愛に支えられている。

奇跡講座下巻 受講生のためのワーク


赦しは神の愛。赦しは私の無垢性見せてくれる。
私の内側に湧き上がる神の強さによって、私はすべてを赦す。
それによって神の愛を思い出し始める。

真に見ることができたなら、あらゆるもの、あらゆる人が
私を祝福しようとする。
私が赦し、私を赦した世界に恐れるべきものは何もない。

私が耳を塞いでいただけで、神は常に私に語りかけている。
赦しによって神の導きに気づき、その導きに従うことができる。
私は真理に向かって着実に歩いている。

神の声に耳を傾ける時、私は神の愛に支えられている。
真に見る時、神の愛が世界を明るく照らしてくれる。
私が赦す時、私の無罪性を神の愛が思い出させてくれる。
神から与えられた心眼で世界を眺めるとき、私が神の子であることを思い出す。



この体を意識させるようなことがいろいろ起きた。
たくさん火傷をした。
体調を崩し、回復できずにいる人が目の前に現れた。
自力でどうにもできない問題を抱え悩んでいる人が現れた。

私は朝から、私の内にある神の強さをイメージしていた。
その強さによって私は恐れがなく支えられていることをイメージしていた。

そのおかげなのか、不思議な感覚を体験した。

火傷を複数箇所に及んだ。
熱い、痛い。
腫れたり水ぶくれになりそうになったりしている。

今までなら薬を塗ろうとしたり、私がその痛みと同一化していた。
でもこの日は違った。

火傷を負って、熱い、痛いとこの体が感じている。
この体が腫れたり水ぶくれになったりと反応している。
これらはこの体の反応であって、私は何も傷ついていない。

彼女はもうずっと辛そうにしている。
原因のわからない体の不調に苦しんでいる。
そう私の目に見えているのは、私の罪悪感の投影だ。
この罪悪感を私は赦す。

どうにもならないと思える問題を、それでもどうにかしなければと悩んでいる人がいる。
自分の計画通りに行かず、袋小路に嵌まっているかのようだ。
そう私の目に見えているのは、私の罪悪感の投影だ。
この不自由さを見せている罪悪感を私は赦す。


何が起きても起きたままに受け入れる。
何をすることになっても、そのままに受け入れる。

火傷は重症化せず、私の心は自由だった。



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