「今では非常識になっている子育て論の例を挙げてください」

非常識どころか、後で大変なことになった子育て論はたくさんあります。

その一つをご紹介しましょう。

ドイツでは19世紀ごろ、子供への厳格なしつけが流行していました。

中でもモーリッツ・シュレーバーはその分野の神とも言える医師で、生後5か月からの教育を推奨しました。教育といっても、乳児が泣いたら威嚇して見せ、ベッドの枠を叩いたり、体罰を与えましょうという内容で、これにより子供は聞き分けよく育ち、家族が将来苦労することはないとしました。また図のような矯正器具を開発し、装着して姿勢を正せば精神がまっすぐに育つとしました。個人的に一番つらそうなのは髪の毛と下着を結び、背筋の姿勢が悪くなると引っ張られて痛い思いをする装置です。このような子育て論を書いた彼の本は売れに売れ40版を重ねました。

彼には5人の子供がいましたが、もちろん徹底的にシュレーバー式で育てます。目の前で食事をし、子供には空腹を我慢させるなどの謎の根性トレーニングを敢行。その成果と言うべきなのか、2人の息子たちはエリートコースを進み、2人とも裁判官になりました。しかし、なんとひとりは拳銃自殺、もうひとりは重度の精神病を発症して病院送りになってしまいます。

「まあおかしくもなるよな」と思わせる矯正器具の数々

病院送りになったダニエル・パウル・シュレーバー氏は発病前、ザクセン王国の最高裁判所議長の地位にまで上り詰めていました。症状が落ち着いてから書き上げたのが20世紀最大の奇書とも言われる『ある神経病者の回想録』です。長大な妄想の内容を三行でまとめると、神は全世界を一度崩壊させ、あらたな地上の主となる種族を生み出すことにした。そのために利用する肉体としてダニエル氏に白羽の矢を立てたので、彼は神による肉体改造を受け入れなければならないというたいへんヤバい内容です。フロイトも読んで衝撃を受け大論文を書いて分析しています。

なお、アドルフ・ヒトラーも父が厳格だったそうで、夜中に飛び起き側近に泣きついて「お父さんが来る!」と叫んだことがあるそうです。彼も政治信念として国家の長として民族構成を矯正し、国民に健全な精神を与えるという、いまの常識で考えれば妄想に近いようなものを持っていたことが知られています。当時のドイツではシュレーバー式で育った人は少なからずおり、矯正と健全な精神というアイディアはなかば常識と化していたため、ヒトラーの政策に反対できなかったのではないかとも指摘されています。

真っ直ぐに育ったかと思いきや、無茶な育て方が災いして大事件に発展してしまった本件。当時のシュレーバー育児法の読者は本気にしていたのですから恐ろしいものです。みなさまはくれぐれももっともらしい子育て論に踊らされることのなきよう。

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