マヌルネコの楽園追放
先日、マヌルネコがコッコデショの上に乗って、奉納踊りに参加する夢を見たので、ちょっとふさげたものを書いてみた。
当たり前のことだが、猫に人間の食べ物をあげないくださいね。
突然ですが、楽園追放されました。
ある日、同じマヌルネコのリアちゃんとエデンの園で散歩してる時、蛇は僕たちに話しを掛けた。
「やあ、ぼっちゃり、それにリア」
「こんにちは」と僕は礼儀正しく答えたが、喧嘩好きのリアちゃんはすぐ背を丸めて、「シャッ!」と威嚇する。
蛇はリアちゃんの喧嘩っ早い性格を知っているから、気にせず話しを続けた。
「君たちとお喋りに来たよ」と蛇は言ったけど、気変わり早いリアちゃんはすでに飽きたらしく、「ぐわぁ〜」と大きくあくびをした。
「あのね、頼むから話を聞いてくれ」蛇はリアちゃんの頬に頭を擦りつけて、「お願いだよ」と懇願した。
でもリアちゃんは蛇の気持ちを知らずに、露骨に嫌そうな顔をする。
そんな蛇が僕の方に助けを求めたので、僕はリアちゃんの代わりに、「いいよ、言ってみ」と頷いた。
「うにゃ〜!」
すると、内なる野生を抑えられなくなったのか、リアちゃんは急に暴れ出して、蛇に飛びかかった。
しかし、蛇は「なんと!」と驚きつつも、冷静にその攻撃を躱し、話を続けた。
「さて、君たちは丸焼きにした鴨を食べたことある?」
蛇は自分の身体をはてなマークの形にして、僕たちに質問する。
「ええ……」僕はリアちゃんと視線を交わして、「ないよ」と答えた。
「じゃあ、このわたくしが焼きカモをご馳走してあげるね!」蛇は瞳をキラキラと輝かせて、こちらに首を伸ばしてきた。
「にゃ、待て」僕は蛇の尻尾を掴んで止めて、「神様はこう言ったのよ、もし僕らが丸焼きになったカモを食べたら、ずっと短足のままになるだよ」と説明する。
「そんな事はないさ!」一瞬、蛇の目が三日月形になって、話を続ける。
「カモの丸焼きは栄養価高いし、芳ばしくて美味しい香りがするじゃないか、焼きカモを食べると、足が少し長くなるかもしれないよ!」
「ええ……?」僕とリアちゃんはびっくりして同時に聞き返し、お互いの顔を見た。
「君たちは何か疑問でもあるかい?試しに食べてみろよ」と蛇が聞いたので、僕たちは神妙な顔をして頷いた。
そこで僕たちは果樹園を散歩しながら、一本の木の下に寄り道した。
すると、その木には一匹の鴨が真剣そうに一人チェスをやっている。
「やあ、カモ」と蛇は身体をうねうねしながら、鴨に挨拶した。
ところが、鴨は頭も上げずに、「黙ってろ」と冷たく返事する。
そんな鴨の態度に癪を触らされたか、リアちゃんはまた「うにゃ〜!」と雄叫びを上げて、ぷよぷよの肉球で鴨を掴んだ。
「待て、リア!」そのまま齧り始める彼女を見て、僕は慌てて彼女を阻止した。「まだ焼いてないじゃん」
「ぐぬぬ……それもそうだね」
リアちゃんは不満そうに唸り、鴨を齧るのをやめて、自分の尻尾をもて遊び始める。
「では、私が焼いてあげよう!」蛇は陽気に言い放ち、木の上に登ると、どこからバーベキューセットを取り出した。
「ふん、俺を喰うなんて、浅ましい連中だ」危うくリアの餌食になりかけた鴨だが、唯我独尊な態度を崩さず、鼻で僕たちを笑った。
「ぐむぅ、そう言えばお前は何をしてるにゃ?」一応鴨を生食するのを諦めたリアちゃんは、鴨に質問する。
「俺は俺自身とチェスをやってる。もうすぐ負けそうになるが、その同時に勝機も見えた」
鴨は誇らしげに盤面を見せながら、「だから、お前らに構う余裕はない」と言って、チェスをやり続けた。
「ぐぬぬ……」リアちゃんは鴨の態度に腹を立てたが、仕方がないので、鴨の前に座って、そのまま地面でゴロゴロする。
「己を勝とうとする、その心意気やよし!」さっきまで鴨を焼こうと躍起になっていた蛇が、今度は鴨を賞賛し始めた。
「この鴨は高貴で誇り高い生き物だ、だから丸焼きにするのは勿体ない」
「それも一理ある」心底どうでもいいと思っていたが、僕は太鼓持ちのように蛇に同意した。
「じゃあ、エデンの祇園に行ってみるのはどう?あそこでは時に露店とかもあるし、もしかしたら北京ダックを売る店も出るぞ」と蛇は発条のようにぴょんぴょんと跳ねながら、そう提案する。
「それは大変良いアイデアだ」と僕は膝を叩いて、賛同した。
「私も行くにゃ〜!」リアちゃんは勢いをつけながら立ち上がり、また鴨を齧ろうとしたが、僕たちに止められる。
「それでカモはどうする?」と蛇は鴨に向かって質問した。
しかし鴨はまだチェスに夢中だったらしく、僕たちの話し声も聞かず、「ああ……ああ……」と気難しそうに唸りながら駒を動かしていた。
「まぁ、放って置けばいいだろ」と言った僕は、リアちゃんの後ろ首を噛んで、彼女を引き留める。
「むにゃ〜」リアちゃんは頰を膨らませて僕を睨んだが、その短足ではどうあがいても僕に勝てず、しばらくじたばたすると諦観した。
「じゃあ、エデンの祇園へレッツゴー!」
蛇は嬉々揚々と言い放って、僕とリアも彼について行った。
エデンの園の東側に行くと、ケルビムタクシーの乗り場があり、その乗り場に辿り着くと、すぐにもケルビムが飛び降りて、僕たちに出迎えた。
「へい大将、今日はどこ行きたい?」
4つの翼を広げた、このイノシシのような獣は、エデンの園の観光案内役だ。
「祇園へお願い」と蛇が言うと、ケルビムタクシーの上に飛び上がった。
「じゃあ、カモにバイバイ〜」と、僕とリアは礼儀良く手を振ったが、鴨はまだチェスをやり続けて、僕たちに手を振らなかった。
やがて僕たちはケルビムを乗って、エデンの祇園へと旅を出た。
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「さて、これはなんという事でしょうか……」出発してからおおよそ20分を経って、僕たちは何故か西洋風のお庭に到着した。
淡紫色と群青色の紫陽花が一斉に咲き乱れて、そのお庭の眺めは一幅の絵画のようだった。
「こりゃあ……マズい事になったね」と蛇が呟き、それを聞いた僕とリアちゃんは小首を傾いだ。
「エデンの祇園なら、こんな立派な西洋風の建物があるわけがない。つまりここは……」
蛇はZの字を描くように滑り出し、大きな看板の下に向かった。
「エデンの祇園じゃない!ここはグラバー園だ!」看板の内容を見た僕は思わず叫んでしまった。
グラバー園とは、かつて長崎に滞在した貿易商人、のトーマス・ブレーク・グラバーの邸宅だった場所で、このお庭も彼の別荘だった。
「ちょっと、どうしてこんなところに連れたの?」
僕はケルビムに向かって、不満げに聞いた。しかし、向こうはクールな態度を崩さず、ボケットからタバコを取り出した。
「だって、大将たちは焼きカモを喰いたいと言っただろ」とケルビムはタバコを一服してながら、続きを言った。「だったら長崎の方が相応しいと思うよ。ほら、眼鏡橋の近くに俺が知ってる店があるし、そちらに案内しよう」
「でも……」僕は反論しようとしたが、リアちゃんはご機嫌良さげに、「じゃ、行こうにゃ〜!」と喜ぶ。
忘れるところだったが、リアちゃんは石造りの建築には目がなく、近くに百年以上の石造文化遺産があったら、直ぐにそちらに飛びつくのだ。
うむ、リアちゃんが喜ぶならそれっていいか……。僕はクンクンと紫陽花の匂いを嗅いでいるリアちゃんを眺めて、そう思った。
「ほら、さっさと行くぞ」蛇はそう言い放ちながら、僕たちより先を飛んで行った。
僕たちは仕方なく彼について行って、グラバー園を後にした。
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「にゃはは〜♪ ぼっちゃり、見て見て!この子の尻尾が曲がっているにゃ〜!」
砂利道から抜け出した僕たちは、グラバー園の近くにある坂道を下りながら、周りを見渡した。
すると、リアちゃんは早速石灯籠の下に座ってる猫にちょっかいをかけた。
「いらんこっぺ!」その茶トラはムッとした顔でリアちゃんに向くと、目を細めて彼女の全身を見定めた。
「なんだいあーた、やっちゃすんぐりむっくりだねぇ、観光客かい?」
茶トラはそう話しながら、リアちゃんの前に腰を下ろした。
「うむ、エデンから来ました」リアちゃんは『すんぐりむっくり』って言われるのは好きみたいで、自分の尻尾を踏んで偉そうに胸を張った。
「ふん、そうかい。遠路遥々ご苦労さんだね。お饅頭食うかい?」
茶トラはそう言うと、小皿の上に置いてた饅頭をリアちゃんの前に差し出した。
「にゃは、いっただき〜」リアちゃんは茶トラが差し出す饅頭を一個取り、口の中に入れて、「もぐもぐ……」と美味しそうに咀嚼した。
さすがは400年以上に世界と繋がった街、猫でもちゃんと客に向かって、おもてなしができるか……。僕は妙なところで感心していた。
「ほら、ぼっちゃりも食べてよ」とリアちゃんが僕に饅頭を勧めた。
「じゃあ……」と僕もリアちゃんの隣に座って、お饅頭にクンクンと嗅いで「頂きます」と一口食べた。
その饅頭は皮が薄く、あんこも甘過ぎず、猫体には最適な味付けだった。うまい饅頭を食べた僕とリアちゃんは有頂天になって、ごろごろと喉を鳴らし始める。
「この饅頭、イブ様にも食べさせたいね」リアちゃんはエデンの園の管理人のことを思い出して、しみじみと呟いた。
「そうだね、あっちに戻ったら、お土産に買って帰ろうか」僕はそう答えて、もふもふの手でお饅頭をもう一個食べた。
僕たちが饅頭の美味しさを味わっている最中、側を通った中学生らしい二人の女の子がこちらに向いた。
「うわっ、なにこの猫?凄いモコモコだね!!」
「本当だ、凄い……」
中学生はリアちゃんの可愛さに見とれて、近づいて来た。
一方、人見知りのリアちゃんは視線を感じると、ひょいっと素早い動きで僕の後ろに隠れた。
「どうしよう、ぼっちゃり……。あの子たちが怖いにゃ……」リアちゃんは僕の後ろでひそひそと話しかけた。
実は僕も人間が怖いと感じたけど、心の中で素数を数えて勇気を奮い立たせ、リアちゃんを庇おうと身体を張った。
すると、先に話かけた女の子は、なぜか急に合掌して、僕たちの方に「なむなむ……」と拝み始める。
「えっ?鈴ちゃん、なにしてるの?」
後ろにいる子は不思議そうに女の子に聞いた。
「ほら、この子達、普通の猫より一回り大きいでしょ?もしかしたら道迷った山神だったりして」
女の子は顎に指を添えて、意味深な言い方をした。
「ああ、なるほど……。確かに、なんか神々しいよね」後ろにいる子も合掌して、「なむなむ…なむなむ……」と一緒に拝んだ。
神々しいオーラを放っているのは、僕たちの後ろに立ってるケルビムの方だと思ってるけど、人間の目には霊体を見えないかも……。
中学生に絡まれた二匹は、無事に北京ダックを食べられるのだろうか?
次回に続く!
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