「はじめての語用論 第4章」の練習問題を解いてみました。
結局1ヶ月経ちました。
あまりまとまった時間が取れず、時間がまた空いてしまいましたが、今回は「はじめての語用論 第4章」の練習問題を解いていきます。今回は、対人語用論の問題のようですね。
練習問題
問題を解く前に
さすがにプライバシーのことがあると思うので、問1は自分の SNS 上でのやり取りで考察することは控えますね。
練習問題 問1
家族間での敬語や敬体を用いる例として、親が子供の名前を呼ぶ際に、親族語で呼ぶことはあるのではないでしょうか?次の発話を見てみましょう。
個人的にこの発話は自然なもののように感じますが、太字で示しているようにこの発話では本来は敬語を使わなくてもいいはずの自分の息子に母親が敬体を用いています。今回は、この発話について考えることにしましょう。
日本語の呼称の距離感
日本語の呼称の距離感について、次のような関係性があると言われています。
一般的に遠距離呼称を用いると丁寧で控えめなニュアンスが出て、近距離呼称を用いると、近しい関係なら親しさの、そうでなければ軽んじるニュアンスが生まれます。そのため、今回のような親子関係の場合、母親は息子に対して愛称や名前、人称代名詞を用いることが多いと言えます。
しかしながら、今回考える発話はそうなっていませんね。「これがなぜなのか」ということが今回のポイントです。
なぜ遠隔的なニュアンスを出しているのか。
今回の場合、母親は自分の息子に対して「太郎」や「たろちゃん」のような名前や愛称を使うことを避け、「お兄さん」や「あなた」のようなより遠隔的な親族語や人称代名詞を用いています。これはなぜなのでしょうか。
今回の事例では、コンテクストが「母親が息子のズボンから服がはみ出てしまっていることを見かねて」いるというものになっています。そして、「自分の息子の服がズボンからがはみ出ている」ということは家族以外の他人から目をつけられやすく、場合によっては注意されることもある。つまり、社会的にあまりよくないとされていることを母親の子供はしてしまっているわけです。そうしたある種の社会通念という観点から、母親はあえて遠隔的な呼称表現を用いることで、客観的なニュアンスをある程度発話に持たせ、「社会的に見てこの状態はあまり良くないとされているんだよ」ということを子供に伝えたいのではないかと言えるのではないでしょうか。
敬体の理由も同じですね。
母親の最後の発話が敬体になっているのも、同じ理由ですね。要するに、普段は私的で親しい関係であるので、距離感を生み出すような形式を母親箱に使うことはあまりありません。しかしながら、今回の発話には「社会通念」や「マナー」といった概念が関わり、やや客観的な視点の伴うものとなっています。そのため、距離感を生み出す敬体が用いられているのだろうと考えられます。
問1はこのような形でいいですかね。
練習問題 問2
塾講師として1対1の授業をしていた際、次のような談話を経験したことがあります。
よくよく考えたら、生徒の最後の発話は近接化のストラテジーを用いていると言えそうですね。なぜこの場面で生徒は近接化のストラテジーを用いたのでしょうか?
近接化のストラテジー
先ほどの問1では、呼称表現について近接的か遠隔的かというようなことなどを考えましたが、距離感を生み出すのは呼称表現だけではありません。今回の例もそうですが、敬語も距離感を生み出す表現といえます。今回のケースだと、生徒は基本的に私に対して敬体を用いて接してくれています。しかしながら、最後の発話だけ敬体を用いていませんね。つまり、「距離感がない」ということになるのでしょうが、これは何の距離感がないということなのでしょう?
敬語・敬体が生み出す距離感による弊害
次の発話を見てみましょう。
この2つの発話を見たときにどちらに出くわす場面が多いでしょうか?また、どちらの方がより感情的な表現と感じるでしょうか?おそらく、多くの方が b. の方だと答えると思います。つまり、敬語や敬体というものは「距離」を生み出してしまうことで、直接的な表現をしにくくしてしまうという機能があるのです。例えば、「こちらの方を明日までにしてもらいたいのですが…」のように、表現を和らげて相手に配慮した形で使うこともできるのですが、上記の発話の場合はどうでしょう?後者の方が、おいしさは伝わり、この話者が食べているものが気になるのではないでしょうか?つまり、敬語や敬体の生み出す「距離」の機能は一長一短なのです。
今回の私のあげた例はこの敬体の生み出す距離感を利用したものと言えると思います。つまり、私の生徒は自分が解いた問題で誤りだと指摘された場所を誤りとは思っておらず、その確信度も高かったので、その確信度の強さを直接的に私に伝えるために「絶対そうだ!」とあえて敬体を使わずに発話したのだと考えられます。
問2はこんな感じでいいですかね。
最後に
さて、今回は対人語用論についての問題を解いていきました。実は問3まであったのですが、私のこのために割ける時間の関係上割愛します。対人語用論の中には(イン)ポライトネス理論というものがあるのですが、それに関する問題でした。
というわけで、次回は第5章の練習問題を解きましょうか。(この本実は第15章まであるんですけど、最後らへんはもしかしたらやらないかもしれません…)指示語用論の章のようです。それではまた。
参考文献
加藤重広、澤田 淳(編). (2020). 「はじめての語用論 基礎から応用まで」.研究社:東京.