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フェイ・エンダー/おわりびと⑬ 第二章 力の発現「2-3 再会①」


第二章 力の発現

2-3 再会①

( 前作 「 2-2 炎の使い手② 」 のつづき )


「なあ、ひょっとしてだが……」
 
 洞窟のあまりの深さに、みるみる不安が増してきたフィオランは呟いた。

「その火も寿命が尽きるよな? 燃え尽きたら、このままこの迷路のような真っ暗な穴倉を死ぬまで彷徨う羽目になるんじゃないのか?」

 逃げこんだ場所としては最悪なんじゃないのかと、顔が引きつってくる。
小さな気休め程度の灯りを掲げて先導するヴィーに、ついて行くのだけでもやっとの有様なのだ。
 まさか考えなしでこんな所に飛び込んだわけではないだろう、と僅かな期待に縋った。

「そうだな。おまえの言う通りだ。もしこの火が尽きたら、足元にぱっくり口を開けた裂け目に落ちるか、それとも下に流れる地下水流に転げ落ちるか。運よくそれらを免れたとしても、力尽きるまで暗闇を徘徊してそのうち野垂れ死ぬだろう」

 あまりにも他人事な説明に、かろうじて持っていた信頼が粉々に打ち砕かれてしまった。この怪しげな女を少しでも信じた自分が愚かだったと本気で悔やむ。

 声が幾重にもなって反響し、余韻を残しながら吸い込まれていくところからすると、洞窟内は相当奥まっているようだ。
 なにせこんな小さな灯りでは、地面があるかどうか足元を照らして確認するのがやっとなのだ。それだけ、陽が届かないこの場所の闇はあまりにも深く、重い。
 洞窟全体がどうなっているのか目視は不可能で、音の反響だけで判断するしかない。自分たちがいるずっと下方では、滔々と水が流れる音が聞こえている。

「ひとつ聞くが、ここもあんたの頭の中の地図に入っているのか?」

 この世の修理人と自称するヴィーだけが知る世界地図。
 ただの勘だが、もし見た目以上に齢を重ねているのだとしたら、その頭の中にはフィオランが及びもつかないこの世の秘密がどれほど詰まっていることだろう。
 そう思えるのは、メリュウ婆さんという妖怪じみた怪しげな存在が身近にいるからに他ならない。

「案内人を引き受けた以上、自分の知らない道は通らないだろう」

 こともなげにヴィーは答え、フィオランは恐れ入ったとばかりに口をつぐんだ。

「おまえだからここに連れてきた。他の人間なら危なくて、とてもじゃないが案内は――」

 突然言葉を切り、何を思ったかヴィーはフィオランに足払いをかけてきた。
 唐突な攻撃に防御をとる暇もなく、フィオランは簡単にひっくり返る。間髪入れず、体の上にどっしりのし掛かられた。

 頭上すれすれに、空気を切り裂くような烈風が通り抜けた。轟音と共に大風は側面の岩盤にぶち当たり、彼らがいる足場ごと岩壁は地震のように大きく揺らいだ。
 洞窟内に大音響が轟いた。
 パラパラと小石が落ちてきて、フィオランはひやりとする。

「来たぞ」

 そのひと言にフィオランは心底げんなりした。よりにもよって、こんな所でご対面とは。
 火が消えないよう、体で障壁を作っていたヴィーは暗闇を凝視している。
 その方向へ目を向けると、何も見えないはずの真っ黒な中空に、夜明けの薄闇のような色をした奇妙な空間がぽっかりと浮かんでいた。

「なんだありゃあ?」

 最初は両腕を広げたくらいの大きさの穴がみるみるうちに倍以上に広がり、気づけば穴の入り口に頭巾を被った大勢の人間がひしめいている。
 それぞれの手には青白い炎が燐光のように鈍く燃え上がっていた。

 その薄気味悪い炎を見つめているうち、フィオランはだんだんと気分が悪くなり、体から力が萎えてくる感覚を味わった。

「あの火を見つめるな。あれは鬼火だ。生き物の死骸から立ち昇る燐を搔き集めて手燭にしている。見つめると、あの炎に魅入られて精気を奪われる」

 死骸から集めた? そんな不気味な説明を聞かされて、ますます気分が悪くなった。

「随分と面白いところへ逃げ込んだものだ。ここまで来るのに骨が折れたぞ」

 不気味な穴に気味の悪い無数の火という舞台の相乗効果で、声が亡者のように聞こえてくる。

「おい、おまえらしつこいぞ! ラダーンには行ってやるとも。だが、おまえらとは行かねえ! 俺を欲しがる理由も、てめえの正体を明かさねえやつなど信用できるか。大体やり口がこすっからいんだよ」

フィオランは立ち上がり、声を張り上げて応酬した。言葉だけで相手が引っ込むわけではないが。
 イアンという男はくぐもった笑い声を立てた。

「相変わらず威勢だけはいい。だが、おまえの歩調に合わせてやるほどこちらも暇ではない。俺は急いでいる」

「知ったことか」

「俺と来た方が楽に行けるぞ。おまえに会いたがっているのは、さる高貴なお方だ。素直に俺と入国すれば、下にも置かぬ持て成しで厚く遇されるだろう。おまえの疑問にはその方がすべて答えてくださる」

 今更そんな情報を小出しにしてきてナメているのかと、フィオランはむかっ腹を立てた。

「そこまで大歓迎されるんなら、もっとまともな迎え方ができなかったのかよ」

「急いでいると言った。それに最初から十分まともに迎えにあがったはずだが?」

 勝手に抵抗して事を荒げているのはおまえたちだと言わんばかりの言い草に、フィオランはほとほと呆れた。

異能者サイキッカーというヤツには常識がないようだな」

 耳に届かなかったのか、イアンはこの嫌味をまったく意に介さない。

「選択の余地はない。五日も経ってこんな場所に迷いこむとは、もはやおまえの旅は絶望的だ。さあ、我らと来い」

「しつこいぞ! とっとと失せやがれ!」

 かっと怒鳴りつけたが、穴の奥から引きずり出されて縁まで追い立てられた人間を見て目を剥いた。
 白い僧服が暗闇の中ではひときわ明るく浮かんで見える。予想外の人物の登場にフィオランは慌てた。

「ベヒル!」

 名を呼ばれて、ベヒルはのろく頭を上げた。
 膝をついた格好で腕を掴まれ、やっと意識を保っている状態だった。
 明らかに心神を喪失してしまっている。この弱りようは只事ではない。

 ふつふつと怒りが湧いてくる。
 人質を取られたことに対して、自分はこんな真っ当な怒りを抱く正義感のある人間だっただろうか? ましてや、ベヒル相手に。

「てめえら、ベヒルになにしやがった」

「別に何も。彼はこの火に当てられたのだ。同じ行き先ゆえ、彼にも同行願ったまでのこと。彼の身を案じるなら共に来い」

「こんの糞野郎……」

 手が届くものなら、この取り澄ました刺青男の首を思いきり締め上げてやりたいほどだった。
 何もかも思い通りに相手を動かせると自信たっぷりなところが、反吐が出るほど鼻につく。

 どうにかひと泡ふかせてやりたいと頭に浮かんだ考えを読み取ったかのように、ヴィーがそっと松明を手渡してきた。
 このタイミングでなぜこれをと思い、すぐにヴィーの無言の意図に気づいた。

 イアンはそんな二人のやり取りを注視しており、刺青された口元を歪めて皮肉った。

「そんな絶え絶えの灯火でよくぞこの地下迷路へ飛び込んだものだ。そなたほどの術者がそのような不手際をするとも思えぬが」

 明らかにヴィーへ向けられた皮肉であったが、イアンは用心深く目を細めて挙動を窺っている。
 前回のように容易く攻撃は受けまいと最大限に警戒しているのだ。

「こんな地下空間に大穴を開ける愚か者が知った口を利くな」

 口調が氷のように冷たい。
 フィオランはちらりと横顔を盗み見ると、美しい顔は表情を消してすっかり仮面と化してしまっている。

 ……相当怒っているな。
 フィオランには彼女の精神状態がなぜだか手に取るようにわかった。

 愚かと罵倒され、イアン以外の魔道士たちは俄かに不快げな反応を見せた。一方、イアンは意に介さず自信たっぷりに言い放った。

「これが我ら魔道士の存在理由。常人には到底不可能であることを攻略することこそが役目。そのために技術はより洗練され、進化している」

「だから愚か者と言っている」

 侮蔑の眼差しでヴィーは声を張り上げた。

「この世の秩序がなんたるかもわからず闇雲に力を振り回すなぞ、思い違いも甚だしい。この洞窟内で無理やり空間を捻じ曲げて隧道ずいどうを通した結果どんな影響を末端まで及ぼすか、考える頭はこれっぽっちもないのか? 岩盤は崩落し、堰き止められた地下水が溢れて、この脆い火山岩地域一帯を地形を変えるほどに崩してしまうだろう。そして川の下流にある南方の村々はやがて水源を失う。これまで共存しあっていた生き物の姿が消え、生態系も変わる。もっと深刻なのは、おまえが強引に広げた余波が地底にまで及んだ場合だ。恐らく、山岳続きのタルル山にまで押し出された余波は及び、噴火の速度を速めることだろう」

 フィオランは驚いてヴィーの横顔を食い入るように見つめた。
 連鎖という考え方を初めて知り、ヴィーが岩山で語った言葉の意味をようやく飲み込めたのだ。

 だが、イアンは口元の刺青を醜く歪めて一笑に付した。

「それが何か問題か?」

 ヴィーの銀色の瞳が物騒に光った。
 一瞥を受け、フィオランは命令を正確に読み取った。

(あれをやれっていうのかよ――)

 心の中で唸ったが、ヴィーの押しの強い眼光が問答無用で黙らせた。


~次作 「 2-3 再会② 」 へつづく


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