海浜サナトリウム#4

彼は精神的な衝撃と倦怠感で歩くこともままならなくなった。壁伝いに跛行しながらやっとの思いで軍に併設されている総合診療所に辿り着いたのだった。

連合軍の軍医を任されているのは、柔和な物腰の長身の青年だった。静水を湛えたような美しい瞳を持ち、神秘のベールに包まれている。異国の出身で、もとは船医を勤めていたらしい。若いながらも大陸屈指の腕と知識を持ち、不思議な薬や術式で病や傷を治すと評判の名医だった。

彼が診療所に辿り着くやいなや、軍医はすぐに彼の腕をとり、白い清潔なベッドに寝かせた。
「どうされたのです。」
「血を、吐いてしまった…。」
彼は口の中に残る鉄臭さに違和感を感じながらたどたどしく応えた。
「そうでしたか、どこで吐いたのですか?」
「軍議室の前の廊下で……」
「廊下ですね、わかりました。」
すると、傍にいた看護師と見られる少女が、大慌てで消毒液や掃除用具を持って診療所を出ていった。

「すまない、後処理を任せてしまって…」
「お気になさらず。…現在の具合の方はどうですか?
このまま寝た状態で、いくつか質問をしても構いませんか?」
「ええ。…大分、落ち着いたみたいだ。」
「それならよかった。ではまず、あなたの名前と所属を教えてください。」
「ヒース・レーヴィット。所属は空軍。」
軍医は素早くカルテにペンを走らせた。
「血を吐いたのは、今回が初めてですか?」
「ああ…。」
「今、他に症状はあります?」
「熱と、咳が…」
「熱はだいたい、何度でしょう?」
「…わからない。測ったことがないから…」
彼は、自身の体調について全く管理していなかったことを恥じるように、弱々しく答える。
「では、今から測りましょう。これを脇に挿してください。」
軍医は咎めることなく体温計を彼に手渡した。
「発熱と咳症状は、いつから続いていますか?」
「…2か月前に風邪をひいて、それからずっとだ。」
「なるほど。他に…寝汗がひどいとか、食事が取れない、体重が減っているなどの症状は?」
彼は軍医が肺病を疑っていることを直感的に理解した。
「食事は普段通り食べている。体重は先日測ったが、半年前と比べて3kgほど減っていた。寝汗は…よくかく。」
「体重減少、寝汗あり、と…」
軍医は彼の言葉を反芻しているだけだったが、彼にはその言葉が重くのしかかった。
「最後に、ヒースさんの周りに咳や発熱の症状の方はいますか?」
「いや…咳をしているのは俺だけだ。」
「わかりました。長々とお疲れ様でした。
おっと、体温が測れたみたいですね。体温計を渡してくれますか?」
彼の重い気分と正反対のように、若き軍医は笑顔を絶やさず軽快な調子で彼に接した。
「38.1度か…。わかった、わかった。それでは次に検査をしましょう。」
軍医はそう言うと、いつの間にか用意されていた洗浄綿と注射器と針のセットを手前の机に置いた。
「検査…?」
「少しちくりとしますよ。」
彼の質問に答える間もなく手際よく彼の血液を抜き、針を刺した部分にテープを貼る。
「血液を調べることで、今回の症状の原因を探りますよ。明日には確定するはずです。」
「はあ……それで、」
彼にとって最も重要で、最も答えを知りたくない質問。
「俺の病気は何なんだ?」
怯えたような目をした彼を前に、軍医は穏やかな表情で、ゆっくりと応える。
「検査の結果を知らないことには、確定的なことは言えません。しかし…

結核。軍の皆さんの間では肺病と言われていますね。その可能性が高いと思います。」

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