アオイくん|#シロクマ文芸部(約2500字)
月曜日にその話、聞いた気がする。そう、週明けの月曜、体育館の更衣室で体操着に着替えるとき誰かが噂話していた。
「アオイくん、隣のクラスのシオリと付き合っているらしいよ」
「美男美女カップルだよね」
私は運動の邪魔にならないよう髪をポニーテールにまとめながら『美男美女カップルだよね』の言葉を耳にして密かに頷き返していた。
アオイくん… というか、幼馴染の私は「アオイ」と呼び捨てにしているけれど、イケメンで頭もいいし運動神経も抜群なモテ男子だ。小さかった頃はよく一緒に遊んだけれど小学校も学年が上がってから、そして中学に入ってからは特に交流はない。挨拶を交わしたりする程度だ。「カッコいいな」とは思うけれど、他の女子みたいにキャーキャー騒ぐほどではない。勉強やスポーツができるのも昔からだったし、アオイはポンコツな自分とは違う人間だと思う。でもポンコツな私にも「ピッピ、おはよう」って毎日普通に笑顔で挨拶してくれるし、何か困ったことあれば助けてくれるし、優しいな…とは思う。
で、水曜日の今日。何故か隣クラスのシオリさんに呼び出された。一体何なのだろう…
「私がアオイくんと付き合っているのを知っている?」
「なんとなく噂で聞いたことがあります」
「噂じゃないの。私はアオイくんの彼女なの。だから邪魔しないでね」
「えっ?邪魔なんか別にしていないけれど… 何かしました?」
「あなた、アオイくんのこと「アオイ」と呼んでいるでしょ!彼女の私でさえ、まだ呼べていないのに。おかしいわよ!やめてくれない?」
「あぁ、アオイくんのこと「アオイ」と呼ぶのが気にさわったのね。はい、アオイくんと呼ぶようにします。あなたは「アオイ」でも「アッちゃん」でもお好きなように呼んでください。末長くおしあわせに!では失礼します」
なんとつまらないマウントだ。この分だとアオイが私のことを「ピッピ」と呼ぶことも多分気に入らないんだと思う。小さかった頃、私はアオイのことを「アーちゃん」と呼び、アオイは私のことを本名の「ヒナ」…からの連想で「ピッピちゃん」と呼んでいた。歳が上がってお互い「◯◯ちゃん」と呼ばれるのが恥ずかしくなり、「アーちゃん」から「アオイ」に、私は「ヒナ」と呼ばれるのかと思ったら「ピッピ」となった。まぁ、小学校時代のあだ名という感じだったが、中学生になっても男子で私のことを「ピッピ」と呼ぶのはアオイくらいだろう。
木曜日の朝。
「ピッピ、おはよう!」
昇降口でアオイに会った。シオリさんと一緒の登校ではなかったが、彼女は下駄箱の所で待ち構えている。
「アオイくん、おはよう」
私は約束通りに「アオイくん」と呼び、目もろくに合わせないでさっさと靴を履き替えた。アオイは何故か「えっ?」とビックリしていたが、シオリさんに「アオイ〜!おはよう!」と呼ばれて…更に混乱した様子だったが関係ない。家庭科の調理実習後の食器片付けのときに「ピッピ、何で急に呼び方を変えたの?」とこっそり聞かれたけど「いや、別に普通でしょ?」と答えて離れた。
金曜日の朝。
アオイ…いや、アオイくんはシオリさんと一緒に登校してきた。一瞬目が合ったけれど、いつもの挨拶はなし。代わって彼女が「ヒナ〜、おはよう」と笑顔全開で言うので「おはようございます」と最敬礼してやった。シオリさんに絡まれるのはもう嫌だったから。
アオイくんはサッカー部だから、週末は部活や試合がある。今度の日曜も確か隣の中学で対抗試合があるようなこと聞いていたけれど、シオリさんが応援に行くだろうし… 私は行かなくてもいいかな。彼女さんから「アオイ〜、頑張れ〜!!」って言ってもらえれば勇気沸くでしょうし。
月曜日、また更衣室で噂話を聞いた。
「昨日のサッカーはボロ負けだったらしいよ」
「アオイくんが本調子じゃなかったらしいね」
「デートに忙しくて練習サボったんだって」
「なんか意外だね…」
はぁ… あのシオリさんにアオイくんも振り回されているのかな、と思った。練習サボるような人じゃないから。でも、私には関係ないし。
毎朝のただの「おはよう」の挨拶も、あの日からずっとしていない。アオイ…いやアオイくんは、何か目で訴えかけているようにも見えたけど、私は別に彼女でもなんでもないし。でも… やっぱり何か不自然だとは感じる。朝の挨拶くらいはしたっていいよね?彼女じゃなくたって…
「アオイくん、おはよう」
前は彼から挨拶が来たけど、こちらからする…でも良いんじゃない?呼び方はアオイじゃないけれど。するとアオイくんはすごくニコニコして
「ピッピちゃん、おはよう!久しぶりに話せて良かった」
と大きな声が返ってきた。ちょっと待って?なんで昔に戻って「ピッピちゃん」?恥ずかしすぎるんだけど。彼女のシオリさんも隣でドン引きしていた。
「ア…アオイくん。何で?嫌がらせ?」
「嫌がらせじゃないよ。僕はずっと君のことは「ピッピちゃん」のままなんだ。でも君は僕のこと全然興味ないみたいだし、でも仲良しのままでいられるのならそれでいいかなとも思っていたんだ。なのに急によそよそしくなって、これはシオリのせいだと思ったんだ。勝手にまとわりついて、断ってもそばにくるし」
シオリさんも黙っていない。
「なによ!ヒナと付き合っているのか聞いたら、付き合ってないって言ってたじゃない!だから私は、私の方があなたに相応しいと思って付き合ってあげていたのに。それに、全然面白くない人だったし。もういいわ。一緒にいても疲れるから、別れましょう」
「僕は最初からシオリとは付き合うつもりは無いって言っていただろ。だから別れるも何も始まってもいなかったんだ。そしてピッピとの友情の方が、ずっと大切なんだ。もう構わないでほしい。僕にもピッピにも…」
私は何がなんだかよくわからない。とにかく二人がケンカして破局?したらしい。私のせいで…???
「じゃあね、シオリ。で、ピッピちゃん。今度の日曜日に、また隣の中学で対抗試合あるんだけどリベンジしたいから応援に来てくれない?よろしくね」
私は「わかった」としか返事ができなかった。
そして週が明けて月曜日。
「アオイくんの元気の源がねぇ…」
「ただの幼馴染かと思いきや…」
「勝利の女神ピッピちゃん最高!」
更衣室で… 囲まれた。
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