さよならジョン|#シロクマ文芸部
ーー 愛は犬に全部くれてやったよ
残暑がおさまった秋の日の午後、ガレージ脇にある二人掛けのベンチで久しぶりに煙草を吸いながら日向ぼっこするおじいさんを見た。でもその隣りには、いつもの相棒が見えなかった。いや、私には見えないけれど、おじいさんには見えているのかな…
◇
おじいさんは犬を飼っていた。オスの柴犬で、名前はジョン。私が初めてジョンを見たのは、もう二十年以上前かもしれない。
ジョンは玄関先の門柱につながれていて、目の前の道路に向かい、いつもビシッと背筋を伸ばして座っていた。ときどき、幼い子が「ジョン!」と呼んで近づき頭をなでたりする。背中や尻尾をさわるところも見たことがあるけれど、ジョンは決して吠えたり動いたりしない。困ったような顔をするだけだ。それでもおじいさんが出てきたら、尻尾をパタパタと振り、ジャンプして喜びを表す。おじいさんは新しい水とドッグフードを持ってきてくれるから。そして、お散歩をする。ジョンはおじいさんを引きずり倒してしまうほどではないが、ずっと座って我慢していた分を発散させるかのように、跳ねたりグルグル回ったりしながら小走りで先をいく。
そんな元気で可愛いジョンだったのに。二年ほど前から、元気な姿は見られなくなった。
私は現場を見たことがないが、大人しいジョンに勝手にエサを与える人が出てきたようで、玄関の門柱に「撫でるだけにしてください」というポスターが掲げられた。
ーー腹をこわしてな…
かわいそうなことに、犬の体には良くない食べ物を食べてしまったらしい。点滴をして、薬も投与されているという。
しばらくして、ジョンは再び玄関先の門柱に現れたが、その姿はげっそりと痩せ、毛並みも色褪せていた。以前は前足をピッと立てて凛々しく座っていたのに、前足にあごを乗せて寝ている。それでも、おじいさんが出てくると、パッと前足を立てて尻尾を振る。水を飲んで、ちょっとだけドッグフードを食べて… お散歩に行く。おじいさんと並んで。
寒い季節には家にいて、春先の暖かい季節になると玄関先につながれて…そんなジョンの姿を見慣れていたのに、体が弱ってしまったジョンは、ほとんど見られなくなった。夏は暑過ぎて外に出られないだろうし、秋も残暑が厳しくて。ようやく涼しくなったかなと思ったら、すぐに寒さが訪れたりして。
それでも、ほんのたまの天気の良い日に、ジョンとおじいさんがのんびり散歩をしていたり、ガレージ脇でくつろぐ姿を見かけたりした時は、私も幸せな気持ちになった。
でもジョンは見かけるたびに、少しずつ小さくなっていくようで、眠る姿も痛々しい感じだった。隣で見守るおじいさんも、いつも心配そうな顔をしていた。そう言えば一番最近ジョンを見たのは、去年の今頃だったかもしれない。
おじいさんの家は地元の旧家で、お盆の時は玄関に精霊馬を飾っていて、いつもは胡瓜と茄子の手作りだったのに、今年は藁でできた馬や牛だった。その藁の精霊馬が、なんとなく犬に見えたのは気のせいだろうか。
◇
ジョンは、もういない。おじいさんの人生の後の方を楽しく彩ってくれたジョン、虹の橋を渡っていたんだね。おじいさんの笑顔も持っていってしまったのかな…
[約1300字]
今日の出来事を、妄想も絡めて書いてみました。
おじいさん… ジョンがいなくて寂しいけれど、笑顔をまた見せてください。
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