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書記の女子の呟き|#シロクマ文芸部

「ヒマワリヘ水やりをお願いできますか?」

私たちの中学校の花壇は、近隣でも評判だ。美化委員が整備を頑張っているのだが、中でも三年生の井上先輩の力がほとんどである。

井上先輩は、本当に植物が好きで、雑草にも愛着を感じているらしい。草むしりしても、刈るのではなく根っこまで掘って、学校の駐輪場脇とかにこっそりと植え替えているのを見た。最初は少し変な人だと思ったけれど、そんな花や草、木々の様子などに気を配る姿を見て、思いやりの深い優しい人でもあるし凝り性で強い意志のある人…そんな印象に変わり、気がついたら気になり始めていた。

私は井上先輩の一年後輩で、生徒会で書記をしている。生徒会室の目の前にも花壇があるので、花への水やりの時、窓越しに良く見かける。たまに目が合ったりするが、軽く会釈をする程度で… ちょっと寂しい気持ちになる。

夏休みに入る前、生徒会室の窓越しにぼんやりと花壇を眺めていたら、思いがけず声をかけられた。

「お願いがあります。もし、夏休みに生徒会の用事で登校することがありましたら、ついでで良いのでヒマワリへ水やりをお願いできますか?僕は夏期講習に通うし、他の美化委員も日程調整が難しくて…」

「はい。3回くらいですけど集まる機会があるので、その時にヒマワリや他の花にも水やりをしますね」

「ありがとうございます」

井上先輩のお役に少しでも立てるなら嬉しい。

生徒会長も三年だけど、最近は同じクラスの女子と生徒会室で一緒に勉強していたりする。そして、その女子が井上先輩の想い人であることも、薄々知っている。水やりをしながら二人の様子を伺っていたのかなと思うと切なくなる。

私が生徒会に入ったのは、生徒会長のスカウトだった。英語研究会の部活を頑張っていたら『英語ができるすごい奴』みたいな噂が立ち、よく分からないけど会長から「優秀な人材なので是非」と乞われて… なんとなく入ってしまった。おまけに会長の彼女と周りから見られるようになってしまった。別に嫌いではなかったから、強く否定もしなかったけれど、井上先輩の奥ゆかしさみたいなものに気づいたら、会長のことは特別好きでもないかな…と思った。会長も、私のことを好きとかそういう目では見ていなかったと思う。

そんな中で迎えた今年のバレンタイン。私としては、職場仲間への義理チョコな気分で会長に渡したのだけれど、結局それが本命扱いみたいに周りから思われた。噂が先走り…というやつ。会長も私も「面倒くさいな」と、特に否定しなかった。で、会長は内緒で、密かに交際する人を選んでいたのだ。チョコを渡しにきた井上先輩の想い人だ。私から見たらバレバレだったけれど。

井上先輩から見たら、私は想い人を失恋させた女…に見えるのだろう。でも、失恋させてなかったでしょう?そして、今は私のことを「会長に振られたかわいそうな女」みたいに思っているのかな…

夏休み、花壇の水やり頑張りますね。先輩が、高校受験に専念できるように。そして少しでも私のことを「いい奴だ」と思って覚えてくれるように…


[約1300字]

『#毎週ショートショートnote』で、一時期連載?していた『博士と助手』シリーズのスピンオフです。

植物学者の木下教授(博士)とその助手の井上の物語を綴っていて、たまに海外との学会で呼ばれる通訳の女子:立方たちかたが井上の中学の後輩で、実は立方さんは井上のこと好きなんだけど、想いが伝わらない… みたいな話を書いてます。

今回は、そんな二人の中学卒業前の物語でした。

#シロクマ文芸部
#ヒマワリヘ

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