"ミドリ"の日々 第7話
今日は珍しくバイト終わり、NUMA Tokyoには寄らずそのまま帰宅した。なんでも天からLINEで、すぐに帰宅するようにという旨が届いていたからだ。
帰宅し玄関を開けると、見慣れない靴がきちんと揃えて置いてある。ニューバランスのスニーカーで、サイズはそこまで大きくない。
来客かなとは思っていたが、一体誰だろう。2階にあるリビングへ急いで向かうと、天と真っ先に目があった。
天「あ、お兄ちゃんおかえり」
天がそう言うと、隣に座っていた女性もこちらを見る。
??「久しぶりだね」
〇〇「えっ…!なんで?!」
まつりさんと由依さんの関係含め、最近は驚くことが多いような気がする。
僕はもう二度と会えないと思っていた人と、嫌というほど過ごし慣れた自宅のリビングで再会したのだ。
??「そんな驚く?」
〇〇「当たり前だろ!え…ちょっと本当に信じられない…」
??「もう大袈裟だなぁ」
そう言ってその人はあの頃みたいに小さく笑う。
〇〇「えっ、なんで?」
??「何が?」
〇〇「いや、なんでいるの?」
??「久しぶりに東京来たし、〇〇の顔ぐらい見とくか〜と思って」
天「えっ!私に会いに来たんじゃないの?」
天は大きな声でそういうと、その人の顔をこれでもかと見つめた。
??「もちろんそれもあるよ」
そう言ってその人はまた小さく笑った。
〇〇「でも…でも!あれから連絡とか何も…」
??「携帯潰れちゃったから新しくしたし、〇〇だって電話番号変えたでしょ?」
〇〇「まぁ…」
??「いいじゃん、また会えたんだし」
その一言で僕の思考は完全に停止した。
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僕は心がザワザワするこの気持ち悪い感覚を少しでも抑えようと庭に出た。タバコに火をつけるが、なぜか一口目でむせてしまう。それほどまでに衝撃的な出来事だ。
彼女とは長い間会っていなかった。
もう二度と会えない、会ってはいけない。
そうやって、意識的に連絡することを避けていた。
また会えたんだ…
…夏鈴と。
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藤吉夏鈴という人とは、大学生になりたての頃に知り合った。たまたま入学式で僕の席の隣に座っていた男の彼女だった。彼も夏鈴も大阪の生まれで、同じ大阪の高校から上京してきたこともあり、保乃ともすぐ仲良くなった。
入りたての頃は僕と保乃を入れた4人で、何をするにしてもずっと一緒だった気がする。授業もほとんど一緒に受けていた。
それから約1ヶ月後、彼と夏鈴は別れた。些細な誤解や行き違いがいくつも重なった結果だった。
それから大学に来なくなった彼は、SNSを見ている限り、ずっと遊んでいたようだ。結局2年になる前に彼は大学を辞めた。元々そういう人だったのだろう。
それでも変わらず、僕と保乃、夏鈴は3人でよく一緒にいた。別れたことでスッキリしたのか、夏鈴はよく笑うようになった。
保乃も夏鈴も外見がいいので、僕はよく周りから女たらし、イキってる、ただのカッコつけ、といったレッテルを貼られ、とても嫌だったことを今でも思い出す。肉体関係があるなんて根も葉もない噂を流されたこともあった。
そして本格的に梅雨に入り、空模様もずっと暗かった6月下旬、僕らの関係はピタッと止まった。
夏鈴は交通事故に巻き込まれた。
大学からの帰り道、駅近くの大きな交差点で、50代のドライバーが運転する外車に撥ねられたのだ。飲酒運転だった。
すぐに救急車を呼んでくれた人のおかげで夏鈴は一命を取り留めた。また、駆けつけた警察官によってその犯人はすぐに捕まえられた。
事故が起きたことを僕と保乃が知ったのは、それから3日後のことだった。
保乃の家に呼んでもらった僕は、最近夏鈴と連絡がつかないことを保乃に話した。保乃も同じことで悩んでいたらしい。そして痺れを切らした保乃が夏鈴の携帯に電話をかけたところ、夏鈴の母親が出たことで詳細が明らかになった。
電話を切った保乃は泣きながら床に倒れ込んだ。
僕は何があったのか激しく問い続けたが、保乃は泣いていて全く話せる状態ではなかった。
それから5分ほどたっただろうか、ようやく落ち着きを取り戻しつつある保乃の口から発せられたのは、夏鈴が事故に遭い意識不明の重体だという事実だった。
僕は激しく動揺した。保乃が泣く声を聞きながらペットボトルのお茶を飲んだが、体調が悪いわけでもないのに吐きそうになったことを覚えている。あれ以来、あのお茶はあまり好きでは無くなってしまった。
それから何日か経った後で夏鈴の母親から保乃の携帯に連絡があり、幸い意識は取り戻したものの、家族以外の面会を謝絶しているということ、そして本人の希望で大学を中退し、実家のある大阪へ戻るということを知らされた。
僕はその話を保乃から聞いた時、夏鈴が助かってよかったという思いでいっぱいだった。
いっぱいだったはずだった。
それなのに何故か、どうして僕たちと会ってくれないのだろう、お見舞いぐらいさせてくれたっていいじゃないか、という思いが頭をよぎった。
今振り返れば、本当に最低な人間だと自分でも思う。
そして、なんて人間的なんだとも思う。
それから僕と保乃は夏鈴の話をしなくなった。
忘れなければいけない、勝手にそんな雰囲気に僕たちはのまれていった。
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そんな夏鈴となぜこのタイミングで、しかも自宅のリビングで再会しているのか、全くもって理解できない。
2本目のタバコに火をつけた時、彼女が庭にきた。
藤吉「相変わらずタバコ吸うんだね」
〇〇「……」
藤吉「…なんか言ってよ」
〇〇「…何かって何だよ…どんだけ心配したと思ってんの…」
藤吉「…そうだよね、ごめん、私も悪かった」
〇〇「……」
藤吉「…でも帰ってきたよ?私」
〇〇「……」
こんなに恥ずかしい思いをしたのは久しぶりだった。
僕は泣いていた。
藤吉「…ちょっと、泣かないでよ…ごめんじゃん…」
右腕で思いっきり涙を拭って彼女の顔を見た。
夏鈴もその綺麗な目に涙をいっぱい溜めながら、笑っていた。
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それから僕たちは散歩に出かけた。
2人でゆっくり歩きながら話せる日がまた来るなんて、夢にも思わなかったことだ。
公園についた僕たちは、年甲斐もなく砂場の横にあるブランコに腰掛けた。
夏鈴はあの一件以来、外に出るのが怖くなりずっと家に閉じこもっていたらしい。しかし、家族や大阪の友人のサポートのおかげで今はアルバイトもできており、そして旅行ができるまで回復したので、友達の東京旅行について行くついでに僕と保乃に会おうと思ったらしい。
まず昨日保乃の自宅を訪ね、僕にはドッキリをしたいからといって、僕に連絡をさせないようにしたらしい。
こっちがどれほど心配したかも知らないで、と腹も立ったが、素直に"久しぶり"と言えないそのシャイな部分も以前と何も変わらない。可笑しく、そして愛おしく感じた。
僕も今の自分を取り巻く状況、保乃たちとの関係や新しく出会ったひかるのことなどを話した。
夏鈴が今宿泊しているホテルまでは、僕の住む街から電車で20分ほどの距離がある。
僕は夏鈴を最寄駅まで送って行った。
僕の目をたまに見ながら話をする夏鈴の、白く透き通るような綺麗な肌に東京の夜風が吸い込まれていく様は、僕を妙に緊張させた。
ひかるの横顔を見た時と同じ感覚だった。
解散後僕は家に帰る前に、久しぶりに保乃に電話をかけた。
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大河公園にはひかると会っている場所の真反対に小さめのグラウンドがあり、横に遊具などが置かれているゾーンがある。昼は子供連れやペットの散歩で賑わっているが、こんな夜になると誰もいない。
そこにある、ベンチがいくつも置かれている藤棚で僕は保乃と待ち合わせた。
街灯が照らす整備された道の向こうから歩いてくる人影が見える。
なにやらポケットに手を突っ込んでいる。
僕を見つけたその人は小走りで、横に座ってきた。
田村「なんか久しぶりやな!」
〇〇「よくきてくれたね」
田村「暇やったしな」
そういうと保乃はポケットから缶コーヒーを二本取り出した。
田村「はい、暇やった時間を潰してくれたお礼」
〇〇「え、いいの?呼び出したのは俺なのに」
田村「まあ次ご飯行く時よろしくな」
〇〇「おい、まあでもありがと」
そういうと保乃は、"えへへ"とわかりやすく照れた声で笑った。
軽く乾杯し、僕はその缶コーヒーを一気飲みした。
スッキリとした甘さが喉をやわらかく刺激し、僕はそこでようやく、喉が渇いていたことに気づいた。
すぐにタバコを取り出し火をつける。
田村「ほんま、すぐタバコ吸うねんから」
〇〇「すぐ吸わないとコーヒーの味が勿体無いからさ」
田村「意味わからんって」
〇〇「まあでも今日ぐらい、いいでしょ?」
田村「まあな」
そう言って保乃はまた笑った。
夏鈴と会えたこと、そしてさっき保乃の口から出た"次ご飯行く時"という言葉に、僕は心底嬉しくなった。
風に揺られる木々、サーッと音を立てる"緑"がやけに鮮やかに見えた。
第7話 完
次回へ続く
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