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"ミドリ"の日々 第6話
まつりさんはきっと、保乃がバレーボール選手になる夢を諦めたという話に、過去の自分を重ねたのだろう。
〇〇「負けた?」
松田「うん、負けたの。その時のライバルにね」
〇〇「なんかの大会とかですか?」
松田「いや、公園で練習してた時にね」
〇〇「公園…ですか?」
松田「そう、当時で私ともう1人でユニット組んでたんだけど、公園でよく練習してたの、学生でスタジオ入るお金も勿体無いって言ってね」
〇〇「…なるほど…まつりさんユニット組んでたんですね」
松田「うん、懐かしいな…」
〇〇「それで、負けたってのは…」
松田「でね、その日もいつも通り練習して、帰ってたらすごい綺麗なハーモニーが聴こえてきたの」
〇〇「別のグループってことですか?」
松田「…二人組だった」
〇〇「女性のユニットですか?」
松田「うん、こっちは私がギターボーカル、もう1人はピアノボーカルだったけど、向こうはアコギ二本のフォーク系でね、すっごい上手かったの!」
出会って初めて見る、まつりさんの無理に作った笑顔を見て、僕はなぜだか、"かわいそう" "辛い" "悔しい"、そんな感情ではなく、"同じだ"と思ってしまった。
〇〇「…そこで負けたと?」
松田「…勝てるわけないな、ってなっちゃってね」
〇〇「そんなに上手かったんですか?」
松田「ギターは結構コード弾いてる感じだから普通だとは思うんだけど、コーラスが凄くて…なんかスッと入ってくる感じだったの。私たちもハモリは他より多めにしてたし、なんならそこが自分達の強みかなとも思ってたから、それをあんな簡単にこなしちゃうんだ、ってすごく虚しくなっちゃって…」
〇〇「…もしかしてそこで解散しちゃったんですか?」
松田「その場ではなかったけど、次の日に話し合ってこれはもう現実を見て、私たちは趣味でたまに合わせるぐらいにしようってなって…2週間後に決まってたコンテストも飛んじゃった、ってわけ」
〇〇「…そうなんですか…」
松田「まあそのあと向こうも解散しちゃったみたいだけどね」
〇〇「え、マジですか?」
松田「うん、あのまま続けてたら結構いいところまでいったと思うんだけどな〜あの二人なら」
〇〇「今は何してるかはわからないんですか?」
松田「一人は本当にわからないなぁ、もう一人は音楽やめてバイトしてるって、ライブハウスの知り合いの人が結構前に言ってたけど」
〇〇「バイト?」
松田「喫茶店って言ってたと思うんだけど…」
〇〇「…ん?」
僕は急いでインスタグラムを開き、由依さんの写真をまつりさんに見せた。
〇〇「もしかして、この人ですか?…」
松田「え!そうそう!この人!懐かしい…えっ、てか知り合いなの?!」
〇〇「はい…大学の先輩で僕がよく行く喫茶店で働いてる方で…」
松田「マジ?すごい偶然だね!そっか、今も元気に過ごされてるんだね、音楽はされてないの?」
〇〇「…僕がさっき、ここ最近あったこと全部話したでしょ?その中で先輩からも音楽はやめられないって言われたって」
松田「もしかしてその先輩がこの人?」
〇〇「そうです、小林由依さんって人です」
松田「そうだったんだ…いやぁ、世間は狭いね」
そう言ってハイボールを飲むまつりさんは、言葉では説明できない表情だった。
ほろ苦いけど、甘さもある。突き抜ける爽快感と優しく包み込むような香りの、まさにハイボールみたいな表情だった。
敗者の表情だった。
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そのあとは何でもないような話を1時間ほどしてから、店を出た。
まつりさんとは方向が反対なので僕は歩いて家に向かっていたが、途中で別の方向に進み始めた。
5分ほど前に、ひかるからLINEが来た。
「このあと大河公園に来れない?こんな時間だから全然ダメでも大丈夫」
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暗い道を歩いている途中、前方で野良猫が二匹いた。
僕を見つけて逃げていく。
別に僕は猫に対して何もしようとはしていないのに、近づいただけで逃げるなんて、と何だか腹が立った。
目の前にあるほんの小さな小石を蹴る。
さらに野良猫たちは遠くに逃げた。そしてそこからずっとこちらを見ている。
あんなに毅然とした態度だったのに、近づかれたら逃げて安全圏からこちらを睨みつける。
この動物は、まるで最近の僕のようだ。
結局は僕も音楽が怖くなってしまったのかもしれない。行き詰まっている現実から目を背けたいだけなのかもしれない。
そして、それを受け入れないために、音楽を辞めたい、なんて言っているだけなのかもしれない。
そう思った時、僕は今も無意識のうちに音楽を聴いている自分が心底嫌になり、イヤホンを外した。
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公園の入り口から自動販売機と公衆トイレのゾーンを抜け、整備されたランニングコース沿いに5分ほど歩くと、初めて話した時と同じベンチに小柄な人が座っているのが見えた。
僕が近づいてくる気配を感じたのか、その人は僕を見つけると少し笑って手を振り、ヘッドホンをそっと外して首にかけた。
さっきの猫たちと違って逃げもせず、笑顔でちょこんと座りながら手を振るその姿に、僕は吸い込まれそうになった。
〇〇「お疲れ」
森田「〇〇〜、ありがとね、本当に来てくれるとは」
〇〇「ちょうど帰り道だったからよかったよ」
森田「ごめんねこんな時間に」
〇〇「いやいや、でもどうしたの?」
森田「これ」
そう言って彼女はその背丈に似つかないぐらい大きなリュックサックから、大きいスケッチブックを取り出した。
森田「絵、描きたくてさ」
〇〇「こんな時間に?」
森田「うん、思ったんだけど、夜の絵って描いたことないなって」
〇〇「なるほど」
森田「そ、だからまた前みたいに付き合って欲しいなって、流石にこの時間一人は怖すぎるし」
〇〇「何時まででも付き合うよ、タバコ吸っていいなら」
森田「横で吸ってくれていいよ」
〇〇「ほんと?平気なの?」
森田「パパ吸ってるから慣れてるよ」
〇〇「そっか、じゃあお言葉に甘えて。嫌だったら言ってね」
森田「うん」
ひかるは絵を描く準備を始めた。
思わずその綺麗な横顔に一瞬見惚れてしまう。
僕はおもむろに立ち上がった。
〇〇「ちょっと待ってて」
森田「どこ行くの?」
〇〇「飲み物買ってくる、ひかる何がいい?」
森田「じゃあ私コーラで」
〇〇「わかった」
僕は来た方とは逆の体育館入り口にある自動販売機まで歩き出した。
自動販売機の一番下の列にあるミニサイズの缶コーヒーを一本買い、その場でタバコに火をつけた。
さっきからひかるの姿が頭から離れない。
なんだか妙に意識してしまう。
まだ夜はかなり涼しいこの季節の空気も相まって、普段よりタバコが美味しく感じる。
約5分ほど、僕は気持ちを落ち着けるようにゆっくりとその時間を過ごした。
空になった缶コーヒーをゴミ箱に捨て、短くなったタバコを靴で踏み消し、コーラを二本買ってひかるの元へ戻った。
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〇〇「お待たせ、はいコーラ」
森田「ありがとう、いくらだった?」
〇〇「いや、奢りでいいよ」
森田「ほんと?ありがと!」
そう言ってひかるは、嬉しそうにプルタブを開けた。
プシュッと良い音がして、少し泡が噴き出る。
森田「かんぱーい」
ゴクゴクと美味しそうに飲むひかるは、顔の小ささのせいでやけに大きく見える缶コーラをガンとベンチに音を立てて置いた。
森田「あーっ!おいしっ!コーラってこんなに美味しかったっけ?」
〇〇「たまに飲むとマジで美味いよね」
森田「なんかハマっちゃいそう」
そう言うとまたスケッチブックに目を落とし、何やら描き始めた。
森田「ねえねえ見てよこれ」
〇〇「ん?」
絵を覗き込むと、街灯の下のベンチの上に、コーラと書かれた缶が描かれている。
〇〇「すごい細かいね、いいじゃん」
森田「いいよね、〇〇との思い出としてちゃんと残しといたよ」
誇らしそうに僕の顔を見ながらそんなことを言うもんだから、なんだか恥ずかしくなって話を逸らしてしまった。
〇〇「今日は涼しくて良いね」
森田「最近こんな気温多いよね、ずっとこういう感じで1年過ごしたい」
〇〇「間違いない」
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ひかると別れてから家までの帰り道、僕は最近あまり来ていなかった川の近くに来ていた。
河川敷の上の東屋に寄ってまたタバコを吸った。
普段はイヤホンで音楽を聴くか、保乃と話していたので東屋に川の流れる音が聞こえてくるのが新鮮だ。
僕はスマホのメモ帳を開いて、そこに文字を打ち込んでいった。
そして出来上がったその一文を見て、嬉しくなってしまった。
久しぶりに歌詞にできそうな文章が書けたのだ。
第6話 完
次回へ続く
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