"ミドリ"の日々 第9話
小池さんに言われたことが頭から離れないまま帰宅すると、もう両親は帰ってきていた。
風呂に入った後、自室で久しぶりにハイボールを飲んだ。リビングにいた父がたまには飲めよと言って冷蔵庫から出してくれた。
初めてお酒を飲んだのは17歳ごろだっただろうか。当時は未成年で、飲むことへの憧れもあり背伸びしている気分になれた。しかし肝心の味は好きになれずに、大人はこんなもののためにお金を使っているのかと内心思っていた。
今となれば、その大人たちの気持ちも少しわかる気がする。ただ甘いだけのジュースはもちろん美味しいけど、スッキリしたい時やタバコを吸っているときは、不思議とお酒を欲することが増えてきたように思う。
僕は幸いお酒に割と強い方なので、色んなお酒を飲んでみたが、"赤ワインだけは"好きになれなかった。
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翌朝、勝手に目が覚めた。時刻を確認すると9:54と表示されている。
今日は保乃と夏鈴と3人で会う日だ。
3年前の僕ならきっと多少遅刻していただろうし、身なりなんて気にしなくていいと思っていたはずなのに、何だか今から妙に緊張してしまう。
色々と準備を済ませ、12時に渋谷に向かった。
渋谷駅のハチ公改札の前で待ち合わせだったので、その改札口にある柱にもたれながら2人を待った。
すると後ろからひょっと夏鈴が顔を出す。
〇〇「お、おつかれ」
藤吉「この感じなんか久しぶりで気持ち悪いね」
そう言ってクスクスと小さく笑う夏鈴を見て、不覚にも可愛いと思ってしまう。
〇〇「誰のせいでそうなったと思ってんの」
藤吉「誰かなー」
〇〇「お前な」
田村「おーい!」
保乃が手を振ってこちらに来るのが見えた。
夏鈴も僕も控えめなタイプだから、手を振りかえせなかった。
田村「なんか2人とも冷たない?」
藤吉「保乃が明るすぎるんだよ」
〇〇「そうやで〜ほんまにぃ」
僕はエセ関西弁を強調しておどけてみせた。
そうでもしなければ、いつもより気合の入った服装、メイクをしている保乃を妙に意識してしまいそうだったから。
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僕たちの再会一発目の食事は、蕎麦屋になった。
麺類といえばラーメンかパスタとしか思ってなかった幼少期の僕は蕎麦が全く好きではなかったが、最近そばが実は一番美味しいのではないかと思う。
僕たちは店に入るとテーブル席に案内された。
僕の向かい側に保乃と夏鈴が並んでいる。
その光景だけで、今日という日が素晴らしいものに思えた。
店員さんが蕎麦茶とメニューを持ってきてくれた。2人はそれを飲みながら注文するものを選んでいる。その間僕はメニューを見ることなく、ずっとスマホを触っていた。
田村「〇〇何にするん?」
藤吉「スマホ触ってないで早く決めてよ」
〇〇「ごめんごめん、俺山菜そばにするわ」
そう言ってスマホを置いた。
この二人の顔を見て、また歌詞になりそうなフレーズを思いついたのだ。
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食べ終わったあと僕たちは電車に乗って移動、目当てのハーブティー屋に来ていた。
田村「夏鈴ちゃんいつ帰るん?」
藤吉「明日の夜かな、昼は友達がどうしても行きたいって店に行くから」
〇〇「どこなの?それ」
藤吉「新大久保の韓国料理って言ってた」
田村「めっちゃええやん!」
〇〇「でもゴールデンウィークの新大久保は多分地獄だよ?人多すぎて」
藤吉「うわ、最悪じゃん」
僕と同じで人混みが嫌いな夏鈴は、露骨に嫌そうな顔をした。
田村「でもなんか3人で会ってるのほんま変な感じするわ」
保乃はそう言いつつとても嬉しそうに微笑んでいる。
藤吉「そういえば〇〇」
〇〇「ん?」
藤吉「結局音楽やめるの?」
夏鈴は笑いながら聞いてくる。保乃も横でニヤニヤしている。
〇〇「なんだ急に」
藤吉「答えはまだ見つかってない感じだね」
田村「そうやな、ほんま〇〇っぽいわ」
〇〇「なんで笑ってんの2人とも」
田村「その答え探し、保乃らが付き合ってあげるわ」
〇〇「え?」
藤吉「イェーイ」
夏鈴が急にスマホの画面を僕に向けた。
そこには半額クーポン!と大きく表示されている。
〇〇「何これ?」
藤吉「カラオケの半額クーポンだよ」
〇〇「カラオケぇ?!」
田村「〇〇最近歌ってへんやろ?でも音楽続けるってなった時のために歌っとかな!喉衰えてもあかんやん!ほんで夏鈴ちゃんと保乃がしゃーなしでその練習に付き合ったるってことよ」
これでもかと言うほどにニヤニヤしている2人の顔を見て憂鬱な気分になった。
僕は歌うことは好きだしもちろんライブも大好きだが、誰かと行くカラオケは本当に苦手である。曲が始まるまでの絶妙な間だったり、間奏の時だったり、変に緊張してしまう。それに他の人が歌っている時、ずっと聞いていないとダメかのようなあの雰囲気がとにかく嫌なのだ。
それゆえに、この2人がカラオケに誘ってきた時も毎回断っていた。2人はそれをわかっててあえて僕にこんなことをしてきているのだ。
しかし、この雰囲気で断るとなんだか空気をぶち壊した罪悪感が生まれそうだし、久しぶりに夏鈴と会えているのに、ノリが悪いと思われるのも嫌だと思う僕に拒否権はなかった。
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ゴールデンウィーク中ということでカラオケ店では部屋に入るまで30分も待たされた。
ようやく案内された部屋はここしか空きがない、とのことで子供用の部屋だった。
キッズルームと書かれた扉を開けると、中には絵本や小さな滑り台のようなもの、それにかなり大きなボールプールがある。
部屋に入るなり保乃と夏鈴は手を繋いでそのボールプールに飛び込んだ。
夏鈴は笑いながら無言で僕に向かってボールを投げてきた。
〇〇「おい!何楽しんでんだ」
藤吉「いいじゃんたまには!〇〇も飛び込んだら?」
田村「意外と気持ちええで!」
保乃まで僕に向かってボールを投げてくる。
〇〇「お前らなぁ」
一通り遊んだ後、それぞれ一曲ずつ歌った。
僕は一発目、変に揶揄われたりしないために保乃と夏鈴が絶対知らない洋楽を入れた。
歌い終わった時、"相変わらず上手いね"と夏鈴に言ってもらえたことが少し嬉しく、その後もなんだかんだで気持ちよく歌えた。
2人を置いて喫煙所に向かう廊下で、僕はとあることを思い出していた。
3年前、夏鈴に僕は自作の曲のデモ音源を送ったことがあった。その感想を聞けないまま、あの事故の日を迎えたままだ。
さっき夏鈴に褒めてもらえたことが嬉しかったのは、僕の歌を、僕の音楽を、初めて褒めてもらえたからなのではないか。
そう思うと、気恥ずかしさもあるとはいえ、今あの曲の感想を聞きたいという気持ちも出てきた。
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その夜、僕が紹介したNUMA Tokyoで夜ご飯を食べた僕たちは、人生で最大級に酔っ払っていた。
と言っても僕は酔うと眠くなるだけで、心地のいい気分といった感じだ。こんなに楽しくお酒を飲めたのも久しぶりかもしれない。
一方で2人は結構ふらついていて、保乃に至っては自力で歩けるか怪しいところまで来ていた。
〇〇「流石にそろそろ帰ろか」
僕は2人からお金を預かりお会計をしにレジまできた。
守屋「あんな美人を2人も連れ回して、い〜っぱいお酒飲んで、もう!〇〇くんも男の子だねぇ♡」
店員のれなぁさんが極甘な声でそう言ってきた。いつもなら少し引いてしまうが、今日は酔っていることもあり、嫌な感じはしなかった。
〇〇「まあ友達ですからね、俺も彼女とか本当は欲しいんですけど」
守屋「え!そうなの!れなはてっきり〇〇くんは恋愛とか本当に興味なくて、"女の子はゴミ"ぐらいに思ってるのかなって」
〇〇「その見た目で急にエグいこと言わないでください」
守屋「〇〇くんも恋愛とか興味あるんだ〜」
〇〇「そりゃ俺も大学生ですからね」
守屋「…LINE交換しようよ」
れなぁさんはそういって急にスマホを取り出した。
〇〇「えっ…」
守屋「今度デートしよ♡」
〇〇「まっ、待ってください…そんなことしたら…」
守屋「なに?」
〇〇「れなぁさんのファンに殺されるかもしれませんし…」
守屋「確かにね」
自分で認めてしまうところは流石と言わざるを得ない。
守屋「じゃあさ、その代わりに一個だけお願い聞いてくれない?」
〇〇「…何ですか?」
守屋「ライブしてよ、見に行くから」
第9話 完
次回へ続
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