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"ミドリ"の日々 第2話


僕はただ由依さんの言葉の続きを待っていた。いや、待たなければならなかった。
その言葉の真意を捉えるには、僕はまだ若すぎた。

小林「〇〇はどう思ってるかわからないけど、音楽、というか"好きなこと"ってそんな簡単に自分から離れていかないもんだよ」

由依さんは僕のことをまっすぐ見つめたまま、何も話さない僕に語り続けた。

小林「私だってあったよ、あぁもう音楽なんてやめようかな、向いてないのかな、って時」

〇〇「………」

小林「それでもやめなかったの、なんでかわかる?」

〇〇「…なんでですか?」

小林「それはね…」



小林「どうしようもないぐらい、好きだから」



〇〇「…どうしようもない…ぐらい…」

小林「いつもやめようと思ったあと、なんか面白くないな、つまらないな、自分の中にモヤっとしたものがずっと残ってて、それが自分を支配し始めていくの。それがもう一度ギター持って歌い出した途端に無くなっていく。心の中が晴れ渡っていくような、そんな感じ」

〇〇「…なるほど…」

小林「バンドやってる〇〇ならわかると思うけど、流行りの音楽って回ってる、みたいなの言うでしょ?昔の曲が再評価されたり、リバイバルヒットしたり」

〇〇「はい、よく言いますよね」

小林「シャッフル再生した時とか、部屋を掃除した時に出てきたCDとか、たまたま耳にした昔の曲が聞いていた当時のことを鮮明に思い出すきっかけになったりするじゃない?」

田村「それ保乃めちゃくちゃあります!あのアーティストの曲聴いたらバレーやってたころの帰り道思い出す、とか!」

小林「でしょ?それと同じなの、一度好きになったものを嫌いになるって、ほぼないよ。今音楽をやめたり、ライブ活動を休止したりしたって結果は同じ、どうせ何ヶ月か後には必ずいつものスタジオに戻って、ギター弾いて歌ってるだろうね」

〇〇「………」

僕は何も言えなかった。全て、由依さんの言う通りだった。

冷静に考えてみれば、これっぽっちも音楽を嫌いになんか、なってやしない。

今までも、嫌いになったことなど一度もない。

ということは、これからも嫌いになることはおそらくないのだろう。

しばしの沈黙を破ったのは、僕でも由依さんでもなく、保乃だった。

田村「あ、あの、由依さん一ついいですか?」

小林「何?」

田村「由依さんと〇〇では、音楽的な環境が違うんじゃないかって思って」

小林「音楽性ってこと?」

田村「そうじゃなくて、由依さんはお一人で音楽されてるじゃないですか。〇〇はバンドだから、メンバーが周りにいる状況が〇〇を追い詰めているんじゃないかって。〇〇も一人で音楽すれば、きっとリラックスして、自分の"やりたいこと"に集中できるんじゃないかと」

小林「なるほどね、保乃ちゃんなかなか鋭いじゃん」

田村「ありがとうございます!」

保乃の意見は正しい。ただ唯一の大きな間違いを除いて。

〇〇「保乃はわかってないな」

田村「何が?あってるやろ」

〇〇「間違ってるよ、根本的な部分が」

田村「根本的な部分?」

〇〇「一人ならリラックスできるのも、今追い詰められているのも正解。俺はたまにギターとキーボードやったりするけど、メインパートはボーカル。それから作詞も作曲もするから、確かにメンバーからの期待は大きい分、プレッシャーもある」

田村「じゃあ間違ってないやん!」

〇〇「そこじゃないんだよ、俺がなんでバンドでやってると思う?どうしてあいつらを必要していると思う?」

田村「…ベースとかドラムとか出来やん楽器あるから?」

小林「保乃ちゃん多分それは違うよ、正解は〇〇の"やりたいこと"に必要だから、じゃない?」

〇〇「由依さんのおっしゃる通りです。俺がやりたい音楽にはあいつらの楽器の腕と、共感できる音楽性がいるんだ。必要不可欠なんだ」

田村「…〇〇のやりたいこと?」

〇〇「あぁ、バンドってのはスポーツと一緒だ。バレーだって1人でできないだろ?複数人集まって初めて、相手と対等に戦えるし、ゲームが成立する」

田村「たしかに、それはそうやな」

〇〇「俺は一応リーダーだけどそんなものは関係ない。主将とかキャプテンだって所詮は役職、そいつ自身の腕や周りとの統制が取れているかどうか以上に大事なわけじゃない」

田村「〇〇のやりたい音楽は周りのメンバーがおってこそ成立するんやな」

〇〇「そう、それは音の問題だけじゃない、精神面も。自分の好きな音楽、どういうところから影響を受けているのか、どのあたりが今までと違うのか、歌詞の意味、なんでも共感してもらえたり、俺の作ったものを大事に扱ってくれるあいつらがいなきゃ、意味ないんだよ」

小林「でもさ…」

由依さんの"温度をもった"声は、僕が並べてきた言葉の羅列を切り裂いた。




小林「そこまでわかってるのに、一体何が悩みなの?」




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あの後、答えは出なかった。

僕は音楽をやめたいのだろうか。保乃の言う通り、バンドという特殊なものに疲れたのか。それとも、ただ飽きているだけなのか。

わからないまま、ただ時間を使って自分たちの音楽観を語った。そして店を出た。

由依さんが少し心配そうな顔で言った「またおいでよ」という言葉は、保乃の家に向かう電車の中でも頭から離れてくれなかった。

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田村「この商店街、年々店閉まるの早くなってきててなんか寂しいわ」

〇〇「そうなんだ、まあこの辺なら無理もないかな、需要なさそうな店ばっかりだし」

田村「まあな、この時代に商店街の服屋とかお茶屋とか、行く人あんまりおらんやろな」

商店街を抜けて左に曲がり、公園のような、整備された遊歩道に入る。

田村「さっきの由依さんの言葉、なんか重くなかった?」

〇〇「うん、全然頭から離れない。由依さんからしたら何でもないような悩みなんだろうな」

田村「なんかなぁ、保乃はその逆やと思うねん」

〇〇「逆?」

田村「由依さんはきっと〇〇の悩み、"懐かしい''って思ったんちゃう?」

〇〇「懐かしいなんて思うか?由依さんはバンド組んだことないんだから」

田村「もし由依さん昔バンド組んではったとしたらどう?それで〇〇とおんなじ悩み方してシンガーソングライター目指したんやとしたら…」

〇〇「なるほど…確かに的得てるかも…」

保乃の見立てがもし当たっているのだとしたら、なぜそれを僕に言わなかったのだろう。

なぜ隠しているのだろう。

由依さんの言葉の奥には、一体どんなものがあるのだろう。

そんなことを話しているうちに遊歩道を抜け、保乃の家の前に着いた。

田村「ちょっと部屋片付けてくるから待っといて」

〇〇「わかった」

保乃は玄関を開けると、リビングのある二階へと階段を走っていった。

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保乃は元々大阪で生まれた。中学校を卒業したあと、バレーボールの推薦を使って上京してきた。僕らの母校はそのままプロになる生徒がいるぐらい、スポーツが強い学校だった。

僕は家から近いからという理由だけでこの高校を受験し、最初のクラスで初めて保乃と会った。

高校2年生の夏、保乃は自分の実力がプロを目指すには少し足りないということに気づく。そして当時の担任の先生に相談した結果、将来の夢を保育士に切り替え、資格の取れる大学を探し始めた。

しかし、高校2年生の冬、家の事情で父親が経営する会社に就職しなければならないことが決まった。

兄も父親の会社に就職しており、二人は大阪で保乃の就職を待っている。

一方母親は、娘が就職するまで心配だからという理由で保乃が住むアパートに1ヶ月に2週間ほど滞在し、また大阪に戻る、という大阪と東京を行き来する生活をしている。

いつも母親がいる時は、玄関の明かりがついているが、今日はついていなかった。母親は今、大阪にいるようだ。

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田村「もうええで、おまたせ」

〇〇「ありがとう」

玄関まで顔を出しにきた保乃の後に続いて階段を上がっていく。見慣れた、保乃の部屋だった。

いつも片付けるからと、玄関前で待たされるのだが、一度だって散らかっているところを見たことがない。おそらく、そういうところがガサツな僕からすれば、普段だって汚くもなんともないのだろう。

〇〇「なんか久しぶりだな」

一際目を引く黄色のクマのぬいぐるみを見て、なんだかとても懐かしくなった。

田村「前に来たのはなんやかんやで2ヶ月ぐらい前なんやな」

〇〇「その辺はライブが忙しかったからね」

田村「まあゆっくりしてって、保乃お茶持ってくるけどなんかいる?」

〇〇「じゃあ俺もお茶をもらおうかな」

田村「わかった!」

部屋の扉を勢いよくバタンと閉めてリビングに向かった。

飲み物を取りに行く時は扉を開けておくと戻ってきた時に入ってきやすいよ、とあれほど注意しているのに昔から一向に覚える気配がない。そこがまた保乃の魅力でもあると思い始めたのは、ここ一年ぐらいの話だ。

田村「はい、麦茶」

〇〇「ありがとう」

さっきコーヒーを飲んだはずなのに、異様に喉が渇いていた僕は、保乃がくれた麦茶を一気に飲み干した。

水滴のついたグラスを額につける。冷たいはずなのに、なぜか温かく感じる。熱でもあるのか、それとも…。

田村「何それ!バレーの試合後みたいなん急にやめてや!」

そう言ってケタケタ笑っている保乃に、僕は真顔で質問した。

〇〇「なあ保乃」

田村「な、なに?」

〇〇「もし俺が…」

田村「…〇〇が?」





「音楽やめるってなったら、お前どう思う?」





第2話 完
次回へ続く

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