確かに、そこにいた君
今日、僕が所属しているサークルで、後輩が付き合ったらしい。
「告白成功しました!マジで先輩のおかげです!ありがとうございます!」
というLINEが届いたので、飲み物でも奢ってあげようと思い、サークル活動が始まるまでの時間、空きコマだった僕はそいつと待ち合わせしていた。
待ち合わせ場所に向かう途中、別の後輩が僕を見つけてこっちに来た。
「お疲れ様です!あいつ付き合えたらしいっすね!」
「だな、良かったよ本当に」
「先輩はいつも後輩のこう言う場面で助けたりしてますけど、先輩のノロケ的な話ないんすか?」
「あるわけないだろそんなの、コンビニで何かあいつに奢るけど、お前も来るか?」
「え、いいんすか!ありがとうございます!」
そう言って笑う後輩を見ながら、僕は4年前、高校2年生の頃の出来事を思い出していた。
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昼休み。ガヤガヤとする教室内、それぞれ仲の良い友人のところで弁当を広げている。
窓から7月の強烈な日差しが入り込んでくる。制服のシャツの白色が照らされ、いかにもこれぞ青春、というような印象を受ける。
僕の机に、いつも話す友人たちが弁当を持ってきた。
「ついに明日よ」
「マジ楽しみだわ」
本当に喜んでいるということがわかるような笑顔で話す友人を前に、僕も無理やり笑顔を作った。
僕のいる高校は男子校だ。僕は中学受験組なので、もうかれこれ5年目の男子校生活である。
大事な青春、思春期を6年間も男子校で過ごすことになる。その厳しさなんて、親から言われ受験勉強をただひたすらにしていた小学生時代の僕は知る由もなかった。
後悔の連続。ただ、この友人たちと会えたことも嬉しいし、日頃から男女間のあれこれを目の当たりにしていたら相当なストレスになっていたのかと考えると、結果この学校に入れて良かったと思っていた。
しかしこんな環境だからこそ、他校の女子生徒と何か関わりのある生徒は、青春に飢えている人たちに何かと話題にされていた。
今僕の目の前で、ものすごい勢いで弁当を平らげ、購買部で買った菓子パンに手をつけようとしている友人もまた、そういう話題が大好きな野郎たちだ。
「お前明日浴衣とか着るのか?」
「そんなわけねえだろ、めんどくさいし」
「1日のためだけに買うのは流石に嫌だよな」
僕もそうやって適当に相槌を打つ。
実は明日、大きな花火大会があり、僕たちはそこで他校の女子生徒と会うことになっている。
これは男子校の僕らにとってはなかなかの快挙で、その約束があるというだけでステータスになってしまうような出来事だった。
しかし、何も僕たちがモテているから、とかではなく、友人の1人が小学生時代から付き合いのある女子から誘われたので、どうせならお互い仲のいい人たちを連れて、みんなで回ろうということになったらしい。僕はそこに運良く誘ってもらえた。
僕は別にカッコよくなんてないし、彼女は中学生の時1人いたが、勢いで付き合っただけで学校も違ったこともあり、ものの2ヶ月ほどで別れてしまった。なのでこの手の恋愛絡みの出来事はあまり得意ではない。
会う予定の女子は4人、全員同じ女子校に通っている。その女子校は僕の高校から近い。僕の周りの人間が付き合ったとか、昨日街を女と歩いているのを見たとか、そんな話なった時の相手は必ずと言っていいほど、この女子校の生徒だった。
目の前の友人2人は、明日の花火大会で人生をもっと鮮やかにすると意気込んでいるわけである。
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そして迎えた当日。
会場最寄りの駅から既に浴衣のカップルなどが多く、街全体が高揚しているようだ。
僕が着いた時、既に友人2人は緊張の面持ちだった。
「おっす」
「何かめちゃくちゃ緊張してるんだけど」
「気にしすぎだって、普通に行こう普通に」
そうやって余裕を気取っているこいつも笑い方がどこかぎこちない。
普段女子高生なんて行き帰りの電車の中ぐらいしか見ないわけだから無理もない。
「待ち合わせ場所はどこなの?」
「会場入り口の川のところだ、じゃあ行くか」
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僕らがその入り口に着いた時、浴衣の女子が3人、こちらに近づいてきた。
「お疲れ様〜、おお!〇〇君久しぶりだね!」
「ど、どうも」
この女子Aは去年の文化祭で僕と初めて会った。連絡先を交換したけれど、全く連絡は取っていない。
「あれ、後2人は?」
「もう着くってLINEきてたけど…」
と、そこに残りの1人が来た。
その瞬間、僕の中に衝撃が走った。
「はじめまして!森田ひかるで〜す」
そういって笑顔で自己紹介をすませたこの人。
あまりにも可愛い。
「ひかるちゃんそんなちっちゃいの?インスタで見てたけどもう少しおっきいと思ってた」
「これから伸びるからさ」
余裕を気取っているのか、友人はぺちゃくちゃとずっと話しているが、明らかに声のトーンが普段より高い。どれほど浮かれているのだろうか、と思いつつ、同情せざるを得なかった。
覚えたてのメイクなのだろうけど、普段男子校の僕たちにはそのうっすらと色づいた唇や、アイシャドウがひかれた目元、しっかりとセットされた髪、そしてフワッと香る石鹸のような香水、全てが魅力的に映った。
そんな女子たちの中でも、この小柄な森田ひかるという子は、明らかに特別なオーラを放っていた。身長の小ささなんて気にならないぐらいの存在感である。
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肝心の花火のことなんてほぼ覚えていない。屋台のかき氷も、はしまきも、りんご飴の味だって覚えていない。しかしラムネの炭酸でむせてしまうほど、僕はのぼせ上がっていた。
僕たちはそれぞれまた夏休み中にご飯でも行こうと連絡先を交換し、トークグループを作った。
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それから2週間ほど経ち夏休みに入った頃、突然連絡が来た。
LINEの通知がバナーで表示される。一日中やることもなくずっとスマホを触っていた僕は、すぐにその通知をタップし、既読をつけてしまった。
ひどくそれを後悔した。
あの、森田さんからだった。
(やっほ〜元気してる?)
(明後日暇なんだけどよかったら会わない?)
(〇〇君面白かったからさ)
僕はそのまま1分ほど固まってしまった。
体が変にゾクゾクする。
なんとも言えない高揚感。上がる心拍数。
喜びと不安、期待と恐怖が入り混じる、言葉では表せない感覚。
返事を返そうとするが、指先に力が入らない。
それでもなんとか、(俺も暇だったからいいよ!)とだけ打った。
(良かった!何時ぐらいがいいとかある?)
(俺は何時でもいいよ)
(じゃあお昼1時に坂道台駅のデパート側の改札で!)
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当日、僕は自分が持っている中で1番高い服を着て行こうとしたが、変に気合が入ってるところを見られるのも恥ずかしいと思い、普段通りの服装で向かった。
改札で待っていると、電車が止まる音が聞こえた。数十秒後、小柄な彼女はエスカレーターを上がってきた。
こちらに向かって右手を少し振りながら、左手でイヤホンを外すその仕草で、僕は既に倒れそうになる。
「お待たせ!久しぶりだね」
「誘ってくれてありがとね」
「いやいや。暇だったしね、〇〇君とゆっくり話してみたかったし」
その一言で僕の緊張は数倍に膨れ上がる。
その後は他愛もない話をして、予約していたかき氷専門店に向かった。
今、僕はこんなに可愛い子を横に連れて歩いている、そう思うだけで何かの主人公になったような気分だった。
お店につき、テーブル席に案内される。
いざ向かい合わせに座ると、恥ずかしくて目を合わせられなかった。しかし、緊張してるとバレるのだけは嫌で、頑張って目を見て話した。
運ばれてきた大きなかき氷を見て驚く彼女の顔はそのかき氷よりも小さく見える。何もかもが可愛い。
緊張を誤魔化すために、僕は面白おかしく会話を広げた。
変なところでツボる彼女は、すぐに笑ってくれる。
この笑顔で、僕は完全に森田さんに恋してしまった。
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その後は近くの公園のベンチで話した。学校のこと、友人のこと、恋愛のこと。
この時の会話で、森田さんには数ヶ月前まで彼氏がいたことがわかった。
少しモヤモヤした。この可愛さを一時自分のものにしていた男がいるのか、そう思うだけで複雑な気分だ。
しかし、僕も一応恋愛はしたことがあるし、付き合っていた経験もあるのでなんとなく理解していた。
僕たちは今、いわゆる"良い感じ"だった。
「〇〇君ってギターやってるんだね」
「始めたてだから何も弾けないけど」
「いいじゃん」
「森田さんもしたら?」
「私はいいよ、不器用だし」
「いやいや、こないだダンスの動画見せてもらったけどすごかったよ?」
「本当?ありがとう」
「俺にはあんなのできないし」
「何でギター始めたの?」
「親戚にもらったんだ」
「へぇ、その人も弾けるの?」
「うん、元々アイドルもやってたんだけどね」
「…そうなんだ」
「もらわない訳にも行かないし、やってみたら楽しくてね」
「てかさ」
「うん?」
「〇〇君は彼女いないの?」
「急だね…いるわけないじゃんこんなやつに」
「なんで?」
「俺はイケメンでもなんでもないし、服もオシャレじゃないし、身長もそんな高くはないし、そもそも学校でも…」
「ん?」
「なんて言うか…孤独なんだよね…そのー、なんだろ、ピエロみたいなもんなんだよ」
「ピエロ?フッ…アッハッハハ!なんで?」
笑いながら聞いてくる森田さんの目を見ずに、僕は続けた。
「みんなの前でどうにか明るくするためにふざけたように振る舞ったり、自ら笑い物になるような役になったり…だから側から見ればいわゆる"陽キャ"みたいなポジションにいるんだ、友達は多い方だし、廊下でも他クラスのやつから声かけられたりするしね」
「いいじゃん!」
「でもそれはみんなに着いていくために、仲間はずれにされないために無理してやってるんだよね、本当はそんなキャラでもないし、騒ぐような奴らが苦手なんだ」
「そうなんだ、でも私は〇〇君好きだけどな」
「…えっ…?」
「面白くて優しいし、なんかなんて言うんだろ…そういうノリを勘違いしてるというか、騒いだり自分が面白いって思っちゃってるような人って私も苦手なんだよね…でも〇〇君はそういうところがわかってて、なんか…私は…その…」
「………」
「私は…カッコいいと思うよ?」
「…あ、ありがと」
僕たちの会話はそこで止まった。
夏の暑さのせいではない汗が流れる。
暖かい風が吹き、公園の青々としたイチョウの木を揺らしている。木々の枝や葉が揺れるザーッという音だけが聞こえてくる。
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その後約半年間にわたり、僕たちは定期的に会った。街中で放課後一緒に歩いているところを目撃され、それを学年中に言いふらされたりしたこともあったが、あまり気にならなかった。
お互いに告白こそしていないが、ほぼ付き合っているような感じだった。
しかし、僕は中学受験組。やがて訪れる大学受験のために、小学生から勉強し学校に入ったのだ。そんな僕や僕の同級生、そして先生たちはいよいよ来年度に控えた大学受験に向かって、徐々にピリピリしはじめた。
オープンキャンパスに参加したりすることも多くなり、僕と森田さんは次第に疎遠になった。
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時は流れ、僕は大学生になった。
あれから森田さんとは一度も会っていないが、森田さんの姿を見ることはできる。
テレビや雑誌で。
彼女は芸能界に入ったのだ。ものすごい倍率のオーディションを勝ち抜き、アイドルグループのメンバーになった。
すぐに人気になり、今ではそのグループのセンターになったりしている。
あの小さな体で大役を担う姿を見ると感心することばかりだが、一方で自分とは違う、見た目や芸能人という人間としてのステータスに悲しくなってしまう。
同じ人間なのに、同じご飯を食べたのに、遊んだこともあるのに、なぜこんなにも差があるのか。
大学受験というものを見据え、変わっていった友人や先生、より厳しくなった自分の家族、そういう人たちのせいで、僕は彼女を自分のものにできなかった。
唯一、ただのピエロだった僕を認めてくれた人もまた、僕の元から去っていったのだった。
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コンビニで後輩2人が雑誌売り場の前で話している。
「この森田ひかるちゃん可愛いなぁー」
「まあ俺の彼女の方が可愛いけどな」
「おーい、さっそく惚気んなよ気色悪い」
「今日ぐらいいいだろ」
「先輩どう思います?森田ひかるちゃんより彼女が可愛いって言うこいつキモくないすか?」
「まあ付き合えて本当よかったよな」
僕はそう言って森田さんが表紙になっている雑誌を手に取る。
インタビュー記事を少し読んで、そっと棚に戻した。
後輩の1人がふざけて、もう1人がゲラゲラ笑っている。
「先輩!見てください!」
そう言っておどける後輩の姿を見て、僕はこれからもピエロでいよう、孤独でいようと決心した。
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「森田さんがアイドルを目指したきっかけを教えてください」
「高校生の時ですかね、好きだったアイドルがオーディションのCMに出てて、それで運命だと思ってオーディションを受けました。夢を追いかける中で疎遠になってしまった大切な人たちもいましたが、その人たちにもこのグループのことを知ってもらえるように、頑張りたいです!」
「そうなんですね!では今月発売のシングルの好きな歌詞を教えてください」
「やっぱりサビの部分ですかね。"他人のせいにするな"ってところとか、"孤独を選びな"という歌詞は私の人生とリンクするところもあるなと思ってます」
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