[Detection 46] 第1弾 (第1章)
[Detection 46]シリーズ第1弾
狂気に満ちた祭り 乃木町連続殺人事件
【第1章 違和感】
8月8日 8時03分
ー 盾角探偵事務所 ー
盾角が寝ぼけたまま2階の書斎から1階リビングへと降りていくと、白石がせっせと朝食の支度をしている。
白石「おはよ!今日は?」
盾角「コーヒーで…」
ロングカクテル用グラスに大きめの氷が四つ、そこにコーヒーが注がれる。
白石「はい」
盾角「ありがと…一本だけ吸ってくる…」
白石「いってらっしゃい」
朝、コーヒーか紅茶を選択し、白石に入れてもらったそれを持って庭に出る。タバコを吸ってようやく、男の寝ぼけた頭は徐々に眠気から解放されてゆく。しかし、ここ最近の茹だるような暑さの中で吸うタバコは、全く美味しくない。謎の義務感だけで吸っているようなものだった。
いつもなら飲み物を飲み終わるまで2本ほど吸うが、今日はあまりの暑さで1本が限界だった。
三分の一ほど残ったコーヒーを持って、そそくさとリビングに戻る。クーラーがよく効いているので、先ほどの一瞬で出た汗がひんやりとしていき、実に心地悪い。
盾角「暑すぎ!」
白石「まだ8時なのにこれだもんね」
庭に続く扉を閉め席に着くと、既に朝食が置かれていた。
ブルーベリージャムが塗られた大きめのトーストが1枚、カットされたバナナと共に皿に乗っている。
盾角「いただきます」
白石「コーヒーのおかわり欲しかったら言ってね」
盾角「うん」
毎朝同じ動きの繰り返し、一緒に住んでいると会話も無くなってくる。
ニュース原稿を読み上げるキャスターの声がリビングに響く。いつもなら何の関心も寄せず、ただ聞き流すだけだが、今日は何故かその内容が気になった。
〜 次のニュースです。昨夜花火大会が開催された乃木大川の河川敷で、50代の男性と見られる遺体が今日未明、発見されました。自殺とみられています。〜
白石「うわっ!ここ綿あめ買ったとこの近くだ」
盾角「あの屋台の向こうにあった橋のところか」
白石「マジか…早めに帰っててよかったね」
盾角たちは昨夜、乃木大川沿いをメインに開催された乃木町花火大会を訪れ、友人たちと出店を回っていた。
盾角「祭りの時に自殺ねぇ…どんだけ見てもらいたかったんだか」
白石「…見てもらいたい、か…」
盾角「ん?」
白石「…いや、なんか切ないなって」
盾角「ほんとにね」
白石「…話変わっちゃうんだけど」
盾角「何?」
白石「明後日、事務所休みにできない?」
盾角「全然大丈夫だけど何かあんの?」
白石「これ見て!」
白石はこれでもか、と言うほどのドヤ顔でスマホの画面を盾角の顔に近づける。
盾角「…表参道の超人気パンケーキ、期間限定でNOGIモールに出店…」
白石「そう!」
盾角「え、まってまって」
白石「ん?」
盾角「…まさかと思うけどこれ食うために休みにするの?」
白石「…このベリーのやつ見て!」
盾角「おい話逸らすな」
白石「美味しそうでしょ?」
盾角「いや美味そうは美味そうだけどさ」
白石「だけど?」
盾角「パンケーキって…そんな並んだりするの?これ」
白石「〇〇はほんっっっと何にもわかってないなぁ!このパンケーキ食べたかどうかが、女子の間でステータスになってるぐらい大人気なの!」
盾角「アホか、たかがパンケーキ食ったかどうかでランクが決まるなんて世も末じゃん」
白石「そんなことばっか言ってるから〇〇はダメなんだよ」
盾角「本当に女子みんな興味あるのかなぁ」
白石「絶対あるって!NUMA Tokyoのれなぁちゃんだって絶対食べたことあるよ?」
盾角「…まああの娘は絶対好きだろうな…」
白石「でしょ?イケてる女子はみんな行ってるってわけ」
盾角「わかったよ!いつも家事から仕事までこなしてくれてるからね、たまには麻衣にも好きなことしてもらわないとだね」
白石「さすが〇〇!ありがと!」
2日後の8月10日、白石は自らを慕ってくれている後輩、梅澤美波と共にNOGIモールへ出かけた。
かなり多くの行列が出来ていたが、気の合う女子同士、待ち時間も会話が途切れることはなかった。
この時[狂気に満ちた祭り]は、もうすでに始まっていることなど、盾角たちは知る由もなかった。
8月10日 11時19分
ー NOGIモール3階 イベント会場 ー
梅澤「あっ!今売り始めたみたいですね」
白石「割と早く買えそうじゃない?」
梅澤「多分30分かかんないですね」
白石「並んでたかいあったね!」
白石は例のパンケーキが載ったトレイを持ち、奥のイートインスペースに歩いて行く客の後ろ姿を見ながら、相槌を打った。
しかし、梅澤からの返事はない。
白石「ん?梅どしたの?」
梅澤はその長い人差し指をピンと、自身の唇に当てた。
梅澤「…後ろの人の話、聞いてみてください…」
小声で急にそんなことを言う梅澤に疑問を感じつつも、聞き耳を立てる。
「え?マジで?」
「後で韓国コスメのコーナー行こうとしてたのになぁ」
「でもそれ犯人捕まってなかったらヤバくない?」
「え、これ帰った方がいいかな?」
「さすがに"殺人"はやばいでしょ」
若い女性の声で発せられる"殺人"という言葉。梅澤が聞き耳を立ててしまった理由もわかる。
化粧品売り場は1階にある。まだ3階の人間にアナウンスされていないということは、今が現場に行くチャンス。探偵事務所に住み込みで働く白石が、この機会を逃す手はなかった。
白石「…梅、ごめんだけど」
梅澤「はい?」
白石「パンケーキ、また今度にしよ」
梅澤「えっ、私はいいですけど…まさか行くんですか?」
白石「もちろん!私は探偵見習いだから」
梅澤「でもそんな現場、入れてもらえるんですかね?
白石「大丈夫、多分知り合いの警部さんいるから」
梅澤「なるほど」
白石「あっ、すいません私たち抜けるので詰めてもらって大丈夫です」
後ろの客にそれだけ言うと、二人は早歩きで一階へと向かった。
8月10日 11時24分
ー NOGIモール1階 化粧品売り場 ー
エスカレーターを降りている途中、館内放送がこれでもか、という音量で流れた。
NOGIモールにご来館中のお客様に緊急のご連絡をお伝え申し上げます。先程当館1階の化粧品売り場にて、事件が発生いたしました。各階に警察官が配置されます。お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、警察官の誘導に従い、退館していただきますよう、お願い申し上げます。繰り返し、緊急のご連絡を…
梅澤「相当緊迫してる感じですね」
白石「ちょっと急いだ方がいいかも」
二人がエスカレーターを歩いて降りると、その入り口には既に4人ほど警察官が立っていた。
白石「あの…」
警官A「どうしましたか?」
白石「若月徹警部はいらっしゃいませんか?」
警官A「えっ?向こうにいますが…あなたは…?」
白石「でしたら盾角探偵事務所の白石が会いたいと言っている、と伝えてください!」
警官A「わ、わかりました」
白石が語気を強めて言ったこともあり、その警官はすぐに、小走りで規制線テープの向こう側に消えていく。
1分ほど経ったのち、大柄な男がこちらに近づいてきた。
白石「あっ!」
若月「いや〜麻衣ちゃん、こんなところで会うとはね」
白石「お疲れ様です警部、こちらは友人の梅澤です」
梅澤「はじめまして」
若月「どうも、警視庁の若月です」
白石「殺人ですか?」
若月「えっ、何で知ってるの?」
白石「さっき上のイベント会場で、後ろに並んでる人たちが話してて…そこで殺人って言葉が聞こえたんです」
若月「なるほど、それで私がいると思って来たんだね?」
白石「はい、捜査の邪魔してしまって申し訳ないです」
若月「いやいやいいんだ、実はさっき盾角に電話したんだよ」
梅澤「え、じゃあ〇〇さんここに来るんですかか?」
若月「あぁ、もうすぐ着くんじゃないかな」
白石「〇〇を呼んだってことは、やっぱり殺人事件なんですね?」
若月「そうなんだ、あまり大きい声では言えないんだけど…」
若月は警察の誘導のもと、不安そうにエスカレーターを降りて行く大勢の客の方を少し見ながら、小声で続ける。
若月「男の遺体が見つかってね…」
梅澤「自殺…じゃないんですか?」
若月「他殺で間違いないよ」
白石「なんで…」
白石がそこまで言いかけると、背後から走ってくる気配を感じた。
盾角だった。
盾角「…はぁ…はぁ…お待たせしました警部…」
若月「おお、来てくれたか」
白石「…大丈夫?」
盾角「…はぁ…麻衣がいるからびっくりしたよ…はぁ…久しぶりだな、梅…」
梅澤「お疲れ様です!」
白石「若月警部がいらっしゃるんじゃないかと思って、パンケーキ諦めてここに来たの」
盾角はようやく上がった息を整え、前を見据えた。
盾角「…なるほどね…それで警部、現場は向こうですか?」
若月「あぁ、早速見てほしい」
盾角「わかりました、麻衣たちはどうする?」
白石「せっかく予定合わせたし、どっかでご飯食べよっか」
梅澤「そうしましょ!」
白石「買い物して、夜も外で済ませて帰ることにする」
盾角「わかった。俺もこの後行く場所あるし、夜はずっきゅんで済ますことにするわ」
白石「うん、気をつけてね」
梅澤「お疲れ様です」
白石たちが帰った後、盾角は若月に案内され、遺体のある現場に着いた。
若月「見ての通りだ」
盾角「頸動脈一発かぁ…ひどいっすねマジで」
若月「一回刺した後、もう一回別のところを刺してるらしいんだ、よっぽどの殺意があったんだろう」
盾角「ただこれだと普通に殺人って感じですけど、俺を呼んだってことは何か変な点が?」
若月「あの化粧水の台の下を見てみろ」
盾角「ん?」
化粧水のサンプルが大きく飾られている台の下に、何かが落ちている。
盾角「…えっ?!タバコじゃないすか!」
若月「被害者の持ち物からタバコの箱もライターも見つかってない、なのに一本だけ吸い殻を持ち歩くわけないだろ?」
盾角「しかもこの一帯にタバコの匂いなんて全くしてませんしね」
若月「考えすぎかもしんないがな…なんか引っかかるんだよ」
盾角「全く同感です。銘柄は…ハイライトか」
若月「他の所持品も全て持ち去られたようでな、もしかすればライターも犯人に盗まれたのかもしれんが…」
盾角「だとしても新品じゃなく吸い殻というのがどうもおかしいっすね」
若月「このどうにも不可解な感じ、だから盾角に来てもらったわけだよ」
盾角「お役に立てるよう、精一杯頑張ります!と言いたいですけど、僕は一体何を?」
若月「このタバコの吸い殻について、どうにか答えを出して欲しい」
盾角「わかりました、できるだけやってみます。とりあえず今から鑑識さんにちょっと話聞いて、今日のところは引き上げます」
若月「了解、すまんなわざわざ」
盾角「いえいえ、警部もお疲れ様です」
盾角は鑑識から少し話を聞き、現場を後にした。
8月10日 12時27分
ー Bar バナナシガレット ー
西大河町の大通りから一つ中に入った道沿いには、個人経営の居酒屋がいくつかある。その角にひっそりと佇む店。木の扉には"Closed"と書かれた板がぶら下がっているが、盾角はお構いなしに扉を押す。
やはり、鍵は開いていた。
盾角「おつかれさまでーす」
小さな店内に盾角の声が響くと、カウンターの奥から男が出て来た。
盾角「日村さんお疲れ様です」
日村「〇〇か、どうした急に」
盾角「ちょっと設楽さんにお話ししたいことが…」
日村「…事件?」
盾角「殺人です」
日村「殺人?!マジか…」
盾角「NOGIモールの化粧品売り場で起きたんです、もうニュースになってると思いますよ」
日村「とりあえず設楽さんすぐ呼んでくるよ」
この店はカウンターの奥に厨房があり、その奥に出ると階段がある。2階は古い喫茶店のようなスペースになっており、よっぽどの常連客のみ、ここを特別に貸し切ることができる。
盾角が合おうとしているこの店のマスター、設楽は、開店前は大体このスペースでタバコを吸っている。
日村が去った後1分ほどして、設楽が顔を出した。
設楽「よっ」
盾角「設楽さん、お疲れ様です」
設楽「日村さんが血相変えて殺人だ!とか言うから頭おかしくなっちゃったかと思ったよ」
盾角「そりゃ驚きますよ!…あれ、日村さんは?」
設楽「キッチンでお前のためのコーヒーとサンドイッチ作ってくれてるよ」
盾角「マジすか…すいませんいつも…」
設楽「どうせお前昼飯食ってないだろ?ちょっとゆっくりしてけ」
盾角「ありがとうございます!」
その後盾角は全てを話した。設楽もタバコの吸い殻が落ちていたことに疑問を感じたようだが、そこから思い出したのか、奇妙な話を持ち出してきた。
設楽「そういえば話変わるんだけど、山下って子仲良いのか?」
盾角「えっ?ご存じなんですか?」
設楽「こないだうちに来ててさ」
日村「めちゃくちゃ美人だったからよく覚えてるよ」
設楽「その子がお酒飲んだ後、盾角さんってここによく来るんですか?って聞いてきたからびっくりしちゃって」
日村「そうそう、〇〇こんな知り合いいるのかって」
盾角「飛鳥って覚えてます?俺の友達の」
設楽「ああ!懐かしいな飛鳥ちゃん」
盾角「山下はあいつの大学の後輩なんです」
日村「それで探偵事務所にも遊びに来たことがあるって感じか」
盾角「そうです」
設楽「あの見た目でタバコ吸ってんのも意外だったけど」
盾角「えっ…タバコ吸ってんすか?あいつ」
日村「吸ってたよ、二杯目の酒出した時ぐらいに」
設楽「…そういえばあの子の吸ってるのもハイライトだったな」
盾角「…まさか関係ないですよね?」
日村「そりゃ関係ないでしょ〜」
その後、日村が作ったサンドイッチとコーヒーを平らげ、他愛もない話をした盾角は一旦事務所に戻った。
山下に、"タバコ吸ってたのか?"とだけLINEを送ったが、既読はつかない。いつもなら遅くとも1時間以内には返事が返ってくるのだが、今日は5時間経っても未読のままだった。
妙な胸騒ぎを落ち着かせるため、食事しに行くことにした。
8月10日 19時35分
ー 小料理ずっきゅん ー
小さく光る"ずっきゅん"と書かれた行灯看板の横から続く石畳を進むと、引き戸の前に立ち、柄杓で打ち水をしている和服の女性がいる。その人は盾角の足音と声を聞き、ゆっくり後ろを振り返った。
盾角「あやめちゃん久しぶり」
筒井「うわ!〇〇さん!お久しぶりです」
盾角「今日客は多い?」
筒井「今日は貸切なんです、21時から団体の予約が入ってて」
盾角「マジ?じゃあ今日は遠慮した方が良さそうだね」
筒井「でも〇〇さんなら真夏さんも何か作ってくださると思いますよ」
盾角「…悪いけどお言葉に甘えちゃおうかな」
筒井「是非!」
筒井はバケツに柄杓を入れると、引き戸を引いて盾角を中に入れた。
盾角「おっす」
秋元「〇〇!」
盾角「今日貸切なんだって?」
秋元「そうなの、こんなに仕込みやったの久しぶりだから疲れちゃった」
盾角「そんな時に悪いんだけど…なんか適当に作ってくれない?」
秋元「全然いいよ、まいやんはお出かけ?」
盾角「梅と二人で遊びに行ったよ」
秋元「そうなんだ、じゃあうちに来るのもしょうがないね」
盾角「悪いないつも」
秋元「何食べたい?」
盾角「何でも大丈夫。作りやすいものでいいよ、ありがと」
結局出された数種類の前菜と親子丼を食べ終えた盾角は、すぐ事務所に戻り風呂を済ませた。
LINEを開いたが、依然として山下に送ったLINEは未読のままだった。
第1章 終
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