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短編小説 七夕伝説

昔々あるところに、大きな川を挟んで2つの国がありました。
東の国はどこよりも早く太陽の登る場所で、西の国には朝になると鮮やかな空が広がりました。東の国と西の国は時々喧嘩をしながらも、それぞれ川の東側と西側でおおきくなっていきました。
ところがあるとき、紆余曲折を経て東の国が西の国を併合することになったのです。それから35年間というもの、東の国は西の国を植民地支配しました。西の国の人々は、名前を東風に改めさせられ、東の国の言葉の使用を強要され、東の国の神を信じることを強要されました。そして、東の国の敗戦により西の国が独立を果たしてからも、両国は過去のわだかまりを感じながら、なんとか形式的には仲良くしておりました。
東の国には大東亜一美しい娘が住んでおりました。彼女の名前は織姫といい、彼女の点てるお茶はこれまた大東亜一美味しいものでした。ところが彼女は東の国から一歩も出ようとせず、狭い世界の中で輝いているだけでした。
ある日、天帝は織姫を見て思いました。グローバル化がここまで広がったこの現代、彼女のようなは狭い視野では、大東亜一の美女の名が廃る。どうか彼女が視野を広げることはできないだろうか。
天帝は考えた末、織姫に国際恋愛をさせようと思いつきました。ちょうどそのとき、川の西側の国から優雅な琴の音色が天界に届きました。そこで天帝は西の国で一番琴を美しく奏でる牽牛という男を、大学が行なっている東の国への留学プログラムに合格させ、東の国へ派遣しました。
牽牛は東の国へ着くと、毎日川のほとりで琴を奏でました。哀しくも美しいその音色はいつしか織姫の耳にも届き、織姫の姿を一目見た牽牛もまた彼女に一目惚れしました。
二人は初め、お互いの話す言葉がわかりませんでした。けれどもいつも川辺で待ち合わせをして、何ヶ月も共に過ごすうちに、お互いの言葉や文化を学び、いつしかお互いの生まれた国が違うことなど忘れてしまうくらい仲良くなりました。
織姫は牽牛と出会ってから、西の国の歴史や文化に目を向けるようになり、見違えるほど国際志向になりました。
ところが織姫は牽牛といることが楽しすぎて、秋が来たことに気づかず、毎年天帝へ送っていた炉開きの招待状を送るのを忘れていました。これに気づいた天帝は激怒しました。どんなに視野を広げても、やるべきことをやらないのはよくありません。天帝は怒りのあまり、牽牛を辺境防備の兵士として徴兵し、川の西側へ連れ戻してしまいました。
織姫は何日も泣き続けました。昼も夜も構わずあまりに激しく泣くので、天界にもその音が響き、天帝は睡眠不足でノイローゼになりそうでした。また、織姫も精神的な苦痛から食べ物を食べられなくなり、どんどん痩せてゆきました。このままでは大東亜一の美女がただの骸骨になってしまうと考えた天帝は、織姫を牽牛に会えるようにしなければならないと思いました。そこで織姫に対し、お前がブラック企業に入って一生懸命働くのであれば、一年に一度の逢瀬を許してやろうと言ったのです。
織姫は、彦星に会いたいあまり、ブラック企業に入り朝から深夜まで必死に働きました。ブラック企業での勤務は過酷を極めましたが、ときどき牽牛から届く贈り物と文を心の支えに頑張りました。
そして1年経った立秋の日、織姫はそれまで働いた対価として受け取った金銭で、カササギの橋のチケットを買い、川の向こうへ渡りました。
川の向こうの西の国では、国家の奴隷となった牽牛が待っていました。

その晩、満点の星空の下、織姫と牽牛は川の辺りで手を繋いで寝そべっておりました。「どの星がいい?」と牽牛が聞くと、織姫は空の中から1番素敵な星を見つけ出し、指差しました。牽牛は織姫が目を閉じた隙に、その星を織姫の左手の薬指に嵌めました。織姫は大変喜びました。古来より、東の国には愛する人に給料3ヶ月分の贈り物を送る風習があったのです。

たった1日の逢瀬でしたが、二人は幸せでした。織姫は、この瞬間のためならまたもう一年どんなに苦しくても頑張れると思いました。

帰り際、カササギの橋で牽牛は「いってらっしゃい」と織姫を見送りました。織姫は帰り道、ずっと泣いていたので涙で川の水かさが増しました。

織姫は東の国に帰って来てからまた懸命に働きました。どんなに辛い時も牽牛にもらった左手の薬指の指輪が毎日心の支えになりました。一生懸命働く織姫の姿に、天帝は感心してまた来年も逢瀬を認めてやろうと思いました。

織姫はまた一年、過酷な労働に耐えました。正直なところ、もう体力的にも精神的にも限界でした。再びカササギの橋を渡り、西の国へ入国すると、会いたくてたまらなかった牽牛が「おかえり」と言って迎えてくれました。

許された逢瀬の時間がまもなく終わりを告げる時、牽牛に髪を撫でられながら、織姫は「いつか川の向こうで死ぬのなら、いっそ今この瞬間死ねたらどんなに幸せでしょう」と泣きました。
織姫のことを不憫に思った天帝は、2人を1つの星にして日本海の真上に飾りました。そしてこの星はいつまでも大東亜の夜空を明るく照らし続けました。完。




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