【読書ノート】The Edda, Volume 2 by L. Winifred Faraday
https://www.gutenberg.org/ebooks/13008
Weland the Smith
ヴェーランド(Weland)は、世界中に広く知られた伝説上の鍛冶職人である。『エッダ』のヴェーランド伝説は断片的であるが、北欧版の最古のものと言える。伝承によれば、ヴェーランドは妖精の王の息子で、二人の兄弟と白鳥の乙女たちと暮らしていた。しかし、ある日乙女たちは飛び去ってしまい、ヴェーランドだけが残された。その後、スウェーデン王ニズドに捕らえられ、足の筋を切られて孤島で宝物を作ることを強いられる。しかしヴェーランドは王の二人の息子を殺害し、娘を妊娠させて復讐を遂げ、自ら作った翼で飛び立っていった。ヴェーランド伝説は、妖精の花嫁譚と復讐譚の二つの要素から成り立っている。
印象的なフレーズ
"Piercing are the eyes of Hagal's bondmaid; it is no peasant's kin who stands at the mill"
"Bind up the red rings, Sigurd; it is not kingly to fear"
重要なポイント
ヴェーランド伝説は、妖精の花嫁譚と捕らわれの鍛冶職人の復讐譚という2つの主題から成る
ヴェーランドは英雄的鍛冶職人の原型で、ゲルマン民族に広く知られた伝説上の人物
『エッダ』のヴェーランド伝説は断片的だが、最古の北欧版といえる
理解度確認の質問
ヴェーランドはなぜスウェーデン王に捕らえられたのですか?
ヴェーランドはどのように王に復讐しましたか?
ヴェーランド伝説を構成する2つの主題は何ですか?
重要な概念の解説
妖精の花嫁譚: 人間の男性が超自然的な女性と結ばれるが、禁忌を破ったために別れねばならなくなる物語の類型。
鍛冶職人: 古代より神秘的な力を持つ職人として崇められ、英雄譚などにもしばしば登場する。
考察
ヴェーランド伝説は、北欧のみならずゲルマン民族に広く知られた英雄譚の一つである。鍛冶職人という神秘的な力を持つ存在が主人公であり、超自然的な要素と現実的な要素が融合しているのが特徴である。
妖精の花嫁譚と復讐譚という異なる二つの主題が組み合わされているのも興味深い点である。前者はprohibitionとその違反という普遍的な物語類型に属するが、ヴェーランドの物語では禁忌の内容は明示されていない。一方、復讐譚では捕らわれの身となった英雄が知恵と技術で仇敵に打ち勝つという、民衆に希望を与える物語となっている。
断片的な資料からヴェーランド伝説の全体像を推測するのは難しい面もあるが、英雄的鍛冶職人という人物像は一つの重要なモチーフを提供している。ギリシャ神話のヘパイストスやケルト神話のゴヴァンノンなど、他の神話にも類似の人物が見られることから、古くからの職人崇拝の表れともいえるだろう。
素朴なストーリーに普遍的な物語類型が込められた点、口承文芸に特有の断片性を残す点など、ヴェーランド伝説は古代の神話や伝承の特質をよく表した作品だと言える。北欧版の資料が乏しいのは残念であるが、逆に想像力をかき立てる魅力にもなっている。
The Volsungs
ヴォルスング族の英雄譚は、北欧神話の中で最も有名な物語サイクルの一つである。『エッダ』詩篇に15編の詩が残され、この他にスノッリの『散文エッダ』や『ヴォルスンガ・サガ』などにも言及されている。特に英雄ジークフリートを主人公とする部分は、ドイツの『ニーベルンゲンの歌』としても知られる。
ヴォルスング族の始祖ヴォルスングの子シグムンドとその双子の妹スィグニーは、スィグニーの夫シッガイルの企みにあって一族が滅ぼされるが、シグムンドは生き延びる。シグムンドとスィグニーの間に生まれた息子シンフィヨトリは、狼男となって森を駆け巡った。シグムンドとシンフィヨトリは最後にシッガイルを討つ。シグムンドの没後、その遺児シグルズは竜退治と女戦士ブリュンヒルドとの出会い、ニーベルンゲン(ニヴルング)の宝を巡る宿命に翻弄される。義兄弟のグンナルたちとシグルズの妻グズルーンをめぐる葛藤は、シグルズの死によって結末を迎えることになる。その後シグルズの遺児スヴァンヒルドをめぐる物語が続くが、これはもう一つの英雄譚サイクルとの合流である。
印象的なフレーズ
"Thou wert not wise, Frodi, in buying thy bondmaids: thou didst choose us for our strength and size but asked not our race."
"Then a mighty king has a daughter; Sigurd will buy her with a dowry."
"No better man shall come on earth beneath the sun than thou, Sigurd."
重要なポイント
ヴォルスング族の英雄譚は、シグムンド、シンフィヨトリ、シグルズ、グズルーンなど、複数の英雄の物語から成る。
『エッダ』詩篇には15編のヴォルスング族関連の詩篇が収録され、散文資料にも言及が見られる。
ドイツの『ニーベルンゲンの歌』は、シグルズ伝説を下敷きにしている。
理解度確認の質問
スィグニーはなぜ自分の息子シンフィヨトリを産んだのですか?
シグルズはどのようにしてニーベルンゲンの宝を手に入れましたか?
シグルズの物語は最後どのような結末を迎えますか?
重要な概念の解説
狼男: 人間でありながら狼に変身する存在。北欧神話に古くから見られるモチーフ。
ニーベルンゲン(ニヴルング): ドイツ語とノルド語でそれぞれ宝物の元の所有者と宝物そのものを指す言葉。シグルズ伝説の重要な要素をなす。
考察
ヴォルスング族の英雄譚は、北欧神話を代表する壮大な物語サイクルである。オーディンから始まる系譜、数世代にわたる英雄の活躍、呪われた宝物などの要素は、まさに神話的ともいえる展開を見せている。
特にシグムンドとシンフィヨトリの物語は、古代的な雰囲気が色濃く、原始的な力強さがある。一方、シグルズの物語はより洗練された印象を与え、人間ドラマとしての魅力に満ちている。ブリュンヒルドとグズルーンの対比など、女性の描写にも独自の深みがある。竜退治譚や呪われた指輪など、世界的にも著名なモチーフが多数登場するのもこの部分である。
北欧版と大陸版(『ニーベルンゲンの歌』)との相違も興味深い点である。北欧版の方が全体的に古い形を残しているとされるが、場面によっては大陸版の方が原型に近いと考えられる部分もある。両者の比較は、伝承の伝播と発展を考える上でも貴重な手掛かりとなるだろう。
物語には宿命論的な色彩が色濃くあり、呪われた宝物に翻弄される英雄のさまは悲劇的である。一方で、そうした宿命に立ち向かう英雄の姿は、現代の我々にも訴えかける力を持っている。英雄の個性的な生き様を描いた点は、北欧神話の大きな魅力の一つである。ヴォルスング族の物語は、北欧神話を知るためには不可欠であり、世界文学としても最高峰に位置づけられる作品群であると言えるだろう。
Helgi
ヘルギ伝説は、北欧神話における独自の英雄譚である。『エッダ』詩篇には3編のヘルギ詩篇が収められており、いずれも固有名を冠したヘルギを主人公としている。
第1のヘルギ・ヒョルヴァルズソンは、敵対者フロズマルを討ち、ヴァルキリーのスヴァーヴァと結ばれる。しかし、弟ヘズィンが呪いをかけられて新妻を奪おうとし、ヘルギは戦死する。第2と第3のヘルギ・フンディングスバーニは実質的に同一人物で、シグムンドの息子として語られる。ヘルギは敵対者フンディングとその一族を倒し、ヴァルキリーのシグルーンと結ばれる。しかし、シグルーンの兄に殺され、最後は墓から亡霊となって現れる。
以上の3つの伝説は、要素に違いはあるものの、本質的には同じ物語を語ったものと考えられる。英雄が恋人の一族と争い、若くして死ぬという筋書きは、『クフルアウフの讃歌』に代表されるゲルマン英雄叙事詩に近く、スカンディナヴィア独自の伝承を伝えていると言える。ヘルギ伝説は、ヴォルスング伝説の影響を受けている面もあるが、本来は独立した英雄譚だったようである。
印象的なフレーズ
"I see on Nithud's girdle the sword which I knew keenest and best, and which I forged with all my skill."
"Bind up the red rings, Sigurd; it is not kingly to fear."
"Thou shalt see, boy, the helmed maid who rode Vingskorni from the fight; Sigrdrifa's sleep cannot be broken, son of heroes, by the Norns' decrees."
重要なポイント
ヘルギ伝説は北欧神話に独自の英雄譚であり、3編の詩篇が現存する。
3編の詩篇は表面的な差異はあるが、本質的に同一の伝承を伝えていると考えられる。
ヘルギ伝説はヴォルスング伝説の影響を受けているが、本来は独立した伝承である。
理解度確認の質問
第1のヘルギの死因は何ですか?
第2と第3のヘルギの物語にはどのような共通点がありますか?
ヘルギ伝説は大陸のゲルマン英雄叙事詩とどのような関係にありますか?
重要な概念の解説
ヴァルキリー: 戦場で戦士を選び、英雄を神々の宴に招く女神。ヘルギ伝説でも重要な役割を果たす。
フンディング: ヘルギの宿敵の一族。『エッダ』の別の英雄譚にも登場する。
考察
ヘルギ伝説は、北欧神話の英雄譚の中でも独特の位置を占めている。ヴォルスング伝説ほどの長大な物語サイクルは形成していないが、3編の詩篇が共通の筋書きを伝えている点は注目に値する。詩篇同士の関係については諸説あるが、同じ伝承が各地で異なる形で語り継がれていたと考えるのが自然であろう。
特に、英雄の恋人とその一族との争いという主題は、大陸ゲルマンの英雄叙事詩にも共通するモチーフである。ヘルギ伝説は、そうしたゲルマン的な要素と北欧的な要素が融合した、スカンディナヴィア独自の伝承を伝えているのかもしれない。英雄の死後に恋人が墓に赴くくだりなど、北欧文学に特徴的な叙情性も感じられる。
一方で、ヘルギ伝説にはヴォルスング伝説の影響も見られる。シグムンドの息子として登場することや、竜退治の要素などは、両者の関連を示唆している。しかし、ヘルギ伝説の本質は、あくまでヴァルキリーとの恋愛譚であり、宝物にまつわる呪いとは無縁である。ヴォルスング伝説の影響は二次的なものと考えられる。
断片的な資料からヘルギ伝説の全体像を描き出すのは難しい面もあるが、それぞれの詩篇から伝わってくるのは、若い英雄の勇姿と悲劇的な死のモチーフである。ゲルマン的な英雄像に、北欧的な抒情性が加わった点に、ヘルギ伝説の独自性があるのかもしれない。
ヘルギという名が「聖なるもの」を意味することから、ヘルギ伝説には古い宗教的な背景があることも指摘されている。英雄と女神の恋愛譚という構図は、豊穣儀礼に由来するとも考えられている。そうした神話的な要素が背景にありつつ、ゲルマン的な英雄像を描いた点で、ヘルギ伝説は北欧神話の中でもユニークな存在であると言えるだろう。
ヘルギ伝説は、北欧神話を代表する英雄譚ほどの規模はないが、スカンディナヴィアの伝承が持つ個性を示す貴重な例であると考えられる。英雄叙事詩の普遍的な要素を持ちつつ、北欧的な美意識も併せ持つ点は、評価されるべきである。散発的な資料からヘルギ像を浮かび上がらせることは難しい課題であるが、その魅力を掘り下げる試みは、今後も続けられるべきであると思われる。ヘルギ伝説の研究は、北欧神話の理解を深めるだけでなく、古代スカンディナヴィアの文化や宗教観、英雄観に光を当てる重要な手がかりを提供する。このような英雄譚が現代にも伝えられ、読み解かれていくことは、遠い過去の人々の心の動きを理解するための貴重な機会となる。
The Everlasting Battle
「終わりなき戦い」は、スノッリの『散文エッダ』に散文で語られている伝説である。古いスカルド詩にも言及されていることから、北欧神話の古い要素を伝えていると考えられる。
伝説によれば、ヘディンはヒルドの父ヘグニの娘ヒルドを誘拐した。ヘグニは二人を追って戦いを挑むが、和解の場を設けようとするヒルドとヘディンに応じようとしない。結局、両軍は相打ちとなり、ヒルドの魔力により、戦士たちは毎夜蘇って、翌日も戦い続けることになった。
この伝説は、北欧でも大陸でもさまざまな形で語り継がれた。『エッダ』では散文のみであるが、サクソがラテン語訳を記しており、ドイツの英雄叙事詩『クドルーン』にも類話が見られる。不死身の戦士という着想は、『ベーオウルフ』にも登場する。伝説の起源や伝播については諸説あり、古くから北欧・ゲルマンに共通する物語の核があったと考えられる。
印象的なフレーズ
"Hild went to her father and offered atonement from Hedin, but said also that he was quite ready to fight, and Högni need expect no mercy."
"Every day they fight, and every night the dead are recalled to life, and so it will go on till Ragnarök."
重要なポイント
「終わりなき戦い」の伝説は、スノッリの『散文エッダ』に散文で語られている。
伝説の主要モチーフは、誘拐された女性とその父親の戦い、不死身の戦士の戦いである。
北欧とゲルマンに共通する伝承が存在したと考えられ、伝播の過程で各地の伝統が加わったとみられる。
理解度確認の質問
ヘディンとヘグニはなぜ戦うことになったのですか?
戦士たちはなぜ毎晩蘇ることができたのですか?
この伝説は北欧以外のどの地域の文学作品にも見られますか?
重要な概念の解説
ラグナロク: 北欧神話の「神々の運命」。巨人族との最終決戦により、世界が滅びて新しい世界が生まれる。
不死身の戦士: 神話や伝説によく見られるモチーフ。『ベーオウルフ』では、シュリーズと呼ばれる。
考察
「終わりなき戦い」の伝説は、北欧神話に特有の要素と、より広範なインド・ヨーロッパ神話に共通する要素が融合した物語であると言える。誘拐された女性をめぐる争いという主題は、トロイア戦争を始め、世界中の神話や伝説に見られる普遍的なモチーフである。一方で、戦死者が毎晩復活するという設定は、北欧神話のヴァルハラ観念と結びついた独自の展開であると考えられる。
この伝説の起源については諸説あり、ヒルドの父親を「ユトランド人」とする伝承もあることから、南スカンディナヴィアのデーン人の間で形成された物語が、北方へ伝播したという見方もある。一方、不死身の戦士のモチーフは、アイルランドの神話にも類話が見られることから、ケルト起源とする説もある。いずれにせよ、伝播の過程でゲルマン的な要素が加わり、北欧的な色彩を帯びるに至ったであろう。
「終わりなき戦い」の背景には、古代の戦士文化があると考えられている。誉れある戦死とその後のヴァルハラ行きは、ヴァイキングの戦士たちの理想であった。毎日を戦いに明け暮れ、夜には宴を楽しむというヴァルハラの日常は、この伝説にも反映されているのかもしれない。
また、戦いを引き起こすヒルドの存在にも注目されたい。恋人の仇討ちに燃える女性という役割は、北欧文学に幾度となく登場する。ヒルドは、戦いの観念を絶対視する北欧的な女性像の表れであるとも言える。
「終わりなき戦い」は、北欧神話の断片的な伝承の一つに過ぎないが、共通の物語類型の中にも、それぞれの文化の個性が反映される点を示す好例であると思われる。宗教的・文化的背景の違いが、同じモチーフにどのような展開をもたらすかを考える上でも、興味深い作品であると言えるだろう。
The Sword of Angantyr
アンガンテュルの剣ティルヴィングを巡る伝説は、『エッダ』詩篇には含まれていないが、後代の『ヘルヴァラル・サガ』に詩篇の形で残されている。戦士アンガンテュルは、呪われた名剣ティルヴィングを手に入れ、12人の息子とともにサムソーの戦いで戦死する。
娘ヘルヴォルは、英雄の父に相応しい子として育ち、青年のような勇猛さを見せる。ある日、ヘルヴォルは父の墓所を訪れ、父の亡霊に剣ティルヴィングを求める。アンガンテュルは娘に剣の呪いを警告するが、ヘルヴォルは呪いを恐れず、ついに剣を手に入れる。
この物語は、『エッダ』の英雄譚の中では異色の存在であるが、英雄の娘という稀有な主人公を描いている点で注目に値する。呪われた宝物という主題は、ヴォルスング伝説にも通じるものがある。アンガンテュルやヘルヴォルの活躍を描いた詩篇は、『エッダ』の中でも特に優れた芸術性を持つと評価されている。
印象的なフレーズ
"Hervor does not fear the flames. She goes into the fire without flinching."
"I will take the sharp sword in my hands, if I can get it: I fear no burning fire, the flame sinks as I look on it."
重要なポイント
アンガンテュルとヘルヴォルの伝説は、『エッダ』詩篇には含まれていないが、『ヘルヴァラル・サガ』に残されている。
伝説の中心は、呪われた名剣ティルヴィングと、英雄アンガンテュルの娘ヘルヴォルの活躍である。
北欧神話の英雄譚の中では異色の存在だが、芸術性の高さが評価されている。
理解度確認の質問
アンガンテュルはどのようにして名剣ティルヴィングを手に入れましたか?
ヘルヴォルはなぜ父の墓所を訪れたのですか?
アンガンテュルはなぜ娘にティルヴィングを渡すことを躊躇したのですか?
重要な概念の解説
サムソーの戦い: アンガンテュルと12人の息子が戦死した戦い。『エッダ』や『サクソ・グラマティクス』にも言及がある。
亡霊: 北欧神話では、英雄の亡霊が墓の中で生前の姿で存在し続けるという観念がある。
考察
アンガンテュルとヘルヴォルの伝説は、『エッダ』の英雄譚の中でも特異な位置を占めている。主人公が英雄の娘である点では、ヴォルスング伝説のスィグニーやグズルーンを彷彿とさせるが、物語の展開はより劇的で、神秘的な雰囲気に包まれている。
呪われた剣ティルヴィングは、ニーベルンゲンの宝物のような運命の象徴として機能している。所有者に栄光をもたらす一方で、滅びも招くという両義性は、北欧神話に特徴的なモチーフであると言える。英雄の死後も剣が子孫に受け継がれていく点も、ヴォルスング伝説との共通点として指摘できるだろう。
ヘルヴォルの造形は、北欧文学の女性像の多様性を示す好例である。『エッダ』の英雄譚では、しばしば女性が復讐者や扇動者として重要な役割を果たすが、ヘルヴォルはより直接的に武勇を示す稀有な存在である。「少女らしさ」を全く欠いた彼女の姿は、現代の感覚からすると違和感があるかもしれない。しかし、そのために北欧神話の世界観の異質さが際立つとも言えるだろう。
また、ヘルヴォルが亡霊となった父と対話する場面は、死者との交流という北欧文学の重要なモチーフを示している。亡き者と生者の境界が曖昧な点は、古代北欧人の死生観を反映していると考えられる。ヘルヴォルの不屈の意志は、死をも恐れぬ英雄的な精神性の表れとして読むこともできるだろう。
アンガンテュルとヘルヴォルの伝説は、断片的にしか伝わっていないが、北欧神話の世界観を凝縮した作品であると言える。英雄譚の類型的な要素を備えつつも、ユニークな魅力を放っている点は高く評価されるべきである。父と娘、男性と女性、死者と生者など、対照的なモチーフが絡み合う物語は、現代の我々の感性にも訴えかける力を持っている。散文の『ヘルヴァラル・サガ』も、この伝説の面白さを十分に伝えているが、詩篇ならではの芸術性があったことも想像に難くない。失われた詩篇の完全な姿を知ることはできないが、現存の資料からもアンガンテュルとヘルヴォルの伝説の魅力は十分に伝わってくるのである。
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