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クローン病とともに。前編

はじめまして。すとろべりぃ。と申します。
名前の由来は、単にいちごが大好きだからです🍓

突然ですが、みなさんは「クローン病」という病気を知っていますか?
「クローン」はあくまでこの病気の発見者の名前で、何かがコピーされて増殖したり…という訳ではありません笑

簡単に言えば、その範囲に個人差はありますが、胃から小腸、大腸にかけて、潰瘍(かいよう)とよばれる傷ができ炎症を起こすことで、管が腫れて狭くなったり、穴が空いてしまったりする病気です。
治療法は確立されつつありますが、原因不明のため難病指定を受けています。

安倍元首相が、持病である「潰瘍性大腸炎」の治療を理由に辞任されたのが記憶に新しいと思いますが、その病気とよく似ており、同じIBD(炎症性腸疾患)となっています。

そんなクローン病の一患者である私が、自身の体験談を綴ることを通して、どんな苦労があるのか、どんな支援を求めているのかをみなさんに知ってもらえたらな、と思います。

話が長くなりますので、前後編に分けて投稿しようと思います。
文章を書くのは得意ではないですが、最後までお付き合いいただけると幸いです。


奪われた希望

私がクローン病を発症したのは、今から3年前、大学1回生を終えかけた春休みでした。

部活の春合宿、新入生歓迎会、友人との旅行…
せっかく大学生になったし、長い春休みを満喫しようとした矢先のことです。

後期の期末試験を酷い腹痛に耐えながらなんとか乗り切った次の日、初めての内視鏡検査を終え、麻酔から目覚めると、母親が深刻な顔をして私にこう告げました。

「あんた、今日から入院やって」

絶望のあまり、まるで意味が分かりませんでした。熱っぽかったので聞き違いかな?と思いました。
受け入れられないのも当然、私はもともと身体が弱いとはいえ、今まで入院の経験はありませんでした。

その後、医師から診断された結果は、クローン病。
聞いたこともない病名で困惑しましたが、私の病状は思ったより深刻でした。

内視鏡カメラで撮影された写真を見せてもらうと、小腸から大腸、直腸(肛門付近)まで、はっきりと見えるほどただれており、ボロボロだったのです。

あまりに急な展開に、私は泣きも驚きもせず、ただただ呆然としているだけでした。

どこまでも続く絶望

入院してからは絶望の連続でした。まず一つ目に、消化器系の疾患ということで、ご飯を食べられません。入院から1週間はずっと絶食でした。

栄養補給は基本的に点滴と、エレンタールというドリンク状の薬のみです。これがまたマズい…。

一度この味を覚えてしまうと、なかなか飲めなかったです。鼻を押さえて無理やり飲もうと思っても、吐き気が勝ってしまい、結局のところ2~3度しか完全に飲みきることができませんでした。

(私が味に敏感すぎるのか、内視鏡検査によく用いられる2Lの下剤ドリンクも、どの種類であっても全く口にできません…。)

絶食が解除され、最初に出てきたご飯には感動しました。たとえドロドロのおかゆとおかずであっても、ご飯であることは確かです。口から食べられるのです。

いろんな人から「病院食はマズい」と言われて身構えていましたが、退院するまでに食べたご飯はどれも美味しかったです。私が薄味好きなだけかもしれませんが。

徐々に普通の食事になっていき、箸で食べられるものが増えていくと、ますます食事を取れるありがたみを感じるようになりました。

二つ目は、できることが制限されてしまうことです。
入院して点滴を打ったことのある方ならご理解いただけると思いますが、点滴の針は基本的にひじの裏側に刺します。

これがとても不便で、腕の曲げ伸ばしができないので、看護師さんに支えてもらわないとできないことも多々ありました。

特に、お風呂に入る時には、点滴を打っていない方の腕一本で頭や体を洗わないといけないので洗いづらいです。私は入浴できる日に親に面会で来てもらい、洗うのを手伝ってもらっていました。

また、私は英検の勉強をしたいと思い、単語の暗記に励んでいたのですが、上手く字が書けず困っていました。

最後は、大学の友人と会えず、課外活動に参加できなかったことです。

友人が住んでいる場所は様々で、地元の病院に入院していた私のもとに来るには1時間以上かかる人も少なくありませんでした。

2月の集中講義(短期集中的に開講される科目のことです)の受講や、部活の春合宿、さらには一学年下の新入生の歓迎会への参加まで、大学の課外活動にやる気が満ち溢れていました。

そのような状況の中、私は突然入院してしまったため、孤独感と申し訳なさでいっぱいでした。

やがて、「私は何もできなくなるんだ」と塞ぎ込むようになり、今でもお付き合いしている彼氏との毎日の連絡も、ネガティブな言葉ばかりになってしまいました。

まさか私が得体の知れない病気、しかも難病にかかってしまうなんて…
私はもうこれまで通りには生きられないんだ…
もう、消えてしまいたい…

以上のようなことばかり言っていて、彼氏もこれを聞いて絶対辛かっただろうなと、今では反省しかありません。

入院してしばらくすると、遠いにも関わらずたくさんの人がお見舞いに来てくれて、とても嬉しかったのを今でも覚えています。今思うと新型コロナウイルスが蔓延する前で本当によかったなと思います。

彼氏も手紙と暇つぶしの小説、ブランケットなどを持って何度も面会に来てくれて、もう少し頑張り続けてみようと思うことが出来ました。

こんな感じで、約3週間に及ぶ入院生活は終わりを迎えました。しかし、この後更なる絶望が襲いかかってくるとは、この時はまだ誰も知らなかったのです…。

再び訪れた悲劇

退院したての私はとにかく大学の課外活動に参加したくて、翌日に部活に復帰しました。
しかし、この無茶な行動が後に悲劇をもたらします。

午前中の活動が終わり、お昼を食べ終えた頃。
疲労からか頭痛と目眩、腹痛が身体を襲います。

その日の夜。40℃の熱に浮かされ、再び病床に伏すことになりました。

翌日からは、緊急で再入院することになり、そこから数日は、高熱からご飯をまともに食べられず、水分を取ることすら精一杯で、自力で立って移動することもままならない状態でした。

車椅子に乗らないとトイレすら行けなくなってしまった自分の情けなさに、思わず涙が止まらなくなってしまいました。

どうやらこの高熱もクローン病の病状の一種であり、胃腸の不調とともに現れることがあるようです。しんどさで言えば、嘔吐がつらいノロウイルス並にしんどいです。

正直なところ、再入院の期間の方が精神的にも肉体的にも辛かったです。

結局、再退院まで2週間ほどかかり、私の大学1回生としての春休みはほぼまるごと潰れました。
Instagramで休みを満喫している投稿を大学の友人がしているところを傍から見るだけの生活に、私はかなり精神的に疲弊していました。

やっと退院…!と思ったのも束の間、これからの日常生活で気をつけるべきことがいくつもあったのです…。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
後編では、日常生活におけるクローン病の実情をお伝えしようと思います。

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