母の日はややこしい

今日は母の日です。
前に書いたかもしれませんが、私の第一回目の母の日は悲しみの日でした。夫は母の日を祝ってくれませんでした。
私がいい母親じゃないから。
夫は私を愛していないから。
お得意な僻み根性が出ました。
悲しくて悲しくてわんわん泣いたのを思い出します。もう22年も前の話ですが、あの心の痛みは思い出すとうるって来るぐらい昨日のことのように感じます。
自分からお願いして祝ってもらうんじゃあ意味ないと思ったんですよね。
でも私の旦那には私の希望はどうしてもわからないというのが本当にわかったので、今年の母の日は、前から行きたかったレストランでランチをしたいとリクエストしました。旦那はそこを予約してくれました。
今そこでのランチを済ませて帰ってきたところです。いつも行くにはちょっとお高めの場所だったので、特別な日に行けて良かったし、長男、旦那、私で楽しんできました。
次男は遠くに住んでいるので、手作りカードとチョコレートを送ってくれました。
とてもいい母の日でした。
旦那が私の希望がわからない=大事にされていない=自分には価値がない
こういうような方程式が私にはいくつかあります。そうやって傷つくことを選択していたのだなと思います。旦那には私の希望がわからない=ただの鈍感男って言う方程式を使った方がまだ良かったですよね。
旦那は愛されて育ってきたみたいなので、何かしてあげないとみたいな気持ちが湧かない人らしいです。私は何かしないと自分には価値がないと焦るタイプです。
本当は私自身はゼロで人生で起こる出来事に掛け算していつもゼロ(ニュートラル)で生きて行ければなと思います。なかなか難しいですが。
マリア様や観音様のように静かに微笑んで出来事を見つめるのが私の理想です。

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