フラワーギフト─五十鈴透子

誕生日を迎えるたびに花が贈られた。
始まりはダフニー、次はフェリシア、そしてアイリス、オクナ、リスラム、リクニス。今年は。


12月24日。クリスマス一色に彩られたいつもの道を、変わらないいつもの貴女と歩く。
手には学校鞄と袋を2つ。同級生のあの子達が贈ってくれた誕生日プレゼントだ。
ふわりからは手作りのスノードーム。真ん中の雪だるまは私をイメージしたそうだ。ハンドメイドが得意なあの子らしいプレゼントだと思う。
朝香からは見るからに高級そうなお煎餅のギフト。「甘いものの後に食べるとおいしーよ」とコメントを添えて。ケーキを食べるのを見越してだろうか、変なところで気遣いができる子だ。
「へえ、ふわりんもあさちゃんも豪勢なものくれたんだねえ。だいじょぶ?重くない?」
「平気。…あの子達、教室で派手に祝うんだもの。ちょっと恥ずかしかった…」
「でも嬉しそうだね?」
「……まあね」
ここが部室だったら別に、と否定していただろう。私の返事に真緒ちゃんはにんまり笑った。 2人だけの帰り道は少しだけ素直になれる時間だった。

しばらく歩けば私の家に到着する。いつもならここで別れるところだが、彼女は
「中で待ってて!プレゼント持ってまた来る!ダッシュで!」
と言い残し髪を靡かせて走り去っていった。どこまでもエネルギッシュなひとだ。

……今年は何の花だろう。

誰もいない家にただいま、と入り、灯りを点け暖房を入れる。しんとした家に帰るのももう慣れたものだ。

真緒ちゃんも私も両親が多忙で、物心ついた時からしょっちゅうお互いの家を行き来し寂しさを埋め合っていた。
あの頃を思い返して浮かぶのは、どこまでも駆けていく背中を必死に追いかける光景。明るくて外向的で私とは正反対な、眩しいその姿に追いつきたくて必死だった。
ひっくり返っても埋められない2歳の差は子どもの自分にはとても大きくて、でもどうにかして肩を並べたくて、遊びでも音楽でも勉強でも頑張り続けていた。

そしてあの日。

──大切な人にはお花を贈るんだって!お誕生日おめでと!透子!

6年前の今日、真緒ちゃんはそう言って屈託のない笑顔でダフニー…沈丁花を差し出した。大切な人、という響きが10歳になったばかりの私にはどうにもくすぐったかったのをよく覚えている。
それからずっと誕生日には花を贈ってくれていた。気分屋の彼女のことだから、いつかはこのプレゼントにも飽きると踏んでいたにも関わらずだ。
その一方私はというと、なんだか気恥ずかしさが勝ってしまい一度も花を贈ることなくここまで来てしまった。そんな子どもっぽさが嫌になる。

溜息をつくと同時に玄関チャイムが鳴った。うわ、本当に早い。
急いで扉を開ければ長い髪を乱し息を切らせている真緒ちゃんの姿。
有言実行しなくていいのに、と小言を言いながら急いで部屋に通し2人分のインスタントココアを淹れる。湯気の立つマグカップに口を付け、一息ついてから。

「改めて!お誕生日おめでとう、透子!」

眩しい笑顔で笑顔で差し出されたのは、生花ではなかった。それは。
「綺麗…」
ラベンダー色のリボンがかけられたハーバリウム。瓶の中でゆったりと揺蕩うような白い花に感嘆の声が漏れる。
「これは桜?」
「惜しい、フユザクラ。12月24日の誕生花だよ」
「へえ……今年はやけにロマンチックね。それに生花じゃないのは初めてじゃない?」
「はは、ご明察。今年は特別なプレゼントにしたくてね。ハーバリウムならずっと飾っておけるでしょ?」
真緒ちゃんは柔らかく笑った。珍しい表情だった。
「今年は透子が高等部に入ってさ。同じ合唱部で、私の思い描いてた通りの、ううん、それよりもずっと素敵でキラキラした時間を一緒に過ごせて。すっごく嬉しかった」
遠くを見つめる彼女に倣って、私も今までの記憶を思い起こす。

旧校舎の小さな第2音楽室。私を入れてもたった10人の合唱部。初めはそもそも合唱が成り立つのかさえ不安だったけれど、いつの間にかそこで奏でる小さな音楽をとても愛おしく感じていた。
部の仲間だってそうだ。皆個性はバラバラだけれど優しくてあたたかくって、ありのままの自分で居ることを許せるようになってきていた。

灯りにかざせば柔らかな光を通すハーバリウム。ひとつひとつの優しい思い出が詰まったようだった。

「……私も。毎日すごく騒がしいけど、今までで一番学校が楽しい」
「良かった。ふわりんやあさちゃんのお陰かな、透子はずいぶん素の自分出せるようになったよね」
もちろんあの子達の影響も大きい。でも、第2音楽室まで手を引いてくれたのは。
かけがえのない思い出たちの、いつもその真ん中にいたのは。

──大切な人にはお花を贈るんだって!

記憶の中の彼女が笑う。そうだよね、真緒ちゃん。

「…プレゼント、ありがとう。大切にする。ずっと飾る。それから……真緒ちゃんも、来年の誕生日は期待してて」

精一杯勇気を出した私の言葉を聞いた彼女は少しの間きょとんとして、それから丸眼鏡の奥の目を嬉しそうに細めた。


次は私も恥ずかしがらずに贈るよ。貴女によく似合う向日葵の花を。

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