ラプソディー・イン・オレンジ─橘実乃梨

マグカップにぬいぐるみ、ハンカチ、スイーツ、アクセサリー。

ねえ可愛いでしょう、綺麗でしょう、ほらほらわたしを買って、とかなんとか言われてる気分。きらきらお目目のビーム付きで。
けれどもなんだかどの商品もしっくりこない。はっきりと感じているのは溜まっていく脚の疲ればかりだ。
軽快な店内BGMと一緒に、考えがぐるぐると頭の中を巡っては消える。そう、それはまるでラプソディーのように……なんて詩人ぶってる場合じゃない!どうしよう!

「それで、どうなのよ実乃梨?一通りめぼしいお店は回ってみたわけだけど……。その顔じゃあ収穫なしね」
「うう〜、ごめん瑛子ぉ…だめだー!決まらないー!」
「はーい、大きい声出さないの。だいぶ歩いたしお茶にして気分転換しましょ。3階の喫茶店のケーキ、美味しいわよ♪」

ほらほらと背中を押され、バレンタインモチーフで華やかに飾り付けられた駅ビルを歩く。店員さんからにこやかに差し出されたチョコの試食をいただいても、とびきり甘いそれは、今の自分にはちょっぴり重たかった。



「でも意外だわあ。あなた達ぐらいの付き合いになれば相手へのプレゼントなんてポンっと決まると思ってたけど」

喫茶店のアンティークな椅子に腰を下ろし、カフェモカのホイップをくるくると溶かしながら瑛子が言う。

「私だってそう思ってたよ〜…。うう、もういっそ麻奈佳ちゃんに電話して欲しいもの聞いちゃおうかな…」
「それも普通にアリよ。微妙なモノもらっちゃうよりはずっといいわ」
「い、いや!ちゃんと自分で選ぶ!サプライズにするって決めたし!」

ハロウィンパーティーの日に麻奈佳ちゃんがくれた、もう一つのとっても嬉しいプレゼント。綺麗なハナミズキの栞は今も大切に自室に飾ってある。

だからそのお返しを贈るんだ。タイムリミットは2月13日。バレンタイン当日は麻奈佳ちゃんも何か用意するはず。よって私は先手を打つ!
……と意気込んだところまでは良かった。ピンとくる贈り物が浮かばずじまいで今日になり、最後の手段で頼れる友人に泣きついたわけだ。

「実乃梨だけに贈ってくれたプレゼント、ねえ…。妬けるわね、仲良しさんめ」
「えへへ、いいでしょー。麻奈佳ちゃん、お菓子も栞も手作りしてくれたんだよ?」
「さすが麻奈佳。苦にもせず楽しそうに準備してるのが浮かぶわ」
「私もとっても嬉しかったから、今度はお返しのプレゼントをばっちりきめて、それで……」
一瞬言葉に詰まった。……私は、麻奈佳ちゃんに。
瑛子にそれで?と促される。
「…それで、麻奈佳ちゃんに笑ってほしいなって、喜んでもらいたいなって…」
「……なんだ、ちゃんと分かってるんじゃないの」
「へ?」
気の抜けた自分の声が店内に響いた気がした。
「目的は麻奈佳の笑顔なんでしょ?物はあくまでも目的を達成するための手段よ」
「麻奈佳ちゃんに笑ってもらうための手段……。じゃあ、それなら」
「うん。こんなにお店を巡って何もピンとこないのなら、形ある物にこだわらなくてもいいんじゃないかしら?」
「そっか……そうだよね!」
みるみる希望と活力が湧いてきて、そのままひしっと瑛子の手を握る。
「ありがとう瑛子!ここ奢るからね!もっと食べていいよ!!あ、ほらこっちのオレンジピールのケーキは季節限定だよ!すみませーん!注文お願いしまーす!」
「え、ちょっと実乃梨、落ち着いて、ねえ、さすがにケーキの追加はきつい、ちょっ、せめて半分こさせてえ!」


賑やかだったあのショッピングの後、ついにやってきたその日。お昼休みに「これ!ハロウィンの時のお返し!受け取って!」とラブレターを渡すみたいにして封筒を差し出した。

麻奈佳ちゃんはしばらく目をぱちくりさせていたが、そっと封筒を受け取り「開けていいの?」と聞いてくれた。当然全力で頷く。

「これ……チケット?……あ、この遊園地って、もしかして…!」
「そう、初等部の頃に行った遊園地!懐かしいよね!あの時は家族のみんなも一緒だったけど、今度は二人だけで行ったら楽しそうかなー…なんて」
手を合わせ、ちらりと親友の顔を伺う。
「……うん、行こう!ありがとう実乃梨ちゃん!」
そこには花が咲くような笑顔があった。
「ふふ。どうしよう、土曜日の方がたっぷり遊べるかな?あ、再来週は創立記念日もあるよね…!実乃梨ちゃんはいつがいい?」
ご機嫌な犬の尻尾みたいに彼女のポニーテールが揺れる。私も慌ててスケジュールアプリを起動した。


それからとんとん拍子に予定が決まり、天気の良い休日、ふたりで電車に揺られていた。麻奈佳ちゃんは眩しい陽が差し込む車窓から楽しそうに外を眺めていて、その横顔は女神さまみたいだった。ついついぼーっと見つめていると目が合って、ふたりで笑う。

遠くに観覧車が見えてくる。あと少し。

いつか離れたところで生活する日がやってくるかもしれない。でも分かるんだ。どんなに久しぶりに会ったとしても、すぐに今みたいに笑い合える。
離れ離れになっちゃう日が来るまでは…ずっと一緒にいてね。

到着アナウンスが響き、軽い足取りで電車を降りる。
何に乗ろうか、楽しみだね、なんて言い交わしながら改札を出た。さあ、陽が暮れるまで思いっきり遊ぶんだ。

麻奈佳ちゃんへ。
ありがとうって伝えたい。いちばん大好きで大切な親友に、とびっきりの贈り物と一緒に。

大好きの気持ちをたくさん込めて!今日はいっぱい笑おう!


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