ハナミズキの栞─藤代麻奈佳

チン。
オーブンが軽やかに焼き上がりを告げた。蓋を開ければ一気に甘い香りに包まれるキッチン。
トレイをそっと取り出し、綺麗に並んだクッキーの焼き上がりに思わず「よしっ」と笑みがこぼれる。

明日は合唱部のハロウィンパーティー。

発表する歌の最終調整もしっかりできたし、瑛子ちゃんのメイク講座も楽しかった。衣装の準備もできている。
さあ、最後にもうひと頑張り。

焼き上がったクッキーへ慎重にデコレーションを施していく。大切なあの子の、太陽みたいな笑顔を思い浮かべながら。わたしたちの軌跡を振り返りながら。


自分は幼い頃から人の機微に敏感だったように思う。周囲の人がどうして欲しいか、何をしたいのかを自然と理解できていた。
いつしかわたしは学校でもバレエ教室でも周囲に目を配り、そっとその要望に応えていくのが常になっていった。自分の思いを押し殺すこともあったけれど、その分皆が幸せになれるならそれで良かった。そう思おうとしていた。

そんな中、実乃梨ちゃんはどんな時でも裏表のない"橘実乃梨"だった。
知り合った時はあの突き抜けた素直さや純粋さに少しだけ面食らったけれど。
つい周囲を気にして一歩引いてしまうわたしの、時には思いきり背中を押してくれて、時には優しく手を引いてくれて。気づけば最も心を許せる大切な友人になっていた。天真爛漫な笑顔と底抜けの明るさに照らされながら、一緒に歩いて来ることができたんだと噛み締める。

だから明日は。

完成したクッキーを袋に入れてリボンをきゅっと結んだら、あとひとつ。お気に入りの栞を一緒に包む。春に庭のハナミズキを手折って押し花にしたものだ。一緒に歌えること、同じ時を過ごせることにありったけの感謝を込めて。

これを見つけた時はどんな顔をしてくれるかな。まずは驚くかな。その後笑顔になって、喜んでくれるといいな。彼女のことだから本に挟むよりお部屋に飾りそうかも。


ハナミズキの花言葉はね……。

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