庵野秀明監督作品『式日』書き起こし
「或時」
「故郷にて」
1日目 30日前
▫️カントク
「タバコあります?」
▫️雑貨屋のおばさん
「タバコ置いてないんですよ。ごめんね」
▫️彼女
「タバコないの?」
▫️カントク
「ああ」
「ありがとう」
▫️彼女
「儀式!」
「儀式なの」
▫️カントク
「あ、さっきの?線路で?」
▫️彼女
「そう。儀式を執り行っていたの」
▫️カントク
「そりゃあ、あ、なんか邪魔して悪かったかな?」
▫️彼女
「(首を横に振る)」
▫️カントク
「でも、なんの儀式なの?」
▫️彼女
「ナイショ」
「ねぇ、明日なんの日だか分かる?」
▫️カントク
「いや…」
▫️彼女
「明日は…“私の誕生日なの”」
式日 SHIKI-JITSU
2日目 29日前
▫️ナレーション
「私はまだ、渦の中にいる。暗くて寂しいところです。貴方なら、私を助け出してくれそうな気がした。今もまだそう思ってしまいます。どうしていいのか分からず、雨の匂いに心打たれます」
▫️カントク
「昨日はタバコありがとう」
「それと、誕生日おめでとう」
▫️彼女
「違う。明日が私の誕生日なのー」
3日目 28日前
▫️カントク(モノローグ)
「ただ、彼女を探すという行為。それで十分だった。その時の私は仕事や自分自身に対する行き詰まり、無気力と焦燥が生み出す日常的な退屈に慣れ親しもうと尽くしていたからだ。個人の生活を避け続け、虚構の構築に綴られた自分の人生にただただ疲れ果てていた」
▫️カントク
「あのー、いっつも一人なの?」
▫️彼女
「今日は違うの」
▫️カントク
「昨日は?」
▫️彼女
「ちょっとだけ違うの」
▫️カントク
「明日は?」
▫️彼女
「違う方が好き」
▫️カントク
「僕も一人じゃない方がいいな。ねえ、今日は何月何日か知ってる?」
▫️彼女
「月曜日」
▫️カントク
「昨日は?」
▫️彼女
「日曜日」
▫️カントク
「明日は?」
▫️彼女
「火曜日」
▫️カントク
「今日も線路で儀式だったの?」
▫️彼女
「そう。願いを叶える為の儀式なの」
▫️カントク
「願い?」
▫️彼女
「願いが叶うと、私は綺麗に消えてくれるの。この世界に何も残さず消えてくれるの。その為に、儀式を続けないといけないの。赤い傘はその時まで私を守ってくれるの」
「ねぇ、明日何の日だか分かる?」
「わかんないかなあ…明日は私の誕生日なの。だから、一人じゃない方が好き」
4日目 27日前
▫️カントク
「あの…」
▫️彼女
「なにぃ?」
▫️カントク
「いや、最初の日…なんでついてきたの僕に?」
▫️彼女
「なんで今ついてくるの?私に」
▫️カントク
「いや、気になる…気になってるから」
▫️彼女
「じゃあ私も気になったから!」
▫️カントク
「ここ君ん家?」
▫️彼女
「うん」
▫️ナレーション
「錯乱した心と人を恋しく思うこの上ない迫り来る孤独。誰でもいいのかもしれない。ただ、いつも変わることない。減ることない、愛を与え続ける人がいればそれでいいのかもしれない。これが本当の愛だとか、貴方といれば落ち着くだとか、気が合うだとか、自問自答の毎日。病んでいる。パパもママも病んでいる。みんな病んでいる。そして私は…一番病んでいる」
▫️カントク
「どうした?。(笑う)やっぱり遠慮した方が良かったかな」
▫️彼女
「ううん、そういうんじゃなくてね。そこに人が立ってるのが初めてっていうか珍しいっていうか…それで変な感じがしただけ」
▫️カントク
「変?おかしい?」
▫️彼女
「ううん、全然。似合ってる」
「この部屋好き?」
▫️カントク
「え?。(笑う)。多分…」
▫️彼女
「私は好き。だってこの部屋には私の好きな物しかないんだもん」
▫️カントク
「え?僕も?」
▫️彼女
「うん。仲間に入ってる」
「私もね、ここになら居てもいいの。帰れる場所があるっていいよね。ただいまお母さん」
▫️彼女の母親
「あのね、お姉ちゃんはね、ちょっと聴いてる?母さんの言うこと聞かなかったからよ。あんたは後で後悔したって遅いのよ?ちゃんと母さんの言うこと聞かないとあんたもお姉ちゃんと同じことになっちゃうよ。もうーあんたはあの男の血を引いてるしね…仕方ないわね。いい加減にしなさいよ!あんた今どこにいるの?またあの男のところじゃないでしょうね?もうこれ以上許さないよ母さんは。一体いつになったら返事くれるの?さっさと電話くらいしなさいよあんたは。あ、そうですか、はいはい。今まで散々苦労して育ててきたのに必要ないですか…こんなに蔑ろにされたのは初めてだわ。あんたと違ってお姉ちゃんは酷かったねえ。あー悔しい!あんたね…わがままもいい加減にしないとまた酷い目にあうよ。バチが当たるよ。貴方、貴方、貴方ってねえ!実の親に向かって“貴方”って言うの!あんたの父親はね、私いじめて苦しめてその上、実の娘にこーんなに嫌われたよね。生きててもしょうがないわねー!明日は母さんも退院するしあんたの誕生日なのよ。お願いだから家に帰ってきてちょうだい」
▫️彼女
「はーい」
▫️彼女
「ねえ明日なんの日だか分かる?」
▫️カントク
「え?多分君の誕生日じゃない?」
▫️彼女
「そう!だから明日も一緒に遊ぼ。せっかくの誕生日に一人は嫌だもん」
5日目 26日前
▫️カントク
「なにやってんの?」
▫️彼女
「雨の日はお父さんとお姉ちゃんの日なの。2人とも死んじゃったの。明日は私の誕生日なの」
▫️カントク(モノローグ)
「恐らく、彼女にとって真実は自分を傷つけるだけの敵なのだ。出口を失った闇のような孤独が、この子の日常の全てなのだ。彼女の持つ、激しさや不安を少しでも和らげたいと思ってる。例えそれが自らに対する贖罪であろうとも」
▫️彼女
「一緒にいていい?」
▫️カントク
「うん」
▫️彼女
「明日なんの日か分かる?」
▫️カントク
「明日は君の誕生日だ」
6日目 25日前
▫️アナウンス
「午前5時59分、30秒をお知らせします」
「午前5時59分、40秒をお知らせします」
「午前5時59分、50秒をお知らせします」
「午前6時、ちょうどをお知らせします」
「午前6時、10秒をお知らせします…」
▫️彼女
「おはよう」
「ええー、それでは…私の家ツアーをこれから始めます」
「まずは、ここが、秘密の4階です」
「で!ここが…この子がルーシー。(笑う)。秘密の、3階!」
「で!ここが…秘密の、2階!」
「で!ここが…秘密の、1階!」
▫️カントク
「下もあるんだ」
▫️彼女
「ダメ!それ以上先は絶対秘密!絶対秘密!絶対に入っちゃダメなんだからね」
▫️カントク
「うん…」
▫️彼女
「で!ここが秘密の…5階!」
「で!ここが…秘密の…」
▫️カントク
「何階?(疲れてる)」
▫️彼女
「6階…」
「で!ここが…秘密の…7階」
▫️カントク
「ハァハァ…なんで全部“秘密”が付くの?」
▫️彼女
「だって…内緒だもの。私達の」
▫️彼女
「で!最後に!ここが…秘密の!屋上!」
▫️カントク
「この階段…しんどい…やっぱ歳かな…」
▫️彼女
「ふーん、ねえ高い所って好き?」
▫️カントク
「ちょっと苦手かな…」
▫️彼女
「私は好き。時々ね、ここに来て確認するの」
▫️カントク
「なにを?」
▫️彼女
「まだ大丈夫か、どうか」
「空が綺麗…星が綺麗…月が綺麗…光が綺麗…私が存在しなければ、みんな綺麗。私いない方がいいのかな…私の血はどうだろうか。それくらいは綺麗かな…見てみようかな…」
「ほら今日も大丈夫。手を離さなかった。まだ生きてていいみたい」
「無表情な蚊が落ちてゆく。でっかい蚊。私よりずっとずっとでっかい蚊。ぐったりしていて動かない。自分よりずっとでっかい生物に捕まった。そいつの足で掴まれて、そいつは羽ばたいた。上まで行って、私のすぐ上を飛んでった。だけれどその蚊は、そこで足を離され落ちてった。それでもずっと無表情。そのままヒュルリヒュルリと落ちてった」
▫️カントク
「フン…なにそれ?」
▫️彼女
「私の頭の中」
▫️カントク
「なんか面白い頭してんな」
▫️彼女
「ねえ、今度はそっち!そっちの番。なんか話して」
▫️カントク
「なにを?」
▫️彼女
「なんか!」
▫️カントク
「なんかね…」
▫️彼女
「なんでもいいの、なんか話を聞きたいの」
▫️カントク
「“ファイヤーマン”って知ってる?」
▫️彼女
「知らない」
▫️カントク
「俺が子供の頃にやってたウルトラマンみたいな…なんか敵にやられてさ、最後死んじゃうんだけど、なんか燃やされちゃうんだよね」
▫️彼女
「死んじゃうの?」
▫️カントク
「なんかファイヤーマンがさ、燃えるわけよ。ファイヤーって言っときながら火に弱くてさ…。(笑う)。燃えやすいから“ファイヤーマン”だったのかな。こういう話じゃないよね」
▫️彼女
「なんかよく分かんないけど面白いよ」
▫️カントク(モノローグ)
「と言っているが、本当はどうだろう。彼女はただ、人の声を聞いていたかっただけではないだろうか。ただ、寂しいと感じたくなかっただけではないのだろうか」
▫️彼女
「ねえ、明日なんの日か分かる?」
▫️カントク
「え?君の誕生日だろ?」
▫️彼女
「(笑う)」
▫️カントク(モノローグ)
「天蓋が開く。響き渡る音とあまりにも普通な青空は、私を少し不安にさせた」
▫️カントク
「ねえ明日も会えるかね?」
▫️彼女
「生きてたらね」
7日目 24日前
▫️彼女
「車好き?」
▫️カントク
「うん。まあ船とか電車程じゃないけど…まあまあ」
▫️彼女
「私は好き。車」
▫️カントク
「なんで?」
▫️彼女
「お姉ちゃんが好きだったから。ねえ何処にいたの?」
▫️カントク
「いやホテル戻ってたよ。荷物取りに。アレとかアレとか…」
▫️彼女
「そうじゃなくて、今まで何処にいたのか」
▫️カントク
「ん?帰りはいつものルートで、本屋とデパートと…あああと今日はおもちゃショップ…」
▫️彼女
「ち・が…うー。ここに来るまで何処にいたのかなの!もう…」
▫️カントク
「ああ…東京だよ」
▫️彼女
「なんでここに来たの?」
▫️カントク
「ん?なんか色々考えたくってさ。なんか疲れたから」
▫️彼女
「辛かった?」
▫️カントク
「んん…まぁなんやかんやと色々あったからな…でも結局なんにもなかったんだよな…」
▫️彼女
「お母さんと一緒だね。人生は生きていくには辛いことばっかりだって言ってた」
▫️カントク
「間違い電話だよ多分。うん」
▫️彼女
「きょ、今日は携帯かかってこないんだね」
▫️カントク
「え?ああ…うん、話は済ませたからね」
▫️彼女
「なにやってんの?」
▫️カントク
「うん?なんにも…本来の仕事はさ、疲れるから、今は遠ざかってるって感じかな。本当はね、実写もやりたかったんだよ。実写映画。映画」
▫️彼女
「映画!?。(笑う)。やればいいじゃん、やんないの?やればいいじゃんじゃあさ、今から“カントク”ね。カントクって呼ぶから。カントクぅ〜…。(かなり笑う)」
▫️カントク
「やめてくれよ…乾杯」
▫️彼女
「カンパーイ」
▫️彼女
「私青青青、青い車。これ?これぇ青?」
▫️カントク
「うん」
▫️彼女
「じゃぁよーい、ドン。あ、今ズルいことしたでしょ。(笑う)。止まってる。」
▫️カントク
「あれ、、」
▫️彼女
「ねえねえねえねえ」
▫️カントク
「うん?」
▫️彼女
「明日なんの日か分かる?」
▫️カントク
「明日?明日は君の誕生日だろ?」
▫️彼女
「(笑う)」
▫️カントク
「(笑う)」
▫️彼女
「分かってるじゃないか、カントクぅ!」
8日目 23日前
▫️彼女
「うん、今日も大丈夫。終わったよ」
▫️カントク
「ええ、はい、素材は今日から回しますけど、どうなるか分かりませんよ?はい。はい。今月中に来るとね…」
「りりち、はい回った。回ってるよ。撮ってるよ。なんか喋って?。(笑う)。何故か逃げられてしまいました」
▫️彼女
「ねえこの服似合う?映画にちゃんと合ってる?」
▫️カントク
「そうだね、似合ってんじゃない?あんまり、服のことよく分かんないけど…そういうの疎いんだよね」
▫️彼女
「入ろ。(笑う)。発車するよ」
▫️カントク
「電車、嬉しいか?」
▫️彼女
「カントクと乗る電車が嬉しい」
▫️彼女
「私まだこっちの方来たことない」
▫️カントク
「未知の世界か?」
▫️彼女
「うん楽しみ」
▫️カントク(モノローグ)
「日々の退屈から逃れる術として、電車は最適だった。映画のごとく流れる風景、規則正しい効果音、広がる彼女への妄想、しばらく飽きることはないだろう。この怠惰な日常も、彼女と過ごすぬるま湯のような日々も、ささやかな笑顔も、今の私には心地よかった。毎日は死へのカウントダウンなのだ。疎かにはできない。だからこそ彼女を撮りたい…と思った。映像、特にアニメーションは個人や集団の妄想の具現化。情報の操作選別、虚構の構築で綴られている。存在をフレームで切り取る実写映像すら現実を伴わない。いや、既に現実が虚構に取り込まれ、価値を失っている。久しく言われる現実と虚構の逆転、既に私にはどうでもいいことだ。私の意識、私の現実、私の被写体は彼女に集約されつつある。恐らくは、妄想に逃げ込みたい彼女。恐らくは、妄想から逃げ出したい私。この相反する事象を映像として切り取っておきたかったのだ。だがその行為も所詮は映像を通してしか他人とコミュニケーションが取れない私の言い訳に過ぎない」
▫️カントク
「これが謎の地下1階への入口です。立ち入り禁止、カメラ厳禁の為、これ以上お見せすることができませんが、あしからず。で、1階から7階までは諸般の事情で現在割愛させていただいております。屋上です。これが屋上です。高ぇ。(疲れてる)。ここでいつも彼女は自分で自らの確認作業をしています」
▫️彼女
「ねえ明日なんの日か分かる?」
▫️カントク
「明日は君の誕生日だろ?」
▫️彼女
「ンフフフ…」
▫️カントク
「と、今日を昨日に戻し…明日を迎えることの無い日々を。これが彼女の典型的な1日である」
9日目 22日前
▫️カントク(モノローグ)
「彼女は夜明け近くまで寝ることがなかった。が、朝は6時前に起きて必ず電話の時報を聴いている。私の見る限り、彼女はほとんど睡眠をとっていなかった」
▫️彼女
「ハハハハハハハ!!!」
▫️カントク
「おーい、寝ろー。眠くないの?寝たくないの?」
▫️彼女
「寝るのが怖いの。寝る瞬間、目を瞑るとなんか重たい物が降りてきて頭を潰そうとしてるの。避けても避けても避けても避けても落ちてくるの。目を逸らすことができなくって…えーだから、寝ないの。気を失う。でも明日が来るのは好きだよ。だって明日はね…。(笑う)。ねえ明日なんの日か分かるぅ?」
▫️カントク
「君の誕生日だろ?」
▫️カントク(モノローグ)
「彼女は真実に向き合うことが恐ろしく、睡眠ですら拒絶している。人間の持つ曖昧な記憶に絶対の真実などは存在しない、記憶の消去と更新は彼女が生きている為の唯一の精一杯の行動なのだ。喜びの記念日より、忘れたい日々の方が多いことは確かだ。私は彼女に何を求めているのか…」
▫️彼女
「カントクは早く寝た方がいいよ。明日も撮影するんでしょ?」
10日目 21日前
▫️カントク(モノローグ)
「今日も私は彼女を映像に切り取り、現実の存在を自分の意思で、自分の都合で、自分の逃避で切り取る行為は私を安心させるからだ。映像はこうした私の過去を虚構に変える。誰しもが行う記憶の編集、記憶の改竄、それらに映像という形を与え、具現化し、存在させることで、私は過去をやり直し、綺麗事で塗り固められた理想の過去へと変えているのだ。私の現在を自らを脅かす者が何もありえない虚構と妄想の世界に作り替えているのだ。彼女と私は同じだ。所詮は方法論の違いに過ぎない」
▫️彼女
「ねえねえこんなん拾っちゃった」
▫️カントク
「なんだそれ…捨てなさいって」
▫️彼女
「ねえカントクもこんなん読むの?」
▫️カントク
「読まないよ。読まないね」
▫️彼女
「うそだ」
▫️カントク
「嘘じゃないね」
▫️彼女
「なんで?」
▫️カントク
「いや、もうちょっとソフト路線なのなら読む」
▫️彼女
「じゃあ読むんだ」
▫️カントク
「いやその、コラとかさ」
▫️彼女
「いやらしい」
▫️カントク
「そういうのちょっとね」
▫️彼女
「『あんな場所こんな場所でイキまくる、肉欲に溺れたメスたち』」
▫️カントク
「読むなって」
▫️彼女(要所要所にカントク“やめなさい”)
「『日常のセックスでは飽き足らない 普通とは違った場所で燃え上がるエッチ大好きな女たち』」
▫️カントク
「やめろ恥ずかしいだろ…捨てろって…汚いよ」
▫️彼女
「カントクもこんなん好きなんだ」
▫️カントク
「(笑う)。ちょっと絶句するね…ボヨヨーンって書いてあるよ」
▫️彼女
「やぁだぁー!好きなんだ」
▫️カントク
「いやちょっと大っきすぎるかな」
▫️彼女
「ふーん、やっぱ好きなんだ。ねえセックスって好き?」
▫️カントク
「えぇ?いやぁそれはまぁ、男なら誰でも好きでしょ」
▫️彼女
「カントクは?」
▫️カントク
「いやカントク敵には…好きも嫌いもね?嫌いではないかな…」
▫️彼女
「ふーん、やっぱ好きなんだ。私は嫌い。だってさ、そんなことしたらさ、ただの男と女になっちゃう。みんなと同じになっちゃう。だから嫌い。だいっキライ!。(笑う)」
▫️カントク
「クモハ42形制御電動車。車体形状、両運転台付き20m車。ドア及び座席は片側2箇所、片開き半自動扉、2小型座席、セミクロスシート、車体色ブドウ色2号、座席68、立席36、定員104名、自重45t、昭和8年に製造。現在全国でここの2両のみが営業運転中。ちょとちょっとまってて…もしもし。おおう、おん、素材を回してる。おん、いや自分で面白かどうかは分からないよ。うん、今度プロット出来上がったら送るから、メールで。うん、読んで感想聞かせて。うんそうだね、じゃあ、おいー」
▫️彼女
「あぁぁーー!また女からだ!!カントクのエッチ!」
▫️カントク
「違うよそういうのじゃないって」
▫️彼女
「いいないいな、一日一回は必ず誰かさんとお話してるんだもんな」
▫️カントク
「そういうのじゃないって。よいしょっと」
▫️彼女
「いいじゃん誰でも電話あるだけ。要る?」
▫️カントク
「返せよ」
▫️カントク(モノローグ)
「その夜、降り出した雨と共に彼女の笑顔が消えてしまった」
▫️カントク
「おーい、大丈夫かい?入るぞ?」
▫️彼女
「明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?明日は雨でしょ?」
「なにしてんの!!!!明日は私の誕生日なのよ!!!」
11日目 20日前
▫️彼女
「今日はお父さんとお姉ちゃんの日!雨の日は好きなの。だってこの日ばっかは、世の中の浮かれた人たちがやっと下を向いて歩く日だから。だから好き」
▫️カントク(モノローグ)
「彼女の好きな雨。晴れた日には覆い隠されていたものが、雨の日に堰を切ったように流れ出る。寂しさという感情。悲しさという感情。これらの想いは精神と裏腹に彼女を高揚させ、ある行為に至らないように作用している。そして雨という事象に対する彼女の様々な反応を生み出していた。彼女の背負った悲しみとはなにか。恐らくは、血の繋がった家族の死…私はこの時、彼女が心の中で自らの存在の消滅を望んでいることを、改めて確信した」
12日目 19日前
▫️彼女
「♬新しい朝が来た 希望の朝だ 喜びに胸を開け 大空仰げ〜 ラジオの声に 健やかな胸を この香る風に開けよ それ1・2・3…」
「ふはぁん。ほら今日も大丈夫。なんかさ怖い時に掴まる所があるってさ、なんかそれだけでいいよね」
▫️彼女
「で、ここが秘密の、祭儀場ぉ〜。いっつも水で溢れてなきゃいけないすんげぇ神聖な場所なの。でも、今日からここも解放。カントクも出入り自由。ビデオカメラもオッケー!」
▫️カントク
「ここは?」
▫️彼女
「ああーああ」
▫️カントク
「あっちはダメなの?」
▫️彼女
「こっちの方が」
▫️カントク
「あれ傘は?お、ここに、傘。いらないの?」
▫️彼女
「今日からはね、これ」
▫️カントク
「なんだそれ」
▫️彼女
「ビデオカメラ、おそろい」
「ねえカントク楽しいことってあった?」
▫️カントク
「えぇ?なんかそういうのって、パッと出てこなきゃマズイよね」
▫️彼女
「じゃぁーあーあ、好きなとこは?」
▫️カントク
「好きなとこは…まぁこういう所も好きだけど、砂漠はよかったわ」
▫️彼女
「砂漠!?砂漠…」
▫️カントク
「砂と空しかない、シンプルな場所。すっごい綺麗。でもそれって、人間がいないから、人の歪さがないから綺麗なんだと思うな…」
▫️彼女
「人のいない美しい世界…なんかそれ素敵だね」
「カントク線路好き?」
▫️カントク
「ええ?うん」
▫️彼女
「なんで?」
▫️カントク
「うーん、ふん、なんつーか、機械的建造物の感じっていうか。それとあとレールって決まってんじゃん?なんか上に乗っかってりゃあさ、自分で道選ばなくていいじゃん。その感じが楽でいいのかも」
▫️彼女
「ふーん」
▫️カントク
「君は?」
▫️彼女
「好き!」
▫️カントク
「なんで?」
▫️彼女
「だって、この2本ってね絶対交わることってないのね。だけど2つで1つなの。だからー好き」
▫️ナレーション
「置いてきぼりされた、悪態疲れでほっていかれた、色々してみたけど、怖くて、震えが止まんない。振られたサイコロの魔力は、劣ることなく、私を操る。君に出会えてよかったという日が、いつか来ればいいのにと、、、ハナウタ、歌う」
▫️彼女
「母さん、母さん、ハァハァハァ…」
▫️ナレーション
「エルビスの欲が君の代わりに死んだとしたら、空をどう歩こう。風はどう流れるんだろう、裏切りの味で、あの赤黒い空間の階段の下で、あの鋭利な棒を何度も、何度も、何度も、何度も…」
▫️カントク
「ダメだね、全然、もうこれ廃業かね…俺辞めたら何やってるんだろう。何やってると思う?あ、またごめんかけ直すわ。おーい、なにやってんの?」
13日目 18日前
▫️カントク(モノローグ)
「この日、彼女は屋上に行かず、線路にも行かなかった。いや、一歩もここから動こうとしなかった」
▫️彼女
「明日が私の誕生日。明日が私の誕生日。明日が私の誕生日。明日が私の誕生日」
「しあわせになれ。しあわせになれ。しあわせになれ。しあわせになれ。しあわせになれ。しあわせになれ。しあわせになれ。しあわせになれ。しあわせになれ。(続いてる)」
▫️カントク(モノローグ)
「何に脅え、何から逃げているのか、彼女はなにも話さなかった。彼女には、もうもはや誰にも見えていない。私は今、彼女の中に存在していないのだ。一度も会話を交わすことなく、一度も目を合わすこともなく、一度もビデオカメラを動かすこともなく、この日は終わった。こんな姿の彼女を切り取る勇気が、私にはなかったからだ。ゆとりのない、耐え難い現実が私の上にものしかかろうといていた」
14日目 17日前
▫️カントク(モノローグ)
「この日、いつの間にか彼女が猫を拾ってきた」
▫️彼女
「ほらほらお母さん、この子可愛いでしょ?“ジャムちゃん”っていうの。ほらほら、お母さんですよ?私たちの優しい優しいお母さんですよ?ちゃんと挨拶しましょうねジャムちゃん。ねえねえ明日なんの日か分かる?明日はね、私の、誕生日なの」
15~19日目 16~12日前
▫️カントク(モノローグ)
「彼女の儀式は未だ中断されたままだ。あの日以来ずっと屋上にも登らず、線路へも行かず、一日中猫と一緒にいる。彼女は猫と戯れることで心を回避させているようだ。相変わらず睡眠もとらず、この頃は食事もロクにとらずに、猫とひたすら戯れ続けている。他に特記すべきことはない。ただ私と会話はもちろん、目を合わすこともなかった。未だ彼女の中に私は存在していないのだ」
▫️彼女
「ジャムおいで!!おいで。なんで来ないの?」
20日目 11日前
▫️カントク(モノローグ)
「この日、いつの間にか猫がいなくなっていた」
▫️彼女
「ごめんなさいだから戻ってきて、」
▫️ナレーション
「写真家の夢、作家の魂、映画監督のこだわり、役者の病気、赤い頬、腫れる唇、貼り詰められる嫌悪、人の心は脆く、すんなり射止められる。夜の闇に流れる。魔の音楽が少女の耳を覆う。少女はこれぞ真の母親が現れたと踊り狂う。踊り狂う。踊り狂う」
▫️カントク(ナレーションに被り)
「これなら食えんだろ」
▫️カントク(モノローグ)
「その日、遂に彼女は帰ってこなかった。ふと私は猫がいなくなったことに少しホッとしている自分に気づいた」
21日目 10日前
▫️カントク
「あの、、猫は?」
▫️彼女
「お母さんが…お母さんが中にいた。私お母さんになったんだ。うあああああ!!!!あああああああ!!!あぁぁぁぁあぁああああ!!!!」
▫️カントク
「やめろって!」
▫️彼女
「ハハハハァハァハァハァ!!!(続けられる彼女の奇声と笑い声と怒号)」
▫️カントク
「落ち着け!落ち着け!!!!」
▫️彼女
「カントクの音だ。ドクンドクンいってる。優しい音、初めて聞いた」
「もう何処にも行かないでね。もうこの間みたくいなくならないでね。もう私を一人にしないでね。約束だよ。だって明日は私の誕生日なんだから」
▫️カントク
「うん、わかったよ」
▫️彼女
「誕生日は、絶対そばにいてね。ずっとずっといてね」
「カントク何考えてるの?」
▫️カントク
「え?あいや、ごめん」
22日目 9日前
▫️彼女
「マジで!?!ちょとちょっと起きて起きて!ねえ!起きて(笑いながら)。6時過ぎてる」
▫️カントク
「いやだ…ちょっと待ってくれよ。ちょっと上んないで」
▫️彼女
「よいしょっと。うん」
▫️カントク
「大丈夫?」
▫️彼女
「カントクの音大丈夫っていってる」
▫️カントク
「今日はどの線路にする?」
▫️彼女
「遊園地」
▫️カントク
「こんぐらい大丈夫だろ。うぁぁぁぁあああああ!!!」
▫️彼女
「カントク、サル!サル!サルとヤギ!」
「今朝ね私、大発見したの。なんだと思う?私ね寝るのが怖くなくなったの。カントクが横に居てくれただけでねえ、なんかすごい、当たり前のように目が瞑れたの。うん。でねなんか、なんにも怖くなかってえ、なんにも落ちてこなかったの。なんかねえ逆に体が凄い軽ぅくなって、普通に眠れたの。すぅごいことなんだよ?すっっごいことなんだよ!わかる?凄い大発見なんだよ?これは。すごいねえーー発見…なんだよ?」
▫️カントク
「お、いいアングルだ」
▫️彼女
「こうすればね、風が強くないよ」
▫️カントク
「ああー確かに」
▫️彼女
「添い寝っていいよね?私好き」
▫️カントク
「そうだね…俺もどっちかっていうと、こっちの方がいいかな。あっちより」
▫️彼女
「嘘だあ」
▫️カントク
「ほんとだよ」
▫️彼女
「うーじゃあねえ、添い寝のどこが好き?」
▫️カントク
「温いところ」
▫️彼女
「温いところ…私はね、夜中に目が覚めるとね、カントクが横にいるの。すぐそばに顔があるのね、だからすっごい安心するの。不思議だよね?」
▫️カントク
「なんだかわかるなあ、でも君の場合、いっつも口ボカーって開けて、ヨダレだらけだよ寝顔」
▫️彼女
「ばーか」
▫️カントク
「痛ええ」
▫️彼女
「上れる?」
▫️彼女
「みんな歯の抜かれた人間みたいにトラックがタイヤ抜かれてるよ。ねえ、私にも撮らささせて」
▫️カントク
「ええ?」
▫️彼女
「いい?カントク撮りたい。貸して貸して」
▫️カントク
「ダメだよ作品になんなくなっちゃうじゃん」
▫️彼女
「いいじゃん!いいからさ、貸して貸して」
「こう?これでいいの?これ撮れてるの」
▫カントク
「返せよ。映すなよ」
▫️彼女
「ねえなに怒ってるの?」
▫️カントク
「えぇ?怒ってないよ」
▫️彼女
「ウソ!」
▫️カントク
「怒ってるように見える?」
▫️彼女
「見えるー」
▫️カントク
「怒ってないですぅ」
▫️彼女
「ンフフフフ」
「んんー??」
▫️カントク
「最近疲れてっからさー」
▫️彼女
「疲れてんの?」
▫️カントク
「うん」
▫️彼女
「ふーん、そうなんだ」
▫️カントク
「そうなんだってどうなんだあー」
▫️彼女
「ねえカントク、甘えたい?」
▫️カントク
「え?甘えたいですぅ」
▫️彼女
「じゃあ、いい子いい子〜。もっと甘えていいよ!きゃああ〜、ンフフフフ。じゃあ私も甘えていい?」
▫️カントク
「カモ〜ン」
▫️彼女
「じゃあ、おんぶ!」
▫️カントク
「ええぇー。おんぶすか…?」
▫️彼女
「うん、おんぶ」
▫️カントク
「マジすか…」
▫️カントク
「目回るよ…」
▫️彼女
「目回った?」
「ねえ明日なんの日か分かる?」
▫️カントク
「えぇ?わかるよ」
▫️彼女
「そう!明日は、私の、誕生日なの」
「明日は私の誕生日なの」
「明日は私の誕生日なの(歩きながら)」
「明日は私の誕生日なの(カメラへ)」
「明日は私の誕生日なの(走りながら奇声)」
「明日は私の誕生日なの(うんざり)」
「明日は私の誕生日なの(怯えながら)」
「明日は私の誕生日なの(おおらかに)」
「明日は私の誕生日なの(静かに訴える)」
「明日は私の誕生日なの(蹲りながら)」
「明日は私の誕生日なの(無の感情)」
「明日は私の誕生日ー!(観衆がいるように)」
「明日は(ワクワク)、私の(囁き)、誕生日ー!(上空へ叫ぶ)、にゃの」
「明日は私の誕生日なの(キメにくる表情)」
「明日は私の誕生日なの(雑音に負けず)」
「明日は私の誕生日なの(嬉しさ隠しきれず)」
「明日は私の誕生日!(急いでる)」
「明日は私の誕生日なの!(向かってくるカメラへ)」
「あしたはわたしのたんじょうび」
「明日は私の誕生日なの(誰もいないはずの空へ)」
「明日は私の誕生日なの!(愉快に)」
「明日は私の誕生日なの(下を向いて)」
「明日は私の誕生日なの(真表情)」
「明日は私の誕生日なの(隠し事のように)」
「明日は私の誕生日なの(笑顔で)」
「明日た私の誕生日なの(人を眠りから覚ますように)」
28日目 3日前
▫️カントク
「ふうあー…」
▫️カントク(モノローグ)
「彼女と出会ってから、はや1ヶ月弱。昨日の繰り返しにうんざりしている自分と、慣れてしまった今日に安心している自分。明日は変わってしまうのではないかと不安な自分。明日こそは変わってほしいと切望する自分。一体私は彼女との現在になにを望んでいるのだろうか。過去の維持なのか、それとも、未来の変化なのだろうか、だがそれはその時の気分で変わるような曖昧な疑問に過ぎなかった」
▫️彼女
「カントクね、毎晩いびきかいて寝るんだけどね…」
▫️カントク(モノローグ)
「この日常もいつかは終わる。彼女ともいつかは別れる。自分が生きていることも、いつかは終わるのだ。だからこそ、この刹那でささやかな自分の気持ちを大事にしておきたかった。だが、破錠な退屈と過剰な接触は私をただただ疲れさせた。そして、いつの間にか彼女といることが、楽しいと感じる時間より、鬱陶しいと感じる時間の方が、長くなっていることに、私は気づく」
▫️彼女
「私もいつかはそうなるんだ」
「ねぇねぇ今日ね、松涛神社の前にね青い車がいてー、そんで、その車ってのがね可愛かったんだよなかなか…ねえ聞いてる?聞・い・て・る?見てすごい上手くっなったんだよ。あ、止まっちゃったよ」
▫️カントク
「ちょっと、大和にいってくるわ」
▫️彼女
「嫌われた…嫌われた?…嫌われた嫌われた嫌われた。また置いてけぼりにされちゃう…また置いてけぼりにされちゃう…また置いてけぼりにされちゃう…また置いてけぼりにされちゃう…ハァハァハァ…お母さん、どこ?うるさい黙れこのわからず屋!うるせえ厚かましいんじゃ!!結局いっつも感謝しろ感謝しろ感謝しろって、いっつもいっつも言ってっけどそれはなぁ、“押し付け”って言うんじゃ!本当は私がなにを求めてたかなんかこれっぽっちもわからんやろ!全然知らんやろ!偉そうに言うなよ!!!自分で仕掛けたことは覚えてても、自分が人にした仕打ちは覚えてへんねやろ。なぁ、なに?それとも自分が苦労した分チャラですか?あんたなんか死んだって後悔せぇへんわ!!!うるさいうるさいうるさいうるさい!なんであの時優しくしたん!?。お母さん…」
「なんで出ないのよ…なんで出ないのよ…なんで出ないの…」
▫️カントク(モノローグ)
「無慈悲と残酷と憎しみと孤独に満ち満ちた世界が彼女の心を覆っている。それは、この世界の現実だ。誰もがその不条理を恐れ、呪っている。だが、世界はとてつもなく広大で、人の心にはまだ優しさと慈しみと触れ合いも存在している。その事実を、彼女にも知ってほしいと、切に願った」
▫️カントク
「もしもし」
▫️カントク(モノローグ)
「しかし、彼女の心はこんなにも繊細で壊れやすいのだ。果てしないその心の闇を包み込む。自分にそんなことが本当にできるのだろうか。やはり、彼女の心を自分では受け止められないのではないかという、拭いきれない不安にまたも私は包まれていった。そして、今日も私はなにもできない」
29日目 2日前
▫️カントク(モノローグ)
「朝6時、彼女はいつもの彼女に戻っていた。自らを傷つける者の存在を否定し、自らを守ってくれる者だけで、全てが再構築された小さな世界にまた舞い戻ったのだ。ただ、それを支える依存の対象が、変わっただけだ」
▫️彼女
「うん、いつもいい音」
▫️カントク(モノローグ)
「忘却で封印され、自己欺瞞で塗り固められた彼女の、妄想に満ちた一日がまた始まる。私の、なにかしなければという漠然とした焦りだけが空しく空回りしていた」
▫️彼女
「なにしてんの?」
▫️カントク
「なんでもない、仕事」
▫️彼女
「ふぅーーん…じゃぁ外行こうよ、外」
▫️カントク
「えぇ?いや仕事」
▫️彼女
「映画撮んなきゃ、映画。仕事でしょ?それが仕事でしょ?」
▫️カントク(モノローグ)
「今や、映像を始めとする日本の数々の表現媒体は、成すことの無い人々にとっての暇つぶしとしての娯楽、あるいは、傷つくことを恐れた人々にとっての刹那な癒し。そのための装置とし、機能しているに過ぎないのではないか。人々が求めるものは、赤裸々に増幅された現実の中のスキャンダル、あるいは、美しく脚色された虚構の中のイリュージョンである。私自身もそうだ。他人との適切な距離が図れず、妄想を日常として成り立つ、虚構の世界へ逃避しているに過ぎない。この映画ですら完成すれば、不確定要素のない、適度な刺激と安心した時間をもたらす装置の一つになる。それ以外の映像を誰が望み、誰が必要とするのか、その時の私は彼女の映像構築を放棄していた。なにも撮りたくなかったからだ。彼女がいれば映画を撮る必要がなかったからだ」
「昔から、気が可笑しくなる程人に好かれない。好きになるという行為に憧れていた。だが、それはとてつもない重荷と疲れを伴う。私はこれを背負いきれるのか」
▫️カントク
「よぉ、久しぶり」
▫️旧友
「おお、帰っちょたんか?」
▫️自転車の男
「おぉい!!待てよおい!おぉーい!おーい、おぉい、待てっちゃ!おい!」
▫️旧友
「なんだあれ」
▫️カントク
「ちょっと行ってくるわ」
▫️自転車の男
「待てっちゃおい!おぉい!」
▫️彼女
「きゃぁぁ!」
▫️自転車の男
「返せや!持っとんお前やろ?おい、お前やろ?」
▫️彼女
「違う私は姉ちゃんじゃない!」
▫️カントク
「あの…」
▫️カントク
「大丈夫?」
▫️カントク
「もしもし、うーい、さっきはすまんかったっちゃ。同窓会?今からやるん?」
▫️彼女
「♪心臓の思い出にならない魚が泳ぐ 真っ青な夜空を見上げ 彼女は涙するんです 人々は神々が蔑んでいるのか 嘆いているのか 何もかも踏んだ涙するんです カラカラの笑顔を浮かべ 新しい死と」
▫️彼女
「どこ行ってたの?」
▫️カントク
「お前こそどこ行ってたんだよ」
▫️彼女
「どこ行ってたの?だれ?女のところ?」
▫️カントク
「あぁん?何言ってんだ違うよ。いや、俺は飲んでたんだよ友達と」
▫️彼女
「うそうそ。うそうそ」
▫️カントク
「ほんとう…お前こそどこ行ってたんだ?」
▫️彼女
「ウソだぁーー!」
▫️カントク
「嘘じゃねえって!本当だよ」
▫️彼女
「もう何も無いの」
▫️カントク
「えぇ?」
▫️彼女
「もう私にはカントクの音しかないの。ねえ?」
▫️カントク
「ん?」
▫️彼女
「キスしたことある?」
▫️カントク
「あるよ」
▫️彼女
「私ないかもしれない。人からしたことある?」
▫️カントク
「ないよ。いや、あるかも。心の中で」
▫️彼女
「ンフフ。私も」
「セックスすればいいの?」
▫️カントク
「えぇ?」
▫️彼女
「セックスすれば、ずっとそばにいてくれるの?本当は好きなんでしょ?添い寝なんかよりずっと。我慢してるだけなんでしょ?胸とか触ったり見たりしたいんでしょ?だったらセックスして。その代わりどこにも行かないで。その代わり私を見捨てないで。なんでも言うこと聞くから。私を嫌わないで。嫌いにならないで。ダメだ…こんなことしたらお姉ちゃんになっちゃう。お姉ちゃんになっちゃう」
▫️ナレーション
「私はまだ、僕が君の代わりに死んだとしたら、空はどう荒れて、風はどう流れるんだろう。あの赤黒い空間の階段の下で、君は、あの鋭利な棒を、今も何度も、宥めてしまいます。自分自身のはち切れんばかりのプルンと膨れ上がっていて心打たれます。 悲しみと裏切りの味で何度もいっぱい、」
▫️彼女
「あ、もしもしごめん。また後でかけ直す。ンヒヒヒヒ」
▫️???
「はいもしもし。珍しい。何こんな時間に?また話しに詰まってんの?もしもし?もしも…」
▫️カントク
「なにやってんの?ん?寝ろよ。これ読んだの?」
▫️彼女
「なんでぇ?なんでなの?仕方ないから?仕事だから仕方ないから私のそばにいるの?」
▫️カントク
「そういうつもりで帰ったわけじゃないよ」
▫️彼女
「お父さんと一緒なの?お姉ちゃんと一緒なの?お母さんと一緒なの?」
▫️カントク
「気に入らないならもういいけどさ」
▫️彼女
「私はダメなの?私のこと嫌いなの?違うよね?違うよね?あの携帯の…女に…あの女の電波に、唆されてただけだよね?」
▫️カントク
「どの女よ?関係ないってそれはぁ。関係ない人よ」
▫️彼女
「聞こえない。カントクの音が聞こえない。答えはひとつ。答えはふたつ。答えはみっつ。答えはいくつ?」
30日目 前日
▫️カントク(モノローグ)
「この日、朝6時を境に彼女は消えた」
▫️彼女
「あなた妹のお友達なん?もしかして付き合っちょん?」
▫️カントク
「ええ…まぁそんなところですけど」
▫️彼女
「へぇ、あの子に彼氏ねぇ…あ、ごめんね。ちょっと思いもよらんかったけん」
▫️カントク(モノローグ)
「代わりに“彼女の姉”がそこにいたのだ。彼女は遂に、彼女でいることも拒絶してしまった」
▫️彼女
「私が言うのもなんじゃけど仲良くしてやって」
▫️彼女
「そういや、あの子昔っからこういう所好きじゃったいね。あの子、可哀想なんよ。親が早うから別れちょんじゃけん。父親は私ら置いてさっさと出ていっちょるし、しまいには浮気相手と死ぬんじゃけん」
▫️カントク
「あの…雨の日に?」
▫️彼女
「いや、火事め」
▫️カントク
「火事め?」
▫️彼女
「そう。あの子の誕生日じゃった」
▫️カントク
「あの、お母さんは?」
▫️彼女
「電車に轢かれて死んだぞ。誕生日になったらなぁんでみんなおらんくなるんって泣きよった」
「私らの母親はね、酷い母親じゃった。なんか悪ぃことあるとすぐ人のせいなんよ。『父親が悪ぃ』じゃろ?『あの女が悪ぃ』じゃろ?『妹が悪ぃ、私が悪ぃ、世間が悪ぃ…』。自分が悪ぃっちゅうことは全然思わん人やったぞ。妹は可哀想にね。いっつも私と比較されてっから。お姉ちゃんみたいになにイヤって育ったんじゃ。アンタはだめじゃねえって言われてるのと同じじゃけんね。辛かったじゃろうね…どうしたらあの子、自分のこと好きになるんじゃろうか…会いたい人がおるんやけど、あんたも来ん?」
▫️自転車の男
「関係ないやつは外しちょってくれや。はぁい言う男かい?血は争えんのぉ。お前のぉ?ええ加減にせぇよぉ?いつもいつも自分の勝手な都合だけで来やがってからぁ!なぁんかいその顔ぉ?あん時と同じか??」
▫️彼女
「ネコ知らない?」
▫️自転車の男
「んはぁ〜、おん前よぉ」
▫️彼女
「ネコよネコ!知ってんでしょ?ジャムちゃん」
▫️自転車の男
「知らんやぁ、知るわけないやろがぁ」
▫️彼女
「ウソウソウソウソウソウソ!」
▫️彼女
「妹に手出そうとしたことも知らんって言うん?」
▫️自転車の男
「なに言おんか??妹はお前じゃろぉ?」
▫️彼女
「違うっちゃ」
▫️自転車の男
「お前の姉ちゃん遠の昔におらんようなっとるんじゃ。お前、“殺人鬼!”って騒ぎよったろ?」
▫️彼女
「違うっていいよらんねん」
▫️自転車の男
「お前自分で殺して訳分からんこと喚きよったじゃろ!」
▫️彼女
「違う」
▫️自転車の男
「なんでお前はいつもそうなんかっちゅう…おん?行くとこないけん置いてくれいうから親切に置いとらぁ…勝手に出ていくし…挙句、『ネコ知らん?』かぁ?そいだけの事でノコノコ帰ってきよってオラァ。お前舐めちょんか?なんか言えよ!ふざけんなよ!!(*゚Д゚)オォー!!!今まで人が散々してやったのに!!お前なんも分かっちょらんよな!?二度と俺の前から消えんなよ…なんかっちゅう?なんかっちゃあ?」
▫️彼女
「私は…」
▫️自転車の男
「お前とおるとコッチがおかしくなるんじゃ!変になるんじゃ!お前おかしいよ。頭おかしいぞ!お前も!お前の姉ちゃんも!お姉ちゃんみたいになりたいんじゃろが!もう立派になっちょうねん!良かったやん!あとは色んな男と寝て、妊娠でもすりゃあお前の大好きな憧れの姉ちゃんや!!のぉ!!めんどくせえよおめぇら。」
▫️彼女
「違う…」
▫️彼女
「ちーがーうー…(泣く)」
▫️自転車の男
「ハッハッハ!変じゃろぉ?おい、お前いつものように『おらんようになれおらんようになれ』って言いよるんじゃないかぁ?」
▫️彼女
「お姉ちゃん…お姉ちゃん…お姉ちゃん」
▫️自転車の男
「お姉ちゃんも言いよったぞ。なんもかんも大袈裟に考えすぎなんじゃお前は!!もうええ!!!指輪返せや指輪」
▫️彼女
「触るな!!」
▫️自転車の男
「なんじゃぁー!!」
▫️彼女
「なにが『人が色々してやった』だー!!えぇ?アンタ自分で今までなんにもしたことないじゃない!!全部お姉ちゃんがやってたじゃない!今更、何様のつもりよ!」
▫️自転車の男
「うるさいんじゃお前」
▫️カントク
「やめろよ」
▫️自転車の男
「言うてみぃやオラァ!」
▫️カントク
「やめてくださいよ」
▫️自転車の男
「指輪返せや!!!」
▫️彼女
「誰がバカだってぇー!!誰がなんにも分かんないってぇー!!離せぇ!!!」
▫️自転車の男
「もうええ!帰れー!!!」
▫️彼女
「いなくなれ!アンタもいなくなれぇ!!!」
▫️自転車の男
「勘弁してくれぃやぁ」
▫️彼女
「お姉ちゃんなんであんなやつと付き合ってたの?あの男はね、お姉ちゃんいなくなってから、私のこと好きって言ったんだよ?お姉ちゃんなんでいなくなっちゃったの?でもしょうがないよね?お姉ちゃん私のこと、嫌いなのに好きなフリしてたんだもん」
「しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ」
▫️カントク
「もしもし」
▫️彼女
「しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、しあわせになれ、」
▫️カントク
「さっき、電話あったよ」
▫️彼女
「だれ?」
▫️カントク
「お母さんから、君の」
▫️彼女
「うそ…まだ生きてる?殺さないと。嘘よ、やっぱり死んでるもん」
▫️カントク
「嘘じゃないよ。明日、君に会いに来るって」
▫️彼女
「明日?なんで?」
▫️カントク
「さぁ。君のこと心配なんだろう」
▫️彼女
「今更?」
▫️カントク
「今更って…いっつも、しょっちゅう電話かかってきてるじゃない」
▫️彼女
「なんで勝手に電話に出たりしたのよ。余計なことしないでよ。悪かったよ、でも君の為だよ」
▫️彼女
「うそ」
▫️カントク
「嘘じゃないって」
▫️彼女
「うそ…いなくなれ。あんたもいなくなれ」
▫️カントク
「逃げんなよ!」
▫️彼女
「逃げてないもん!」
▫️カントク
「逃げてんだよ!嫌なことからどんどん逃げてさ、結局全部自分の世界じゃねえかよ!」
▫️彼女
「違うもん!」
▫️カントク
「嫌なことは認めないんだよな?認めたくないんだよ」
▫️彼女
「違うもん(泣く)」
▫️カントク
「それで“いなくなれ”か?なにもかもみんな、いなくなれってか?」
▫️彼女
「やかましい!ごちゃごちゃ言うな!鬱陶しい!なんで、、いなくなれって言ったのにいなくならないの?」
▫️カントク
「それは、俺が、君と一緒にいたいと思ったからだよ。俺は、君のことが、好きです」
▫️彼女
「うそ」
▫️カントク
「ほんと。好きだ」
▫️彼女
「うそ、みんなと同じだ」
▫️カントク
「好きです」
▫️彼女
「うそだ…」
▫️カントク
「好きだ。好きです。好きだ」
▫️彼女
「なんで優しくするの?」
▫️カントク
「なんでだろうな…帰るぞ」
▫️彼女
「小さい頃、お母さんいなくなれいなくなれってお父さんのこと守ってた。お母さんの呪いかなって、お父さんいなくなった。私は…いなくなれって言われないようにがんばった。だけど言われたの。お姉ちゃんは言われなかったのに。私の誕生日だった。赤い傘と赤い靴。お母さんと2人で買い物に行った時に買ってもらったの。初めてお姉ちゃんのおさがりでないもの。お母さんとお揃いの靴、でもお母さんそれ捨てちゃったの。古くなったからいらないって。で、それ見た時、自分もいつかそうやって捨てられるんだって思ったの。1人は怖いの。だけどお母さんも怖いの。だからみんないなくなれっていう呪いをかけたの。“呪いが叶う日は誕生日だから”。明日は必ず、誕生日じゃないとダメなの。だけどお母さんだけはいなくならなかった。だから頭の中で何度も殺したの。だけどあん時ね、“自分がいなくなればいいんだ”っていうことに気づいたの。だからいろんな格好したの。明日は、私の、新しくて、楽しい人生。でももう、明日どうすればいいのか分かんない」
▫️カントク
「分からないのが明日だよ。分かってるのは、明日も一緒にいるってことかな。どうすんの?お母さんに会ってみるかい?」
31日目 当日
▫️彼女の母親
「元気だったの?元気だったの?」
▫️彼女
「私のことは放っといて」
▫️お母さん
「え?放っとけるわけないでしょ」
▫️彼女
「放っといてたくせに」
▫️彼女の母親
「母さんが?放っといてた?」
▫️彼女
「ずっと放っといてたくせに」
▫️彼女の母親
「ずっと?ずっと放っといてた?いつから放っといてた?母さんあんたのこといつから放っといてた?」
▫️彼女
「ちっちゃい頃から。ちっちゃい頃からずっと放っとかれてた。母さんいつも、お姉ちゃんお姉ちゃん…」
▫️カントク
「お姉さんって、亡くなられたんですか?まだ生きてらっしゃるんですか?」
▫️彼女の母親
「一緒にはいないけど、お姉ちゃんもあんたのこと心配してた。お姉ちゃんこの間電話くれたよ。久しぶりに電話くれた。ごめんね母さん、あんたのこと放っといてた訳じゃないよ?でも自分のことばっかり考えて…なんにも、この子の気持ち考えてなかったかもしれない。ずっと、変だったかもしれない。ダメだったかもしれない。文句ばっかり言って、怒ってばっかりいて、なんにもしてあげられなかったのかもしれない。自分のことしか、考えてなかったかもしれない。ちゃんと愛していなかったかもしれない。今、、、帰ってきてほしいってすごく思う…勝手だけど。寂しい。勝手なんて分かってるけど」
▫️彼女
「じゃあ私が寂しかった頃は?ずっと私が寂しがってた頃はどうなりうるん?私がずっと、お母さんの愛情求めてたのに放っといて、今更寂しいから呼びに来たの?」
▫️彼女の母親
「ごめんなさい、ごめんなさい」
▫️彼女
「ねぇ!!今更自分が寂しいからいいっていうの!!!そういうことなの??」
▫️彼女の母親
「そういうことなの…そういうことなの」
▫️彼女
「私がずっと寂しかったのに無視して自分が…帰って、もう帰って!頼むからもう帰って!!いいからもういいから!もう…帰って帰って…もう帰ってぇぇ…」
▫️彼女の母親
「ごめんね、ごめん」
▫️彼女
「イヤ!!」
▫️彼女の母親
「ごめんごめんごめんごめん…ごめん、ごめん待ってるから。一回でいいから、お家帰ってきて。ね?一回でいいから。ね?帰ってきて。ごめんなさい」
▫️カントク
「夢から覚めた?それともこれが君の夢かい?まだ…。まだ俺たちは夢の中にいるのかね…でもこれが俺たちの現実だからさ。君の現実だからさ。君の誕生日は、君の産まれた日に、やってくるんだよ。笑いな。笑ってよ」
▫️彼女
「(笑う)」
▫️彼女
「ありがとう」
32日目 翌日
▫️カントク
「この日は?なんの日?」
▫️彼女
「12月7日。私の誕生日です。ンフフフ」
33日目以降 未定
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