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大人の筋書き~~「高校教師⑧」

リリ子は玄関のドアを開けると、米倉を招き入れた。
前もって、ファミレスから電話を入れておいたせいか、母は機嫌よく二人を迎え入れた。
それも、米倉がリリ子の母を気遣って、夜分の訪問を告げるようにりり子に指示したからだ。
米倉の卒の無い作法に、リリ子は「大人」を感じた。


「散らかっておりますが、どうぞお上がりください。」

そう言うと、母は米倉を客間に通した。

「先生には、進路指導ではすっかりお世話になり、今晩もお芝居まで連れて行って下さりありがとうございます。今お茶を・・・」

と言う時、米倉が割って入った。

「いえ、どうぞお構いなく。突然お邪魔しまして大変恐縮しておりますが、お母様にはご挨拶をと思ったものですから・・・」

米倉は続けた。

「進路指導のことは仕事とは言え、リリ子さんの感性には私も学ぶことが多く、このままで志望校は大丈夫だと思っています。にも拘わらず、勉強以外に、こうしてリリ子さんを観劇にお誘いしたりして、お母様には不本意ではないかと案じております。そこでお願いがあるのですが、教師と生徒という関係ではなく、一個人として、リリ子さんと正式にお付き合いをさせて頂きたいと思いまして、夜分に失礼かとは思いましたが、お伺いした次第です。」

リリ子は、米倉の明確な願い出が、テレビドラマのシーンのような気がして、他人事の気がしたまま母の顔を凝視した。

母は、硬い面持ちではあったが、
「不本意などとは思いもしません。」
と言うと、

「このようにご丁寧にいらしてくださりありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。」
と言って、頭を下げた。


一瞬の出来事であった。

礼節正しい米倉を、母は自分が選ばれた人のように誇りに思っていることはすぐに判った。
リリ子は母のアクセサリーなのだから、リリ子の成績が良いのも、世間体が良いのも、全て自分の手柄なのである。

ふと、同級生の斎藤君と比較してしまった。電話の取り次ぎもハッキリ言えない斎藤君とは、確かに違い過ぎる。
この瞬間から、私は米倉のGFということになるのだろうか?
そんなことをぼんやり考えていたら、米倉は深く下げている頭を上げながら続けた。

「お付き合いをお許し下さってありがとうございます。ただ一つ、大変申し上げ難いのですが、リリ子さんが在学中は、表立ったことは控えなければなりません。そのことでリリ子さんにも窮屈な思いをさせてしまうことがあるかと思うのですが、」

と話す米倉を母が割って入った。

「それは当然のことです。リリ子も心得ていると思います。ね、リリ子!」

そう言う母は、リリ子に厳しい視線を向けた。

「あ、はい。誰にも話しません。」

あっと言う間に秘密条約が成立してしまった。


米倉を見送る門柱に寄りかかるリリ子の肩を、米倉の熱い手が触れた。
数時間前の二人には無かったものが生まれていた。

(これを大人の付き合いと呼ぶのだろうか?一番喜んでいるには母ではないのか?)

抜け駆けをしたようで、範子には悪いと思ったが、見えない筋書きの上を知らぬ間に進んでいることを、リリ子には止められなかった。

「また連絡する。」

リリ子は静かに頷いた。

晩夏の赤い月が二人を照らしていた。
(つづく)


※事実を元にしたフィクションです。
人物や固有名詞は全て仮名です。
同じ名称があれば、それは偶然ですのでご了承ください。