侵食

「侵食」というタイトルで水甕賞を頂戴したのは、平成28年のことだった。

ここにも記しておきましょう。


「侵食」     シンタニ優子

基督を慕ひし我は四歳の異端児なりき仏教家族に

枇杷の実の整列さるる箱の中誕生月の僅かに寂し

差別語の交じる説得聞きながらハワイの地へと薄き荷作る

血縁の鎖断つごと楽園へと踏み出す我は黒き羊か

ホノルルに降り立つ我を迎へ来るプルメリアの香のわが肌を這ふ

母性薄き家系ならずや加州米ゆつくり噛めば甘き昼飯

ガラス窓に腹透かし来るヤモリさへ卵抱けば母性の匂ふ                        

アボカドの黒づむ皮を剥ぎ取れば緑の果肉のねつとり迫る

奇襲受け未だ沈めるアリゾナ号に観光客の甲高き声

真珠湾見下ろす崖に尖り咲く月下美人の白き一群れ

かつて銃を操りし米兵今もなほ敬礼すなり杖握りしめ 

日系人の墓石は遠く祖国向く英語の愛称も脇に刻まれ

数多なる人種連なるハワイなれば認証欲求の強きに傾く

ホームレスのテントは殖ゆる鮮やかな血潮に似たる色競ふごと     

アキレス腱浮かせ裸足(はだし)の少年の一人遊びの続く路地裏

信号の青になる間を窓越しに物乞ふ男の今日も近づく

鉄道の工事進めば人骨のまた現れて祈祷師(カフナ)の呼ばる

観光業に頼りしハワイの朝毎のラジオは伝ふ来布者数を

統治され土地奪はれし先住民の話すハワイ語「アロハ」の重み

肩紐のくたりと落つる午遅くニュースは映す脱獄囚を

泡を吹き話す少女の白き腕には深紫の薬(やく)の針痕

早道と思ひ通れば娼婦らの出勤経路に迷ふ夕暮れ

鱗だつ入れ墨見せて覆面のポリスの一瞥わたくしを舐む

国際便の中身を取り出し空洞に更なる祖国の気配を探す

ギザギザの心抱きて浜ゆけば波の届けし海硝子拾ふ

海鳴りに心音解け合ふ夜更けには言葉逃がしてわたしに戻らむ

敵国と言ひし人らに躊躇はずわれアメリカに帰化せしと告ぐ

故郷に背きし罪の我にありや咎むる言葉をポケットに握る

百日紅の枝垂るる先の鶏頭もサルビアも燃ゆ原色の日日

原色に染まりゆく我に望郷の歌あらざるか今日も探らむ    


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水甕賞を受賞してからは、どこにも応募しなくなった。