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Memories of Love アンティークバイヤーのみつけたたからもの



ヴィンテージ やアンティークになるようなものたちと、単なる古いものの差って何だと思いますか?

私は作った人の品質やデザインへのこだわりや遊び心、所有した人が持っていた愛着や思い出、そういうさまざまな本質的な魅力が時の力に試されて浮かび上がり、差となっていくんだと思います。

各時代の空気感をまといながら時代を超えてよみがえり、現代のファッションにも影響を与え続けることになります。

そういうタイムレスなアイテムとそのストーリーに出会えたとき、なんというか心がふるえるような感覚があります。

バイヤーとして、買い付けるときはその感覚を一番大切にしています。
その感覚はどこから来るのか、長い間ただ感じるだけで深くは考えていませんでした。

本当に最近のことなのですが、哲学者の友人に「ファッションと自己表現」についてのインタビューを受ける機会があり、彼女との会話が進んでいくうちに、まるで導かれるようにその感覚の答えが炙り出されました。

服を作っていた祖母の、作り手の気持ち、これが愛ですけど、そういったものに囲まれてそれを感じながら育ってきたんですね。
だからあなたにとってファッションは「愛の記憶」ですね。




私には幼少期の記憶がほとんどありません。
それでも覚えているのが祖母が洋裁を教えていたので、自宅にきれいな布や糸がいっぱいあって見たり触ったりするのがお気に入りだったこと、祖母がその布で素敵な作品を作っていく過程と出来上がりを見ることが大好きだったこと。
ほどなくして両親が別離して以来、母親にも祖母にも会えない状況になって、その記憶も朧げになっていました。

物心がつくころから引っ越しや家庭環境の変化が相次ぎ、ひとりで過ごすことが多かった私が夢中になったのがファッションでした。
お小遣いではお菓子とかはほとんど買わずに、少しずつ貯めてはファッション雑誌を買って、まさに隅から隅まで暗記するくらい読み漁っていました。
教室で授業中にはノートにコーディネートの絵を描いたり、クラスの女の子たちの一人一人に似合いそうなコーディネートを(勝手に)考える遊びが密かなマイブームでした。
大きくなるにつれみんなでファッションの話もするようになり、友達から似合いそうな服を聞かれたので伝えたら喜んでくれたのがめちゃくちゃうれしくて、大きくなったら服屋さんになりたいという夢ができました。

その夢は叶って、高校を卒業してからワールドなどのドメスティックブランドを経て、マルニやエルメスなどのヨーロッパのブランドで経験を積ませていただいてから2010年にヴィンテージ ショップをオープンして独立しました。

アパレル業界でのスタートは販売からでしたが、ファッションに囲まれて、お客様の魅力を際立たせるお手伝いができる仕事にやりがいを感じていました。
せっかくご縁があってお店に来てくださったお客様には、ここに来てよかった楽しかったと感じていただきたいという思いが強くて、会社で勤務していたときは、必然的にお客様の動向や要望を品揃えに反映してもらえるように上司や時には本社に働きかけるようになっていました。
意見の使え方など、今考えるとどう考えても、(めちゃめちゃ)生意気だったと思うのですが理解してくださる方々に恵まれて企画やバイイングに参加させていただく機会に恵まれました。今も尊敬するそのときの社長には感謝の気持ちが過ぎて、嫌がられても一生なついて行くつもりです。

マルニでミラノにコレクションシーズンのバイイングに行っていた15年以上前のこと、デザイナーやデザインチーム、エディターやバイヤーたち、モデルなど世界中のファッショニスタを目の当たりにして、ファッションの最先端でとてつもない刺激を受けました。
ブランドのバイイングは規模も金額も大きくて、これから先のトレンド予測と顧客様の動向予測などすべてにレベルの高いお仕事でプレッシャーに押し潰されそうな毎日でした。
そしてバイイングの出張中の自分のファッションも同じように真剣に考えてました。なんたってもう信じられないくらいセンスやスタイルのいい人たちに囲まれていたし、ショールームで仕事していると憧れのデザイナーが顔を出すこともあるんですから。
自社の最新のコレクションを手に入れてはコーディネートを考えてたんですが、そうなるとどうしても人とカブっちゃう…何より私レベルが同じ土俵では戦えるわけがないw。
とにかく人とカブらないコーディネートしようと、もともと好きで集めていたヴィンテージ やアンティークをミックスして着ていたら、思いのほか好評で、特にデザイナーやデザインチームの人から声をかけていただくことがけっこうあって、みんなヴィンテージ が大好きなんだと知りました。
かなりのお値段のする最新コレクションに比べるとお手頃なヴィンテージ の方が褒められることもあるくらいw それは私にとって(ちょっぴり複雑で)うれしいサプライズでした。その頃はミックススタイルと言えば、ファストファッションとハイブランドをミックスする【High & Low 】が流行り出した頃でしたが、褒めてくれた人もけっこうな確率でヴィンテージ の服やアクセサリーを身につけてて、「これもヴィンテージ なの」と教えてくれたりしました。
そういえば入社したばかりの頃のコレクションも1970年代のオジー・クラークからインスパイアされてるな、セリア・バートウェルのプリントそっくりやん!オマージュやん!
ヴィンテージ からのインスピレーションを(オタク気質全開で)理解して楽しんでいたことを思いだしました。

Ossie Clark & Celia Birtwell
Pattie Boyd wearing Ossie Clark


そこからさらにヴィンテージ への興味が高まった頃に、前から一番行きたかったロンドンに旅行に行くことになりました。

初めてロンドンの上空から眺めた景色。
空港から電車で街へ向かうときの空気感。
ここに来るべきだったという確信のような気持ちは今も忘れられません。

一緒にロンドンに行ってくれた可愛くておしゃれな友達のおかげで終始楽しくて、天然な私たちの旅はハプニングとエピソードの連続でした。
初のロンドン旅行のバリバリの観光客として、バッキンガム宮殿や大英博物館や美術館など名所巡りもしつつ、ファッションアディクトな私たちはもちろんショッピングも満喫。
土曜日にはもちろんロンドンで一番有名なアンティークマーケットのポートベローマーケットへ出かけました。

Portbello road


ノッティングヒルの恋人で観たそのままの街並みにテンション上がりながら混雑した道を歩いていくと、目の前にはアンティークのストール(ワゴンのようなショップ)が両側にずらりと並んでいて宝探しがはじまります。

少し歩いたところで大きな屋内のマーケットに入るとたくさんの小さいストール(仕切られた各ショップ)が集まっていて、ボタンやジュエリーや雑貨などキラキラと目に飛び込んで来ます。
奥の方へ入って行くと今まで見たこともないような美しいレースがずらりと並んだストールに釘付けになりました。
繊細なレースやコットン、見事に手刺繍されたお洋服やクロスなどに優しく触れると、心地よい感触とオーラのようなものを指先に感じてうっとり。
はかなく透ける小さなキャミソールと、それはそれは細かいクロシェット編みのボレロにどうしようもなく惹かれているとお店の人がにっこり笑って説明してくれました。
その頃は英語がまだまだ理解できず(今もまだ微妙)お値段を尋ねると、キャミソールはお手頃だったのですが、ボレロはかなりのお値段でした。
まったく相場がわかっていなかったので、もしや日本人だからぼったくられてるのか?もしくはもっと高いけど2つ買うから安くしてくれてるのか?迷ってしまって、しかも値切る勇気もなくてひとまずキャミソールだけ購入してそのお店を後にしました。

それからどのストールを見てもボレロのことが頭から離れず…
あんなん日本の古着屋さんでも見たことないし、ハイブランドでも見たことないくらい美しいしそう考えたらお手頃かも?
アンティークは出会いやん!買っちゃえ!
結局すぐにもどって買いました。
バイヤーの今となっては緻密なアイリッシュレースのボレロは高価で当然だったとわかって本当に買って良かったと思ってます。 

そのあともヴィンテージ ハンティングはアドレナリンが止まりませんでした。

その時の私の胸に小さな炎が宿ったような感覚。
この感覚をいつかお店をして表現したいという気持ち。

いつかまたここに帰ってくるという確信を持ってロンドンを後にしました。



ある日の仕事終わりに制服から私服のアンティークレースにマルニのキャミソールとお気に入りのデニムに着替えてお店を出ると顧客様にばったり会いました。
「ちょっとこれ可愛い!どこの服?!」と聞かれて
「これアンティークなんです」とお伝えすると、
「え!めっちゃ可愛い!どこで買ったの?」
「ロンドンに旅行に行った時買いました。」
「いつかそんな服を買って来て欲しいわ」と盛り上がりました。

それからもずっと事ある毎に「いつかお店したいのなら絶対したらいいわよ。」と言ってくださったのも嬉しかったんです。
その方は、現れるとみんなが思わず目を奪われるほどのオーラを放つ人。
旅をして来たヨーロッパのムードを纏って、美しいグラデーションの髪をポンパドールに結って。
アートや建築にも通じてらっしゃって、自分らしいファッションセンスとスタイルを確率しているのに可愛いお洋服を手に取ると少女にもどって好奇心と遊び心いっぱいになる人。    

その頃の私は大好きなブランドでやりがいも持って働いていたし、まだまだやりとげたことがないような気がしていて、自分のお店をすることは漠然と夢みていたくらいでしたが、こんな素敵な人が応援してくれるのならいつかイケるかも?とポジティブな勘違いがはじまりました。

その後ご縁があってエルメスに入社することになり、またその夢は消えたかに思っていました。
銀座の本社で入社研修で学んだエルメスの理念や歴史と、職人や関わるすべての人たちの製品への思いや誇りはまさしく、私が長年求めていたタイムレスなアイテムとそのストーリーでした。
銀座店のギャラリー見学もあったのですが、そこにはエルメスの所蔵品が展示されていて数々のアンティークもありました。
しなやかなレザーに小さく可憐な手刺繍がほどこされたグローブやアンティークの恋文ケースにときめいたことをとても覚えています。

店舗ではお客様が製品と出会う瞬間を特別な時間としてすごせるように、ブランドと製品やコレクションのストーリーテラーとしての役割と、おもてなしに全力で取り組んでいました。

エルメスの製品は扱うごとにその素晴らしさに深く気づいていきます。
最高級の素材だけがもつ質感、しなやかなレザーと心地よい重みの金具を留めるときの快い音、まるで自然や時間の美しさを切り取ってきたかのような色合い。
スカーフは30枚以上ものシルクスクリーンの技法を重ねてアートのように浮かび上がる柄、指を滑らせたときのシューっという心地よい音と感触。
レザーやシルクの温もりある香りと香水の残り香の混ざりあった空間の香り。
五感まで研ぎ澄まされる環境と、お客様がエルメスに求めるおもてなしをさらに超えることへの使命を感じて、いつも背筋ののびる緊張感が漂っていました。

エルメスではアフターフォローもひとつの大きな仕事です。
お修理などを持ち込まれた際には「ご愛用いただきましてありがとうございます。」という言葉からお客様のご要望をうかがいます。 

ご愛用された製品にはお客様と過ごした証である変化や、経年による変化を感じて、いい製品だけが持つかえって味わいと魅力をました雰囲気を感じるのも楽しくて、そしてお修理が仕上がって来たときに味わいを一層増していることを実感したときはさらにわくわくしました。
日本では傷が気になると言われがちなカーフなどは、使い込んで折り重なった傷も味わい深いですし、熟練の職人によって磨かれて仕上がってきたときは、こっくりとした艶をたたえて、新品よりも手に馴染むしっとりとした感触を手袋(スタッフはいつも綿の手袋を着用して製品を扱います)の上からでも感じてなんともいえない気持ちになりました。

そういう気持ちを感じる度に、ロンドンで感じた気持ちと同じ感覚になりました。
ロンドンで私の胸に宿った小さな炎はだんだんと大きくなっていきました。



そんな私を応援し続けてくださっていたポンパドールの素敵なお客様はエルメスにもお買い物に来てくださっていて、ずっと私の店のオープンを心待ちにしていると言い続けてくださっていました。
ますます(ポジティブな)勘違いをした私は、こんな素敵な人がずっと応援してくださるんだから、時を経て魅力を増したタイムレスな美しいものを集めて、今の時代の気分のアイテムとミックスして自分だけのスタイルを作るお手伝いをさせていただくお店をしよう!
やるなら1年以内にしよう!と決めました。


とはいえ、私は旅行や出張で知ったマーケットの情報くらいしか知らなくて、ヴィンテージ 業界に親しい人もコネもツテもまったくありませんでした。
そしてファッションとしてのヴィンテージ としての偏った知識しかありませんでした。
しかも英語もカタコトレベルでした。


退職の報告をしたときの懇意にしてくださっていた年上の元上司の言葉は今もはっきり覚えています。

うちの会社やめてヴィンテージ ?
悪いこと言わんからやめとき。

否定口調じゃなく諭すような口調と私を見つめる表情から彼女なりの愛情と心配を感じて、決意が揺らぎそうな気持ちになりました。
素晴らしい製品と絶対的な安定の環境から離れることはめちゃくちゃ怖かったです。 

うちの主人は
せめて俺にクリッパー買ってから独立してくれ。
と言いながらも、結局それを買ってあげる前にお店をオープンして、それから今現在もずっと支えてくれています。
オープンしたときは小学生だった娘は私が出張ばかりでさみしい思いもたくさんしたはずだけど今はもう社会人となって自立していて頼もしいです。
そしてうちの店の現在の店長は私の妹です。人が大好きな彼女はいつも笑顔でお客様をおもてなししてくれています。
家族の協力なしには何もできなかったし、それはそれはたくさんあった失敗や挫折もなんとか乗り越えて、家族のためになれるようと前を向けました。
いつか家族にも私がお店をしていてよかったと思ってもらいたいです。


お店をオープンしてから10年以上経て、今では百貨店イベントにもたくさん参加させいいただけるようになったおかげで、たくさんのお客様と出会えるようになりました。
あまりにたくさんの人たちにお世話になりすぎて、感謝の気持ちをアカデミー賞の授賞式ばりにのべたくなってしまいます。

仕入れルートもほぼ知らなかったのが、今ではヨーロッパ各国に友人のような、家族のような関係の取引先がいっぱいできました。
私にとっては「何を買うか」と同じくらい「誰から買うか」も大切なんです。
簡単にいうと「愛」のあるアイテムを「愛」のある人からだけ買うことにしています。

パリのお友達の家で買いつけ
ロンドンのお友達の家での買いつけ
イタリアのお友達のショールーム
ロンドンの友達の家での買いつけ



そうやって「愛」をキーワードにして買いつけていると、必ずと言っていいほどそのアイテムとストーリーを愛してくれる人のもとへと旅立ちます。
その瞬間がたまらなく幸せです。



ちなみにポンパドールの素敵な方は、今もずっと私を応援してくれています。お店の前にバラを植えてくれて、いつもお店にたくさんの花を飾ってくれました。

アンティークレースと花に囲まれて 2015年の春


その方も含めて今もたくさんのお客様が、うちのお店で自分だけのヴィンテージ やアンティークを見つけてご自分のスタイルを創り出していってくださっています。
そんな風に魅力を重ねていってもらえたら。
ずっとそのお手伝いがしたいです。


そうやってファッションの「愛と記憶」をこれからも繋いでいきたいです。



長いストーリーを最後まで読んでくださってありがとうございます。

みなさんどんな仕事を選ぶときも、たとえ小さな選択をするときにも、
何かが自分の中からわきあがるときはそれを受け入れて愛でてあげてあげてください。


それを愛でてあげるうちにきっと自分の中に小さな炎が灯る瞬間があるはずです。
その炎をたやさずにいてください。



これからは私がみなさんをたくさん応援していきます!














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