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しゅと犬くん

「しゅとけんくん」と読む。「しゅといぬくん」ではない。2022年4月から登場したNHK首都圏局(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)のマスコットキャラクターである。


私の前世は”玉梓”??

私にとってリアル犬は”天敵”である。
向こうにとっても同じだろう。

とにかく吠えられる、うなり声をあげられ威嚇される。
何気なく、というか全く意識せず普通に歩いているだけでも突然大声で吠えられる。

自宅玄関前の掃除をしていて、散歩中の犬が通りかかっただけで吠えられたことも一度や二度ではない。犬の種類や大きさは問わない。

おとなしそうな年輩の人が散歩させている小型犬でも、私を見かけると”怪しい奴め”と言わんばかりに、私の足元めがけて近づこうとする。良心的な飼い主さんの場合は「ごめんなさい」と申し訳なさそうな表情を見せる。

遠方の旅行先で、こちらから犬の姿が全く見えなくても、少し離れたところからいきなり鳴き声が響き、しばらく続くことも後を絶たない。北海道でも四国でも同じ。よほど犬に目を、いえ鼻をつけられやすい匂いを持ち合わせているのだろう。

家の近所に長年大型犬を飼育している人がいる。この犬は私以外の人や散歩中の犬に対しても大声で吠える。角地にある家で、そこの道を通らなければならない人も多い。

早朝に通勤していた頃は家を出て最初の角を曲がるだけで犬がフェンスをよじ昇り大声で吠え、威嚇されることが毎日のように発生した。最初は正直怖かった。侮られているようで惨めだった。幾度も腹を立てて、直接抗議に行ったこともある。しかしそこの家の高齢女性がのたまうには

「うちの犬は吠えませんよ。あなたが脅かしたのでしょう?」

おあいにくさま、こちらは仕事に向かうため駅まで足を速めて行くのみであって、お宅の犬なんてそもそも眼中に入っていない。毎日怖い思いしているのはこっちだし、まして構おうなんて毛頭考えてもいないのよ!何うぬぼれてんの!

悔しさ倍増。この言葉を浴びせられて以来

「動物好きに悪い人はいない」

という常套句は、ペット愛好家たちの過剰溺愛による自己満足およびそれに伴う迷惑行為正当化のために使われていると信じて疑わない。動物愛護は大いに結構だが、それはあくまでも地域に暮らす人の安全安寧を尊重した上での話である。動物園の飼育員さんたちが来場するお客さんの安全にどれほど気を払っているか、個人ペット愛好家は思いを馳せたことがあるのだろうか。

この言葉を浴びせた人が鬼籍に入ってかなりの年月が過ぎた。その子息が飼育を引き継いでいる。その間わが家でも、元気だった母が急速に衰弱しはじめ、認知症介護4年を経て世を去り、それから8年が経過している。しかし当の犬は今でも元気いっぱい。私にはあまり吠えなくなったが、機嫌が悪いと道行く人や散歩中の他犬、配達人に吠えまくっている模様。この記事を書いている間にも時折聞こえてくる。

「京都の人だったら”お宅のワンちゃん、お達者でよろしおますなあ”とでも言うのかな、”お宅のお子さん、ピアノ上達されましたなあ”と同じ要領で。」

と、時々ふっとため息まじりに思いを巡らせる。世間には盲導犬や災害救助犬など立派な犬がごまんといることを思うと、飼い主は親子ともども甘やかしすぎではなかろうか。

この頃、「自分の前世は”玉梓”(たまずさ)だったのかも」と、結構本気で考えている。玉梓とは「南総里見八犬伝」に登場する一番の敵役。安房を治めていた里見家に強い恨みを持ち、死後怨霊となり、里見八犬士を執拗に妨害する。犬と、八犬士が持つ珠の光が大の苦手。50年前に放送されたNHKの人形劇「新八犬伝」では人形師辻村ジュサブローさんが大型で凄まじい形相の”玉梓が怨霊”人形を作り、多くの視聴者を驚かせた。怖くて泣き出す人もいたという。

不思議なもので「我が前世は玉梓のような人だった」というアイデアが生まれてから、出先で突然犬に吠えられてもあまり負い目を感じなくなり、ずいぶん気が楽になった。玉梓になぞらえることで、犬に嫌われて当然という心構えが自分の中にできたからであろう。

1974年に出版された「新八犬伝」ノベライズ本

首都圏ネットワーク

斯様な私だが、キャラクターとしての犬に注目する機会がたまに巡ってくる。奇しくもNHK総合で、かつて人形劇を放送していた時間帯で現在放送中のローカルニュース情報番組「首都圏ネットワーク」である。この番組は平日18時から1時間、東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県を対象に放送されている。

NHKの全国向け報道姿勢には最近何かと批判が多い。私もこれはおかしいと感じることが増えてきた。対してローカルはいくらか目線が低く、ふんいきもゆるく、時に生活に役立つ情報が得られる場合もあり、旅行する時以外はほぼ毎日眺めている。若干首を傾げる日もなくはないが。

この番組の18時52分ごろから最後8分間は気象情報コーナーである。外の天候レポートとスタジオの気象予報士による解説で構成されている。しゅと犬くんはレポートの際に登場する。私はこの時間帯が結構好きで、しゅと犬くん登場前から楽しみに?見ていた。ここでその歩みを振り返ってみる。

7月の黄昏レポート

私が「首都圏ネットワーク」を意識して見るようになったのは2014年度から。その年7月限定で、気象情報コーナー開始時に気象予報士がNHK放送センター(東京都渋谷区神南)入口前庭の花壇に立ち、現時点の気温や当日の最高気温・湿度・風の様子などをレポートして、ビル屋上に備え付けられたカメラでズームをかけて俯瞰撮影する企画が立てられた。気象現況レポートはこの時に始まったと見られる。

この年の7月前半は梅雨で、ほとんど毎日曇りや雨。予報士が傘をさして画面に出る日も数回あった。気温もその時期としては低めに推移した。

しかし7月21日に梅雨明けが発表されると一転して連日晴天、最高気温33℃、中継時点で28℃くらいの猛烈な暑さがレポートされるようになった。予報士さんがスケッチブックに書いた日照時間の推移を見れば変化が一目瞭然。一方、7月の1ヶ月で日没時刻がどんどん早くなり、最初の頃は雨天でも明るかったのが、最後のほうは晴天でもかなり暗くなっていた。

最終日にはNHK気象班の斉田季実治予報士・平野有海(ひらのゆうみ)予報士も中継場所に登場したが、斉田さんはスイカを食べるのに夢中で、ひと言も話さなかった。

時折丁々発止

その年8月以降気象現況レポートはしばらく行われなかったが、2016年4月に合原明子(ごうばるあきこ)アナウンサーが首都圏ネットワーク担当になった際リニューアルが実施され、「お天気体感中継」として気象現況レポートが復活した。今度は通年実施で、その日の放送で外部からの中継に出演したレポーター(たぶん契約記者?)やシニアアナウンサーが毎日交替で担当するようになった。中継場所も取材ついでにレポートする日以外は表参道、新宿駅、原宿と放送センター近傍に固定されていた。

レポートが終わるとカメラがスタジオに切り替わり、予報士の解説を合原アナウンサーが聞きつつ進行する。概ねまじめに伝えるが、時折丁々発止のやりとりが繰り広げられることがあった。

今でもよく覚えているのは、合原アナが東京五輪音頭振り付け講習会の取材に行った日、予報士さんが

「浴衣を着つけてぎこちない踊りで、汗をかいたのではありませんか?」

と、振りつけを交えつつ笑顔でジャブ?をかました。その時の合原さんの何とも言えない複雑な表情は忘れられない。

「夜遅くは雨の降る時間がありそうです。傘をお持ちください。」と予報して、その通りになった翌日、合原アナが傘を忘れてずぶ濡れになったと話して、予報士さんに早速ツッコミを入れられたこともあった。合原アナとコンビを組む山田大樹アナウンサーが「仲良くやりましょう」ととりなす一幕も。

「ニュース7」を長年担当して"NHKの顔”となった武田真一アナウンサーが

「アナウンサーは決められたことしか話せませんが、気象予報士は自分の言葉で話すことができるのですよ」

と出演予報士さんを励ました逸話があるが、その決まりも影響しているのか、丁々発止コンビで合原アナはいつも若干押され気味だった。

それでも合原アナはたまに反撃する。
前日の放送で予報士さんが「曇りで午後晴れ間が出る見込み」と予報したが、実際はほとんど日が差さなかった時、合原アナは

「今日は午後も雲が厚かったですね」

とやや遠慮がちに声をかけた。予報士さんは動じず、

「そうでしたね、予想よりも前線の影響が残り、雲が広がりました。でも、銚子では午後10分間晴れました。」と笑顔で応酬。

春に「冬物はもうクリーニングに出してよいでしょう」と予報したら寒の戻りが起きた時、合原アナが早速指摘。この時予報士さんはさすがに頭を下げた。

合原アナウンサーは好評だったようで、この番組の雰囲気にも合っていたのか3年間担当したが、2019年3月限りで退任。丁々発止コンビも解消した。2019年度は東京五輪ごり押し企画が鼻につくようになり(私は一貫して招致反対派)、番組を見ない日も増えてきた。

予報士増員

2020年4月、番組は再びリニューアルされた。コロナ緊急事態の影響で本格始動は5月連休明けからとなった。この時、市村紗耶香(いちむらさやか)さんが気象現況レポーター専任として登場した。しばらくすると市村さんの名前テロップに「気象予報士」の肩書きがつくようになった。

あっ、気象班で出していた増員要望が通ったのかな。

これに先立つ2017年、町田市で開かれた一般公開形式の気象班講演・研修会イベントに参加したことがある。その時檜山靖洋さんは「たとえば”クローズアップ気象”とか”気象ウォッチ9”とか、気象班がレギュラーで出演する番組を作ってほしいです。」と訴えて笑いを取っていた。増員の要望はその時も聞いている。現況レポーターをひとりの気象予報士に固定することで、よりきめ細かい情報を発信しようという狙いと解釈した。

市村さんは代々木公園を中心に現況レポートをしていた。2021年、気象予報士を題材にした連続ドラマが制作された折、ドラマの監修を担当した斉田さんの一日に密着する関連番組が放送された。気象班では午後に「ブリーフィング」と称する、朝・昼の番組を担当するグループと夕方・夜の番組を担当するグループの引き継ぎ兼ディスカッションの時間を設けている。その場に市村さんも参加している写真が紹介されて、増員の狙いがより明確に伝わってきた。

リモートが生んだ?しゅと犬くん

その経緯を見てきただけに、2022年4月市村さんが「しゅと犬くん」と共に登場した時は心底驚いた。2022年度から井上裕貴アナウンサーが首都圏ネットワーク担当になり、あわせてマイナーチェンジが図られた。

しゅと犬くんは、手にはめて操る”パペット式”のぬいぐるみである。NHKでは朝のニュースで山神明理(やまがみあかり)予報士が「でかけるん・かえるん」というカエルのパペットを操っていたことに端を発するらしいが、平日の朝ニュースは原則見ないので、詳しいことはわからない。その山神さんも監修に加わった前述ドラマで「傘イルカくん・コサメちゃん」というパペットが登場した流れで、夕方の中継にも使おうとなったのだろうか。

でかけるん・かえるんや傘イルカくん・コサメちゃんはペアで、予報士(もしくはその役)は両手にはめて画面に映る。操演専任の助手がつく場合もある。ドラマでも主役は最初傘イルカくん・コサメちゃん操演助手を任され、先輩予報士がレポーターからスタジオ気象情報担当へ異動する際にその後任として操演助手からレポーターに昇格する流れだった。一方、夕方のレポートは温度計と気温の数値を記したボードを持つ必要がある。毎日場所を変えての中継で、なおかつあくまでもスタジオがメインだから、操演助手をつける余裕はない。従ってしゅと犬くんは単独。市村さんは片手にパペットをはめて操り、もう一方の手でボードを持ったり、インタビューのマイクを向けたりする。中継が終わるとスタジオ担当予報士が単独で解説する。アナウンサーとのかけあいは割愛された。

それにしても、よりによって犬のキャラクターとは…。
コーナー開始時には吠える声の効果音も入っていて、”玉梓の生まれ変わり”としては正直失望に近い感情が湧き起こった。見るのをやめようかと思いつつ惰性で見ていたら、中継地が都区内全域対象に改められていると気がついた。直接は見かけなかったが、家の近所の商店街に市村さんとしゅと犬くんが来た日もあった。斯様なマイナーな町まで足を運んでくれるとはと感心して、引き続き見る習慣ができた。

市村さんはパペット操演の才能があるのか、しゅと犬くんの動きがみるみる洗練されていった。「ぼくも〇△したいワン!と言っていますよ」など、しゅと犬くんのセリフにも妙に味わいがある。

一方、市村さんが遠くから中継する日が増えるということは、局内のブリーフィングに直接出られない日があるということでもある。あくまで想像だが、しゅと犬くんはリモートでブリーフィングを行う環境が整ったがゆえのアイデアと見受けられる。

いつの頃からか、市村さん・しゅと犬くんコンビが埼玉・千葉・神奈川県から中継する日が増え、その分東京都内からの中継、とりわけ23区辺縁地域は削減された。千葉県に行く日はNHK千葉放送局のキャラクター”ラッカ星人”が画面の片隅にそれとなく映る習慣もできた。

さりげなく存在感を示すラッカ星人(2023年3月放送)

しゅと犬くんは番組きってのアイドルに昇格、井上裕貴アナは「しゅと犬くんに負けない!」とライバル意識?を燃やす。18時10分前後に「ちょこっと天気」として、市村さん・しゅと犬くんコンビに数十秒カメラを向けるコーナーも設けられた。

2022年秋ごろから”しゅと犬くん推し”はさらに熱を帯びてきた。季節にあわせて「しゅと犬くんぬり絵」を募集する企画が始まる。パペットのみならず、Trend Picsのコーナーに登場する”ポンセさん”宅や、20時45分放送の「首都圏ニュース845」最後の気象情報の片隅など、イラストでも度々登場する。

”ポンセファミリー”としゅと犬くん(2023年5月放送)

丁々発止コンビで進行していた頃が歴史のひとコマに移ったと実感するようになった矢先、もう一度衝撃的な展開に遭遇した。

情が移った

2023年3月末。金曜日の放送の最後、市村さんが初めてスタジオに登場、その日限りでの退任挨拶を始めた。見ていた私はあっけに取られた。他の番組ではかなり大幅な異動があったが、首都圏ネットワークはほぼ無風と見ていただけに、寝耳に水であった。

市村さんの個人的慶事ならば喜んで送り出せるところだが、他局番組に引き抜かれると聞いて再びあっけに取られた。これではしゅと犬くんを置いて行く形になってしまう。その時点で募集していたしゅと犬くんぬり絵に市村さんの絵を描き加えて応募した子供たちの作品は全てボツにされたはずである。かわいそうに。

しゅと犬くんにいつしか情が移っていたと、不意に気がついた。同時に次の月曜日からどうするの?と、にわかに心配になってきた。操演技術を引き継げる人でなおかつ気象予報士はそういないだろうし、今さら助手はつけないだろうし。操演にはあえて目をつぶって、お天気体感中継の頃のようにレポーターやシニアアナウンサーが日替わりでしゅと犬くんを持って話すのだろうか。

「今日はおじさんの声でごめんねだワン。詐欺電話じゃないワン。」

とおどけるとか。それはそれで面白くなるかもと思いつつ、月曜日を待った。

結果は、後任の気象現況レポート専任予報士の登場。今も担当している黒田菜月(くろだなつき)さんである。黒田さんは派手で華やかな風貌の持ち主で、NHKらしからぬオーラがある。しかしとても丁寧に文字を書き、しゅと犬くんぬり絵の見本もきっちり仕上げてくる。(対して井上アナはいつもぬり絵に変わった仕掛けを施し、「ひねくれたぬり絵」と言われている)いかにも真面目で、そつなくこなすタイプのスタジオ担当予報士とも旧知の仲だそうで、見かけによらない。というか、ひと昔前の人ならば眉をひそめていたであろう外見の派手さと中身の堅実さの並立が受け入れられる時代になったしるしでもあるのだろう。

しかし黒田さんに代わった当初、現場の体感を話すだけで精一杯なのか、しゅと犬くんのセリフが消え、動きが鈍くなった。SNSでは「しゅと犬くんの魂が抜けてしまった」と嘆く声多数。私には全くわからなかったが、詳しい人によるとしゅと犬くんパペットぬいぐるみも更新されて、顔立ちが少し違っているとのこと。

(左)2022年11月放送(右)2023年11月放送
確かに額や鼻の形が異なっている

黒田さんは陰で努力を重ねたのか、次第に慣れてきたのか、操演の動きは近頃だいぶスムーズになったが、もう少ししゅと犬くんのセリフを増やしてあげたい。それに最近は各地のゆるキャラや、今どき風のアニメキャラや、地域でスポーツや文化活動をしている子供・若者サークルなどが登場する日が増え、「新八犬伝」世代の老体には画面がうるさく見える。大河ドラマや紅白歌合戦、夜ドラマなどの”番宣”もたびたびあって煩わしい。「しゅと犬くんが昼間いろいろな町をおさんぽする」という設定で既に”リアルとファンタジーのあわい(間)”世界観が確立しているのだから、”準レギュラー”の地位を確立した?ラッカ星人以外はあまりごちゃごちゃと出さないほうがよい。

黒田さん・しゅと犬くんコンビで最も印象に残っているのは、小さなサッカーピッチを用意して、しゅと犬くんが前足を上げてボールを蹴り込む演出をした日。井上アナが

「あれ、ハンドだ。しゅと犬くん、ハンドですよね。」

と半ば本気でツッコミを入れて、思わず吹き出してしまった。

半世紀ぶり”犬の夕方”

SNSでしゅと犬くんグッズを望む声は以前からよく見かけていたが、2023年秋に販売を始めたらしい。先日はNHK首都圏の旧Twitter(X)アカウントのアイコンもしゅと犬くんに改められた。首都圏限定だが50年の時を隔てて、NHK夕方の顔は再び”犬”となったようである。

この頃は「困った時の放送博物館」なのか、NHK放送博物館(港区愛宕二丁目)からの中継が増えている感がある。政府会見が突然入って飛ばされる日もあり、スタッフは結構苦労していると見受けられる。

しゅと犬くんプロフィール(「NHK首都圏ナビ」ホームページより引用)



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