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播州トンガリ計測部


前口上

先日NHKの情報番組「あさイチ」をたまたま見ていたら、「空から日本を見てみよう」の「測れ!トンガリ計測部」コーナーテーマ音楽(Fantastic Plastic Machine "Theme of Luxury")が流れてきた。博多華丸さん大吉さんが大きな分度器を抱えてどこかへ測定に行くのだろうか?と、一瞬思いかけた。

SNSで「トンガリ計測部」を検索すると、今でも番組が続いていたら取り上げられそうな鋭角三角柱型の「トンガリハウス」発見報告写真をいくつか見かけた。「くもみとトンガリ計測部を呼びに行きたい。」

その中で兵庫県姫路市にある「スーパートンガリ物件」はひときわ目を引いた。先端は針のように尖っていて、横から見ると盾のよう。(図らずも声に出すと笑ってしまいそうな文章を書いてしまった。)

建物の周囲に写っているものをよく観察して検索をかけると、姫路駅のすぐ近くにあると確認できた。姫路駅ならば長年数えきれないほど乗り換えに使っているし、かなり昔だが駅前ホテルに幾度か宿泊したし、姫路城をはじめ観光も幾度かしている。が、不覚にもこの建物の存在は気がついていなかった。関西方面に出向く用事があったので、そのついでに現地視察を計画した。

ツンツンされたい

JR姫路駅の改札から北口(姫路城方面)に向かう。駅は2006年に連続立体交差事業が完了して高架になっているが、私は今なお旧駅時代の印象が強く、旧駅舎内の方向感覚を肌で記憶しているので、別の場所に来たような不安定感を覚える。

駅を出ると姫路城方面に向かう大手前通り左側に山陽百貨店と山陽姫路駅のビルがある。これは昔からなじみがあるが、今はJRの駅と山陽百貨店の間に新しいビル(姫路ターミナルスクエア)が建っていて、エスカレーターとペデストリアンデッキが続いている。

やや戸惑いながら山陽百貨店の裏手まで歩を進めると、連続立体交差事業にあわせて作られたとおぼしき整然とした道筋の一角に、再開発から取り残されたような古い建物が並ぶ区画がある。その路地の向かいに目指すトンガリハウスがあった。

"Firecracker""Theme of Luxury"
「とんがってるのが好き!測れ、トンガリ計測部!」 

兵庫県姫路市 山陽百貨店近くのトンガリ物件(2023年9月)

くもみちゃんならば「ほっぺたをツンツンされたいです!」とはしゃぎそう。

続いて横から観察する。3階建ての貸しテナントビルで、1階はカラオケスナック、2・3階はリラクゼーションサロンが営業している。トンガリの隣は高層の立体駐車場ビルで、その脇にへばりつくように建てられている。

屋上に矢じりのような手すり

Google Earthより空撮アングルを引用させていただく。青地に白の「P」が記されている立体駐車場ビルの手前に写っている。(©2023 Google, Airbus, Digital Earth Technology, Maxar Technologies)

「わたしの大好きなアレ、見つけちゃいました!」
「おお、これは期待できそうじゃの」

♪Fantastic Plastic Machine "MPF"
「すみませんくもみですけど、トンガリの内側見せていただいてよろしいですか?」と声をかけるまでもなく、トンガリ部分は吹き抜けになっていて、外からそのまま観察できる。

トンガリの先端は建物を支える柱

ご覧の通りトンガリの内側は階段スペース。1階玄関から2階のサロン入口ドアまでは一直線の階段、2階と3階の間は踊り場つき階段が取り付けられていて、踊り場は細いパイプで天井から吊り下げられる形になっている。マリオネットの人形みたい。この設計がトンガリポイントだろう。

計測開始

私は番組で使うような大きい分度器など持っていないし、計測部の赤いジャケットも持っていないし、そもそも年寄りだが、手持ちの道具でおおよその角度を測ってみた。

♪Fantastic Plastic Machine "You Must Learn All Night Long"
「それでは計測開始!気になる角度は…」(ピピピピピ…)

「出ました!20°です!」

これはかなり上々のトンガリでは?と思いながら番組ホームページで計測記録を参照したところ10°台が4軒あり、最鋭角記録は6°とのこと。上には上がある。

”伝説の乗り物”の副産物?

前述した通り、このトンガリは大きな立体駐車場ビルの隣、不自然に細長い三角形の土地に建てられている。JR山陽本線・姫新線高架側できれいに整備されている広いスペースとはあまりにも落差がある。これは相応の事情が潜んでいそう。

私は最初に情報を把握した時も、現地で観察した日も、JR線の連続立体交差事業に伴い生じた隙間区画と思い込んでいたが、そうではなかった。後で調べたところ、地元で語り継がれるあの”伝説の乗り物”が関わっている可能性が浮上した。

姫路市では1960年代に国鉄姫路駅前(北口)から山陽電鉄・山陽本線・姫新線の線路を乗り越えて手柄山中央公園に向かう市営モノレール路線を建設して、姫路大博覧会の開催にあわせる形で1966年5月17日に開業させた。山陽電鉄の線路は既に高架化されていたので、姫路モノレールの軌道はその上を乗り越す高さで建設されている。

1972年3月に新大阪-岡山間が開通した山陽新幹線の高架は、姫路モノレールのさらに上を越える高さで設計された。実質的に「三層高架」である。新幹線で姫路付近の高架がひときわ高く、姫路駅新幹線ホームから姫路城天守閣が正面に見渡せるようになっているのは、建設当時モノレールがあったがゆえかもしれない。

当時の関係者の談話を追うと、まるで集団躁状態であったかのように様々な夢を語っていて、時代を感じさせる。鳥取方面への建設、すなわち智頭線計画に取って代わろうとさえしていたとは恐れ入る。「軌道も市のお偉方も、ちと頭(ず)が高すぎじゃな。」(図らずも「ち」と「ず」が続くセリフを書いてしまった!)

当然現実は厳しく、あっという間に経営不振に陥る。8年後の1974年4月10日限りで運転休止、1979年正式廃止となった。

姫路市では公式Webサイトに「姫路モノレール」のページをわざわざ作っていることにまず驚いたが、その「ギャラリー」コーナーに掲載されている、開業当時のモノレール姫路駅を俯瞰アングルで撮影した写真を見た瞬間にピンと来た。

モノレールの駅舎は仮駅の扱いで、既存の街並み区画に対して斜めに建てられている。当初の計画では駅前広場を横切り東側の播但線ホーム方面に延長して、そこに本格的な起点駅を作る予定だったゆえだろう。すなわち、モノレール施設に用いる土地の買収段階でトンガリの母体となる細長い三角形土地区画が生じたのではなかろうか。

モノレール姫路駅があった土地には後年山陽百貨店新館が建てられたというから、トンガリの位置は写真中央上端の、車が数台駐車しているスペースから軌道を挟んで右側にあたるだろうか。

背中に廃線跡

鉄道の廃線跡といえばあの本である。
JTBキャンブックス「鉄道廃線跡を歩くⅤ」(1998年)で姫路モノレールが取り上げられている。

同書では1996年国土地理院発行の2.5万地形図「姫路南部」からの引用が行われている。この地形図をよく見ると、前述の立体駐車場の位置に病院のマークがついている。記事の冒頭には1998年の取材時に撮影された写真が掲載されていて、総合病院とおぼしき5階建てくらいの白い建物が写っている。Google Earthの画像と照合すると、この病院と古い商店街(1998年の写真ではラーメン店や消費者金融の看板が見られる)の狭間がトンガリの場所にあたる。この写真において今のトンガリが建てられている土地はあいにく手前側にある2階建て(山陽百貨店駐車場関連施設?)の陰にあたっているため、正確な状況が把握できない。残念である。

「鉄道廃線跡を歩くⅤ」130ページより引用。
写真右端の病院らしき白いビルの土地に立体駐車場が建てられている。
トンガリハウスの土地は右手前2階建ての陰にあたる。

さらに調べていくと「麗しの姫路モノレール」という個人制作サイトに行きあたった。その中の2003年撮影現況写真の隅にトンガリハウスが写っていることが確認できた。すなわちこのトンガリは少なくとも築20年以上である。サイト制作者さん撮影時点では、現在と異なるテナントが入居していた模様。

1998年時点で存在していた病院の名称や閉院時期については把握できていないが、立体駐車場に改築される前後に三角形土地を有効利用する形でトンガリが建てられたと想像できる。築25年未満か。

ここで、もうひとつの可能性も考えられる。
モノレール建設時に姫路市が土地買収を行った結果、もともと長方形の区画の一部が削られて台形の土地ができて、後年そこに病院が建てられた。1998年から2003年の間のある時点で病院が閉鎖されて、跡地に立体駐車場が建てられる際に隅が分割されて細長い三角形土地が生じ、そこを有効利用する形でトンガリが建てられた。

いずれが正しいかは、当時の住宅地図などを参照しないと判断できないだろう。国土地理院の「地理空間情報ライブラリー」サイトで閲覧できる地形図は解像度が低く、判然としない。原本の取り寄せは有料になる。過去の航空写真も無料閲覧可能範囲では決め手に欠ける。

「麗しの姫路モノレール」掲載写真ではまさしくトンガリの向かい側にモノレール橋脚が写っている。私がトンガリにカメラを向けた時の背中にあった古い建物の区画こそがモノレールの廃線跡である。訪れる前に気がついていたら、トンガリに向き合う際の心構えが大きく違っていただろう。重ねて残念である。

2003年時点でトンガリ向かいの橋脚は解体工事着手直前のようで、”安全第一”の白いシートつきフェンスで覆われている。連続立体交差事業に伴う駅西側整備の一環として解体されたとみられる。モノレール廃線跡地でもある区画そのものまで整理されなかったのは”お察し案件”なのかもしれない。

私が撮影した写真でも、よく見れば交差点向かいの区画に橋脚がいまだ残されていることがわかる。

左側の白い”屋上ハウス”の上にモノレール軌道があった(2023年9月)

「鉄道廃線跡を歩くⅤ」の記事は「姫路市としては、予算がつけば、一刻も早くこの軌道跡の施設を撤去したい意向を持っているようだ。」でしめくくられているが、実際はこの取材から25年、廃止から40年以上が過ぎて、姫路駅周辺の連続立体交差事業という大がかりな工事期間を経ているにもかかわらず、まだ完全には撤去できていない。「測れ!トンガリ計測部」を懐かしく思い出したついでとして軽い気持ちで取り組んでみたら、事前の想像をはるかに超えるdeepな場所であった。

これだけのストーリーが揃っているのならば「空から日本を見てみよう」の本編で紹介されていても決しておかしくないはず。だが放送記録を調べていくと、姫路市は2016年1月の放送で取り上げられたものの、このトンガリには言及していない模様。取材がかなわなかったのだろうか。

ツンツンされてきました

現地を訪れた日の夜に予定していた用事を済ませて、夜遅く姫路駅に戻った。「サンライズ瀬戸」の到着まで少し時間があるので、あらかじめトンガリ入居テナントのリラクゼーションサロンに予約を入れておいた。ポイントを使い、割引で施術してもらえる。アロマトリートメントやもみほぐしコースもあるが、そこまでお願いする時間的余裕はないので、足つぼマッサージを頼んだ。

2階が受付で3階が施術室。2階玄関の靴箱もトンガリだった。外から見える吹き抜け階段はお店スタッフが使うようで、客は小さなエレベーターに案内されて3階へ上がる。このエレベーターも台形だった。特注品かもしれない。足つぼをツンツンと強く押されると、酷暑で消耗しきった身体に心地よさが走った。

「これからもトンガリを大切に!」とは言わなかったが、身体を整えて店を辞し、「サンライズ瀬戸」を待ち受けるべく駅に向かう。トンガリの向こうには高架ホームのあかりがきらめいていた。

トンガリの向こう側に街灯り

<参考資料>
Webサイト「Google Earth」
同「テレビ東京 空から日本を見てみよう 測れ!トンガリ計測部」
同「姫路市 姫路モノレール」
同「麗しの姫路モノレール」
書籍「鉄道廃線跡を歩くⅤ」(宮脇俊三・編著、JTBキャンブックス、1998年)




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