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僕たちのSTAND BY ME

僕は、いわゆる影響を受けやすいタイプだ。

こと映画やドラマにとにかく憧れ、影響を受ける。

さらに、たちが悪いのは憧れを行動に移してしまうところ。

僕が、最初に強烈に憧れたのは映画「STAND BY ME」。

調べてみると、1986年に公開された映画らしく、主演は伝説の俳優、リバーフェニックス。

舞台は古き良き時代のアメリカ。とある片田舎の少年4人が、町外れに行方不明になった少年の死体があるという噂を耳にし、その死体を探しに行くという青春ムービー。

この映画との出会いは、小学生の頃だっただろうか。

恐らく、最初は公開して少し経った後に金曜ロードショーかなにかで見たんだと思う。

その世界観と個性的な登場人物たち、音楽やファッション、言葉使い。その全てに強烈に惹かれ、強く憧れた。

何度も何度もレンタルビデオ屋で繰り返し借りてくる僕に、TVがひとつしかなかった我が家の母と姉は「はぁ?!またそれ!」と心底嫌そうな顔をした。

やがて、少しずつ成長していくにつれ、僕は思うようになる。

「いつか、こんな旅に出よう」と。

そして、それから数年が過ぎた中学3年生のころのお話。

季節は10月。
受験を控えた大切な時期。

僕の通っていた中学校は、中学生にとっての最大のイベント「体育祭」と「文化祭」が1年おきの交互にあるという不思議なスタイル。

僕たちの年は、それが文化祭という外れ年だった。

その文化祭はいわゆるドラマなどで見るような学校の中で行われるものではなく、市内で一番大きなホールを貸切り、各クラスが順にそれぞれ嗜好を凝らした出し物をするというスタイルだった。

合唱や合奏、演劇などが通例なのだが、僕らのクラスはみんなで話し合った結果、自分たちで映画を作り、それを上映するという少し凝った出し物をすることになった。

「なった」とは言っているが、映画作りをゴリ押ししたのは他でもない僕だった。

そして、自ら脚本担当に立候補し、僕が物語を作った。

そのタイトルは「STAND BY FREND」。

オリジナルっぽく作った雰囲気は出していたが、ほぼほぼ本家「STAND BY ME」のパクりだった。さらにいうと2番目に好きだった「僕らの七日間戦争」のテイストまで盛り込み、いわゆる中学生が考えつくベタ中のベタなストーリーだった。

主役には本作同様、実際にダークヒーロー感のあるやんちゃ坊主の親友Y尾。そして、物語の語り部にもなる重要な親友役には僕が立候補した。

その他、食いしん坊役は体型が本作そっくりなおにぎり君。ちょっとイカれた変わり者役には、実際に変わり者なコージーがそれぞれキャスティングされた。

そんな個性的なメンバーが学校の厳しいルールに反発し、自由を求めて旅に出るという、そんなストーリーだった。

クラスのみんなでカメラマンや編集、音響など、様々な役割を決め、子どもなりに一生懸命、撮影を進めた。

ある日、ストーリー上で旅の途中に、野宿で焚き火をしながら、夜を明かすというシーンがあった。

撮影場所は僕が事前に「ここだ!」という場所を見つけていたので、これもまたゴリ押しで決定した。

そこは地元久留米から15キロほど離れた佐賀県鳥栖市の郊外。

田んぼの真ん中にまっすぐ伸びる一本道、等間隔に並ぶ古びた電柱。そしてそこを横切るように走るJR鹿児島本線のレトロな電車。

まるで、STAND BY ME同様、古き良き時代にタイムスリップしたような感覚になる不思議な場所だった。

しかし、所詮中学生なので、みんな深夜の撮影はできないということになり、日が昇る前の薄暗い早朝に集まって、撮影をすることになった。

しかし、ここで僕は、あることを思いついた。

「おい、俺たちは前の日からまじで野宿せん?!んで、朝みんながそこに来て、それから撮影すればいいやん!絶対楽しいぜ!」と。

そう、ついに夢にまで見たリアル「STAND BY ME」をするチャンスを見つけたのだ。

その提案を聞くや否や、案の定、親友Y尾は「間違いねー!やろう!」と即答だった。
僕ら2人の勢いに押されるように、おにぎり君とコージーは、しぶしぶ参加を決めた。

そうして、文化祭の映画撮影という大義を得て、念願のSTAND BY MEの旅に出ることになった。

僕は旅の当日、いつものリュックサックではなく、古い軍もののバッグに、缶詰やらウィンナーやら、家にある食料を全てを詰め込んだ。
そして、押入れから古い毛布を引っ張り出し、丸めて背負えるように、縄で縛った。

映画を見た方はわかるだろうが、これぞSTAND BY MEというスタイルだった。

家の中を行ったり来たりする僕に、母は「あんたバタバタなんしよるんね?」と言った。

僕が「STAND BY MEの準備たい。俺、旅に出るけん!」と答えると、「こんな寒い時期にアホやないの?」とだけ言った。

よく考えたら、息子が突然「旅に出る」と言っているのに咎めるどころか、「どこに?」も「誰と?」も聞かない母はよほど寛大なのか、子を持つ親になった今でもその感覚はよくわからない。

そうして、旅の身支度を終えると僕は自転車で集合場所に向かった。

夕暮れ時、時計は6時を回っていた。

玄関の扉を開けると、外は思ったよりはるかに寒かった。

自転車に飛び乗り、約束の場所へ向かう僕の頬を冷たい風が刺すように通り抜ける。

ただ、背中に毛布を背負った少年には、その冷たい風さえも、冒険の始まりだった。

心拍数は上がり、これから起こる出来事に胸を弾ませた。

そして、集合場所の神社の敷地内にある公園に到着した。

案の定、僕が一番乗りだった。

薄暗く、誰もいない神社。

さびたブランコと色あせたパンダとキリンのヘンテコな置物があるだけの公園。

風が吹くたびにザワザワと音を立てる木々が少し薄気味悪い。

僕は気を紛らわすように、ポケットに忍ばせたタバコを取り出し、少し古びた銀色のZIPPOで火をつけた。
ZIPPOなんて高価な物は僕が持っているわけもなく、前日に姉から土下座して借りてきたものだ。

ZIPPOの大きく揺れる炎と、その特有なオイルの香りが僕を古き良き時代のアメリカへ誘った。

脳内にはあの名曲「STAND BY ME」のイントロのギターの音が鳴り響く。

そうこうしてると、暗がりからひとり、またひとりとメンバーが集まってきた。

僕とY尾とコージーは、色のあせた動物の置物とブランコにそれぞれ腰掛けた。

「おにぎり君、おせーな。」

「今さら親にダメって言われたとか?」

「あー、ありえる。」

そんなことを話していると、暗がりから丸っこいシルエットのおにぎり君がやってくるのが見えた。

「遅せーやん。」と僕が言うと息を弾ませながら「ごめーん。」とヌルッとした太い声で答えた。

「じゃ、行くか。」
まるで、映画の中の主役のような口調でY尾は言った。

その時、1番後ろでみんなが自転車に乗る姿を見ていた僕はあることに気づいた。

「おにぎり君、毛布は?!」

そう、おにぎり君の荷物には肝心な毛布が見当たらない。

おにぎり君は目を丸くして、答えた。

「え?俺、暑がりやけん、大丈夫。」

いや、そういう問題ではないのだ。

今日はお泊まり会でも、サイクリングでもない。STAND BY MEなのだ。

暑がりとか寒がりとか、そういう話ではなく、そういうテイで行かなくちゃならない日なのだ。そう、ここはアメリカなのだ。

「は?!STAND BY MEに毛布はつきものやろうもん!」

ムカついた僕は、自転車を止め、おにぎり君に詰め寄った。

すると、おにぎり君は、泣きそうな顔でこう呟いた。
「だって俺、STAND BY ME見たことないもん…。」

ウソやろ?!

「あの名作を見たことがない」その事実だけでも僕は十分驚くのだが、それは人それぞれだから我慢するにしても、STAND BY MEをモチーフにした映画の重要な役を引き受け、さらにこうやって旅にまで出ることに参加しているおにぎり君の独特な感覚が僕には理解できなかった。

怒りを通り越して、呆れている僕の肩をY尾がそっと叩いた。

「ま、仕方ない。さ、行こうぜ。」

こうして僕のイメージとは少し違う、僕らのSTAND BY MEが始まったのであった。

<<続く>>

では、また。

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Like us co., LTD 代表取締役 / PT LIKE US BALI CEO / PT MIMPI BIRU BALI CEO/ 海外起業家 / 10歳ふたご娘のパパ/ 海外・リゾートウェディング /家族・仕事・生き方、その全てを自分らしく。