【読書】樋口薫「受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基」

「受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基」を読んだ。読みやすく面白かったが、個人的に1番好きだったのは(著者には申し訳ないのだが)木村九段と将棋記者2人との鼎談である。木村九段の面白さが文章から味わえるのではないだろうか。

好きだなと思ったエピソードは主に2つあって、1つは奨励会での話。奨励会というのは毎年4人という限られたプロ入りへの椅子を奨励会の会員同士で取り合うという大変な世界なのだが、25歳までにプロになれなかったら原則としてプロにはなれないということや、自分より弱いと思っていた棋士や自分より年下の棋士が自分より早くプロ棋士になるということなど、様々な辛い要素がある世界である。木村九段も奨励会を抜けてプロ棋士になるまでには相当な苦労をしていたのだが、そのなかで他の奨励会員と実力を比較するのではなく努力(勉強量)を比較するという考え方を持つに至ったという言葉がなるほどなと思った。実力はすぐに上がるものではないが、勉強量は今日からでも増やせるので理にかなっているように思われた。

あともう1つは長考についてである。将棋のタイトル戦の持ち時間は長く、例えば王位戦だったら1人あたり8時間考える時間が与えられている。相手の持ち時間にも考えることができるので、あわせて16時間も考えることができる。では考えた時間が全て役に立つかと言うとそうではなく、相手はこう来るからその次にこうしようという読みを立てていたのに、相手が別の手を指すと、その読みが水泡に帰してしまう。実際に豊島さんも何時間もかけて読みを深めていたのに木村九段に想定外の手を指されて自分の読みが無駄になると同時に、終盤に考え抜く体力が落ちていたということを語っていた。しかし木村九段曰くそこで考えた時間は決して無駄になるのではなく、ある対局で考えたことが別の対局で役に立つこともあるのだという。短期的に役立つことと、長い目で見て役に立つことは違うのだなぁということに気がついた。

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