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沼の淵。【再会①】

 彼と別れてすぐに「今日は楽しかった!」と、連絡が入った。
私も楽しかったし、もう既に次に会いたくなっていた。
 彼は一緒にいる間、私のことを褒めまくっていた。こんなに好意を言葉や、表情、行動、全身で表す人っているんだなと感心させられた。
 さらに、その称賛はLINEでも続き「こんなに自分のどストライクの人に偶然出会えるなんて思ってなかった」とまで言われた。
 ここまで露骨だと引いてしまうところだが、彼のキャラクターのせいか、すんなり受け止めることができたし、ただただ嬉しかった。
 すぐに会いたくなってしまったから、次の休みに彼の近くに急遽、紅葉を見に行こうと決めていた。

 予め近くに遊びに行くと伝え、彼の働いている近くの紅葉スポットに足を運んだ。
 いくら盛り上がったとはいえど、彼の仕事場の近くにいきなり遊びに行くってかなりヤバいやつじゃないか?
 でも彼は、近くの紅葉が綺麗だからと、教えてくれてた。近くまで良かったらおいでよって意味だと良い風に解釈していた。
 何より、会いたいのが先行して理由なんてなんでも良かった。

 当日、彼から「紅葉どうだった?何時に帰るの?」って聞かれたから、逆に「何時まで仕事?仕事終わるまで待ってる」と伝えた。彼からは驚きと喜びの返事が来た。

『じゃあ近くで待ち合わせよう』

 出会って3日目には再会することになった。

 仕事帰りの彼は、デレデレが緩和して初対面の時より格段にカッコ良く見えた。この時点で私が既に彼のことを好きになっていたから余計にそう見えたのかもしれない。

 彼の職場から少し離れた居酒屋で食事をとることにした。時間が経つにつれ、仕事モードの顔から、デレデレに変わっていったし、並んだカウンターの下でずっと手を繋いでいた。誰かに好きになってもらう感覚が心地よかった。

 主婦になると、女として見られる対象じゃなくなる。自分の生活圏の中で、既婚者だと知っていながら、近づいてくる男なんていない。だから、世間から自分がどんな風に見られているのかなんてわからなかった。私は女として大丈夫なんだろうか?まだ通用してるんだろうか??誰かに女として認めてもらいたい。そんな承認欲求が抑えきれなくなっていたんだと思う。

 彼は10歳も年下で、雰囲気も振る舞いも、きっと女性にもモテないわけじゃないだろう。女に不自由して仕方なく私で諦めたとかじゃない方がいい。そうじゃないと自分の価値がわからない。ちゃんと厳選して見て、ちゃんと女として認めてもらえないと、納得ができない。そんな身勝手なドス黒い思いも渦巻いていた。

 いい感じにお酒も入って気分良く退店。お店を出て彼の自転車が置いてある駅の方へ向かった。

 小さな知らない街の知らない小道を彼に手を引かれながら歩いた。ふわふわして夢の中にいる感じだった。彼が急に足を止め、振り返って引き寄せられた。

 あ。この感じ知ってる。

 キスするなってなる、直前の感じが好きだ。キスを初めてする時にしか味わえない特別な感覚がある。それは恋をして初めてのキスでしか体感できない。一度きりしか無い。特別なキス。

 私達は、見知らぬ街の見知らぬ道で見知らぬ人の民家の前でキスをした。

 その後、彼が照れ臭そうに笑ったような気もするし、特別なキスだったけど、フワフワしててあまり覚えてないのも真実だ。



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