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なぜ、自分の意見と合わないカメラ評論にカチンと来てしまうのか

小型軽量カメラ好きである自分にとって、ここ数年のカメラ業界の動向は自分の嗜好と必ずしも一致するとは限らず、ただそれで否定的なことを言ってもなあ、と老害の可能性を秘めた一人として自制していたので、そうした状況を黙って見ている状態だった。カメラはだんだんと大型化、高性能化、高価格化していって、GM1もG5X Mark2もX-E4もGX7 mark3もその姿を消した。各メーカーから発表されるカメラで盛り上がっている人たちを少し離れたところから見つめる日々がしかし、今年、PanasonicのLumix S9によって終わりを告げた。久しぶりのことだった。

画像はPanasonicの公式サイトから。

カメラは静止画中心の使用で、メカシャッターとEVFは欲しい派である。つまり自分はS9のターゲット層とは対極に位置する存在だ。にも関わらず、このカメラはどこか自分を惹きつける要素を持っている。それが何なのかは自分でも分からない。自分の好みとここまで違うカメラに対して、何でまた買いたいと思っているんだろうと不思議だったが、事前リークされた噂で右往左往する日々は楽しいものだった。そして正式発表を経ても、このカメラに対する買いたいという思いは変わることがなかった。金銭的な理由ですぐは無理だが、遠からず買うと思う。予想だにしなかったフルサイズデビューである。
しかしここで意外なことが起こった。状況を静観している際には何とも思わなかった、SNS界隈でのS9に対する評論、書き込み、レビューの類の多くが、自分の感情を逆撫でし始めたのだ。これは意外だった。カメラの好き嫌いなんて百人いれば百通り。好きなカメラを使えばいいと思っていた。にも関わらず、である。
例えば、こちらのツイート。

自分はこの方を「安全地帯から時々パナユーザーに石を投げる人」と認識している。言葉の端々にPanasonicを見下す姿勢を滲ませつつ「いや、そんなことは言ってませんし、あくまで個人の意見ですし、みなさんが好きなカメラをお使いになれば良いと思います」というスタンスを見事に崩さない。ある意味で凄みがある。一日二本の動画投稿を続けるその姿勢には敬意を表するが、おそらく友人にはなれないタイプの方だろう、と推察する。
これまでであれば、こうした書き込み一つにいちいち感情的になることはなかった。だが今回はかなりイラッと来た。せっかくパナからいいカメラが出てきて、珍しくLマウント界隈が盛り上がっているときに、何でわざわざこういうことを書くかね、と。何も言わずにM11で写真撮ってりゃいいじゃないか、と。そしてその次が以下である。

夜明けってなんだよ、「どころではなくなった」ってのはどうしたんだよ、そもそも使っていただかなくて結構だよ!と感情がささくれ立ちまくっている。
念の為に申し上げておくが、西田氏の発言内容や動画の内容にはまったく問題はない。こちらがかってに拗らせて感情的になってカチンと来ているだけなのだ。
更にこちらの動画。

「俺はねえ、基本的にねえ、カメラ叩かないと生きていけない人間なんですよ」と仰ってるのだが、いやそれってかなり傍迷惑だろ、とまたもやイラッとしている自分がいる。コメント欄やチャット欄も新商品を上から目線で見下している感の強い人達が多い印象を受けてしまって、どうにも後味が悪い。発売前の機種のメカシャッターレスの問題を論ずるなら、実機を手にして行うべきだし、事前の実機借り出しが出来ないのなら一般発売を待って論ずるべきだ。なぜスペック表だけ見てそのカメラを論ずることができるのか。そこで発生した該当のカメラに対するネガティブな風評が的外れである可能性は考慮しないのか。それともそうした指摘に対しては「いやあ、そんなに影響力ないですしー」とヘラヘラ笑ってすますつもりなのか、などといった謂れのない感情が湧いてきてモヤモヤしてしまう。繰り返すがこの方々には何の非もない。これは自分が勝手にカチンと来ているだけなのだ。

こうした感情を鑑みて、一つ気づいたことがある。
そうか、人はこういう感覚で、攻撃的な書き込みとかをしちゃうのか。

よく見るネット上での罵り合いってのは、少なくともその一部は、こんな感情から発生するのかもしれないな、などと思ったりする。
始末に負えないのは、S9を褒めてりゃいいのかというとそうでもないということだ。例えば以下。

平たく言うと、ビギナー層に本機を勧めているわけだが、メカシャッターもファインダーもないカメラをビギナーに勧めてどないすんねん、するなら高速移動している物体やら夜景やらをきちんと撮って、ローリングシャッターやフリッカー現象の実際をきちんと検証してから勧めんかい!と悪態をついてしまう。しまいには「イケメンが楽な商売しよってからに!」と、これはもういいがかりのレベルである。
三度目になるが、高澤氏の動画の内容には何の非もない。自分が勝手に怒っているだけなのだ。

まあこのように、久々の楽しい日々の中で、はからずもネット上の殺伐とした争いが発生する理由の一端を垣間見たような気になっている。逆に言うと、自分が何かを批判的に論ずる際にも細心の注意が必要ということだ。かつて自分がLumix G100をスナップ機として購入したとき、ネット上では「こんなもんでVlog撮れるわけねーだろ」という批判をする人たちが我が物顔で自説を開陳していた。その中で以下に貼った落合憲弘氏の記事だけが、G100の小型スナップ機としての可能性に言及してくれていた。この記事があったからこそ自分も購入に踏み切れたのだ。むやみに批判をしてはいかん、ということを、自分の感情を通じて学ばせてもらった。自戒の意味を込めて、ここに記載しておく。


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