見出し画像

「血液型占いなんて大嫌い」2月7日(日)の日記

「私B型なんだよね~」

「わかる~すっごいマイペースだもん~」


いい加減にしてくれ。いつまでこんなガセネタの話で盛り上がるんだ。


「ね、由香って何型?」

「あ、A型だよ」

「やっぱり!由香って仕事中すごい真面目だもん!ホント他の人を寄せつけないっていうか!オーラ出てるっていうか!!」


こんな与太話で盛り上がってていいのか?男連中も自分の血液型の話をしたくてウズウズしているし、やっぱり来るんじゃなかった。私が所在なさげに窓を見やるとまばらにヘリコプターのローター音が聞こえた。



────────────────────────────────

今日の仕事が終わったあと、更衣室で同僚の優子から声をかけられた。

「由香ちゃん、今日この後ヒマ?合コン予定してるんだけど一人穴空いちゃってさ~良かったら来てくんない?」

優子と私は同じ年に入社したいわば同期で、事務を担当している。私が会社に残るまいと真面目に働いている横で、彼女は他の事務員を使ってうまくサボったりしているらしい。私と同い年にも関わらず既に会社のお局として君臨しており、女子社員達のネットワークの中心と化している。

「う~ん、ちょっと待ってね?」

携帯のカレンダーアプリを開くがそこに予定など書かれていない。承知の上でタップしたのだ。今この誘いに乗るべきか否か、そして断るのならばどんな言い訳を使うべきか、それを考えるための時間稼ぎだ。断ることは容易だ。親が来ているだの存在しない彼氏との予定だのを言えばいい。しかし彼女は今や社内にて盤石の地位を誇っている。このメスライオン達のカーストから外されるのは私の今後の生活のストレスになりかねない。

わずかな逡巡の後、私は彼女の誘いを呑んだ。



「よ~しここからは話したい人と1対1で話そ~!」


ようやく1人になっていいと優子からお達しが下った。よく血液型と性格の関係性で15分も喋れるものだ。もう少し栄養バランスとコレステロール値の関係性について気を配った方がいいんじゃないか?

私を除く女達が散り散りに移動していく波に合わせて、私は適当に窓際の席に座り込んだ。

(やっぱり来るんじゃなかった)

酸っぱいシャンパンが私の喉を甘くくすぐる。こんな事ならばとっとと家に帰って早く寝るべきだったのだ。明日も仕事だというのによくこれだけはしゃげるものだと彼女に感心してしまう。

辺りを見回してみると、各々たいそう楽しそうだ。男も女も互いを品定めし、どれがお眼鏡に適うか考えるのに必死だ。奥のテーブルの女など口が笑っていても目が笑っていない。あれは獲物を前に舌鼓を打っているに違いない。



「お隣よろしいですか?」


つまらなさそうな私の顔と、にこやかな好青年の顔が窓ガラスに映る。私は無意識で愛想笑いし「どうぞ」と応えた。


「ありがとうございます。ええと……太田由香さん……でしたよね?」

「ええ。それでアナタは……」

「七宮健人です」


そうだ七宮だ。彼が現れたときの視線の熱さは、他の男達が現れたときのそれと比べものにならなかった。高身長で好青年、顔もアイドルかと思うほど整っており、仕事はベンチャー企業の社長をしているという。正直こんな合コンに来ている余裕があるのかと思うほどに優良物件だ。正直私が今日来た男達の中で1番だと思っているし、他の連中もそう思っているだろう。ここで縁を作っておくのも悪くない。


「七宮さんはベンチャー企業の社長さん……でしたよね?」

「ええそうです。IT系でして、まあ平たく言うとスマホのアプリとか作っている会社ですね」


にこやかな笑顔からは下心などが一切読み取れない。本当に純真無垢な人間か、あるいはそれらを読み取らせないほど精巧に作られた仮面なのか。それを暴く意味で私はずっと思っていた疑問を投げかけた。


「七宮さんってこんなところにいていいんですか?かっこいいし社長さんでもあるわけですから、恋人さんとかいらっしゃるんじゃないですか?」


当然の疑問だ。これだけ優れた一等地をみすみす見逃すような女ばかりのはずがない。すなわち女癖が悪かったり金遣いが荒かったり……最悪なのは暴力を振るったりすることだろう。そんなイカれた性癖があったりしたら到底付き合えない。


「ちょっと前まではいたんですけどね。でもフラれちゃいまして」

「それはまたどうして?」

「分からないんです。急に『他に好きな人が出来た。別れて欲しい』ってメールが届いたんです」


なるほど、やはりクセのある人物らしい。こんな優良物件を手放すとは、よほどの問題があるに違いない。しかし……


「あのー、大丈夫ですか?」

「っはい!なんでしょう!?」

「いえ、ボーッとされていたようなので、少し心配になりまして……」

「あぁ、大丈夫です。ご心配をお掛けしました」


危ない危ない。値踏みがバレるところだった。場を誤魔化すように私はシャンパンを流し込む。


「よかった。さっきみたいに興味がないのかと思ってしまいました」

「さっきって……」

「血液型占いの話です。僕もああいう俗説はあまり好みではなくて……。もう少し科学的な根拠のある話なら面白いんですけどね……」


なんと。こんなところに同士がいたとは。こんな場に集まるのはああいう稚拙な話を好む人間ばかりかと考えていたが、それは改めなくてはいけないかもしれない。


「そうですよね。ああいうのって結局誰にでも当てはまることを言っているだけですから」

「本当ですよ。僕もあの場では話に乗りましたけど、話に身を置かないアナタの方がかっこよかったです」

「かっこ……よかった……?」

「ええ。僕、芯の通った女性がタイプでして。特にああいう俗説に惑わされない、理知的な方が好みなんです。まさにアナタのような方が。よろしければ、二人でコッソリ抜け出しませんか?彼らには後で僕から連絡しておきます」

「それに、この辺りで最近女性ばかりが襲われる事件が相次いでいるようですし、一人で帰るのは危ないと思います」


予想もしていなかったことだ。まさかこんなイケメンから誘われる日が来ようとは。願ってもない事態だがここは上手く利用しよう。体の相性が悪かったり暴力を振るうような男ならペンでも突き刺して逃げてやる。

それにそういう事件が起きているのも事実だ。まあそれほどか弱い自覚もないが、ここは一つ乗らせてもらおう。


「ふふっ。分かりました。一人で帰るのも怖いですし、ご一緒させていただきます」

「ありがとうございます。じゃあ行きましょうか」



────────────────────────────────


合コン会場の入ったビルを出てタクシーを拾い、来たこともないような高級感のあるホテルまで連れられてきた。支払いも彼がするというので喜んで応じた。道中タクシーの中でスマホを弄っていたが、あれは多分優子達に連絡していたのだろう。

ホテルに入り、受付の機械に彼がQRコードを見せる。彼曰く、既に部屋はアプリで取っていて、チェックインもこれだけでいいらしい。鍵を受け取った彼と共にエレベーターに乗り込んだ。彼は前にも来たことがあるらしく、「眺めのいい部屋ですよ」と言っていた。

エレベーターから降り、目的の部屋に到着する。この歳になってもうセックスでドキドキはしない。あくまで相手を調べるためのツールに過ぎないのだ。

部屋に入ると、20畳はあろうかと思うほどの空間が広がっていた。さっきドキドキはしないなんて思ったのに、現実としてここまで財力を見せつけられると高揚してしまう。うっとりして2,3歩進んだ私を彼が後ろから抱きしめる。


「その……始める前にいくつか聞いていいかな?」

「どうしたの?急に」

「いいから。そこのベッドに座って」


私とは対照的に彼の呼吸は激しく乱れている。今にも獣となって襲いかからんばかりだ。私が言われたとおりベッドに座ると、次の指示が飛んできた。


「ごめんね。その……初めてする相手のことをもっと知っておきたくて……。まず歳はいくつ?」

「28だけど……」

「ありがとう。次に出身地は……」


それから彼の質問はかなり続いた。初めての相手や両親との関係、将来のビジョンまで詳細に詰められた。これはフラれるのも頷けると考えていると、ようやく質問の豪雨が終わったようだ。


「ありがとう。じゃあ始めよっか」

「ちょっと待って。シャワーとか……」


私がベッドから立ち上がろうとすると、彼はすかさず私を押し倒し、犬のように首元に鼻をこすりつけてきた。


「ちょっと!なにするんですか!」

「いいなぁ……。とても落ち着く……。やはりキミは最高の相手だ」


私の言葉を意にも介さず一心不乱に私の匂いを嗅ぎ続けている。かと思えば次の瞬間膝立ちになり、服を脱ぎ始めた。


「ちょっと待って。こんな無理矢理なんて……」

「キミは本当に最高だ。今日の僕の食事にふさわしい」

「え……今なんて……」


瞬間、私の首に痛みが走った。太い注射針を差し込まれたような、鋭利な痛みが。


「かっ……あぁっ……」

「こんなA5クラスの女性が現れるなんて夢にも思わなかったよ。久しぶりに豪勢な食事にありつける」


私の首から牙を抜くと、彼はたいそう愛おしいものを見るように呟いた。かくいう私はまったく体に力が入らない。筋肉が弛緩し、ゆっくりと脱力していく。目は異常に冴え渡り、相対する捕食者の目を真っ直ぐに捉えていた。


「もう力が入らないだろう?仕方ないさ、僕はそういう生き物なんだ。キミのような人間の血を啜ってこれまで生きてきたんだ」


冗談でしょ?そう思ったが口がもう動かない。コイツが吸血鬼だって言うの?

助けて!!!

そう叫んだつもりだったのに、口から漏れるのは言葉にならない嗚咽ばかり。


「無駄だよ。もうキミは何も言葉を発せないし、逃げることさえ叶わない。」

「僕は偏食家でね。A型の、しかもキミのような理知的……クックック……愚かな人間の生き血しか飲まない事にしているんだ」

「キミはまさしく最高の相手だよ。他人を見下し、孤高を気取っている。だが完全な孤立は望まない。だから今日僕の前に現れてくれたんだろう?」


違う。だが私は首を振ることさえできない。


「キミは本当に都合のいい女だ。キミを芯の通った女性と言ったがそれは訂正しよう。キミは非常にブレやすくそして何もない。精一杯の虚勢を張っているだけで1本通った芯なんかないんだよ」


助けて。どうして……私が……。


「さて、そろそろ実食といこうか。口に合うよう祈っていてくれよ」


誰か








────────────────────────────────

はぁ。こんなつまらないパーティーなんて来るんじゃなかった。オジサンが駄弁ってるだけで若い男もいないし最悪……。


「失礼。お隣よろしいですか?」

「ええ。確かアナタは……」




「七宮健人と言います。以後お見知りおきを」








・今日の日記。

画像1

・犬がデカい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?