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勝利の女神:NIKKE 稗史:或る異端者たちの愛(10)

きおくにないことはなかったこと 
きおくなんてただのきろく 
きろくなんてかきかえてしまえばいい

『serial experiments lain』

「おいお前、クエンシーでしょッグルルン!」
 シンやミハラ達が待ち合わせのコンビニに到着した時、クエンシーはACPUのポリに難詰されていた。
コンビニからの通報で来た彼女に、どうやら脱獄したと勘違いされた様だ。アワアワと動揺しているクエンシーとナイチンゲールは身長がポリより高いので、まるで子供が大人を叱りつけているみたいで滑稽ですらある。
「そうだけど、脱獄はしてないよ〜!」

「あら、ポリ。こんな深夜にご苦労様」
 ミハラが艶やかに微笑みつつポリを労う。ユニも到着直後に購入したサツマイモスティック(犬用)を差し出した。
「それはサツマイモスティック!私それ大好きなんですよん!でも公僕が市民から貰うのは賄賂に当たる様な……」
「ユニはこの犬たち用にこれを買ったから、あげないよ」
 見ると、シンとギルティが首輪で繋がれている。
「悪い子だったから躾の最中なんだ、へへへ。でもシンはコンバーター外せないから、ポリに一本分けてあげるね」
 ユニに掛かれば、ポリも犬同然!スティックを空中に投げ出すと、ポリは釣られて口でキャッチしてしまった。
「ハッ!?つい食べてしまいましたぁ……」
 ガッカリしてしまったポリの、長くてワイルドなグレーの髪をナイチンゲールはヨシヨシと撫でる。
「いいから誰か早く釈明してよっ!」
 クエンシーの絶叫がコンビニに響き渡る。通報したニケの店員は藪蛇だったと頭を抱えてしまった。

 事情をミハラ達に説明されたポリが納得して帰ると、イートインにもうひとりニケがいることにシン達は気付いた。このニケはカップ酒を奢られており既にへべれけに酔っている。見たところ、笠を被った東洋の剣客の様である。
「えっとねー、このニケは繁華街で酔っ払ってたのを連れてきましたー!名前はなんだっけ?」
「嬢ちゃん、名前忘れるなんてつれないねぇ〜?私は紅蓮だって名乗ったじゃないか」
 紅蓮と名乗るこのニケを、シンは注意深く観察すると、靴が泥で汚れているのがわかった。
「紅蓮、あなた地上でそこそこ戦ってるでしょ?」
「そっちのマスクの嬢ちゃんは見る目があるねぇ?何年くらいいるかねぇ?覚えていないわぁ」
(何年?どういうこと?言い間違い?)
 シンがこう疑問に思うのは当然である。地上に上がったニケは基本的に任務が終わり次第アークに戻る。何年も地上にいるニケは、そこでの長期任務についているか、さもなければ……
「アークは嫌いなのだけれど、ごくたまーに指揮官の隊員募集に引っかかるから、どんなぼっちゃんが私なんかを雇用するのか見に来たりするんだよ、ヒック!」

 1時半を過ぎたので、シン達一行はあのニケの公園へと向かうことにした。コンビニで英気も養い、何があっても持ち堪えられそうだ。ナイチンゲールも徐々に表情が引き締まってきた。状況がわかっていない紅蓮は酒を飲みながら千鳥足だが、ナイチンゲールの硬い表情を見て和ませにかかった。
「そっちの背の高い……のは何人かいるけど、そこの嬢ちゃんはお酒はイケるくちかい?」
 ギルティが割って入ろうとするが、シンは一旦止まるよう制止した。
「お酒なんて飲む年齢じゃないでしょぉ?」
「精神年齢はね。でも脳は成人なんじゃないかしら。なら飲酒もできるんじゃない?」
 自分で言ってハッとした。蒙が啓けた気分だ。
 ナイチンゲールはそんなことお構いなしに、紅蓮の持っていた酒瓶から一口飲んでみた。
「甘酸っぱくて美味しい……」
 ナイチンゲールの表情が、一瞬大人の時分に戻ったのを見てとったシンはある事を確信した。そして何より、紅蓮は自分の酒を褒められて上機嫌だ。
「そうだろう。嬢ちゃんは違いが分かってるねぇ〜。これは私が一から田を切り拓いて作った酒だ。炊いた米をこう、口で……」
 シンは紅蓮のこれらの発言に驚愕していた。周りは酔っ払いの与太話とスルーしているが、あまりにリアルすぎる。
 米から酒を作るにはそれなり以上の施設や発酵知識が必要だが、口噛み酒くらい原始的な製法ならおそらく素人のニケでも可能だろう。そして、あの地上で田を作り、田んぼから米を収穫する大変さは想像に難くない。このニケはやはり何か特別なナニカなのだ。

 1時45分頃、公園から目と鼻の先にあるファミリーレストランで最後の時間潰しである。向こうさんが到着する前に彷徨いていては、怪しまれて帰宅させられる可能性がある。
 作戦の最終確認の際、シンは皆にある質問をしてみた。
「ねぇ、ミハラとユニってどちらが歳上に見える?」
「さぁ、どちらが歳上に見えるかしら?」
「勿論、ユニの方だよね?」
 本人たちもよくわかってない事柄だが、多くの場合、より大人びた姿のミハラを選ぶ者が多かろう。
「つまり、ナイチンゲールが見た目大人なのに、記憶消去のせいで子供からやり直してるのと同様に、アマリリスも見た目と中身が違う可能性があるって思ったのよね」
「そうだとしてどうだっていうのよ?」
 クエンシーは一度姿を見た後で、辛辣な感想を述べたこともあるので気になる所だ。
「懸念すべき点がいくつかあるわね。ひとつは私たちがアマリリスの説得に失敗する確率が増える。大人ならまだ言い分を聴く可能性があるけど、世間擦れしてない子なら、呼びかけをやめろと言っても通じないかも」
「なるほど、あり得るわぁ」
「それならどうする?」
 そこは月並みだが納得するまで丁寧に話すしかないかもしれない。
「もうひとつは今と昔のギャップから、現在進行形のナイチンゲールを拒絶してしまう事。ナイチンゲール。今は何を言われても気にしないでよ?そのうち昔の記憶が今の記憶と馴染めば相手もまた好いてくれるはずだから」
「困ったら黙っておくのがいいわよぉ」
「わかった!」
 ナイチンゲールは元気に答えた。相手もこれくらい素直だと有り難いのだがどうだろうか?
「飽くまで今回はメインは私たちでナイチンゲールはむしろ添え物。主と従を誤って話を進めない様にしていきましょ?」


「それじゃ、何かあったら呼んでね呼んでね〜」
 単語を二回繰り返す、癖のある喋り方の護衛役・Kを見送ると、アマリリスはいつも通り更生館に向かって恋を唄う。ただ、今日はなんとサプライズゲストが多数出演してくれるとは想像もしていない。

「よっしゃ!今日は向こうのゲスト無し!なので紅蓮さんはここで出撃です。ついでにこれはお土産の紙パック酒ほか多数どうぞ!」
 クエンシーは、紅蓮にお土産のたんまり入った袋を手渡した。
「コイツはいい!今度の会合でスノーホワイト達にも振る舞ってやろうかねぇ。途中で飲んでしまうかもしれないけど」
 紅蓮と名乗る謎多きニケは、漫ろ歩きで公園へと向かい、ワイルドな格好のニケを困惑させながら一緒に繁華街へと戻っていった。見事に陽動は成功だ。
「これで障害は無くなったのね?」
 ミハラの疑問にシンは答えた。
「多分ね?一応ついて行くけれど、あとはクエンシーとナイチンゲールに頑張ってもらいましょ〜」
 しかし、クエンシーとナイチンゲールがベンチのアマリリスに近づくと、辺り一帯に殺気が満ちる。ユニとミハラはいち早く感付いた。
「他にもいるじゃん?排除しに行く?」
「多分エリシオンのニケが相手だけど、ユニは大丈夫?」
「軽く動きを止める程度ならNIMPHに抵触しないと思う。いつも鞭で叩いて挨拶してるし」
 皆、ここはユニの言葉を信じることにした。

「ヤッホー!アマリリスちゃんお久しぶり〜」
 クエンシーがそう挨拶した瞬間に、ベンチの奥から手斧が投げ込まれる!
 クエンシーはビックリしつつもなんとか回避するが、そこに飛び出してきたのは死神の様なDだ!今日はKの番だと思い込んでいて何も知らなかったアマリリスはオロオロするばかりだ。
「Kからの引き継ぎで来てみれば、作戦だったとはな……結構な人数がいるがシュエンCEOあたりの差し金か?」
「違うわよ!?てかトマホーク投げつけるって物騒過ぎない!?」
「覚悟はいいな?」
 Dは手斧を拾い直す。彼女は人間やニケを殺害するためにリミッターが解除されているので、ガチンコのタイマンでは圧倒的な実力差が存在する。
「へへへ、こんばんは」
 だが、ユニの能力が無ければの話だ。Dの膝はカクンと折れ曲がり、地面に転倒した。
「何だと……!?」
 Dは四つん這いになりなんとか立とうとするが、その間にユニが背中に乗ってしまった。
「ユニは飽きるまで乗馬してるから、早めに終わらせてね?」
「ちぃぃ!」

「お邪魔虫もいなくなったところでもう一回!アマリリスちゃんこんばんは〜!」
 アマリリスは既に頭から!?マークを出して混乱していた。ただでさえ人前で喋るのが得意でないところに、ほぼほぼ知らない人間が大量に現れたからだ。
「このふたりはオマケだからあんまり気にしなくていいよ、って小突くな!特にギルティのは死ぬる!」
 オマケ扱いのシンとギルティは、クエンシーの両端に立って肘打ちをかましていた。
「ドーモ、シンです」
「ギルティよ、よろしくねぇアマリリス」
 アマリリスも恭しく挨拶を交わす。
「こんばんは、シン様、ギルティ様。アマリリスです。クエンシーさんもお久しぶりです」
「そんでもっておいで、ナイチンゲール!」
 ドキリとしたアマリリスは、クエンシーが手招きする方をじっと見つめ「嗚呼……」と感嘆するや否や涙が溢れ出した。夢にまで見た愛する者との再会である。
 アマリリスはナイチンゲールに駆け寄ると、そのまま抱きしめた。一瞬、動揺したようだったナイチンゲールだったが、大人の表情になって強く抱きしめ返すと、アマリリスはそれはもう大きな声でわんわん泣いた。


「そうですか……寂しいですが、我慢します」
 アマリリスに、一ヶ月間はナイチンゲールへの接触を控える旨のお願いをしたところ、素直に了解した。もっと駄々を捏ねるかと皆は思っていたが意外と冷静な反応である。顔は泣き腫らしてはいるものの表情は爽やかである。
「ホントに大丈夫ぅ?」
 ギルティも若干良心の呵責があるのか心配してみせる。
「昔のナイチンゲール様に戻すためならば耐えられ……ます」
「私なんかは昔を知らないから、今のナイチンゲールでもいいんじゃないかと思うけど、やっぱり違うの?」
 クエンシーは率直な疑問をぶつける。話の中心であるナイチンゲールの表情も不安そうだ。
「私の知っているナイチンゲール様は、とても頼りになる大人の方なのです。今のナイチンゲール様は私と同い年くらいの感じで少し頼りないのですが、先程抱きしめて下さった感覚は本物だと思いました。きっと元に戻って下さる……そう信じられました」

 シンはここでアマリリスに提案をしてみることにした。
「ねぇ、アマリリス?ナイチンゲールに会えない期間に、ナイチンゲールが人間の頃の話とか知人を調べてみる気は無いかしら?」
「とてもむずかしそうです……私に出来るでしょうか?」
「具体的に探すのもいいけど、あなたはナイチンゲールとよく一緒に過ごしてきたんでしょ?昔は何が好きだったという話とか、休みの日はどんな服を着ていたとかでも良いのよ?」
「それならたくさん思い出せます!!」
「それをまた、ナイチンゲールに聴かせてあげて。きっと記憶を取り戻す助けになるわよ〜」
 多少寂しげだったアマリリスの表情は決意に満ち始めた。きっとやり遂げてくれるだろう。そして私たちの笑いのタネにも……シンが、コンバーターをつけていて心底良かったと思うことは今日が初めてだった。

 結局、皆は夜を明かし、時間の許す限りふたりにおしゃべりやスキンシップをさせてあげた。途中からDも解放されたが、憎々しくシンたちを睨みつつもアマリリスが無事であるため大人しく見守るに留まった。ミシリス本社ビルまで見送りし、名残惜しげに泣きながら手を振るアマリリスは、よっぽどナイチンゲールが好きなのだろうと改めて印象付けた。
 ナイチンゲールもまた、いつかのアマリリスを模した折り紙を見ながら、彼女がそうなのだと反芻している。朧げだった愛する者の姿をはっきり見据えることが出来た事で、成長が促されるといいのだが……

 シンがそう考えながら玄関ホールを歩いていると、いきなり量産型ニケが大量に動員され、皆は重包囲されてしまった!ホールのスピーカーからは、あの忌々しい小娘の声が響く。
「ミハラ、ユニ!シン達の監視任務とナイチンゲールの護衛、良くやったわ。あなた達は下がってよし」
 ミハラとユニはシュエンの言う通りに、シン達から去っていく。無言だが手でバイバイくらいはしてくれたのは、彼女たちも何かを感じ入った証左だろう。
「次に、ナイチンゲールとギルティ、クエンシーはトライブタワーにてデータ取りよ」
 三人はしぶしぶ量産型ニケのいち部隊に囲まれて本社ビルから再び外へ出ていった。
 残されたシンは……


「脳スキャンしてみたけど、面白いネタがゴロゴロと……まさかナイチンゲールとあのエリシオンの鉄くずとの間に関係があったとは驚きだわ。アレは偶然では無かったという事なのね?」
 シュエンはシンから得たデータを精査していた。丁度いいタイミングでタワーから連絡が入る。
「ナイチンゲールの能力が2倍に跳ね上がっています!夜に一体何が!?」
「記憶が補完・統合されつつあると考えられるわ」
 シュエンはその間にある部署に連絡を入れた。ナイチンゲールの人間時を含めた詳細な情報を洗いざらい調べ上げろと命じるためだ。
 
「シンは如何致しますか?」
 脳スキャンを担当していた社員がシュエンに今後の方針を聞くと簡潔にこう答えた。
「ナイチンゲールが更生館入りした日まで遡って全て記憶消去しなさい。特にコイツには過ぎた情報よ」

「記憶って過去の事だけじゃないのね、
今の事、あしたの事まで.....」

『serial experiments lain』岩倉玲音

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