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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(24)

華やかに雅やかな挙措と、内に荒れ狂う暴君の血。

大藪春彦『野獣死すべし』

「いいですか? コアエネルギーを人間の気と同じものとして捉え、身体の隅々まで感じ取れるようになりなさい」
「ねこです。かんたんです」
「かしこまりました、ご主人様」
「そんなんわかるわけないでしょ……」
 やさぐれるプラチナの耳をスタルカーは摘み上げる。痛みをセンサーオフでカットすると手で払い除けた。
「何するのよ?!」
「プラチナ、あなたのことを思って言っているのですよ? これを理解しなければわたくしとあなたの差は一ミリも縮まらないのですからね」
「……」
 あの後もプラチナの復讐は続いていたが、道化師との力量差はなかなか埋められなかった。次第にやる気を失う彼女にスタルカーは些かほっとしつつも、無気力な彼女をなんとかしたい気持ちもまた存在するのである。
 一方でシュレディンガーとガラテアはそれぞれの持ち味を活かした成長を続けていた。四足獣のごとき動きで相手を翻弄するシュレディンガーはスタルカーを最早超えつつある。特異なボディといい、可能性の獣と呼ぶに相応しい。
 言語能力はまだまだだが、情緒のようなものも備え始めて、子供には優しく接することも覚えた。かまってもらえるからのようだが、それはそれで微笑ましい。この間も路地裏で小学生めいた女子児童に餌付けされていた。
 ガラテアはトレパネーターによる脳スキャンからの過去の戦闘記録閲覧でケイトの戦闘技術を模倣し、今では道場の高弟達から奥義を引き出してラーニングし始めていた。コアエネルギーの滞留を会得すればほぼほぼケイトを再現できるところまできていたのだ。

 アストレイズはイレギュラー化したニケが大半を占める相互互助組織である。畢竟、対人リミッターなぞ無くなったニケを欲しがる者もアークには存在している。例えばマフィアや極道などの反社会勢力である。

「この度は襲名おめでとうございます、と言うのは行儀が良すぎますか?」
 そのニケは金色のトミーガンを手にしており、髪の色が白と黒真っ二つに分かれている。有名ヴィランのクルエラのようだ。
「いやに耳が早いじゃない」
「これくらいはあたり前田のクラッカーというものです、えぇ」
「そーいうのはどうでもいいわ。使えそうなニケを紹介して」
「グレーチェン」
 人事担当のグレーチェンが情報端末を持ってやって来た。
「はーい。ではこちらが全ての登録ニケになっています。ご希望の属性を仰って頂ければ検索で篩にかけられますよ?」
「腕が立つのを数人」
「どの程度です? 大型ラプチャーを単騎で狩る者、対人戦特化の者、色々ご紹介出来ます」
「ラプチャー戦は想定しなくていいから、人間を撃てるヤツで」
「性格は如何しますか? 指示待ち重視から自分勝手なニケもおりますが」
「命令に忠実で、かつバカでなければ」
「分かりました! 今のでとりあえず十名ほどピックアップします」
 情報端末を渡されて、更に詳細な情報を確認したボスのニケは数名との面接希望を出した。
「一番最初に来たヤツは即決で借りていくから。いい?」
「願ったり叶ったりです。我々はみな、誰かの役に立ちたいと思っていますから」

 自分達の後釜に入る者が何をするか予測出来ない以上、アストレイズはその過激な理念を一部修正しつつも殺人依頼などの闇の仕事を捨て去ることが出来ずにいた。
 となると、近年になって粛正者が現れ出したのである。
 背後から黒ずくめのニケが追って来ている。スタルカーは態と足を止めると、急旋回して顔を拝んでやることにした。赤い眼の死神がひと柱。こちらの死んだ目を見ても小揺るぎもしない。中々の上玉だ。
「冥土の土産に名前を聞いておいてあげましょう」
「D」
 敵の得物は斧だ!
「懐かしいですね。アストリット将軍を思い出しますよ、えぇ」
「叛逆者同士仲良くあの世で過ごすがいい」
 攻撃は鋭いが、駆け引きは不得手なようだ。彼女の美徳だろうが、ここでは付け込む隙にしかならない。
「あなたの力量は把握しましたので終わらせましょう。エンハンスド……」
 手首から出した投げナイフはエネルギーを帯びて、ニケの首を刎ね飛ばす斧の一振りを容易く受け止めた。
「?!」
「今度は繁華街で銃撃するなりしなさいね。正攻法でわたくしに勝つならば十年は研鑽を積みなさい。鉞は権力の象徴、敗れれば塵に等しい事を知るといいでしょう」
 返す刃で足首を切断し、動きを制したスタルカーは再び移動を開始するが、死神も悪足掻きに斧を投擲してきた!
「ねこです!」
 転移してきたシュレディンガーは斧を蹴り飛ばすと、二丁拳銃を斉射し死神を粉砕していた。運が良ければ助かるだろうか?
「ねこです。大丈夫ですか?」
「シュレディンガー、ありがとうございます」
「ねこです。どういたしましてです」
 ふたりは再び歩きだす。命令を下したのは中央政府だろうか? このまま何人か吊るしに行くことにした。

「脳波およびボディとコア機能停止を確認、ご臨終です」
「ありがとう御座いました、先輩」
 スタルカーの頰を涙が伝う。ケイトの別の高弟達も同様に悲しんでいる。
 長きにわたり銃剣道の普及に努めたプロダクト23がこの世を去った。量産型ニケには使用限界のようなものがあるらしく、晩年は死を予感した発言を繰り返していた。
 だが、彼女は師の教えを本当に愚直に守り続けた。ヒトとニケを分け隔てなく教え続けたその結果が、老若男女の別なく在籍する多くの門下生である。空色の少年めいたニケは最近入門したばかりで、成長著しかったのを彼女は惜しんでいた。
「もう少し長く生きることが叶うなら、この子をケイト先生に紹介できるほどに育てられるのに……」
 ケイトの奥義のひとつである無双三段突きも数名に伝授された。その中にはスタルカーとガラテアも含まれている。これは人類、否、この惑星に生きとし生けるもの全てが連綿と積み重ねてきた、継承の神話なのだ。

 23の遺骸はリサイクルの循環に組み込まれ、私的な物で残るのはドッグタグくらいなものだ。思えば彼女はアークで産まれ、ニケになり、アークで大往生を遂げた。
 アークで死ぬニケは全くいないわけではないが、大半は安価かつ擦り潰しても構わない労働者か実験動物、性的な玩具になるなど碌なものではない。
 また、大半のニケは地上で戦死するのだ。そういえば地上をさすらう巡礼者のひとりは、今は亡きニケの故郷を訪ねてまわっているそうだが、最近はアークに来ることの方が多いのではないだろうか?

「あなたはサイコパスです、クロウ」
「お前には言われたくないな、ルサルカ」
 万魔殿の闇に棲まう二人の魔王が一堂に会したのは、前哨基地の劇場での映画上映会の時である。といっても、子供のギャングの話など好んで観るのはクロウぐらいなもので、それぞれの配下を連れだって視聴していた。
 ジャッカルとシュレディンガーは二人仲良く(?)戯れあってうるさかったので、ポップコーンを与えて待合スペースに追放しておいた。今頃双方の腕を噛み合っているだろう。
 バイパーは映画に興味がないので最後尾でスマホを弄っていたし、プラチナも半分寝ていた。
 一方でグレーチェンはバイパーの隣で昔懐かしい映画に見入っていた。彼女は第一次ラプチャー侵攻の頃には既にいい歳のお嬢さんだったので、この映画も視聴経験があるのだ。
「これの何がそんなに面白いの?」
「んー、ノスタルジィ? きょうびこんな映画作れっこないのがいいのよねー」
「おばさん歳いくつ?」
「ええと、途中コールドスリープ状態だったのを抜きにしたら五、六十かな?」
 バイパーの剣呑な質問にものらりくらりとかわすグレーチェンは大人であったが、眠りを妨げられたプラチナはというと若干キレていた。
「あなた達さ、少し黙ってなよ」
「今度はこっちのおばさんに因縁つけられたんですけど」
「誰がおばさんだって?」
 スタルカー以外にはそこまで怒らなくなっていたプラチナであったが、ここまで喧嘩を売られれば話は別だといきり立つ。髪が唸りをあげ逆巻く。
「まぁまぁふたりとも落ち着いてね。映画館は静かにがモットーだよ?」
「その通りだ。バイパーも挑発はそこまでにしておけ」
 スタルカーが咳払いを一度だけすると、みな着席してまた思い思いに過ごし始めた。

 映画が終わり、クロウとスタルカーだけが座席に残っていた。二人だけの直接会談である。
「クロウさん、あなたが近々何かしでかそうという話を耳にしたんですが気のせいですかね?」
「気のせいだろう。そもそも謀を口外する馬鹿が何処にいる?」
「ネット上でミシリスへの誹謗中傷を促したのはあなたではないと?」
「出身母体を貶めてなんになる。証拠でもあるのか?」
「勘です」
「A.C.P.Uの犬のお巡りさんみたいなことを言うんだな? ピエロとしてはいい線いってるんじゃあないか」
 表情はポーカーフェイス……タバコを咥えながらも吸うわけでもなく滑らかに舌が回る。
「一応、警告はしましたからね?」
「されたから予防できるわけでもあるまいに」
「そうですね。もし何かあれば全力で妨害して差し上げますから」
「アークがお前たちに何をしてきたかわかっての発言なのか?」
「中央政府はこの際関係ありません。わたくしはあなたの無理心中に付き合わされる全ての者の代弁者ですから」
「無理心中か」
 クロウはクククと嗤う。
「善処しよう」
 そして、付け加えるようにこう言ってのけた。
「あと、あたしはソシオパスだ」

「クロウはわたくしの本当の名前をどこで知ったのやら」
 クロウというニケは、ある意味では神童と呼ぶべき存在なのだろう。スタルカーはAFXテロ事件の頃からこの人物を注視してきた。かの爆弾テロ事件の実行犯らしいが、ニケにしたあとアウターリムの情報収集を担わせた中央政府はこの危険性を本当に理解しているのだろうか? それでなくとも頭がきれるのに、首の爆弾程度で抑えられる存在ではないように思われる。ニケにはNIMPHがあるから安全だと考えているならお笑い種だ。

 星は人類の揺籠と言われて久しいが、この百年あまりはとうとう地下に籠って口に糊するまでになった。いつまでこの闇の世界で危機感もなく呑気に生きながらえるつもりだと、強烈な会心の一撃を喰らって素面に戻らざるを得ない事態が、間近に迫っていた。


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