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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(15)

曹植
「煮豆燃豆萁
 豆在釜中泣
 本是同根生
 相煎何太急」

『世説新語』

 一方、アークではこのような会議が行われていた。
「次の議題ですが、例の財団の義勇軍がラプチャーの侵攻を押し返しております。それに関して由々しき情報がありまして」
 議事進行を行う若い指揮官は、来年にも再度行われる反攻作戦計画を立案した俊英である。
「どうした?」
「まず最初に、財団の最高指揮権者と思しきアタナトイと呼ばれているニケなのですが、以前叛乱を起こして戦死したとされるアストリットではないかと」
「何だと!?」
 軍高官達の顔色は一気に青褪めた。どの者も前々から、実力はあるものの作戦案に悉く容喙するこのニケには煮え湯を飲まされてきた。それが思考転換で狂ったところを討たれたため、第二次地上奪還戦もスムーズに実行できたのだ。
 それが大失敗になったのを尻目に、別の武装勢力を伴って戦場にカムバックし、尚且つ勝利したとなれば中央政府軍のメンツは丸潰れである。
「潜入させている間諜からの画像データが幾つかあるのですが、この顔をAIで画像診断させたところ、髪や肌の色が違いますが七割ほどの確率で本人の可能性があるとの回答が出ました」
「しかしアストリットが死んだ光景は、皆なんでかわからんが知っているはずだ」
「断言出来ませんが、大掛かりな偽装工作と思われます」
「他には?」
「第二に、敵ヘレティックとの戦闘時にこの画像が撮られた訳ですが、この敵は今までにない実力を持っており、現状これを破壊出来るニケの戦力はアーク内には存在していません」
 ただでさえ恐るべき力を手に入れた異端者とはいえ、王冠のようなティアラを身につけた個体はまず存在していない。
 政府側トップは側に控えさせていたニケに目を向けた。
「……アルテミス、発言を許可する」
「かしこまりました」
 アルテミスと言う名のニケは、ややクセのある金菊色の内巻きの髪が腰まで伸びている。その表情は仏のごとく穏やかなれど、鉛丹色の瞳からは心奥を全く窺うことが出来そうにない。
「圧倒的な物量と威力を併せ持った攻撃は兎も角、尋常ならざる再生能力、私では敵いますまい。しかしかの者達は……」
 一瞬だけ間を開ける。
「このヘレティックを討ち果たしましょう」
 騒然とする場を軍総司令官は手で制し、重々しく発言した。
「致し方あるまい。核を使おう」
 これにアルテミスは答えた。
「全て塵芥と化しました。但し、現時点で、ですが。未来は不確定ですので……」
「諸君、彼の地は遺憾ながら放棄する。それで宜しいかな?」
「あの閉鎖計画都市は巻き込まないように頼むよ!? あそこは我々が失ってしまった先進技術の宝庫だからねぇ!」
 別の者が異を唱えると、再び議論が活発化した。核を使う方法、標的、出力、タイミング等が延々と話し合われるのである……

「ネイトさんが消えたですって!?」
 部隊の副隊長になっていた量産型ニケがスタルカーを訪ねてきたのは、失踪から翌日の事である。
「最初はニコルくんつけていつもの狩りに出たのかと思っていたんですが、補給にも戻らなくて。スタルカーさんなら居場所を知っているかなぁと……」
「……」
 非常に不味い。ネイトがどこに行ったかなんて全くもって知らないし、この戦闘時に行方不明などとアタナトイに報告すれば何が起こるかわかったものではない。だからと言って放置するわけにもいかない。
「とりあえず、ケイト先生にも聞いてみる!」
 彼女は安全策をとることにした。ケイトならば事を大きくすることなくナイスな解決策を見出す可能性があると思ったのだ。

「……そう。とりあえず部隊のみんなを集めて私のところに来なさい。命令は以上よ」
「りょ、了解しましたっ」
 報告を受けて、流石のケイトの表情にも翳りがあらわれる。副隊長は動揺しながらも敬礼して、他の部隊員に命令を伝えるべく直ぐに走っていった。
「ケイト先生……」
「ルカもありがとうね。あの子に報告していたらきっと敵前逃亡・公開処刑の流れになりかねなかったから……」
 ケイトとスタルカーの間にはなんとも言えない息苦しさが蔓延していた。少なくとも、ふたりはネイトの違和感には気づいていたが、結局それがなんなのかわからないうちに最悪のカタチとタイミングで実行されてしまった。
「場所の見当すらつかないのでは、現時点ではどうしようもないわ。ニコルくんを身につけているなら死んだ時はわかるのは幸いだけど」
 そういう言い方はちょっと、と言いかけてスタルカーはやめた。ケイトは指摘されずとも自分の考えることなどわかっているはずだ、余計なことを言うのは得策ではないと判断したのだった。
「ところでルカ。一旦アークに戻るんだって?」
「はい。マーガレット会長との打ち合わせに」
「会長はもしかしたらもう保たないかもしれない……」
「えっ」
「会長の体の具合が悪くなっていたのは知ってると思うけど、あれから数ヶ月も経っていて悪化していたら、表舞台に出すのは控えた方が良いかもしれないよ?」
「でも、アタナトイも励みになるからって」
「確かにみんな彼女への恩返しにと奮起はすると思うわ。でも、死に近づいている会長の姿が自分たちと重なったらと思うと、ね」
 ケイトはいきなりかぶりを振った。
「ああんもう! ダメだダメだ。こんなんじゃ私らしくない」
 頬を叩いて背筋を伸ばすケイトに、スタルカーもなんとなく心が和らぐ。
「ともかく、あの子の部隊は一旦私が預かる。スタルカーはアークで自分の仕事をしてきなさい!」
「了解しました!」
 カラ元気も元気のうちだと言うのはどうやら本当らしかった。

 十二月二日の午後のこと。地上エレベーター付近では、ベルタンや他の部隊の物資輸送部隊が、中央政府軍側の指揮官の部隊と揉めていた。
「かえしてよぉ! これは布とか機械とかが入ってるんだからぁ!」
「一体何の了見でこんなことをするんだ。私たちはお前らが不甲斐ないから戦っているんだぞ!」
「五月蝿い! 我々は今後に備えて戦力を蓄えねばならん。これは没収だ!」
「お上の威を借りて、横暴だぞ!」
「お願いだからかえしてよぉ」
 指揮官はたまらずベルタンを蹴るが、流石に戦闘用ボディなので小揺るぎもせず、逆に指揮官が足を挫いて尻もちをついた。それに逆上して、指揮官は配下のニケ達に銃殺命令を下しはじめた。
「ええい黙れ! 者どもやってしまえ!」
 指揮下のニケ達も難色を示すがどうしようもない。命令通り銃を構え、セーフティを解除した。引き金に指がかかる……
 指揮官が腕を振り下ろさんとした当にその時、指揮官の首が一回転した。
「はっ?!」
 絶命する指揮官に、訳もわからずその場の誰もが絶句していた。目に見えぬただひとりだけが地上エレベーターからアークへと降りて行った。

 一路アークへと向かうスタルカーが、補給部隊とベルタンに遭遇した。
「任務お疲れ様です!」
 スタルカーの挨拶に、翡翠のスカーフを着けた補給部隊員達がへへっと苦笑いをする。
「?」
「いや、すまない。先ほど政府軍の指揮官と揉めて大変だったんでついね」
「どういう事です?」
「えっとね、指揮官が物資を取ろうとしてきたから、ベルタンたちは泣きながらダメって言ったの。怒った指揮官が私たちを撃とうとしたんだけど指揮官が急に死んじゃったの」
「んんっ!?」
「指揮官の首が急におかしくなって即死したんだ」
「なるほどわからん……」
 しかしスタルカーは、もしやネイトがやったのではないかと気づいた。運が向いているのかもしれない。行き先がわかったのなら探しようがあると言うものだ。
「で、後ろにいるニケ達は?」
「指揮官を討たれた配下のニケ。指揮官を守れなかった科で記憶消去待ったなしだって教えてやったらそれは嫌だと仲間になりにきたって事よ」
「わかりました。それでは引き続き任務にあたってください。ベルタンも祭りの準備頑張ってね」
「スタルカーもいってらっしゃい」
 スタルカーと、ベルタンや補給部隊員達はまたそれぞれの戦場へと別れて行った。また出会うことはあるだろうか?

 野晒しになった指揮官の死体は、既に異臭を放ちながら虫の餌食と化していた。峻厳たる地上の掟を垣間見るのを極力避けながら、スタルカーも地上エレベーターに乗り込んでアークへと戻ろうとしていた。
「ネイトさんも戻っているかもしれないけど、まずは財団に行かないとね」
 エレベーターが最下層へと到着し、ドアが開かれる。
 アークでは、もうすぐクリスマスともあってそこかしこにサンタクロースやクリスマスツリーのイルミネーションが存在していた。
「えっ」
 スタルカーは瞠目した。
 別にクリスマスが気になったわけではない。確かに長期間に渡って戦い続けているが、時間感覚が狂わないようこまめにカレンダーを見たり、糧食の配給にも特定の曜日を気づかせるように工夫も凝らしていた。
 だが彼女が抱いた違和感はそこではない。
 アークの人々の、まるで何事も憂えることなく生活している様を、スタルカーは見ていた。
「おえええっ」
 あまりの気色悪さに彼女は思わず嘔吐してしまった。自分達が血反吐を吐きながら戦場で命を懸けているというのに、この者達はまるで他人事のように生きているのだ。
 思えば、自分たちもそうだったではなかったか?

「スタルカー、久しいね。顔色が優れないから呼んだのかい?」
「はい……」
 結局、エレベーター前で一歩も動けなくなったスタルカーは徒歩での移動を諦め、タクシスにマーガレット邸まで運送してもらうことにしたのだった。
「まぁ疲れが溜まってんだろ? 一眠りしときなよ、すぐに到着するけどさ」
 タクシスに任せると本当に早いから困る。他のタクシー業者の数倍の体感時間で目的地についてしまう。
荒いドライビングも含めて休める要素は絶無だ。クラクションや、サイレンの音まで聞こえてくる。触覚以外全てのセンサーをオフにして、スタルカーはしばし闇に身を委ねた。

「到着したよ!」
「んん……」
 ゆさゆさと体を揺さぶられ、スタルカーは目覚めた。意外なことに一時間は寝ていたようだ。
「寝かせてくれたんですか?」
「両方かな? あんた戦闘用ボディのままだから重くってスピード出やしないし、渋滞に巻き込まれるしで散々だったぞ」
 スタルカーとタクシスは互いに苦笑いを浮かべる。
「タクシー代の領収書下さい。宛名は……」
「上様で良かったっけ?」
「きちんと書いてくださいよ」

 マーガレット邸の玄関から会長の下へと向かうスタルカーは、玄関ホールの奥に棺があるのを目にした。
「ウコクさん……」
 そこには先日戦死したウコクの亡骸が身を清められ納められていた。手には一輪、花が供えられている。

 ここに勤めているメイド達によると、マーガレット会長は息子達の意見を無視してこの場所に殊更目立つように設置させたとのことだ。
 打ち合わせの時間まで若干時間がある。
「ここにネイトさんは来ませんでしたか?」
 メイドや執事達にスタルカーは聴いて回ったが、皆認識しなかったようだ。ただ、ウコクの花の件で食い違う発言ばかり聞いたので、花を供えたのは間違いない。
 設定していたタイマーが鳴る。
「そろそろ応接室に行こうか」
 応接室のドアを三回ほどノックすると、向こう側から入れと指示が飛ぶ。
「あれ、会長じゃない?」

「入れ」
 スタルカーにそう命じたのは、同席していた会長の長男であった。
「母は体調が思わしくないので私が対応する」
「!? そんなにお身体が悪いのですか?」
 彼女は途端に青褪める。
「そうとも。なので演説についても中止だ。早々に地上に戻るがいい」
 予想はしていたとは言え、まさかこんなことになるとは……
「最後にひとつだけ! ネイトさんがこちらに来ていませんか?」
「ネイト? ああ、あのマントを着けた時代遅れの格好をしたニケか。確かに来て母と面会したが、その直後に病状が悪化したからな」
(ネイトさん……!!)
 無論、ネイトが全て悪い訳ではないのは分かってはいるものの、スタルカーの苦悩はいよいよ極まった。
 彼女は致し方なく応接間を出ようとしたところ、扉の向こうが俄かに騒がしくなったのを聴覚センサーが探知した。
「いけません! お身体に障ります!」
「ドアを開けなさい」
 弱々しい声ではあったが、聴き慣れた会長の声だ。
「会長! スタルカーはここにおります!」
 思わず叫んでしまった。
 やがてドアは外側から開け放たれた。
 マーガレットは車椅子に乗せられている。呼吸も安定せず顔色はまるで超合金のようだ。
「母上! どうかお休みになられて下さい!」
「黙りなさい。私は今、彼女と面談せねばならぬのです」
 スタルカーは直ぐに、車椅子の会長に近寄りひざまづいた。
 目線の高さが同じになる。
「会長…… どうか戦場で戦う私達に向けて一言二言でも構いません、お言葉を下さい」
「元よりその積もりですよ。この命は貴女がたニケに使うと決めていますからね」
 この直後、マーガレットはゲホゲホと咳が止まらなくなったが、祭の当日までに動画を撮影してデータを送ることを決定した。もはや覆ることはマーガレットの死以外はないであろう。
「会長、最後に質問が。ネイトの居場所に心当たりがありますか?」
 呼吸を整えてマーガレットは答えた。
「彼女の部屋に行ってみなさい。所在地と部屋番号は知っていますか?」
「ネイトさんは遊び歩いているイメージが強くてサッパリわかりません」
「あの子は今、絶望の闇に囚われています」
 流石は慧眼の士である。マーガレットはネイトの苦しみを看破していた。だが、彼女でもそれを救うことは叶わなかった。

 メイドから渡されたネイトの宿舎の所在地にスタルカーとタクシスは来ていた。
 彼女は既に膨大な金を稼いだり貢がせたりして、企業の宿舎からは籍を外して閑静な土地に建てられた摩天楼の一階層全てを買い取って所有していた。最近はここで寝起きしているとのことだ。
「いやー、バベルの塔ってこんな感じなのかねぇ?」
 タクシスもぼったくりまくっていてお金に困ってはいないが、彼女の場合は車の所有とその場所代に資金を注ぎ込んでいる。
「スゴイですね」
 スタルカーは皆より金策に励んでいないのでここまで豪華な場所を拝んだことすらなく、その威容にびっくりしていた。
 さて、いきなりタワーの玄関先でのセキュリティにつまづくふたりである。部屋番号を入力してもネイトが応答しないのだ。
「どうする?」
「物理でなんとかします!」
 玄関ホールから出たスタルカーは壁面を登り始めた。流石に途中で落ちたら死ぬだろう。
「私は一旦ここで待つから、本当に困ったら連絡してくれよー」

 ピエロの格好をしたニケが、タワーの壁面を蜘蛛男の如く登っている様子は瞬く間にアーク中を席巻…… することなく、なんとか目的の階まで這い上がることに成功した。
「まさかこんなことをするとは思わなかったなぁ」
 スタルカーは独りごちる。さて、ベランダから部屋に殴り込みだ。
「お邪魔しまぁす」
 ベランダからガラス戸を引いてみると、高層階だからか施錠しておらず簡単に侵入できた。なんたる不用心!
 だが、部屋の内部は惨憺たる有様であった。
 とにかく物が多いのだ。服や貴金属、あとは生活ゴミがそこら中に転がっている。ゴミ屋敷といって差し支えなかった。
「ネイトさん掃除しましょうよー」
 そう言いながらスタルカー捜査官は、この魔境を一部屋一部屋覗いてネイトの居場所を探す。どこもかしこもお宝だらけであった。そして遂に引き当てた。
 ネイトはベッドの上で、シーツを被りうずくまっていた。

「ネイトさんここに居たんですね?」
「ルカか……会長が教えたんだな」
「そうです。私と一緒に帰りましょうよ。ケイト先生にしか言ってないから大丈夫ですって」
「私はもう戦えない……」
「何言ってるんですか? ウコクさんの敵を討つって言ってたじゃないですか……」
「確かに言ったし、ラプチャーは見つけ次第殺しまくってやった」
「でもまだいるじゃないですか?」
「でもさ、いくら殺してもウコクは生き返りはしないんだよ……」
「それにみんなも待ってるし……」
「みんなって誰のことだよ?」
「私にケイト先生にアタナトイに……」
「そう言うことじゃないんだよルカ……」
「じゃあネイトさんはアークに戻って何がしたかったんですか!?」
 グダグダ言うネイトに若干語気が荒くなるスタルカーだが、ネイトの返答は至って冷静ではあるがどこか狂っていた。
「そうだなぁ、誰でもいいから久しぶりに男と遊びたかったんだ。でもさ、昔遊んだ奴らは既に別の人間の女と世帯を持っていたんだ。キープくんやアッシーですらね。街に出ても誰もが無視して声をかけようともしない。私はなんなんだかわからなくなった。会長にも聞いたんだよ。私は何をしたらいいですかって?あの人は黙って泣いてくれた。やっぱりエライ人は違うわ。満点の回答だった」
 スタルカーには、ひたすら捲し立ててくるネイトの本心がわからなかった。ただ口をパクパクと開けるしかない。
 そして、ついにネイトは感情を抑えきれなくなって叫ぶのだった。
「私はちやほやされたかった!」
「ネイトさん!?」
「私はこの街で好き勝手遊んで、のんべんだらりと生きていける、それだけの力は持っている! だけどそんなものがあっても、誰も見向きもしなくなったら意味がないんだよ!!」
 ベッドサイドにあった指輪のケースを無造作に掴んで明後日の方角に投げつける。ケースは呆気なく壊れ、如何にも高級そうなダイヤモンドの指輪がゴミの山の一部と化した。
 もしもこの部屋に直行していたら、彼女の言っていることをスタルカーは一ミリも理解出来なかったであろう。
 しかしながら、アークでは残酷なまでに時間だけが刻まれて続けている。
 宛ら自分たちは、竜宮城から帰ってきた浦島太郎の様な疎外感に苦しんでいるのだ。スタルカーはその事だけなんとなく理解出来た。戦い続けても何も残らない、誰も認めてくれない。なんのために私たちは生きねばならないのか?
「ううっ……」
 ベッドにうずくまって泣き続けるネイト。泡沫の夢は無惨にも消え果てた。後に残ったのは飢えという名の地獄である。ちょうど戦地は氷河期もかくやという有様ですらある。
 自殺する度胸? そんなものがあったらとうにやっている。
 悟りを啓いたなどと放言していた彼女だったが、実際は何も解っていないも同然であった。もしあの場で力に目覚めていなければ、その場合何も考えることなく死ねただろうに。
 この世界ではネイトを置き去りにしてひとりまたひとりと去っていくのだ。
 ニケという、年月を超えて生き続ける絵にも描けない美しさを伴った肢体。それもまた地獄であることを先んじて知ってしまった彼女に理解を示せる者は、この世にはあとわずかしか存在してしないし、それすらも泡の如く消えていくであろう無常感を、彼女は背負い続けるのだ……
 
 

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