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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(8)

我々はこの島を守る
どんな犠牲を払っても
我々は戦う
海岸で、水際で、内陸で、街頭で
我々は決して降伏しない

チャーチルの演説より

「次のニュースです。ニケの下着を複数回盗んで窃盗の罪に問われた男の最高裁判決ですが、控訴棄却により更生館での懲役刑が確定しました。エニックは社会通念上ニケは人間と同様に扱うという判例通りの審判を支持した形です。……」

 こんなニュースが巷を賑わせる今日この頃。
 泉会はというと、徐々に変化の兆しを見せ始めていました。
 というのも、戦場から戻ったニケ達が結局は職を得られず軍事関係に再就職するパターンが増えていたからです。
 会長の子供さんたちはこれに注目して、泉会にもPMC(民間軍事企業)の様な部門を設けようとしたのです。マーガレット会長は最初は容認していたのですが、徐々に人数が増えていき財団のメンバー以上に膨れ上がる可能性が出てきた段階でこの方針を撤回します。
「コントロール出来なくなったら誰が責任を取ると言うのです!」
「ニケは人間には絶対服従だよ母さん。それは杞憂だ。」
 マーガレット会長には分かっていたのです。その見通しは非常に甘く、統制の効かないニケを輩出した時点で破綻するという事を……

 それは私がケイト先生・スカー先生と一緒に次の教練の準備をしていた時のことです。
 お屋敷の正門方向からやってきたのは複数のニケでした。中でも翡翠色の髪の方は軍服をラフに着ていてとても強そうに見えました。
 その方が私たちに気付くと近寄ってきました。私の身長の倍ぐらいありそうです!
「マーガレット女史は今ウチにおるん?」
 かなり珍しい方言です。
「居られますが、あなたはどなた?」
 まずケイト先生が応対します。
「人に名前を訊ねる時は自分からじゃろうが? まぁいい。ウチはティアマトいうんよ」
「私はケイトよ。これはまたスゴいのがきたもんだね」
「スカーだ」
「一応スタルカーです」
 ティアマトさんが私をジロリと見てきます、コワイ!
「一応ってどういうことかいのう?」
「コードネーム気に入らないんで最近はこちらにしようかなと思ってまして……」
「ルカはスゴいですよ? ウチのエースです」
「……少なくともラプチャーを千体殺せるバカはここにはこいつしかいない」
「たかだか千如きで調子に乗ってるようじゃ先が思いやられるのう。それじゃまたいずれ。半端モンは名前より体を鍛えときんさいよ」

 そういうとティアマトさんはお連れのニケと共にお屋敷に入っていきました。失礼な方だな!
 一方でケイト先生とスカー先生は安堵しています。なんで!?
「あれは現在の中央政府軍でも特に強いことで知られたニケなんだ。まず装備が凄くてね、巨大なミサイルランチャーを何個も持ってるの」
「しかもやつは元海軍の出だと言うが、ニケの指揮能力も高くてな。幾度も遠征してはラプチャーの残骸を大量に持ち帰って来ていたという」
「そんな方がなんでウチの財団に?」
「退役したという噂があったが事実だった様だ」
「多分、財団の方じゃなくてこないだ設立された別組織の方に行くと思うよ?」
「あれは結局なんなんですか?」
「平たく言えば傭兵だ。ただ企業というだけあって、軍でやる事全般を代行すると思う」
 先生たちがここまで言うニケが加入するのだから、さぞかしすごい事になると安易に思っていました。
 ただ、そのスケールと影響力が想像の斜め上だったのです!


「当初、泉会のPMC(仮)は、非常に雑多なニケの集まりに過ぎませんでした。これは会長の子供さんたちがわたくしたち特待ニケを選定するような試みを怠っていたからなのですが、ティアマトの参画が事態を一変させます。
 彼女と、配下で同時加入したニケ五名は、凡百のニケとは比較にならない経験値に裏付けされた実力差があったため、いきなりリーダーシップを発揮しはじめました。
 反発するニケも多少存在したものの、完膚なきまでに叩きのめされ自殺するものまでいる始末。
 結果、実力を認められた三名を加えた総勢九名による合議制……という名のティアマトによる独裁体制が確立したのです」

「恐れていた事態になりつつあるわ……」
 会長さんの懸念に対してネイトさんは疑問をストレートにぶつけます。
「エライやつが決まったのだから上手い事行くんじゃねーの?」
「そのエラいニケが軍を辞めて新しく手勢を作ったのよ? 中央政府のお偉方からしてみたらとんでもない反逆行為に映るでしょうね」
 マチルダさんは別の心配をしているようです。
「PMCを切り捨てると暴走して私達まで酷い目に遭いそうね」
 スカー先生はこう提案しますが……
「ティアマトを暗殺するしかないな。オイ、ネイトとウコクやってこい。大将首の誉れだぞ」
「誉れは地上で死にました」
「ミートゥー」
 そんなやりとりをしていたら、財団の人間スタッフが血相を変えて走り込んで来ました。書類を受け取った会長はまた頭を抱えます。
「今この通知が来たから読むわね……オーケアニデスPMCはこの度、【チャルチウィトリクエ】に改称する事を全会一致で採択し実施いたしました。なお財団との関係は継続維持します。かしこ」
 プリンちゃんは顔色ひとつ変えませんがこう言います。
「図々しいにも程がありますね」
「結局どういうことになるんです?」
 私の疑問にヘッジホッグさんが答えてくれました。
「つまり、ワガママ娘が好き勝手やり始めて学校側が睨んでいるけど、親は子どもと縁を切れないし、バカ娘は親の脛を齧り続ける気満々なんだよ。あーヤダヤダ。まぁ私も人のこと言えないんだけど」
 妙に実感が籠っているのは気のせいでしょうか?

「チャルチウィトリクエは別の神話体系の水の女神で、「翡翠のスカート」を意味します。そのため、メンバーは翡翠色のバンダナなりスカーフなどを身に付けて所属を明らかにしました。彼女達は基本的にミシリスなどの企業に戦闘ノウハウを伝えたり、地上での戦闘代行を生業にしていました」

「この数ヶ月間は特に何もなくて良かったね」
 私が昼食時にこう言った瞬間、臨時ニュースが!
「速報です。チャルチウィトリクエへの立ち入り検査拒否に関して、中央政府は三大企業以外の軍事力保有を厳しく制限するとともに、公益財団法人オーケアニデスの公益法人認可取り消しを検討していることが明らかになりました!」
「オイオイこれはバブル弾けんじゃないの?」
「大問題よ! 財団の体が保てなくなるわ」
「未だ検討中ですがなにか手を打たないと確実に実行されますね」

 これに対してマーガレット会長はすぐさまロビー活動を展開しつつ、ティアマト側にも厳しい対応を見せるなど活発に動きました。しかし……
「チャルチウィトリクエ総裁のティアマトじゃあ。ウチらを潰したいのが見え見えじゃが、そんな姑息な手を打たんと直接かかってこんかい!」
 こんな放送をするなど何を考えているのかさっぱり理解出来ません。馬鹿げている。体が闘争を欲しているのでしょうか!? 

「かくて、中央政府はチャルチウィトリクエを討伐すべく軍を招集し、間に挟まれる形となった泉会もその渦中に置かれることになるのです」

「やはり暗殺すべきだったな。こうなっては降伏するしかないぞ」
「でも、降伏したところで私たちが討伐軍の第一陣として矢面に立たされるのは目に見えているわ。何か別の手を探るべきよ」
「今集められるニケを全員呼びなさい。特待ニケをここへ。勿論戦闘準備を怠らないように」
「仕方ない」
「覚悟を決めようか」
 現時点でのオーケアニデスの登録数は一千名余。戦闘能力はまちまち、量産型ニケの方がほとんど。ただし、特待ニケのほぼ全員が一騎当千だったとしたら?

「よく集まってくれました。この困難に対してともに立ち上がってくれた事を嬉しく思います。きっとあなたたちをまた平穏な生活に戻せるよう我々も力を尽くしましょう」
 広い庭園には、日頃の恩義に報いるべく馳せ参じた食客達が集結していました。指揮官達と地上任務に出ていた数十名を除いたほぼ全員が武装して鎮座するのです。そして選ばれし者のみホールへと集められていました。

「さて、皆さん。この難局を切り抜けるための智恵と勇気を」
 会長の凛然たる声が響き渡ると、それぞれが意見を述べ合いました。
「まず会長はこの事態をどう切り抜けたいんだい? 最善を教えておくれよ?」
 長い髪をヘアバンドで留めて、異形の鎧を纏うニケはヘッジホッグです。
「現状維持。財団の運営上、法人認可取り消しはなんとしても阻止したい。それでいてチャルチウィトリクエと相見えることも避けたい」
「随分と虫のいい話です。綱渡り次第ですが不可能ではないかと」
 式服のニケ、ディシプリンが分析します。
「どう動くべきでしょうか?」
「先ずは中央政府軍の出方を見ましょう。こちらから動く必要はありません」
  レディーススーツのニケ、マチルダはメガネを動かしこれに続きました。
「チャルチウィトリクエの方はどうする? あのバカどもが政府軍と派手にやり始めたら飛び火するのは明らかだ」
 顔の傷が暗闇に赤く輝くスカーが尋ねます。彼女も会長の側近として完全武装していますが、特に恐ろしく見えたのは火器ではなく、腰にぶら下げた邪悪極まる異形の投げナイフの方です。
「それに関してはウコクに伝令役をして頂く予定です」
「まぁ任せといてよ」
 刺青だらけのニケ、ウコクはいつにも増して見えづらくなっています。今着ている戦闘衣装もダズル迷彩というものらしいのですが既に見えません。
「逆に政府軍がここに向かってきた場合の対処はどうするべきか、わかるよね?」
 会長のもうひとりの側近である、ケイトが皆に問います。彼女もまた、最初に見た時の黒い軍服に袖を通していました。勿論、愛銃サイドワインダーには銃剣が着けられています。
「急所しか撃てないんだけど脚を急所に出来んかなー?」
 ワンレンボディコンのニケ、ネイトがスナイパーライフルを整備しながら呟きます。
「絶対殺しちゃダメだよ!?」
「アタシが全員脚をへし折ってヤルヨ」
 チャイナドレスにスラリとした脚が美しい、黒髪のロングヘアのニケであるシャロンが瞑想しています。
「すいません、私は何をしましょう?」
 私は不安になってこういうと、皆が苦笑したり呆れ顔をするのですが、ディシプリンはこう言いました。
「ルカにはまずこの衣装を来て白旗を掲げて頂きます」
 唯一非武装であったベルタンが笑顔で差し出した衣装は、緑髪でも似合う様に色が調整された、戦闘にも耐え得る道化師の服でした。
「ええ〜!?」


「一方、中央政府軍ではこんな感じでした。本人達の伝聞なので情報は簡略化されています」

「アストリット、作戦内容について述べたまえ」
 アストリットと呼ばれたニケは、黒い軍服に豪奢な長い金髪とアイスブルーの瞳が美しい智者であった。
「ハッ、指揮官殿。我が軍はまずオーケアニデスを降伏に追い込み戦力を吸収し、然るのちチャルチウィトリクエと決戦を行います。敵はどちらも烏合の衆、軍の精鋭を以て打倒します。ティアマトについては、私の私兵であるネメシスをぶつけます」
「あのシスターニケは衛生兵ではないのか?」
「ネメシスは特別です。一騎打ちで後れを取ることは考えにくく……また切り札も持っていますので」
 中央政府軍の医療班には特異な格好をした一団が存在していた。彼女らは皆、尼僧の姿をしておりその全てのニケはある者をお姉様と呼び従っていた。
「皆さん、戦は近いです。準備を怠らぬよう」
「お姉様! おまかせ下さい!」
「よしなに」
 その名はネメシス。手に持った錫杖型火炎放射器アンビヴァレンスを軽々と扱うその肢体は、明らかに他を圧倒するほどの大きさを誇っていた。

 まず私たちがやるべき事は、中央政府軍との交渉です。彼らと戦う意志はない事を伝えなければなりません。
 軍使としてマチルダさんが交渉役に任命され、私は白旗を持つ旗手兼護衛役です。

「そこのヤツ止まれ!……白旗!? しばし待たれよ」
 中央政府軍が集結している建屋前まで行くと、歩哨のニケに誰何され、二人でここで確認のため待機しました。
 その後、武器がないかの確認後、私たちはこの軍の責任者のひとりと面会しました。
「マーガレット会長の命を受けて、こちらの書類をお届けに上がりました」
「承ろう」
 蝋封された書類入れを受け取り、中身を確認した指揮官は仰天しました。
「降伏ではなく、停戦交渉をお望みか」
「無条件の降伏では我々の組織は立ち行かなくなるという判断なのでしょう。私にはその真意は分かりかねます」
「検討した上で後日こちらからも返答しよう」
「よろしくお願いします」

「という具合で、彼女達はやる気満々のようだぞ? これをどう見るかね、アストリット」
「それを見極めに行って参ります。ネメシスは護衛としてついてきなさい」
 白旗を掲げながら家路につく私たちの横を、後方から漆黒と桃色の風が通り抜けました。
「アレは!?」
「追わなくてもいいわ。彼女達に言い訳を作る余地を与えないとね」

 その後、マーガレット邸の正門を飛び越えた軍のふたりの前に立ちはだかったのはケイト先生でした。こんな会話をしたそうです。
「うちの子達が白旗持って交渉に行ったのだけどどういうことかなアストリット? だいぶ出世したみたいだけど、まさかもう交渉破棄するの?」
「入れ違いになったようだ。これはただの強行偵察ですよ、先輩」
 ケイト先生はインカムでこう告げたそうです。
「全員その場で待機。指示あるまで銃はセーフティにしろ。発砲したものはどうなるか言わなくてもわかるね?」
「で、今日はなんの用事?」
「マーガレット女史をお出しいただきたい、と言ったら?」
「今お疲れでお休み中だからまた今度にしていただけて?」
「後ろのネメシスが懇切丁寧に運ばせて頂きますよ」
 
 ケイト先生は相手をこう評価したそうです。
(アストリットは知勇に溢れるけどあれから近接戦の鍛錬を怠っていないかしら? それよりもあの後ろのシスターは何者? 弱兵を連れてくる様な子じゃないし)
「ネメシス、武器を寄越して」
「どうぞ」
 桃色髪のシスターは、斧を軽々と放り投げてきた。
(軍用トマホークは両手持ち推奨なのに、片手でねぇ)
「久しぶりに一手指南して頂きたく」
 軍内外から金色の獅子姫などと誉めそやされているがこの娘に慢心はない、常勝こそが彼女の誇りであるから。
「ま、軽くやりましょう」
 十合、二十合と干戈を交えるが、両者共に決定打を打たせない。というより打たないでいるといったほうが正しいそうです。
 気の抜けた戦闘に飽きてネメシスは欠伸をしていたなか、私とマチルダさんは帰還しました。
「おっと、どうやらここまでですね。それでは皆様また明日以降」
 息をきることなく武器をテキパキと片づけた金髪の武将とピンクな髪の大柄シスターが私たちを見ながら帰ろうとします。
 その時です!
「ヌゥン!!」
 シスターの腕が一瞬で消えました。私は無意識のうちにしゃがみこんでいました。パンチは私の頭があった場所を確実に殴り抜いています!
「ネメシス! 白旗を掲げた者を攻撃するとは何事か!?」
「はっ!?」
 シスターのネメシス? さんもようやく正気に戻られたようです。
「本当に申し訳ない事をした。この者はこの通り愚かでな……」
「脊髄反射でつい……申し訳ありません」
「アワワ……」
「ふざけないで! 大丈夫、ルカ? あっ……」
 マチルダさんが怒りつつも、私の変化に気付いたみたい。
 そう、私は死の恐怖からその場で失禁していたのです。

「お恥ずかしい話ですが、わたくしが粗相をしたあの瞬間、本当に恐ろしい思いをしました。わたくしが死を覚悟したのはあの瞬間を除いてなかったと思います」

 後年、ネメシスさんはこう述懐したそうです。
「あの道化師の子が横を通り過ぎた瞬間、死の匂いがしたんだ」

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