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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(6)

footballは絶対に1人では成立しない。君たちの人生もそうだろ?

イビチャ・オシム

 私たちが泉会ーー勝手ながら私たち三人はそう呼ぶことにしましたーーに入ってから一ヶ月。
 軍事教練は毎日大変!
 けれども、ケイト先生の教え方が上手なのか、出来ない事が出来るようになる喜びも実感しています。
 あと私はケイト先生が自主的に行っている銃剣道の道場に入門しました! もっと接近戦のコツを学びたくて!
「ショットガン使いでも大歓迎! これからよろしくね」

 たまに講義がスカー先生に当たって悲鳴をあげたりもしますが……
「今日私が代理をするのがそんなに不服なのか?」
 これはスカー先生との最初の講義での事です。
「いいえ滅相もありません」
 プリンちゃんは平静を装っていますが、実際は声が震えています。
「今日はなにするん……ですか?」
 言い方を間違いそうになりながらも軌道修正したネイトさん。
「今日は……」
(戦場まで行軍だけは勘弁して下さい!)
「ここで軍事史に関しての映像視聴と検討を行う」
 安堵感など微塵も出せない。迂闊な事を言ったりしたりすると何が起こるか予測できません。
「私は所用で外す。黙って観ておけ」
 スカー先生はそう言って席を外しました。
 五分後、漸く安堵してみんなは肩の力を抜きました。
「良かった〜。スカー先生も優しいじゃん」
「緊張しました。勉強みたいなものなので気楽です」
「しもしも〜? 今日遊び行かね?」
 突然ドアが開かれました。スカー先生は手を拭きながら入室し、ネイトさんのスマホをひったくりました。
「コイツの保護者だが、今日の予定は中止だ。またよろしく頼む」
 スマホの通話ボタンを押して終了させると、黙って白くて豊満な胸元に収めたのです。
 ちなみに今回の映像資料の内容は、「伝令の歴史と情報の重要性について」でしたが、みんな嫌というほど思い知らされました……

 勉強は通信教育ビデオを見ながら行いますが、私はなんと高校生レベルまで上がりました。けれど残るふたりはすでに大学入試の準備をし始めています……
「まぁ私は元々大学生だったしね。今度は宗教系の大学に進もうかなー?」
「何を勉強するかまだ考えがまとまってませんが、とりあえずアークの最高学府の教育学部にでも進もうかと」
 話についていけません……

「あのふたりは元々素地があったのだから、差についてあまり気に病んでは駄目よ?」
 マーガレット会長はこういってくれていますが、みんなから遅れている事に悔しみを覚えずにはいられないのです。
「そういうマーガレットさんこそ、顔色が悪いですよ? どうなされたんですか?」
「いえね……マチルダのことなんだけれど、もう依願退職するっていうのよ」
「えっ!? こないだ再就職したばかりですよね?」
「最初の二日で仕事を覚えたのは高評価だったのだけど、半月で同僚の仕事をほぼほぼ凌駕して仕事が遅いと文句言い始めたのだそうよ? 紹介した私の面子丸潰れだわ……」
 出来すぎる女もツラいようです。

 会長は今後についてまわりの人間やニケにも意見を聞いて回っているそうです。
 例えばスカー先生はこんな感じ。
「頭が良かろうが育ちが良かろうが協調性のないバカは早く処分しろ。こちらまで巻き添えを喰う」
 実体験があるのか、いつもよりさらに冷たい物言いです。
 一方でケイト先生はやっぱり優しいです。
「ん〜。じゃあ私は一緒に走ってあげようかな」
「まわりの人と差が開くんじゃないですか?」
「そうだけど、彼女が全力疾走しているなら私もついていってあげられるんだぞってメッセージを送ってあげるのが必要なのかも。実際は間をとりもたないといけないから、ペースダウンさせるかな?」

 私たちはマチルダさんと同期で会に入ったけれど、実際彼女と接したのは一日だけです。これですぐ怒る原因がわかったら苦労はしません。
 まずは彼女と話をしないといけませんが、どこにいるのでしょう?
 まずはネイトさんに聞き込みだ!
「知らね。メガネちゃん二号に聞いた方が早いべ」
 プリンちゃんはどうだろうか?
「連絡手段はSNSですね。メッセージ送りましょうか?」
「ありがとう! でもよく教えてもらえたね?」
「待ってる間に世間話していたのですが、お互い話のレベルが一致したので」
 一気に自信がなくなってきました……

 メッセージを送ってみた結果、定期会合後に四人でレストランで二次会をする事になりました。
「意外とあっさり乗ってきましたね」
 プリンちゃんも少し驚いています。
「まぁストレス溜まってるだろうから飲み食いしてスッキリさせよう!」

「まったく、使えないのは人間どもだって何度言ってもわかんないんだから!」
 お酒が完全に入ったマチルダさんは、傍若無人とかいうレベルを超えていました。アルコールに強そうなネイトさんはすでに酔い潰れています。
「だいぶストレス溜まってたみたいですね……」
「そうよ、こういう日はパーっと飲むわよ! 店員さん赤ワイン五本追加ステーキ五皿も追加! ワインの銘柄はそこそこでいいから!」
 ステーキの香ばしい匂いを、赤ワインの香りでさらに引き立たせ両者を交互に食してそのマリアージュを愉しむ、仕事の出来るいい女。マチルダさんはこうもかっこいいのか……でも怒りっぽいのが玉に瑕です。
 結局、お会計はすごい値段になって、私たちは割り勘で対応しようとしましたが、自分が食べた以上の金額をマチルダさんは払ってくれました。
「どうして割り勘を断ったのですか? 高い値段なのでそちらの方がお得では?」
「あなたたちが気を利かせて場を設けてくれたのだから、私にも見栄をはらせてよ」

 上機嫌で帰宅の途につくマチルダさんですが、私はこっそり尾行します!
 なぜかと言うと、プリンちゃんと作戦会議を前もってしていたからです。
「私たちはマチルダさんのことを知らなすぎます。先ずは情報収集として住んでいる場所を特定しましょう」
「了解です。でも場所を知ってどうするの?」
「出かける時に偶然を装って同行するんです。これで相手は毎日会う私たちに勝手に親近感を覚えていくはずです」
「そういうもんなの?」
「人は接触回数の多いものやよく知っているものに、より好意を抱きやすいという傾向があります。これを単純接触効果と言います。職場恋愛なんかもコレです」
 抜き足差し足忍足。音を立てずにただただ尾行を続けていきます。相手は一向に気づいていないようですね。
「ルカ! イイ加減バカな尾行ごっこはやめてくれない!?」
「ひゃい!? すみませんでした!!」
「ストーカーじゃないんだから! わかった!?」
 マチルダさんは踵を返してまた歩き出しましたので、私も二、三歩ほど後を追っていきます、堂々と。
「やめてって言ったでしょ?」
 もう振り向きもしません。
「帰り道、一緒なんで」
 作戦その二です。
⭐︎
「結局家までついてきてからに……」
「お邪魔しまーす」
 マチルダさんのお宅拝見!……無い! 見事なまでに物が無い!
「要らないものは極力持たないようにしているの」
 部屋にはパソコンデスクとチェア、ベッドのみです。台所にはゴミ箱しかありません。フライパンなんかは隠してありましたが、基本的に表に出さないみたい。私とは大違いのミニマリストです!
「洗濯物回収してくるから留守番しといて」
 彼女は毎日コインランドリーで洗濯してから帰ってくるまで放置しておくタイプらしいです。ちょっと迷惑な客だと思うのですがどうでしょう?
「ただいま。また下着盗られてたわ、まぁ替えは全然問題ないのだけど」
「ブランドものなんか洗いに出せませんね」
「置きっ放しにするのだし、大量生産品しか履いてないわよ?」
 その後、シャワーを浴びたら彼女はとっとと寝床に入ってしまい、そのまま寝てしまいました!
 私は毛布も何もなく雑魚寝です!!

 朝を告げる人工日光の眩しさを感じて、私は目を覚ましました。スマホの時刻はいつも通りの時間に起きられた事を証明していました。
 マチルダさんはと見回すと、キッチンで立食していました。
「起きたの? 朝食はデスクに置いておいたから。汚さないでよ」
 割とキチンとしたブレックファーストが出てきて少し驚いています。コーヒーにはプリム(コーヒーフレッシュ)と人工甘味料が添えられていました。
「大人だなぁ」
 私は程よく焼き上がった食パンパーフェクトを齧りながら、食べ終わった食器を食洗機に突っ込む彼女を眺めていました。
 そして、穏やかな表情の彼女を私ははじめて見たのです。

「で、なんでストーキングまでして私の事を探っているのかしら?」
「個人的な興味、ですかね? ホラ、いつもマチルダさんイライラしてるしどうしてなのかなって」
 ふーっと息を吐いて、彼女は話し始めた。
「超並列思考が使えるのは知ってるわね?」
「はい」
「あれは仕事を倍速で済ませるにはすごく楽なんだけど、滅茶苦茶頭を使うから、それでイライラしちゃうのよね」
「なるほど」
 ウソは言ってないんだろうな。でもなんか引っかかっている……
 私は少し話を変えてみることにした。
「昨日は良く寝られました?」
「ええ。いっぱい飲んで食べたからかしら、すぐに寝入ってしまったわ。毛布くらい用意してあげれば良かったわね」
「アハハ、そうですかねぇ」
 若干笑顔が引き攣りながら答えました。
 穏やかな時とイライラしている時の差が大きいので、なおさら誤解されていそう。とりあえず一人の方が落ち着く人なのかもしれない、私はそのように会長達に報告することにしました。

「財団内の仕事にワンオペっぽく出来るものがないか洗い出したので、人員の配置転換の猶予期間を考慮して再就職には一ヶ月はかかるわね」
 会長はブラウンのボブ風味の髪を掻きながらも色々とやってみていた様です。コレで上手いこと行けばみんなに良し!
 と、そんなに世の中甘くはありませんでした。
 財団の裏方仕事を行う事になったマチルダさんは確かにイライラして周りに当たり散らすことはあまりしなくなったのですが、人手が足りないからアンドロイド導入しろだの、時間給ではなく日給で支払えだのと、要求がエスカレートしていったのです!
 しかも問題なのは、そんな要求をしつつもなんだかんだで業務をほぼ完璧にこなしてしまうのです。ただし、朝十時出勤の十二時退勤という働き方改革をしており、それ以降の要求は翌日に回すというスタイルを徹底していました。
「急ぐなら早く言いなさいよ」
 冷徹なマチルダさんのこの台詞に関係各所は頭を抱える事になるのです。突発的な問題が発生しても昼過ぎに発生すれば翌日十時以降まで仕事が停滞することになります。

「そういえばメガネ一号って、仕事終わったら何してんの? 教練来なくなったけど」
 ネイトさんはいつも通りのノリです。
「マチルダさんならすぐに家に帰るそうです。それ以降の事は分かりかねます」
「うーん、あの家何もないから特にする事ないんじゃないかなぁ?」
「家でエッチな動画見て過ごしてるとかかもしれんね?」
「まさか」
「いつも澄まし顔だけど、ムッツリスケベかもしれないって〜」
「オープンスケベなネイトさんにいわれたら立つ瀬がないと思います」
 確かに気になる事柄です。
「宿舎のルートで待ち伏せしてみましょうか?」
「大丈夫でしょうか? 午後の教練に遅刻しますよ?」
「ケイト先生なら事前に連絡しておけばそこまで心配いらないよ。スカー先生は、連絡先わかんない……」
「骨は拾ってやるからね」

 待ち伏せ作戦決行の日!
 私は午前の通信教育を早退きして、一路マチルダさんの宿舎まで走ります。道化師の格好なら彼女に見せていないのでバレないはず!
「今度は何の用?」
 一瞬でバレました!?
「背丈と髪型で類推出来るんだけど」
「いえですね、仕事終わりに何をしているか気になって」
「どうせネイトの入れ知恵でしょう? まぁいいわ。教えてあげる」

 宿舎に入って数分後、マチルダさんはスポーツジムに向かうような格好に着替えてきました。
「さあコレから走るわよ?」
「筋トレしに行くんです?」
「公園に行ってひたすら走るのよ」
「はいぃ?」

 確かにマチルダさんは、公園の人工池の外周をバターになるくらい走り続けていました。
 しかもかれこれ四時間くらい!正直途中で帰った方がマシだったかもしれません。軍事教練は不参加確定です。ケイト先生ごめんなさい!
「なんでそんなに走り込んでいるんです? ダイエットするほど太ってないように思うんですが?」
「超並列思考の副作用なのよ。あれは脳を分割して使うでしょ? だから疲れてない脳みそが存在する」
「そうなんです?」
「そうなの。だから、脳が疲れてないと体が思い込んで寝られなくなるのよ。だけど体の方が疲れているとそっちを優先して回復させようとするから、私も休めるってわけ」
「なるほど」
「というわけであと二時間くらいずっと走ってるから」
「ねぇマチルダさん。なんでその話誰にもしなかったんです? 隠す必要ないじゃないですか」
「言うほどのことでもないから?」
「完全に悪循環ですよ。どこかでそれがわかってたら問題が発生してない可能性が高いですよ!」
 私の想像はこうです!
 マチルダさんは能力のお陰で仕事が凄くできます。ただ、まわりの人なりニケはそうでないので仕事が定時まで終わりません。
 まずそこで軋轢が起きてイライラしますが、それだけで体は疲れてくれません。ニケのカラダは頑丈なのでちょっとやそっとでは平気なのです。
 なので勤務後の夕方から深夜まで走り込みます。これをずっと続けていたら身体も心も耐えきれなくなるでしょう。
 逆に一人で仕事する場合は、自分の能力に見合ったスピードで行えますが、人手が足りなくなります。早く仕事を終わらせて、体を酷使しないと元の木阿弥になりますので、早く終わらせるための手段として無茶振りをしてしまうのだと。
「誰にも迷惑かけたくないのよ……」
 プライドが人の十倍あるせいか、よく言うものです。
「もう十分迷惑かかってます!」

「なるほど、よく分かりました。ルカ、あなたが粘り強くマチルダと付き合ってくれたお陰で、こちらとしても対応しやすくなりました」
「いやぁそれほどでも」
 後日、マーガレット会長にマチルダさんのことを報告するとこんな感じに褒められました。
「あなたは人たらしの才がありますね。物怖じせず明るく人と接する事が出来るのは立派な才能ですよ」
「才能ですか!」
「ええ。でもストーキングはおやめなさい」
「ストーカーじゃあないですよぉ!」
 そもそも私の故郷ではスタルカーって、案内人って意味もあるんだから!

 そういえば、リペアセンターから通知が来ていました。用件は頭髪の再生準備が整いましたとの事!
「ようやくいつもの髪型に戻せるよう」
 ですが、あの道化師の衣装も割と気に入っていたので、今後はどうしようかしら?

(オマケ)
マチルダ「私以外全然使えないし」
アスラン「ヒーローのつもりか!」


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