勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(17)
ヤマタノオロチの乱舞が始まるなか、スタルカーらは軍用ヘリを飛ばして一路ケイトの下へ向かっていた。
「アレに巻き込まれた航空型ラプチャーが多いのか、お空はだいぶ安全だね。あっ生き残り発見ミサイル投げちゃおっと」
タクシスは発射ボタンを押して、空対地ミサイルが大型ラプチャーを破壊!
立て続けに重機関砲が火を噴く。地上型ラプチャーの脳天直撃だ!
「ガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガト……」
「なにガトガト言ってるんです?!」
「これ言いながらガトリング砲ブッパするしきたり知らないの!?」
「誰も重機関砲撃つ時してませんよ?」
「戦争は変わった……」
近接航空支援。それは味方の地上軍を妨げる敵を空から攻撃して撃破ないし妨害することで、味方の行動を後押しする戦闘方法だ。
アークには恐らく実戦で使用可能な戦闘機はほとんどないだろう。いくらアークがデカいと言っても空を飛ぶには狭すぎるためだ。
しかし、ヘリコプターに置き換えると話は変わってくる。ヘリコプターは低速だが、滑走路が要らないのだ。高低差がかなりあるアークでは重宝する。
ただ攻撃ヘリはゆっくり飛行・ホバリングをする関係上、対空兵器や航空機には滅法弱い。調子に乗って暴れまくっていたら、前方から来た航空型ラプチャーにローター部分を壊されてしまった!
メーデー!!
「あらー当たっちった。当機は墜落しますのでお早めに脱出して下さい」
タクシスがおざなりなアナウンスをすると、ネイトをひっぺがしてヘリから飛び降りた!
「ハァ!? パラシュートもなしで何考えてるんですか!?」
不規則に横回転する機体からスタルカーが絶叫するが、タクシスはあっという間に重力の井戸の底だ。
「そんなものは私にはふよーう!」
タクシス達は地面に強制着陸! 凄まじい破壊力が大地とタクシスの脚を襲うが、その後の彼女は屈伸したりアキレス腱を伸ばしたりと無事なようだ。
「とう!」
一方のスタルカーは、ヘリの墜落直前にピョンと飛び降りた。落下後の爆発で破片を少し浴びたが、こちらも怪我はない模様。
三人は合流した後、すぐにラプチャーに囲まれてしまった。龍王三発目が着弾するものの、こちらからは離れた位置だ。
「チャルチウィトリクエの攻撃に合わせますか?」
「あんなチンタラした走りを見せられてもねぇ。駆けっこってのはこうやるんだよ」
タクシスはそう言うと、恐ろしい速さで脚を動かし始める。気づいたらあっという間に置いて行かれたのでスタルカーも急いで追走した。
タクシスの走り方は常軌を逸していた。ネイトをおぶったまま前傾姿勢をとりつつ胸を張り、ダカダカダカと超高速でステップを踏んでいるにも関わらず上半身が全くブレないのである。
「一体どうやったらそんな走り方出来るんですか?」
「このカラダになってからは普通に走るとなんかぎこちなくってさ。って前方に敵発見!」
ストライド走法で必死に追い縋るスタルカーをタクシスは労おうとするが、前方からはラプチャーの群れが現れる。
「ネイトさん背負ってて武器持ってないんですから下がっててください」
タイムリーレインを構えるスタルカーだが、タクシスは動きを止めない。彼女はNIMPHの不具合でラプチャーを銃撃できないのでどの道武器などないのだ、その神の脚以外は。
「このスピードを落とすなんて勿体無い。こんだけあれば、こうよ!!」
彼女は大地に両手を付きメイアルーアジコンパッソに移行する。弧を描く右脚の踵は超音速の衝撃波を生み出し、眼前どころか地平線に並ぶラプチャーたちをまとめて横一文字に両断せしめた。
これがリリスの脚と同水準である者の本領である。
遠くで「痛ったぁ!!」と怒号が飛ぶ。三人が声の方向に行ってみると、そこではティアマトとヘルメティカがサシで勝負していたのだ!
ティアマトの背中が破れている。どうやら斬られたらしい。
「お前ら、ようも後ろから攻撃してくれたのう……」
先程の攻撃のせいだった!
「あわわわ、これは事故です」
「うん、事故だね」
「お前はタクシーの運ちゃんじゃろうが! 免停どころか息の根止めちゃろうか!?」
そこに閃光が奔る。ひとつは遠くでラプチャーを焼き尽くす龍王の炸裂で、あとひとつはヘルメティカの武装から放たれたビーム攻撃である。幸いこちらは運良く外れたが、大地が溶解する様は直撃後の末路を想起させた。
「ティアマト様。残る龍王は如何しましょう?」
彼女は部下からの連絡に、ヒットアンドアウェイしながら答える。
「三馬鹿はそのままラプチャーが殺到する地点を予測して適宜撃ち込ませて構わん。あんたのはうちが直接敵大将に叩きこんじゃるけぇ持ってきんさい」
「御意」
一方、スタルカー達も拡散ビーム攻撃に晒された。
異形のヘレティックの武装は、一見すると金色の蛇が自分の尾を咥え込んで丸まっているように見える。これがビーム用の砲門を多数備えていて、状況に応じて攻撃方法を切り替えている。粒子加速器として莫大なエネルギーが消費されているはずだが、そんな事を感じさせない猛攻が行われていた。
「さてと、わたしゃ民間人なんだけどね……」
ビームは荷電粒子を加速して撃ち出す光線であるため厳密に言えばスピードは光速ではないが、音速よりはずっと速い。タクシス達もさっさと砲撃痕をタコツボ代わりにして逃げ込む。
「敵はそんなこと考慮してくれませんよ、ほらネイトさん、敵討ちの時間です!」
「かたき……」
憔悴しきったネイトだが、スタルカーが指差したヘルメティカを見据える。しかし……
「おかしい。殺せるヴィジョンが全く浮かばない」
引き金を引けば倒せるという確信が何故か湧かない。謎の違和感を覚えながら、彼女は武器を手に取りニコルくんを身につけ時を待った。
ティアマトは得物のロケットランチャーで、ヘルメティカのボディを集中的に爆破していた。
「脆い、脆すぎる!」
「でも殺しきれないわよね?」
こう言う様に、敵は緑色の塵を撒き散らしながらも瞬時に再生する。ティアマトはもうかれこれ十回以上はこの遣り取りを続けているのである。
終いには蹴りで頭部を吹っ飛ばしつつコアを爆破するのだが、狂笑と共にまた立ち上がりビーム攻撃に移行するのだ。一気に焼き尽くしたくなるのもわからなくもない。拡散ビームは彼女にとっては低出力にあたるのか損傷は軽微に留まっているが、ダメージの蓄積は隠しきれない。
「こうだ!」
スタルカーも挟み撃ちにするが、再生が止まる気配はない。全身を破壊されても再生するさまはプロジェクター映像に向かって攻撃している気分である。
そんな戦闘を眺めていたタクシスは、急にヘルメティカに声をかけた。
「あーそこのラプチャーのあねさん。私ゃ昔、勝利の翼号で戦闘機パイロットしてたんだが、アンタも乗っていなかったかい?」
「!?」
ヘルメティカの動きが急に止まる。もちろん、ふたりから集中攻撃を浴びるものの全くへっちゃらな顔をしてはいるが。
「どうしてそう思うのかしら?」
「目だよ目。その蛇の目した量産型ニケに見覚えがあっただけ」
スタルカーやティアマトも一時手を止めるが表情は困惑の色を隠せない。
「あれ? 量産型って規格統一されてるんじゃないんですか?」
「基本はそうじゃが、個体差で見た目が若干違うとも聞くのう。よう知らんけど」
「その通り。私はあの母艦で空挺作戦に従事していた。そして軌道エレベーター突入作戦の折にクイーンに選ばれた!」
「そん時に侵食されたんか。たいぎいやっちゃのう」
「手脚を失い身動きができない私は必死に体を再構成した。私を食べに来た馬鹿どもを逆に取り込んで創り上げたのがこの身体。クイーンを護るのは私だけで十分なのよ」
「なるほどねぇ」
「それ聞いて弱点が分かるとか何か意味あるんです?」
「大してないだろうね。まぁ話のネタくらいにはなるかな」
「では皆様、ご機嫌よう」
ヘルメティカがビームの発射体制に入る。表で戦っていたふたりも一時退避した。
「もう遅い!」
ビームが発射されるその瞬間、スナイパーライフルの弾丸が黄金の蛇に突き刺さる。衝撃で狙いを反らせるネイトの攻撃だ!
ビームはあらぬ方向に射出された。しかし、彼女は別の事態を直観した。
「これだ……」
タクシスの時間稼ぎとステルスによって、ある程度の安全を確保したネイトはヘルメティカを顔から臀部に至るまで隅から隅まで舐め回すように観察していた。だが、どうにもピンとこない。
あの武装ユニットを確と見つめた時、違和感は氷解した。アレを壊せばこの不毛な戦闘を終わらせられるのではないか?
しかしネイトの得物では威力が足りないようだ。いくら直撃させられるといってもコア自体が強固ならばなんともないのである。
「みんな頼む! あの蛇みたいな武装を壊すんだ!」
「了解!」
スタルカーのタイムリーレインも集中させるが、武装には傷一つつかない。ヘルメティカの高笑いが止まらない。
「無駄なことよ。エターナルリターンに死角はないわ」
さらにビームが乱れ飛ぶ。バック走しながら射撃するティアマトはボディに何発か浴びるが致命傷は避けられている。軍服には焼け痕とともに血が染み込んでいく。
行き先は、龍王を用意しているティアマト子飼いの副官である。彼女もまた八大龍王持ちだ。
「発射準備は整っています。ティアマト様、どうぞ」
「まちんさいや、今龍王叩き込むけぇ」
水平直接射撃を行うようだ。有効射程範囲ギリギリで危険極まりないが構わず狙いを定める。
「こっちこそちょっと待ってくださいよ!? 逃げなきゃ!」
龍王の有効範囲は半径二百から五百メートルくらいか?
さらに、酸欠や気圧の急激な変化を考慮しなければならない。怠れば死あるのみ!
「任せなさいな!」
タクシスがスタルカーを担ぎ上げると一気に加速して離脱する。
「ネイトさんは?」
「多分どっかに逃げてるよ。どちらにしろもう見えね〜し」
「往生しんさいや!!」
ティアマトは龍王を発射!
ミサイルは化合物を瞬時に気化して噴霧させるが、ビームによって先んじて火をつけられた。
眩い光を出しながら火球が生まれる。ただし、ヘルメティカの前方にだ。直撃ではないがどうだろうか。ヘルメティカは爆発に巻き込まれて炎上消失している。
しかし、蛇型の武装は未だ健在! 衝撃波で歪みが生じているものの破壊にはいたらない。
「うおおおおお!!」
雄叫びをあげながら、ネイトは引き金を引きまくる。内側から超音速のスナイパーライフルの弾を何度も叩き込まれ、熱と衝撃でじわじわとヒビ割れが起こっていく。
そして、遂に黄金の蛇は砕け散った。大爆発が起こりクレーターが出来てしまった。
「終わったんですかね?」
「アイツ、復活してこないよ」
「ようやく終わったようじゃのぅ、ぶちたいぎかったわ……」
この直後フラッシュが焚かれ、別の龍の咆哮が聞こえた。こちらに殺到し始めたラプチャーを根こそぎ間引くかのようなベストタイミングであった。
暫くは巻き添えを防ぐため、戦場で方陣を敷いて待機していたスタルカーたちだが、そんな彼女らを迎えに来た者が数名現れた。
「ケイト先生!」
「スタルカー、お疲れ様。あら、タクシスやティアマトもいるのね」
「もー、戦場までデリバリーは止めにしようかね」
「ケイトか。向こうは大丈夫なんかいのう?」
「だいぶ酷かったのだけど、急に敵の攻勢が落ち着いたんで来てみた次第」
ケイトの表情が曇る。視線はネイトの方向へ移る。彼女は目が合った瞬間逸らしてしまった。
スタルカーは、まぁケイト先生だしメッと叱ってお終いだろうなと思っていた。ネイトもだ。
ツカツカと歩み寄るケイトは座り込むネイトの胸ぐらを掴んで立たせると、まず顔面に鉄拳を叩き込んだ。よろめき混乱するネイトにケイトは珍しく激昂してこのように捲し立てた。
「貴女は最低のクソ野郎よ! 守るべき仲間を置いて自分だけ楽になろうだなんて無責任がどういう結果を生んだか教えてあげる!」
ケイトはそのままネイトを引きずって自陣に戻った。ネイトはこの後多くの部下の死を見せつけられた末、数日間の重営倉行きとなった。
「半端もん、アイツ何やらかしたんじゃ?」
ティアマトは半ばわかっていながらも意地悪くスタルカーに尋ねる。
「私と一緒に会長に面会しにいってました……」
指揮系統がズレているとはいえ、表向きには同じ軍隊なので真実を言うのは憚られた彼女は、このようにはぐらかすしかなかった。
タブレットにエマージェンシーの通知がけたたましい警告音と共に現れた。
「はいこちらスタルカー」
「スタルカー、地上に戻っていたか。今何処にいる」
「ケイト先生、じゃなかったケイト指揮官のいる陣営近くです。チャルチウィトリクエと合流しました」
「よくやった。そちらは奴らとケイトで抑え込めるだろう。卿は直ぐに中央の補給物資備蓄基地、昔の司令部に急行せよ」
「了解しました。でも何故?」
「敵将が急に湧いて出てきた」
「「「ハァ!?」」」
「これでチェックメイトだ」
最前線で黒い巨人は身体中からロケットランチャーを出して、全方位に叩き込んでいく。
さらに重機関砲を対空兵器として弾幕を張ったりしながら戦い続けた。
そうした奮戦を嘲笑うように、黄金の蛇の輪を抱いたヘルメティカが、単身物資備蓄基地へと浸透してきた。奇しくもここは祭りの開催会場でもあるのだ。
「いくら強くとも、武器弾薬なしに戦い続けることは出来ないわね」
ばら撒かれたビームが多数のコンテナを襲い、特に弾薬が入ったものに当たると周囲の物もまとめて吹っ飛んだ。
物資はなるべく無駄なく集荷・出荷させたいものだが一箇所に集めすぎると、このように奇襲を受けた場合取り返しがつかなくなる。マチルダは敢えて分散させてこまめに輸送させていたのが功を奏している。
「ふええ、どうしよう……」
ここにはベルタンの様にほとんど戦力にならない者しかいないのか、否!
「私たちに任せてください」
「なんでここまで抜かれるかねぇ!?」
ラプンツェル役のネメシスと、スノーホワイト役のヘッジホッグがいる!
「さぁ行きますよ!」
ふたりは颯爽と飛び出すと、すぐに得物を構えて射撃に移る。護衛用に随伴させられている不死の軍勢も盾になれるよう周囲に散開して攻撃参加している。
「データ収集終わるまで安易な接近戦はしないとくれよ」
「うーん、畏まりました」
両者はヘッジホッグお手製バトルスーツを装備してヘレティックに挑む。ネメシスは火力型だが、今回ヘッジホッグは防御型のゴツい装備に身を固めている。
(敵の大将なら、一番まずいのはここに雑魚でも大量召喚されることだからねぇ)
火炎放射器と重機関砲が文字通り火を噴いてヘルメティカに襲いかかる。あっという間に相手は朽ち果てたが、そうした端から再生していく。
「邪魔者は焼き払っていきましょうね」
黒衣の女王は敵二体を視認すると、火力を集中していく。
「くぅぅ!」
「でも相手はビームと自己再生しかしてきていないよ、ネメシスさんよ格闘解禁さね!」
「でもビームエネルギーをチャージしているみたいですね」
「盾になるから凌ぎ切ったら突っ込みな!」
収束ビームがふたりに注ぎ込まれる。身を隠す暇などない!
ヘッジホッグはラプチャーがたまに張るバリア発生装置のコピーをスーツに装備させ、ついでに対ビームコーティング塗装済みだ。体の大きさがネメシスの半分以下なのでカバーしきれないが、ネメシスも跪いて背後に隠れた。
(最悪頭部射出で済めばヨシ!)
ビームとビームが干渉し、激しく火花が飛び散る。やがてヘッジホッグのバリアーの方が力負けしてヒビ割れていく。
ピシ、ピシピシ…… パリンッ!!
「ぐおおおおお!?」
バリアーが破壊されても相手のビームは未だ照射され続けている。腕の塗料が蒸発し、スーツの機能で急速に排熱を促すものの両腕は焼けていくのがわかる。程なく痛覚カットが行われるだろう。
「行きます!」
ネメシスはクラウチングスタートの体勢に移行していた。一気に飛び出して急旋回すると女王に殴りかかる。
ビームの軌道は俄かに変わるが、シスターの巨躯を捉えるには至らず肉薄のファーストブロウが女王の頭部を砕いた。エメラルドのカケラが散らばるが、直ぐに再生にかかる。
「オラオラオラオラ!!」
連打! ひたすら連打あるのみ! 攻撃を行わせないためには攻撃あるのみだ。ネメシスの持論である。
身体を幾度も粉砕されながらも、ヘルメティカは背後の黄金蛇の攻撃を拡散ビームに切り替える。エネルギーのタメが無くなるので結果的に近距離相手へのダメージソースになるのだ。
ネメシスはコアエネルギーを燃やしてニケボディを強化している。しかしながらこのビームの乱射で着実にスーツごと穴だらけにされていく。このままでは液体触媒が流れ切って機能停止だ。相手を既に二桁回は殺しているはずなのだが……
「ふたりとも! 相手の本体は蛇の方です!!」
その叫び声は、ニケの飛び蹴りが女王のウロボロスめいた武装に炸裂してから聴こえた。スタルカーとタクシスがほとんど休む間もなく戦場まで駆けつけてきたのだ。流石の武装も真空飛び蹴りの衝撃で装甲の一部が砕ける。
「またお前たちか!?」
女王の動揺が台詞や表情に如実に現れる。
スタルカーはタイムリーレインでヘルメティカに攻撃を開始する。ショットガンでは武装を破壊しきれないのはさっきの戦闘で把握済みである。脆い方を破壊し続けて意識を割き続けるのだ。
「まったく、無関係のロートルを働かせるんじゃないよ」
タクシスも得意の蹴りで武装を攻撃し続ける。現状最もダメージを与えられると話し合ってのことだ。
だが、ふたりでは攻めきれない。黄金の武装も自己再生を始めつつある。ネメシスもヘッジホッグも満身創痍だ。
「どうしよう……」
掩蔽壕でニケ達が静観している。だが彼女達ではこの戦闘に加わっても無駄死にするのは明らかだ。
突如、皆の携帯端末が一斉にバイブレーションをし始めた。件名を確認すると、動画ファイルが送信されてきたのである。
「財団に所属し、地上で戦い続けているニケの皆様」
画面の向こう側で、マーガレット会長の演説が始まった。
マーガレットの顔は一見すると生気を取り戻していた。凛然とした声色と力強い眼光で一言ずつ丁寧に読み上げていく。
それは彼女が必死に化粧を施させるなどして保たれたものである。熱発で朦朧とする意識も、咳のしすぎで荒れた喉も、今この瞬間だけは弱みとして見せてはならぬと彼女は命懸けで包み隠していた。
「今、アークでは貴女たちの力を頼みとしています。貴女たちが勝利の女神として凱旋してくださるのを心待ちにしています」
スタルカーの心が疼く。彼女の見た光景は全く真逆であった。
しかし、会長は嘘偽りなくそう思ってくれている。もしかしたら、アークの人達の中には会長と同じ想いの人達が居るはずだと、彼女は信じる。
各地で死闘を繰り広げているニケ達もこの動画は流されていた。
「ハァ、もうちょっとだけ頑張るかぁ」
コミンが服薬しながらリロードする。
「そんな殊勝な市民か甚だ疑問だが、まぁやる気を出す馬鹿がいるなら便乗しようか」
俄かに出力を増した部下達にスカーが命令を下していく。
「そうヨ…… こんなところで腐ってても仕方ないね。アイツの分まで生きてナンボよ!!」
失意に打ちひしがれていたシャロンも奮起する。
「会長…… みなこの演説を今すぐ聴きなさい!」
マチルダが急ぎ命令を徹底させる。
「今が命をかける時ですよ!」
ディシプリンの赤眼が部隊員に注がれる。演説の効果と侵食に似た暗示の力が合わさって狂戦士じみた力を味方にもたらした。
あらゆる戦場の、全てのニケ達が、その言葉を聴いて全力を尽くし始めた。
「クッソー、せっかく開けた風穴が塞がっちまう」
「けど攻撃し続けるしかありませんよ!?」
激しいビーム攻撃を高速移動で必死に掻い潜りながら戦い続けるスタルカーとタクシス。そんなふたりに対しヘルメティカはある疑念を抱きつつあった。
(このふたりは一体何者なの? 人間辞めてるとしか思えない……)
ニケとはいえ頭は人間であり、人間がし得ないことをすると常に思考転換のおそれが付き纏う。故に、元々の性能差を差し置いても思考すらラプチャーと化したヘレティックはニケよりも数段強いと言える。
だが、第一次ラプチャー侵攻当時の完成したてのニケならばどうか?
鋼の器にその脳髄を納めた女神達……
それはボディの種類を問わず、無類の力を引き出した。人間のように飲み食いするのは、逆に人間らしさを見失わないようにするためではないだろうか。
一部のニケは、自らを超人だと確固たる自我を構築し、以て人間以上のパフォーマンスを当然と見做して行動が出来るが、そういったニケは現在の生ぬるい風潮ではそうそう生まれなかった。
翻って自分のことを覚えていたタクシスは、まず間違いなく最初期のニケであろうとヘルメティカは推測した。何故ゴッデス部隊とともに戦わなかったのだろうかという疑問はあるが。
もうひとりの緑髪のニケが問題である。一見すればなんの変哲もない少女体型のニケだが、全く死を恐れていない。ビームが煌めけば大抵の者が身構え、それが致命的な結果になる。だがこの者は、全くもって狂ったように高速で走り、攻撃し続けているのだ。そしてそれは理性的な思考に基づいているときている。その出力は、あの伝説のフェアリーテールモデルと遜色ないように思われた。
今はこのふたりに決め手がないため、持久戦に持ち込めば勝利は間違いなくヘルメティカの物である。
だが女王は、復讐の女神の名を冠するニケと全く戦わない臆病者達を完全に思考の外においてしまっていたのだ。
「皆様、どうか勝利を! 人類の希望をアークに示して下さい」
マーガレット会長の長いようで短い演説映像はこれで終わった。
ネメシスはこの演説の最中、ただ身体の回復のみに全集中力を注ぎ込んでいた。コアエネルギーが細胞に満ち満ちて欠損部分を埋めるとともに、渾身の一撃を武装のコアに叩き込むべく力を溜めている。あとは隙さえつければ……
「「「うおわああああ!!」」」
喊声をあげて、壕からニケ達が躍り出てくる。泣きながらも攻撃を仕掛けるつもりだ。
ヘルメティカは一瞥し手だけ動かした。ビームの射程内に入り次第即射殺の指示が武装に飛ぶ。
「が、がんばれー!!」
ベルタンも手に軍旗を持って一心不乱に振り乱す。旗だけ上に出しているのはご愛嬌だ。
そうした行動が、スタルカー達の動きをもぎこちなくさせ、ヘルメティカは口角をあげながら攻撃モーションに移る。
黄金蛇が粒子を加速させ、今まさに光り輝こうとした刹那、ネメシスの巨体が翔ぶ。
「死星拳究極奥義・一転嫐(百合の間に挟まる男は死あるのみ)」
剛腕が蛇の鱗に突き刺さる。さらに!
「はぁーあーあーあぁ!」
今まで練り上げた気を全て武装コアに逆流させるべく流し込まれる!
「ま、まさか!?」
ヘルメティカがたじろいた瞬間、黄金の蛇は爆発四散した。それと同時に彼女自身も身体を維持できなくなって翠の砂礫となって消えたのだった。
「大丈夫ですか!?」
大爆発だけにスタルカーらもネメシスの生死を気遣った。
「大丈夫ダァ……」
ネメシスは変なお姉さんみたいなセリフで生存報告をしたが、皆その姿に驚いた。
コアエネルギーを充実させることで、筋骨隆々のニケボディを構成していた彼女は、それを絞り出したため萎れた状態になっていたのである。まるでガガンボだ!
皆が苦笑する中、ベルタンだけが嬉しそうだった。
「ようやくラプンツェルらしくなったぁ!」
二人のヘルメティカを撃破したことで、敵の増援が止んだ。最後のラッシュを捌き切ると、皆極度に疲れた顔を隠せなかったものの、心は充実感に溢れていた。
最前線から総指揮官たるアタナトイが帰ってきた。不死の軍勢も多く削られたが、本人は健在である。
まず彼女は目の前の全員を労うことから始めた。
「よくやった皆の衆。特にスタルカー、卿は二度の大将戦において中心的な役割を担ってくれた。これは私からの褒美だ」
ローブを一時的に脱いだアタナトイは首に掛けていた勲章をスタルカーに手渡した。
「父祖伝来の騎士鉄十字章だ。その勇気は賞賛に値する」
ニケになるべく家を出た際に、くすねてきた勲章。戦場での功績でこれを授与された先祖に恥じぬようアタナトイは戦ってきたのである。名残惜しさはあるが、この愛しい女神はこれを与えるに足る存在だと讃えねば気が済まない。
「ははぁ。ですがこの卍みたいなマークはなんですかね?」
生き残った部隊員は、全体の三分の一程度だった。それだけに、直後に行われた祭りはそれなりに華やかに行われた。疲れてはいるが、みんな勝利でハイになっており妙なノリですらある。
ゴッデス部隊の戦いぶりを忠実に再現したと豪語した舞台を皆で観劇したが、その脚本は奇天烈に過ぎた。
「やぁやぁ我こそは紅蓮なるぞ!」と常に一騎打ちを所望する紅蓮。スノーホワイトに対してことあるごとに赤飯を炊くレッドフード。スノーホワイトはシークレットブーツで急激に等身が上がり某サッカー選手みたいになる。ヒョロガリで性欲など微塵もないラプンツェル。声だけ出演のドロシー……
みな、こんなキャラだったっけかと首を傾げている。
特に最後のシーンがご覧の有様である。
「嗚呼、ドロシー。こんなになってしまって!!」
老いた指揮官が抱き上げたのは、ピンクのカツラを被せた白い子犬である。『南極物語』のパロディか?
あまりの光景に失笑も起こらなかった、このふたりを除いては。
「「だはははははははははははははは!!」」
アタナトイとティアマトだけはゲラゲラと笑いながら手を打っていた。
劇が終わり、アタナトイが登壇した。
「部隊の皆よ、今までよく戦ってくれた。今回のイベントで英気を養えただろうか?」
疎らながら拍手が聞こえてくる。
「会長の演説もあり、やる気を取り戻してくれたであろう」
その直後の発言で、アタナトイ以外のニケは凍りつくことになる。
「本作戦は成功裡に終わった。これより全部隊順次アークに帰還せよ」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?