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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(16)

兵共ここぞ最後と申してあきれてひかへたるところに、佐原十郎義連すすみ出て申けるは
「三浦の方で我等は鳥ひとつ立てても、朝夕かやうの所をこそはせありけ。三浦の方の馬場や」とて、まっさきかけておとしければ、兵共みなつづいておとす。えいえい声をしのびにして、馬に力をつけておとす。余りのいぶせさに、目をふさいでぞおとしける。大方人のしわざとは見えず。ただ鬼神の所為とぞみえたりける。おとしもはてねば、鬨をどっとつくる。三千余騎が声なれども、山びここたへて十万余騎とぞ聞こえける。

『平家物語』鵯越の坂落とし

 冬季戦では、頑丈に作られたニケの武器でもこまめなメンテナンスが欠かせない。しかし、ラプチャーはというと零下数十度という環境下でも問題なく戦闘可能だ。
 さしもの義勇軍も冬将軍にはお手上げで、攻勢限界を迎えてしまった。急ピッチで防御体勢を整え直すが間に合うだろうか?

 十二月一日。
 風雲急を告げる最前線では、遂にラプチャーの大群が押し寄せようとしていた。
「視界が真っ白なのに地平線が黒く塗りつぶされている!」
「とうとう来たな……!!」
 各地の前哨陣地にて不死の軍勢と防衛任務に従事していた様々なニケ達は、即座に事前通達に従って後方へ退避していった。

 これに先立つこと十月初旬、司令部ではヘッジホッグも交えてある作戦会議が行われていた。
「あの戦いのあと、敵小型ラプチャーの残骸が残らずに消える事象が見られるという。これは明らかに敵将の特異能力によるものだろう」
 アタナトイは口述して書き起こした資料データを各自に提示していた。撃破数と残骸の数字にズレが生じているそれは、マクナマラの誤謬を彷彿とさせる。
「残骸を収集してアークの各企業に売り払って、物資補給の資金補助をしているというのにこれはつらい」
 スタルカーは唸った。
「心理的効果も抜群だ。破壊した、という達成感を得られないばかりか徒労感をも植え付ける魂胆だろう」
 スカーも今後の懸念点を指摘している。
「なので、今後は攻勢を続けつつも永久防御陣地の構築にも着手せざるを得ない。ヘッジホッグ、すまないがこの数ヶ月は殆ど働き詰めになってもらう」
「あのねぇ、工兵が一番早くからこき使われてるのにさらに酷使しようってのかい!?」
 開戦から出ずっぱりの工兵ニケを代表してヘッジホッグがキレる。しかしアタナトイはコレを完全に無視した。
「計算については司令部付きのアニェージが得意分野だ」
「ちょっと待ってくださいよ、これ以上仕事増やさないで下さい!」
「勘弁して頂戴、それでなくても人手が足りないのに……」
 直接の生き死ににはそんなに関係しないものの、後方勤務はそれはそれで地獄である。

 アークにて、ネイトを発見したスタルカーは早速ロビーで待機しているタクシスを家に呼び込んだ。彼女だけではネイトを動かせないのだ。
「スタルカーの嬢ちゃん、この子無理に連れてかなくても良くないかい?」
「駄目ですよ! ケイト先生に連れて返ってこいって言われましたから!」
「そりゃめっちゃ怒ってるわ」
「……」
 二人がかりでも暴れて手がつけられないので、シーツにくるまっているネイトを、重量のあるニケでも容易に千切れないロープでタクシスに巻きつけて強制的に出発することにした。しかし、致命的な弱点が明らかになる!
「あっコレ運転出来ねーわ!」

 物資搬入エレベーターから地上に上がるとそこには軍用ヘリコプターが数機置いてあった。
「おっあいてんじゃーん!」
 そのうちのひとつにタクシスはネイトをほっぽり出して勝手に上がり込む。
「おお〜! カギまでつけっぱなしとかツイてるにもほどがあんだろ! お前らも早く乗れ!!」
「いや、ネイトさん一人じゃ乗せられないです……」
「メンゴメンゴ」
「……」
 スタルカーとタクシスはネイトを座席に括りつけると、一気に乗り込んだ。
「タクシスさんヘリとか動かせるんです?」
「もちのロンよ! 戦闘機だって動かしてたしアークの民間ヘリとかヨユーヨユー」
「でもなんでヘリがこんなところに?」
「神様のプレゼントだろ? 知らんけど」
 タクシスはさっさとヘリを浮かせて飛び去っていった。
 それを、トイレから帰ったチャルチウィトリクエの兵士たちが呆然と見ていた。
「やべぇ、大将に殺される……」
「追えー!!」
「いや待て。まだ慌てるような時間じゃない。ティアマト様の攻撃がまだだ、下手すると巻き込まれる!」

「そこのヘリコプターすぐに戻れ、今なら半殺しで済ませてやる!」
「ケツでも舐めてな!」
「汚いなぁ」
 無線で舌戦を繰り広げるタクシスに呆れながら、スタルカーは地図で現在地点を確認したがよくわからない。
「ふえ〜、上から見たら自分たちの陣地がすごいことになってる」
 ヘッジホッグたち工兵や最前線で戦ってきたニケたちが掘り進めていた塹壕が、まるで電子回路の様に紋様を大地に刻んでいた。
「どの辺に降ろせばいいんだい?」
「ええと、司令部よりはケイト先生のところがいいから北部でお願いします」
「北って何処だ--」
 そう言いかけた瞬間、遠くで閃光が放たれ一瞬目が眩む。
 一方、地上で無線による罵倒を繰り広げていたティアマトの部隊員達も、火柱が上がったのを確認した。
「ヤマタノオロチだ! そろそろこちらも出撃!!」

 ヘリコプターが爆炎を目撃する数時間前に話は遡る。
 秘密計画都市の工場群で謎の実験をしていた者たちが任務を終え、ティアマトに接触してきたのだ。
「主任研究員のエンデだ。この度の護衛に感謝する」
「礼はええけぇさっさとブツをよこしんさいや。向こうが納得するような報酬でないとしごうするけぇね?」
「コレだけあれば十分だろう?」
「箱ごとくれるんか!? ありがたい」
 箱に詰められた弾丸の先は紅く輝いている。そう、これこそが対ヘレティック最終特効兵器・アンチェインドだ!
「それじゃあんたら、出来る限り早う帰りんさいよ。今から派手にラプチャー共をブチ殺すけぇのう!」
「……心得た」

 それから、部下から無事エンデたちのトラック群が安全地帯まで走り抜けたとの連絡があった。
「よし! お前たち! 狩りの時間じゃあ!」
「「「「うおおおおおおおおおおお!」」」」
「八大龍王持ちに通達、一から四番隊はヤマタノオロチ炸裂後、直ちに敵陣に突撃せぇ! 絶対に脚を止めるな! 一気にオーケアニデス側の陣地まで走り抜きんさいや!」
「ティアマト様は如何なさいますか?」
 問われた彼女はニヤリと笑う。
「聴くまでもないじゃろ」
「ヤマタノオロチのセーフティ、全基アンロック!」
「じゃあ行ってくるけぇの。遅れたらお前らもしばきあげるけぇね?」
「御意」
 そう言ってティアマトは、巨大なミサイルランチャーを垂直に構えると、自らミサイルにぶら下がって敵のど真ん中へと射ち出されていった。

「もはやこれまで。ヘルメティカ、いやヘルメティカ様に降ろう……」
 ティアマト達の目の前で、同士討ちを繰り広げていた別のヘレティックは、連日にわたる人海戦術によって多くの手勢を食い尽くされ、城下の盟を結ぶ寸前であった。
 しかし、全く動きがなかったーー刺激する余裕すらなかったーー人間もどきの陣から飛翔体が射出されたのである。
「あれはなんだ?」
 疑問に思うも、ただのミサイルは費用対効果的に大損だ。核ミサイルなどは対処可能なラプチャーの登場でほぼ完封したと見做していたので全く頭の片隅からすっぽ抜けていた。
「さて、海のような蒼さじゃのう。寒うなければずっといたいところじゃが……」
 ティアマトは手動でミサイルの軌道を敵ヘレティック直上に設定し直す。急激な楕円を描きながら一気に落ちていくミサイル。
 彼女は手を離した。
「焼き尽くせ、八岐大蛇!!」
 ミサイルに搭載された特殊な化合物は降下しながら瞬間的に噴霧され、爆ぜる!
「なっ!?」
 ヘレティックや周囲のラプチャー達は迎撃に失敗して、生きながら炎の柱に呑まれた。
 
 燃料気化爆弾。それは核兵器ほどではないが、凄まじい破壊力を秘めた兵器である。
 弾頭に収められた化合物を気化して噴出・瞬時に蒸気雲を形成して火球を作り出すと、辺り一帯の酸素をも燃焼し尽くす。その際の火力や衝撃波、有毒物質や気圧の変化は生命体にとって致命的なダメージを負わせるに十分過ぎる代物だ。
 携行型サーモバリック弾頭搭載超大型ミサイルランチャー・龍王を全弾発射する大技であるヤマタノオロチは全八基で構成されている。
 ティアマトは片手で四基、両手で全てを装備して撃ち出すことが出来るが、それでは動きが極端に制限されてしまう。そこで彼女はこれを託すに足る精鋭八人を選出し、最終的な使用許可以外は自由に取り扱う事を認めたのである。これを八大龍王持ちと呼ぶ。

 余談だが、八岐大蛇は神話に出てくる頭が八つある大蛇である。
 この大蛇は一般的に洪水のイメージであると言われることが多いが、ある研究者は溶岩や製鉄のイメージではないかとも言っている。鉄の伝播はヒッタイトの滅亡からスキタイ族などの遊牧騎馬民族を通じて世界各地に拡がっていった。経路の中央アジアではもちろんヨーロッパやアフリカなど広範囲にわたって蛇神や龍退治の話が存在している。
 ところで、八岐大蛇は高志国から出雲国にやって来るという。かつての日本国福井県から山形県にあたる土地である。
 出雲ではひの川を根城にしていたと伝わるが、彼の地は良質な砂鉄が採取出来る土地でもある。他方、福井県には丹生、山形県飽海郡遊佐町に吹浦の地名がある。
 福や吹・丹生は鉄を連想させる語でもあるのはただの偶然だろうか?


 不運なヘレティックはまず数千度の高温に晒され、次に気圧の急激な変化により体内組織をメチャクチャに破壊された。トドメに酸欠で脳がやられてしまい、今や炭化した人形同然と化していた。コアがかろうじて生きておりなんとかナノマシンを更新させようと無駄に足掻いてはいたが、焼け石に水とは当にこの事である。
「さっさと死にんさいや」
 パラシュートを切り離して空から龍神が舞い降りた。振り下ろした自身の得物であるカープストリーマーは、この哀れな炭人形を頭部から完全に破砕したのである。
 戦場には、煤けた残骸と有害物質の香りだけが立ち込めていたが、翡翠の髪の女神は勝利の余韻に浸る間もなく走り始めた。目的地は西側のオーケアニデス陣営。
 前方で第二の龍王が炸裂する。飛行型ラプチャーは叩き堕とされ、地上型は漏れなく焼き殺されていく。彼女の真っ赤なストールは暴風にたなびく。それを目印に、彼女の部下達は順次突入を開始した。
 ティアマトに特異能力はないが膂力は圧倒的であった。つまり超弩級の筋力そのものが能力と言える。また元々は軍人ゆえ、指揮官としての才能も豊かであった。
 のちに『王の仲間』(ヘタイロイ)と呼ばれる将才を持った指揮官がアークに生まれるが、その者と同様に好感度に応じたバフが指揮するニケ達に付与される。恐るべきことにそれが彼女自身にも適用されるのだ。将才の名は『母なる海神』(いつくしま)。

 一方でアタナトイ達はというと、既に昼夜を問わない過酷な包囲戦を継続していた。
 基本的に防衛戦は攻撃よりも効率的な戦力発揮が可能ではあるが、外部にいる味方の援助が見込める時に行うものである。
 一応、ティアマトらはその外部勢力と見做しうるものの、山のようにくるラプチャーの軍勢に本当に助けにくるか不透明な部分が多く、また相手に主導権を渡したくないことから攻撃を続けざるを得なかったのだがそれが途切れたため、待ってましたと言わんばかりに敵の大攻勢が開始されたのである。
 ヘッジホッグ達はこれを予期して、ある仕掛けを今まで掘ってきた塹壕群に施していた。十月半ばの定期会合の時である。

「さらに研究が進んだ結果、スナァする敵ラプチャーはかなり脆いことが判明したよ!」
 忙しい中でもこういう事はきっちりしているのがこのハリネズミみたいな髪をしたニケの良いところである。こんなこともあろうかと、と言いだす日も近かろう。
「具体的には?」
 ケイトが質問すると、すぐにデータが表示される。
「サブマシンガンの弾一発分」
 一瞬、皆がそんなのでいいのかと感嘆の声をあげる。
「そんなに脆いなら少し試したいことがあるな」
 アタナトイは戦闘に堪えない手近な不死の軍勢を二・三体バラすと各パーツを遠隔操作して何体かラプチャーを拉致してきた。
「お前のその能力は一体どうなってるんだ!?」
「こないだスルトモードになった時に上手くイメージ出来るようになった」
 あんまりにも意味不明な挙動にスカーは思わず本音をぶち撒けるものの、アタナトイは平静を保ったままである。
「さてここからが本番だ。見てみようじゃないか、敵がどうなるかをな」
 不死隊のニケが羽交締めにしたラプチャー同士をぶつけ合ったらどうなるか実験の開始である。
 ニケが互いに体当たりをすると、ぶつかり合ったラプチャーは対消滅した。
「実験は大成功だ!」
 ガッツポーズするアタナトイだが、マチルダは懐疑的な意見を示す。
「これでなにがしたいんですかね?」
「あっ!?」
 ヘッジホッグはなんとなく理解したようでニヤニヤし出した。
「敵は数だけは多いからな。なるべく無駄を省いていこうではないか」
 アタナトイはガチャガチャとキーボードを打って、今後の防衛計画の修正案を提示した。

 さて、十二月朔日のオーケアニデス陣営に視点を戻すとこういった流れを見せている。
 まず、敵の来寇を確認した斥候役のニケたちは一斉に最後方の防御陣地まで逃げ出した。その間の防御は巨人化したアタナトイまたは不死の軍勢が担う。
「さて、早めにこの場を治めていきたいものだ」
 まず彼女は、足元に用意させた陣地防御用の龍の歯を拾い上げる。これをラプチャーめがけて投げつけるのである!
 マキビシのような龍の歯は、瞬く間にショットガンの弾丸の如く拡散して転がっていき、ラプチャーを轢殺しつつ狙った場所に敷設されていく。
 無論、敵の眼前には別の龍の歯などが障害物として置かれているものの、時間稼ぎが精々であり一気に塹壕内に雪崩れ混んできた!
 アタナトイが足踏みしながら踏みつけるがいかんせん数が多過ぎる。敵の攻撃を惹きつけつつ、塹壕内に溜まったラプチャーも無駄なく引っ掴んで弾に替えるが津波は次々と押し寄せてくる。波状攻撃だ!
 第一の塹壕を味方を踏みつけてでも乗り越えるラプチャーたちだが、この時点で先の特性が活かされる。踏まれた衝撃に耐えられなかった個体が消滅して代わりのものが塹壕内に落ちるのである。
 このまま第二第三の塹壕も制圧していくが、塹壕は段々と深く掘られていって、その分だけ敵の侵攻が遅くなっていく。そこを不死の軍勢のグレネード投射部隊が削っていく。
 それすら掻い潜って、防御陣地中心部の塹壕に到達したラプチャーを待っていたのは、強力な地雷原であった!

 通常、地雷とは致命傷を与えるより重傷を負わせて救出させるコストを増大させたり、地雷を敷き詰めてその撤去や迂回の時間稼ぎに用いたりする。
 翻って、ラプチャーはというと基本的に人間より大きなサイズのものが主流で、尚且つ人海戦術でしゃにむに押し込んでくるものだから多少怯みはするものの足止めには不適切である。では何故地雷を使うのか?
 それはやはり手数が増えるからだ。前もって敷設しておけば相手に痛撃を与えられるのはやはり魅力的である。対戦車用の地雷であればラプチャーとて撃破は可能であるのだ。件の弱弱ラプチャーなら対人地雷クラスでも即死するだろう。直径四センチのビスケット状にした超小型地雷を多連装ロケット弾に詰めてぶっ放したかったところだが、流石にエリシオンでも今では作成していなかったので、工兵たちはIED(即席爆発装置)を作り代用することにした。
 大地を穴だらけにしながら、なおも突撃する地上型ラプチャー軍団は塹壕に到達した。そこでラプチャーたちを待っていたのは、三段に埋め込まれた地雷であった。
 一つ爆発するたびに塹壕が抉られていき、ドンドン深くなっていく。その間にも上から降ってくるラプチャーは、宛ら項籍に裏切られ生きたまま崖っぷちに追いたてられて落ちていく秦の残党のようである。いや、自分から落ちていくので遊技パチンコの玉の方がイメージしやすいか?
 こうして掘削されていく塹壕の、最後の地雷が爆発すると、連鎖するように仕掛けられていた塹壕破壊用の爆弾にも飛び火する!
 これは第一次世界大戦にまで遡る話だが、塹壕を掘りまくった結果、敵も味方も塹壕の陣取り合戦になってしまい戦闘は膠着した。
 連合軍・協商国軍ともに、カウンターマイニングに勤しむ中で、協商側の英軍はメシーヌの尾根にて敵軍の坑道のそのまた下を掘り進めては爆薬を仕掛けていった。その数量はなんと約四百五十トン!
 1917年六月七日午前三時十分、これらを一気に爆発させ、独軍約一万の兵士は瞬時に殺害された。その破壊力は、ベルギーから遠く離れたロンドンまで爆発音が聞こえるほどであったという。ここから一気に雪崩れ込んだ協商国軍が地域一帯の制圧に成功したのだった。
 ヘッジホッグたちは、要は中央部に大穴を開けるためにわざと爆弾を敷設しておいたのである。そして、それまでに疎らに掘ってあった塹壕を迷路の様に繋いだり閉じたりしながら、いずれのゴールもこの中央部の塹壕に設定した。
 
 爆発の瞬間、大地が揺れた。アークでも二度、地震波を観測して何事かと一時的に騒ぎになった。
 また、爆発の衝撃波で舞い上がったラプチャーと、低空飛行してニケたちを攻撃するラプチャーが巻き込まれてこちらもパニック状態に陥った。
 それでも前進を止めないラプチャーの大群だが、これらのうち地上型に関してはほぼ完全に無力化されることになる。
 塹壕や堀を埋めるには土の他に木の枝などを束ねた粗朶というものを転がり落とす方法がある。今もってラプチャーはその身体自体を穴埋めに使い続けているが、数を用意するのに弱っちい個体を生み出し続けたため、大穴を埋め切る前に各所から流れ込んできた味方に押し潰されて勝手に圧死し消滅するように仕組まれたのである。
「まるでパズルゲームですね」
 この有様を司令部から離れた箇所でリモート観戦していたディシプリンはこう締めくくっている。
 
 だが、ここまでしてもヘルメティカの軍勢は止められない!!
 飽くまで主体は地上型のラプチャーであるものの、空戦型ラプチャーも多く擁していた彼女には、これらの小細工はすり抜けられていく。
 永久防御陣地を最後方に南北二箇所作っておいたが、それでも広がりすぎた防衛線をカバーするのに兵力を割かざるを得なかった義勇軍は苦戦を強いられた。
 ケイトとスカーは機動防御を担当して、担当地域の火消しに駆けずり回される。ただでさえ少ない中級指揮官を捻出するため、前々からアタナトイたちは頭を悩ませられていた。
「ウコクが戦死し、シャロンも精彩を欠いている。ディシプリンを前線に引っ張ってきてもなお足らない。如何すべきか?」
「まぁ順当なのはルカも前線に出すしかないかなぁ……」
 これについてスカーは意外な提案をしてきた。
「ひとり面白いやつを知っている。特待ニケではないのだがな」
「拝聴しよう」

 こうして話題にのぼった赤毛のニケは、上層部に出頭するに当たって錠剤を二粒飲んでおいた。
「コミン、ただいま出頭しました」
 このコミンと呼ばれる元軍人のニケはとにかく心配性である。苦悩を意味する名前の通り、と呼ばれるのは癪でしかないが仕方がない。
「単刀直入に言おう。部隊の一部を率いてはくれまいか」
 竜胆色の瞳は寂しさを湛えていたが、対面した相手のアイスブルーの眼の力強さを見抜いていた。何を言っても栓なきこと。コミンは失礼と断りを入れてから、溜め息をひとつ吐いて薬をあおった。
「具体的にどういう仕事をさせたいので?」
「別動隊を率いて火消しに動き回ってもらう」
「人員については? 不死のニケ達ならともかく、他の食客達なら私のようになんの地位もないニケには従わないでしょうよ」
「それについては卿に一任する。私の名で編成を強制してやろう。三日猶予を与えるのでそれまでに編成案を提示せよ」
 結局彼女は縁故に基づいて編成した少数の部隊にすることにしたのだが、これがまた彼女を悩ませた。

 妹であるニケのペッカプはコミン同様器用に立ち回る力量を持っているが、性格が軍隊に合わずとっとと除隊してしまった。つられて辞めたものの出戻りで傭兵稼業をしているコミンには、妹が何を考えているかよくわからなくなっている。
 輪をかけてスカポンタンなのが妹と付き合っているワイルドタイガーである。元レスラーである彼女とは全く性格が噛み合わないどころか、お義姉さまと呼ばれて蕁麻疹が出たことがある。勝手に親戚面しないで頂きたいものだ。味方を守護るのは得意なのだが……
 なんだかんだで知り合いで固めた方がいいのかもしれないとコミンが考えた時、パッと思い出したのがピアニッシモの笛の音であった。彼女の音楽は皆の心身を癒してくれる。穏やかな性格なので部隊の潤滑剤になってもらおう。

 合計四機と戦力としては些か心許ないが、それ故にコミンたちはいわば少数精鋭のコマンドウ部隊と化していた。最終防衛ラインを超えてきた航空型ラプチャーを隠れながら狙撃したり、味方の治療時間を稼ぐために前に出て奇襲を仕掛けながらすぐに撤退するなどして必死に戦った。
 神出鬼没の戦いぶりは、のちのちのニケの戦闘の先駆けでもあった。


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