勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(23)
ゴッデスフォール事件で死んだニケ達を愚弄した女子学生・プラチナは、怒り狂った道化師のニケ・スタルカーに殺害されニケ再処理工場に叩き込まれた。
その後ニケとして甦ったプラチナもまた憤怒の化身となり復讐を果たそうとするが、スタルカーにプラティガ(瞋恚)と名付けられ一蹴された。
グレーチェンとヘッジホッグは両者の話を聴き、スタルカーの非を認めて現金の半分をプラチナに譲渡するよう裁定を下すのだった。
「少し地上に出てきます……」
溜め息混じりにスタルカーは席を外すと、ふらふらと事務所から出ていった。
「スタルカアアアア!」
出入り口で身体を復活させたプラチナが襲いかかるも、病み上がりかつ戦闘経験の浅さから一気に直突きを叩きこまれ、文字通りくの字になって血反吐を吐いていた。
「いひひっ、アンタが噂の新入りかい? 素人があのお方に勝とうだなんてどだい無理な話だよ」
ゲホゲホとえづくプラチナに話しかけたのは、顔のケロイド痕が痛々しいオーシャンタイプの量産型ニケである。
「あなたは?」
「私はここじゃトレパネーターで通ってる」
「本名はって聞いてるの!」
見境なくケンカ腰なプラチナはさらに追い打ちの腹蹴りを喰らって悶絶した。
「調子に乗ってんじゃ無いわよ! ここのニケでアンタより弱い奴はほとんどいないんだからね!」
「ワタシは弱いと思いますんでそっとしといてくださいねー」
モニターが死ぬほど設置されたデスクからアニェージが手だけ出して声をかける。平時は株取引専門だが、有事だと電子戦などを担当する中核メンバーである。
「はいはいそこまで! 立てる?」
いきり立つトレパネーターを宥め、プラチナを立たせたのは下半身を機械強化しているニケであった。相手の、名前通りのプラチナブロンドのロングヘアとは対照的に黒髪を赤いリボンで止めている。
「あなたはたしかグレーチェンとか?」
「よく覚えていてくれたねぇ。手脚の具合は悪くないみたいだね」
「一日中、身動き取れなかったのは苦痛でしかなかった」
「ま、折角来てくれたんだからここの面子を紹介しつつ、今後について話をしましょうか」
奥に設置された面談室にプラチナは案内された。言ってもハコモノの多くはアストレイズの自由になっているのだ。この場所も再開発の波に飲まれ、閑静な住宅地というよりかは雑居ビル群となりつつある。
「じゃあ色々教えたげるね」
怒りに満ちているプラチナではあるが、グレーチェンとの馴れ初めは悪くなく大人しいものである。
「トレパネーターが本名を聞かれて怒ったのはね、あなたが生意気だからじゃなくて名前を思い出せないのに聞かれたのでムッとしたからなの」
「ハァ!?」
「あなたも私もニケとしては特化型というカテゴリーな訳。これは脳がニケとなる時に適性が高いとそうなりやすいみたい。そういう子は人間だった頃の記憶を多く保持しているわ」
「……」
「一方で適性が低い子もまたいるの。そういう子は量産型ニケに成れればまだ良くて、最悪拒絶反応で死んじゃうわ」
「……」
「でね、ネパは量産型ニケだから人間だった頃の記憶をほとんど持ってないのよ。これはニケになる際に思考転換を起こさないようにするために家族の記憶を消すのとはまた違うわ」
「つまりわたしが不用意だったのね?」
「まぁ最初だし仕方ないよ。それ以外の要因もいっぱいあるし」
グレーチェンはプラチナの怒りを解きほぐすように、ニケの世界を新人に教えていくのであった。プラチナもまたこれに応え、怒りの矛先を徐々に狭めていく。
「ニケの名前は企業から付けられたコードネームか本名を使うのが一般的ね。私やアニェージは本名なんだ。あなたもそうよね?」
頷くプラチナ。グレーチェンはメンバーの画像をタブレットに表示しながら説明を続けた。
「ラドローナやスカー、ガラテア、サンティグ、ヘッジホッグなんかはコードネーム呼びなんだ。大体個性に結びついた呼び方が多いんだよ」
プラチナは手脚の治療時の暇つぶしにヘッジホッグをよく見ていたが、確かにハリネズミみたいな髪型だった。
「たまに特別な意味合いのコードネームを持つニケもいるよ。例えばゴッデス部隊と呼ばれた伝説のニケ集団は、名前に童話がモチーフの人が多かったんだ。スタルカーの戦友にも女神の名前を冠したニケ達がいてとても強かったんだって」
「スタルカーは!?」
「あの人のは通称。ストーカー、つまり案内人と呼んで欲しいっていう理由でそう名乗ってるんだ。トレパネーターやシュレディンガーもそう。まぁペンネームみたいなもんだね」
「そんなんでやってけるの!?」
「私たちはほとんど犯罪者集団だし全員通称にしてもいいんだけどやっぱりアイデンティティだから。ネパなんか顔のキズずっと残してる」
「どういう事?」
「彼女は量産型ニケだから、極端な話ボディの切り替えだけでなんとかなっちゃうんだ。ゲーム機本体が壊れたら新しいの買い替えるのと同じく、脳を新しく調達してきた体に移植するだけで治せるんだよ」
グレーチェンは続ける。
「でも彼女はそれをしない。あのキズが出来た事件を忘れないようにとか、それで覚醒した特異能力を誇りに思いたいっていう話」
「特異能力?」
「そっ、ニケは自身の願望に基づいた不思議な力が発現するの。特化型ならほぼ確実にね。それは戦闘向きである場合もあるし別にそうでない場合もある。例えばサンティグは手から窒素酸化物が出せるよ」
「よく分からないんだけど」
「彼女はガーデニングが好きだから肥料になるんだよ。でも使い方を誤ると火薬に早変わり」
「……」
「あなたは多分その髪がそうだね。スタルカーが言ってたけどすごく早く長く伸ばせるんでしょ?」
「覚えてない」
「鏡見せてあげる。髪をごっそり切り落とされてたはずだけど今は普通にキレイな髪をしてるから」
プラチナは鏡の前の自分に思わずウットリしてしまう。人間の頃も美人と言われることがあったが、まさかここまで変われるものなのだろうか?
「耽美系絶頂キメてるところ悪いんだけど、あなたの今後のことを言わなきゃだね。あなたは学校を卒業するまでの間、人間のフリをして生きなきゃいけないんだから」
「どうして……」
「ニケが今、どういう扱いを受けているかも教えようか?」
小馬鹿にした言い回しを避けたところに、グレーチェンの配慮が窺えるが、プラチナの顔色は赤から青に変わるまでそう時間は掛からなかった。
スタルカーは地上行きエレベーターを降りて、適当にデコイを撒いて座る。ラプチャーが寄ってこないように定期的な散布は必須だ。
風が吹いている。どこか悲しそうだ。泣いているのだろうか?
そんな詩的な物思いも出来ないほど、彼女は憔悴していた。
「ルカ、ルカなのか!?」
唐突に聞こえてきたのは懐かしい友の声。
「その声は、ネイト?!」
昔はボディコンシャスだったはずだが、今はコートにスーツとズボンである。黒一色で思わず唸ってしまいそうだ。
「コレか? 流石に三十年も地上で闘ってたら一張羅がボロボロになってな。街で適当に拝借したんだ」
「とても似合いますよ」
「だろぉ?!」
ニパってする笑顔まで飛び出す。彼女の精神は完全に復調したようだ。
「隣、失礼するぞ」
「どうぞ……」
ドスっと座り込みながら、ネイトは担いでいた荷物を降ろす。なんかの模型のようだが……
「今まで地上に?」
「ああ。ティアマト達と一緒にな」
「仲悪いんじゃなかったんですか?」
「まぁな。人生の先輩ヅラしてるから観察してたんだが、ありゃあ最近更年期障害かっていうくらいキレ散らかすからな」
「ぷっ」
ニケに更年期障害なんて起こるのだろうか? いや、多分ない。
「アイツや三姉妹達と一緒に生活してみたが、結局なんも分からなかったのが分かった」
「その割には生き生きしてるように見えますが?」
「問題はあいつらじゃなくてあたしにあるんだからな、コレが答えだよ!」
荷物の模型を軽く叩くネイト。
「それは?」
「『未来の技術展』に陳列されていた真空チューブ列車のスケールモデル」
「ちょっと意味が分からないですね」
「こいつはな、誰も居なくなった都市の博物館に、キレイなまま忘れ去られていた。見た瞬間、アタシの中に風が吹いたんだ。「これは自分なんだ」って泣きながら悟ったんだよ」
「つまり?」
「アタシはつまらない柵なんて打ち捨ててもいい。例え誰もいなくなっても構わないって」
「ん? 三十年前はチヤホヤされたいって言ってませんでした?」
「確かに言ってた」
「それって矛盾してますよね?」
「あの頃は誰かがアタシを持ち上げているのが当たり前だったからな。それが急に無くなって右往左往してたんだわ」
「ふむ」
「でもそれってつまりは、他人がいないと自分はなんの価値もないって思い込みな訳じゃん」
「社会的にみたら無価値じゃないんです?」
「実際そうなんだけど、でもそれは自分の能力を金に替える方法論に過ぎないわけよ?」
「そうですよね」
「地上だとさ、ラプチャーだろうが他のニケだろうがウマとかシカとか常時彷徨いてるが、己の裁量で好き勝手生きてるじゃないの」
それとこれとは話が違わないかと思わなくもないスタルカーだが黙って話を聞き続ける。
「生者にも死者にも縛られない確固たる自己、それが今のあたしの結論なんだ」
「むぅ」
「釈然としない感じか?」
「そりゃああれだけウダウダしてたのに真逆のスタンスに落ち着いたら拍子抜けですよ!?」
「それはお前も同じなんじゃないか、ルカ?」
「!?」
「お前のその髪の色の抜け様、相当無理したんじゃないのか?」
「……そうですよ! 泉会は無くなるし、ニケは迫害されて家畜同然の扱い。私達はアークに負けてはならないと必死に金を稼ぎました! 目障りな人間を殺してきましたよ!」
「あたしもお前と同じだよ」
「どこがですか!?」
「あたしもチャルチウィトリクエの何人かに襲われて殺さざるを得なかった。ティアマトは手出し無用と厳命していたのにもかかわらずだ。流石にあたしに累は及ばなかったがな。ヘレティックもそうだ。ラプチャーに操られるどころか嬉々としてあたし達を殺そうとしてくる奴等を特殊弾で返り討ちにしてやったさ」
「……」
「「そして過ちを犯した」」
被ってしまい互いに譲り合う。
「友を見捨ててしまった」
「一時の怒りに身を任せ少女をニケにしてしまった」
「思ったよりエグいなそれ」
「だから悩んでいるんですよ」
地上の天候は悪化していった。風はさらに強まり、雨まで降り始めた。
「あたしは全てをかなぐり捨てる覚悟を決めた。でもルカは多分逆の方がいいよ?」
「どういう理屈なんですか?!」
「例えば水に油が入ったとして、あたしは全部捨ててリセットする方が気が楽になった。でもお前はまわりに救われるタイプだと思う。逆に醤油や酒、みりんも入れちゃうんだよ!」
ハンマーで頭を殴られるがごとき衝撃だった。こんなにもあっさりと精神的苦痛を取り除かれるとは、道化師も唖然としている。
「今はもう居ないがマーガレット会長やケイト先生、メガネのふたり、今の知り合いも何もかも、お前が苦しむなら有形無形で力を貸すだろう? 勿論あたしもだ」
「なんとかなるでしょうか……」
「結果は変えられないが、きっとお前とそいつは変われるはずだ。まっ、あたしは三十年かかったからそれくらいでなんとかなるよう目指せよ?!」
「そんな無責任な」
「そのうち「ふわふわもち!!」とか言って仲直りするかもしれないじゃんか」
「絶対ないですから」
疾風に勁草を知る。
大いなる苦悶の末、再び悟りを啓いた大馬鹿者の女神は、今また憂悶の中にいる道化師に啓示を与えるのであった。
「今のアークはこうなってんのか」
「だいぶ様変わりしたでしょう?」
「そうだな……自分ちも久しぶりだが雑居ビルみたいに成り果ててまぁ」
遠目で旧自宅を見ていたネイト達は、入り口から出てくるプラチナブロンドの美少女を視界に入れた。しょんぼりとした面持ちのプラチナだったが、これに気付いたスタルカーは一旦逃げた。顔を合わせるたびに戦いなどしていられない。況してや戦闘用ボディを換装していなかったので今度は殺しかねなかった。
「ったくルカはコンビニでも寄り道かあ?」
ぶっきらぼうに独語しながら通り過ぎようとするネイトに、プラチナは息を呑んだ。
(なにこの人!? 顔が良すぎる!!)
すらりと伸びた長身に蒼い髪、黒に統一された出立ちは少女の目を釘付けにしていた。奥のエレベーターに乗り込んだネイトは軽くウインクしてそのまま去っていったのを、振り向いたプラチナはしばらく蕩然として見送ったのである。
「旧友との再会がわたくしを救いました。アレがなければわたくしは罪の意識に押し潰されていたでしょうね。むしろその方がアークにすれば良かったかもしれませんが。わたくしは再び思考転換を起こしましたが、今考えるに恩師ふたりの性質を程よく取り入れた考え方にシフト出来たと思います」
九時間にも渡る回顧録を聴かされ続けた指揮官は疲労の極みにあり、睡魔が襲いつつあった。道化師は微笑みながらこう言って終いにした。
「こうして今日、わたくしは貴方と出逢い、こうして簡単にですがお話をさせて頂きました。これにて終いでございます、ご清聴ありがとうございました」
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