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勝利の女神:NIKKE 稗史:或る異端者たちの愛(16)

それが強みとは思えません。
自意識過剰ではないでしょうか?

圧迫面接の一例

 アーク中心部にある最高級ホテルの高層階に店を構えるレストラン。煌びやかに見えるアーク市内を一望しながら異性を口説けばゴールイン間違いなしのデートスポットでもある。
 そこで副司令官達が優雅なディナーを食べつつ話題に上げているのは、最近活躍している指揮官達の事である。ピンからキリまで指揮官がいるなかで、トップクラスの指揮官達はやはり皆経験年数が長い。その中で中堅どころを囲い込んで徒党を組んでいる者もいれば、孤高を保つ者もいる。ひろく一般的に雇用されている以外のニケを独自に雇用しているケースも多い。
 彼らが最前線でラプチャーを狩り続けているのであるが、人数に比して地球は広く、ラプチャーは多すぎた。なので、彼らを迂回する様にラプチャーが動けば前線も下げざるを得ず、泥沼の陣取り合戦が延々と続くのである。

 中堅どころで、つとにイキの良い指揮官のひとりとしてイスカンダルの名が上がった。
「コイツ最前線に行けっていうと露骨に嫌がるんだよな」
「か、彼は皆が報酬に見合わないと嫌がる後方任務を進んでやってくれるので助かっているよ」
 「無理をしない性格なのかな?指揮するニケの傾向と損耗率を見比べると、手持ちの量産型ニケが多い時ほど後方任務を選ぶことが多いようだ。前線に行く時ほどニケの質を重要視しているね」

 思い思いに感想を述べ合う中で、飽くまでアドバイザーとして同席していたイングリッドに話が振られる。彼女はデータをいくらか参照すると、彼をこう評した。
「ニケを損いたくないという吝嗇さが滲み出ているな」
「ニケに対して愛情を感じているというやつか?」
「いや、出撃しているニケは大体固定化している。こういう場合、お気に入りというよりも嫌いなものを排除し続けた結果だろう」
「そ、そうだと一体どうなるのか?」
「グループが出来上がる。彼の意思に添い、忠実な者だけのな。この中に新しく入る者は適応ないし迎合すれば強力な力を得られるだろう。逆に反発すれば村八分だ」

 そう、これこそがイスカンダルが秘めている魔であり、将才でもある。名付けるならば、王の仲間ヘタイロイ
 自分にとって好ましい者には相互に力を尽くし合い、好ましからざる者にはトコトン冷酷な振る舞いになる。強烈な自己愛と、他者への理解や共感性の薄さが生んだ力である。
 これは対象者が企業家や教師など上下関係にかかわる者だと、その術理を把握し易く効果が薄くなりやすい。例えばヤンやルピーは彼の指揮について「表向きは言い方も態度も丁寧なんだけど、何が何でも自分の言うことを聞けと言われている気がする」と、口にはしないが思っている。反対にマキャベリストなドラーは、そういう本音を理解した上で上手く付き合えるようだ。彼が望むものを与えれば、リターンは確実だからである。

 「彼を昇進させると発生するメリットとデメリットは?」
「メリットなどあるものか。ますます図に乗っていう事を聞かなくなる」
「地味な仕事をさせ続けることで突出した昇進を防ぐことも出来よう」
「む、寧ろ戦略眼を活かせるポジションにつかせてみたい。彼のお陰でだいぶ地上の維持が容易になった」
「……それならば丁度いい場がある。冷飯を食わせつつ、新しい風を起こせるか彼の才覚次第で決まる戦場がね」


 これまでの戦績を想像以上に高く評価されて、イスカンダルは昇進することになった。彼は宿舎の自室でひとり寂しく万歳三唱する。
 後日勲章の授与と新しい辞令が言い渡されるらしく、それまでの数日間は休暇を頂いた。「帰ろう、帰ればまた来られるから」などと言い訳して、結構フリーダムに休んだりしているのでなんのこっちゃという感じではある。

 彼のある日の午前は、更生館のニケへの面談が予定されていた。更生館に行くためのエレベーターを調べると、いつぞやのタクシー運転手ニケから教えてもらった場所だった。
「もしかして囚人だったのかなぁ?」
 その答えは更生館に着いて、担当官から今日の面談ニケのリストをもらって確信へと変わった。
 相手のニケはクエンシーとギルティ、そしてシンだった。
「さあ、かかってこい!」とイスカンダルは頬を両手で強めに叩く。
 最初のニケはクエンシーと言うらしい。注意事項は「絶対によそ見をしないで下さい」!?
 職員にどういうことか聞くと、あっという間に部屋から抜け出すそうな。彼は俄には信じがたい話だなぁと慢心していた。
「失礼しまーす」
 凡そ教官とは思えない第一声だが、部屋を見渡すと彼女が、居ない。居ないのである!!?
 彼はすぐにドアを閉め職員を呼ぶ。しかし苦笑するばかりでどうにもならない。大体こういう展開になるらしい。
「面談終了しますか?」
「もうちょっと探してみます」
 イスカンダルは意を決して、部屋へと戻った。入り口は塞いだので、あとはひたすら探し回る事にした。テーブルの裏から壁までありとあらゆるものを見たり触ったりしてみたが、変化は……あった。
 テーブル下に床下点検口を発見!開けるとクエンシーが丸まって隠れていた。
「あちゃ〜見つかっちゃった!」
「何故そんなところに?」
「うーんとね、あなたが諦めて帰る頃にドアから出ればいいかなと思ったんだけど、中々しつこいね」
「かくれんぼ、得意だったんだ。子供の頃ね」
 クエンシーは話してみると人懐っこくてとても良い子だったので、彼は合格印を捺してあげる事にした。これが一定数集まると更生したと認められて晴れて自由の身という塩梅だ。

 次はギルティだ。注意事項は「絶対に身体接触しない事」と「絶対に手錠を外さない事」である。
 困ったら職員に聞けば良い。彼女は怪力持ちで、触るだけでもケガの元なので触るなということだそうな。
「失礼しまーす」
 相変わらず気の抜けた挨拶をするイスカンダルだが、今回は面談相手がいて多少安心した。だが、ギルティはダンマリを決め込んでいた。
「私が今日の担当官のイスカンダルです。ギルティさんで間違いありませんか?」
「……そうよぉ」
「今日は虫の居所が悪いんですかね?まぁいいや」
 ここで「まぁいいや」なんていうのはコイツくらいなものである。
 ギルティはここまで指揮官を7人ほど整形外科送りにしていた。手枷を外して触らせたりするからである。怒られるし社会復帰は遠のくしで気分もダウンである。
 これに対し、イスカンダルは別段好意も何も感じさせない、極めてマニュアルに忠実な面談を冒頭はする事にした。
「ラプチャーが味方に襲いかかりそうです。あなたはどうしますか?」
「ラプチャーをミンチにするわぁ」
「味方にフォローとかします?」
「別にしないし、出来ないと思うわぁ。引っ張り上げようとしたら上半身が千切れたりするだろうから」
「ギルティさん、実はとても優しいんですねぇ」
 ここで要らないリップサービスをするのが彼のワルイ所である。しかしギルティはこの手の話は本気にするので、既に好感度は爆上がりし始めていた。

「わたしぃ、嘘は嫌いなのよ。でも周りの人もニケも嘘吐きばかりで嫌になっちゃう……」
「なるほど〜」
「あなたは嘘つくのはどう思うぅ?」
「ウソはよくないね。真面目に生きるのが1番!」
「私も真面目に生きたいのよぉ、でもこの力のせいで……」
「そっか。でも使い方次第だよきっと。工事現場とか大喜びじゃない?」
「箸やスプーンも使えないし」
「食べさせて貰えばいいじゃん」
「でも私はニケよぉ?」
「でも仲間にはなれるよ」
 あんまり深く考えずポンポン調子のいい事しか言わないーーしかも困ったことに裏が全くないときているーー彼に、ギルティが心酔するのも時間の問題であった。

「今日はトークの冴えがいい気がするぞ。いつものフー活でもこれくらい喋れればいいんだけどなぁ……」
 最後はシンだ。注意事項は「絶対に長時間会話しない事」と「絶対にマスク型コンバーターを外さない事」だ。
(コンバーターだって!?やっと当たりを引いたぞ。今日はついているかも!)
 ガッツポーズするイスカンダルであった。
 しかしながら、最後の最後でその希望は打ち砕かれることとなる。
「失礼しまーす」
「どうぞ〜」
 シンはニコニコしながら返事を返すので、イスカンダルも好印象だ。だがこのニケは彼の常識を遥かに超える曲者であった。
 ある程度話をしてみたが、なんかのらりくらり話のスジを変えられている気がしてきた彼は、例のスレッドの話を切り出してみた。
「個人的な話に話題を変えるのですが、これに見覚えは?」
 はぐらかされたら、もっと突っ込んでやるつもりだ。だが……
「覚えてないわね〜」
 確かにシンは記憶を消去されたので、その事を覚えている訳がないのだ。彼はガッカリしてしまう。
「そんなぁ……何とか思い出してくださいよぉ」
「そもそも指揮官は私を面談して、更生させるのが仕事なんじゃないの〜?これじゃあなたの探偵ごっこに付き合わされてるだけよね?マイナス10て〜ん」
「ぐぬぬ」
 正論すぎてぐうの音も出ない。お嬢探しが暗礁に乗り上げたショックが大きく、それ以降はほとんど思考回路が働かなくなっていた。ちなみに後日面談ファイルを見返したら記憶にない合格印がバッチリ捺されていた。

 結局、普通に面談をしただけに終わった……
 彼女達を雇用出来るメリットは少なくないが、癖が強く今のメンツと仲良く出来るだろうか?もう少し面談を進めてからでもいいが、考えておいた方がいいかなと、イスカンダルは手帳に3人の為人などを書いていった。

 面談が終わったら即自宅に帰りゴロゴロする。当てが外れてしまったが、まだドラーから買ったリストがある。それを見ながら、これをどうやって調査に活かすか思案していたら、メッセンジャーに誰かアクセスしてきた。
「誰だ誰だ〜?」
 Kみたいなものの言い方をしながら見てみると、なんとミシリス・インダストリーCEOであるシュエン本人からのメッセージである!なお、指揮官のメッセンジャーIDはアークの全市民に白日の下に晒されており、その気になれば誰でもアクセス可能なのだ。
「ちょっとあなた!私のために働く気はない?」
「大変有り難いですが今忙しいので失礼します〜」
 この様なやりとりを何回か繰り返しながら、彼はいつぞやDが言っていた言葉を思い出した。
(折角なので一発ゴーマンかましてみるか)
「ところでCEO、御社にサヨコという人がニケになりに来ませんでしたか?」
「ハァ!?私が鉄くずの事なんていちいち覚えてる訳ないでしょう!たとえ知っていてもそこらの指揮官風情に言わないわよ!!」
「いや〜、彼女は私の知り合いなんですけれど、この臓器売買のリストに名前がバッチリ載っているので」
 ドラーから買ったリストを添付する。よくよく考えたらこういうのって守秘義務とかで名称とかぼかしそうなもんだよなぁ、と思わなくもない。
 既読がついてから暫く動きがなかったが、数分後に一斉に返事が来た。
「ちょっとこれはどういう事?!」
「なんであなたがこういうものを持っているわけ?!」
「先に情報教えてくれなければ、テトラネットのニュースサイトにタレ込んじゃうかもです」
 またも沈黙。真面目に調べてるなと彼は読んでいた。
「情報提供は名前のみ可能。これで妥協しなさい」
「サヨコという人間は確かにミシリス・インダストリーでニケになった。その際、名前をナイチンゲールに改名したわ。以上」
「健在ですか?それがわからなければ意味がないので」
「死んではいない」
 現在地も知りたいが恐らくは無理だろうとイスカンダルは考え、ここで手打ちにすることにした。
「ブラックネットに流出していた情報だそうです」
「情報提供に感謝するわ」
 シュエンは指揮官に仕事を依頼をするはずが、会社のスキャンダルに繋がりかねない案件を処理する羽目に陥り、指揮官どころでは無くなった。

 イスカンダルは瞠目した。サヨコお嬢様がアマリリスがよく言っていたナイチンゲールであったとは!
 しかも彼女は少し前に指揮官殺しの罪で記憶消去の刑を受け更生館に収監されている!ネットを漁ったら鳥やモビルスーツばかりで、なんとか政府公報のすみっこに載っていた。調べてみるものだ。
 今すぐにでも会いに行きたいが、更生ニケにも該当しないし、面会依頼にも更生館側がすぐに応じない。
 ヤキモキしながら、新たな辞令を受け取る日がやってきた。
「イスカンダル指揮官!貴官に地上に於ける東部戦線司令拠点の整備を命ずる」
「どういう任務なんですか?」
「基地となる場所の選定から何から何までやれる、やり甲斐のある任務だよ」
「ちなみに任期とかは……」
「最低三ヶ月。半年以内に結果出してね?以上」

 地上に三ヶ月以上もほっぽり出すと?!
 昇進は戦死による二階級特進の前渡しか!?
 ゴールは目前なのにサヨコお嬢に会いに行けないし!!

 去来する雑念に目眩が止まらない。イスカンダルは退室後思い切り叫んだ。
「ヴェアアアアアア!ヤダ--ー--!!」

 最前線からの救出任務から一月ちょっと経った。未だにあの辺りは火勢が衰えず、火や熱をものともしない一部のラプチャーが浸透してくるのを迎撃するのが恒例となっていた。

 それとは関係なく、士官学校を卒業した新たな指揮官達がさっそく死地に送られて行く。アンダーソン副司令官によって適当に派遣された、とある指揮官もそのひとりである……はずだった。

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