ご近所ミステリー20 上級住民

あらすじ:
 今春高校を退職した元校長の福良利一郎には密かな野心があった。それに向かって進もうとするが、彼は相次ぐ嫌がらせに見舞われた。目的を達成するために彼は我慢をし続けるが、思いもよらぬ展開が待ち受けていた。
ご近所ミステリー第二十弾です。読んで頂ければ幸いです。
※なおご近所ミステリー第一弾から第十一弾は「#ミステリー小説部門」にもあります。

数か月前、県内でも有名進学校を退職した元校長の福良利一郎は悶々とした日々を過ごしていた。他の管理職の同僚は、教育委員会の嘱託や元の勤務校で若手の教育係や生徒指導補助など再就職をしている者もいるが、利一郎はそのような連中を冷めた目で見ていた。
利一郎は第二の人生は今まで暮らしていた地域のお役に立つような仕事に関わりたいと言う。表向きはそうだが、実のところ地域で何か名を残すことをして、まずは市議会議員になり、さらに県会議員あわよくば国政にも参加したいと思っており、出来るだけ早く動きたいと思っているのだ。
しかしながら、待てど暮らせど、彼を頼りにする声がどこからもかかってこないのだった。先日、いきなり狡猾そうな高齢の自治会長が訪ねて来たものだから、次期自治会長を引き受けてもらえないかと言う依頼と思い、一瞬どう答えようか迷ったが、小学生の登下校の見回りに加わってもらえないかという依頼だった。利一郎は頭をさっと切り替え
「他にも、二、三頼まれている仕事があるので、せっかくの仕事ですが遠慮します」
と残念そうな顔を作って言った。
だが、その数日後自治会長がまたやって来て、自治会のリサイクル回収係や独居老人の定期訪問の手伝いを頼まれたが、「多忙」を理由に断った。そのような依頼が来るたびに、利一郎は<オレは県内の有名進学校の元校長でいわゆる「上級住民」だぞ。そのような仕事しかないのか>と最近耳にするようになった上級国民と言う言葉を捩りながら思うのだった。
 これらの依頼を断ったことが近所の住民の耳に入ったのか、いつも夕方近所を散歩していた利一郎はすれ違う近隣住民から何となく冷ややかな視線を感じるようになった。このままだと彼自身がこの地域で埋没しそうだったので、自分を鼓舞するため妻春枝の反対を押し切り利一郎は車を買い替えることにした。それもただ買い替えるだけでは、新たなエネルギーを吹き込むことは出来ぬと思い、思い切ってベントレーを購入した。子供もいないうえ三歳年下の春枝はまだ高校の教員として働いており、カネなら今までの貯えに加え退職金を使えば問題は無かった。だが、近所の住民には薄っぺらい人間だと思われたことを利一郎は気づかなかった。
 少しして利一郎は自宅周辺の散歩に何となく抵抗感を覚え、毎日の散歩は数キロ離れたモールの駐車場にベントレーを停めモールの近辺を散歩することにした。

 そんなある日、自治会の臨時総会についての回覧板が回って来た。議題は「一方通行について」としか書いていなかったが、多忙なうえ腰痛持ちの妻のかわりに利一郎が出席することにした。
 総会では、市の道路課は自治会内の一部の道路を一方通行にする方針であるが、地元の住民の承諾を得たいという旨が伝えられた。自治会長は多少の不便を被る住民もいるが、大局的にはやむを得ない処置かと思うと意思表明をした。ただ冷却期間が必要なら来週再度開きましょうとも言い添えたが、特に反対も無かったので総会として了承となった。司会役の三十代半ばの女性が会の終了を言おうとした時、ある女性がさっと手をあげ
 「今日の議題とは関係はありませんが、大多数の方々がお集まりになってますので、一つお諮りしたいことがあります」
と言った。水川あさみ似のよろず相談担当の石岡夏希だった。何を言い出すのかと怪訝な顔をする住民もいたが、彼女はそのようなことには頓着せず
 「この自治会でも登校拒否や家庭内暴力やプチ家出など様々な問題を抱えているご家庭もあります。そういったご家庭が教育委員会に相談しようと思っても敷居が高いこともあると思います。そこで、教育相談担当と言う役職を設け教育相談ばかりでなく教育委員会とのパイプ役をしてもらってはどうかと思うのです。その担当者としてここにおられる福良利一郎さんにお願いしようと思います。福良さんはこの春県立高校を校長で退職され、ご経験も豊富です。この場をお借りして皆さんのご承認を頂けたらと思うのですが」
と言った。司会は何でもいいから承認して早く総会を終わらせようという出席者の空気を読み
 「よろず相談担当の石岡さんの提案、ご承認で良いでしょうか?」
と言うと
 「異議なし」
と言う声が二、三あがったので
 「異議なしと認めます」
と司会は言い総会は終了し、そのあっけなさに当の利一郎は驚いた。
 実はその一週間前、利一郎は石岡夏希の突然の訪問を受けていた。その時、夏希は総会で言ったことを利一郎に話し、教育相談担当をぜひ受けてもらうよう依頼していた。利一郎は彼女の意図があまりよく分からなかったが、直接相談に乗らなくとも教育委員会とのパイプ役になってもらえばいいと言うのでとりあえず了解した。ただ落ち着いて考えれば県立高校の監督庁は県教育委員会で、市の教育委員会ではなかった。それに自治会の教育相談という役職は彼の第二の人生のスタートの足場としては物足りなかったが、小股が切れ上がったいい女である石岡夏希とコンタクトを持てることもあり、それほど悪くはないと思った。
 その後、何度か夏希のところに届けられる相談内容が利一郎にメールで送られてきた。内容としては、彼女が総会で言ったような問題だったが、夏希のメールからは利一郎が直接相談を受けたり教育委員会へ持ち込む必要はないように思われた。

 ところが、他でもない利一郎自身に奇妙なことが相次いで起こったのである。
 いつものようにモールにベントレーを停めて散歩に出ようとしたところ、いきなり助手席のドアが開き若い女が乗り込んできて
 「どこでもいいから早くホテルに行って。次のお客が待ってるので急いでよ。それに二時間後に駅前まで送ってほしいの」
といきなり言うのだった。訳が分からずびっくりした利一郎は
 「ええ?あんた、誰?」
と聞き返したが、若い女性もビックリしたようで
 「何言ってるの?そういう話じゃないの?」
とあっけにとられた顔をしていた。利一郎は
 「とにかく降りてくれ!何かの間違いだ!」
と言って舌打ちをする女を追い出した。女は周りをキョロキョロ見回しながら消えて行った。変な女から解放されてホッとし、女が誰かと勘違いしたと思ったが、もしこのベントレーが目印になっていたとすれば、ネットを介した誰かの指示で乗り込んできたのかもしれなかった。
 さらに数日後の夕方、何度か家の電話が鳴った。その都度、春枝が出たが
 「何言ってるんですか?間違い電話ですよ!」
などと言うのを耳にした。春枝に電話の内容を聞くと
 「いきなり時給なのか、日給なのかとか。前払いか後払いか?旅行費や宿泊費など出るんだろうな?って訳の分からない事を言うのよ」
と何故か利一郎を睨みながら言った。利一郎はベントレーに乗り込んで来た若い女のことを思い出したが、春枝の話ではそれとは直接関係はなさそうだった。
 そのようなことがあった数日後、朝刊を取ろうと外に出ると犬を連れて早朝の散歩をしていた老人と目が合い朝の挨拶をすると、その老人に
 「お宅の郵便受けの横に何か小さなポスターのような写真が貼られてますがお気づきですか?」
と利一郎は言われた。不思議な気分で道路に出て、郵便受けの側面を見ると確かに写真のようなものがあった。それは大きなポスターを転写したB5サイズの写真だった。それには「男性募集」と言う見出しの下に「リッチな超熟女とゴージャスな食事や旅行をしませんか。高額保証!」とあり連絡先に利一郎宅の電話番号が映し込まれていた。
 さらにいわゆる架空請求書の封書も舞い込んできた。
 明らかに誰かの嫌がらせに他ならなかった。不安な表情の春枝の顔を見るたび警察に相談だけでもしようと思ったが、どの件も人前では話せないような内容なので思いとどまった。むしろこんなことが、もし近所中の噂の的になってしまうと、密かに準備をしているこれからの第二の人生に支障をきたすと思ったからだ。
 
利一郎は教育相談担当になったものの、未だに近所で冷ややかな視線を投げられることを思うとあまり好感を持たれている人物ではないことをいやでも実感させられた。
ただ、なぜこのような嫌なことが相次いで起こるのか考えていた。ハッキリしていることは夏希が訪ねてきた頃から始まっているということだ。考えればいきなり訪ねてきて教育相談担当になってもらいたいと言われたと思ったら、総会で唐突に決まったこと自体変と言えば変だ。ただ、そそる色気のある夏希に男としての迷い心があったことは事実だが、夏希に恨まれる心当たりは無かった。
もともと子供が好きでない利一郎だが、職場では管理職になるため人一倍恨みを買わないようにやって来た。恨みを買っているとしてもどこでなのか分からないのである。もしそれが学校現場とすると、校長として命じた家庭謹慎に対する生徒や保護者からの反感や恨みなどが考えられるが、利一郎はうまく立ち回り、新卒の頃から校長になるまで殆ど進学校に勤務していたので、困難校の校長のように喧嘩、カツアゲ、バイク乗車などのやっかいな事例で処分を言い渡すことは無く、あるとしてもカンニングでの家庭謹慎くらいだった。
この地域に住む夏希にもし子供がいて、利一郎がかつて勤務していた高校に在籍していたのか、念のため段ボール箱にしまってある数十冊の手帳の生徒指導の予定表などを見たが、石岡の名前は無かった。

そんなある日、春枝から夕食のテイクアウトを頼まれたので、ルーティーンの散歩の後、モールのフードコートに行きハンバーグ弁当を二つ購入するために並んだ。その時彼の目の前にいる二人の女性の会話が彼の耳に入って来るのだった。
「どうなの?きちんとケリが付いたの?」
「いやあ、そうでもないのよ。あいつ、しつこくてね。和彦も参ってるのよ」
「芳子さん、あなたも大変ね」
などと話している二人を利一郎は後ろから凝視していた。夏希だった。相手の女性は確か総会で司会をしていた女性だった。
 「あなたの方はうまく行ってるの?」
と聞かれた夏希は
 「行ってる訳ないでしょ。ウチも大変なのよ」
などと話していたが、利一郎は二人に気づかれないようにそっとその場を離れた。だが、彼女たちが親しい知り合いで、あの総会で司会をしていた女性は芳子だという事を知った。その芳子は息子のことで困っているように思われた。
 何であれ利一郎は一度夏希と会ってみるのも面白いと思い、彼女の色香を想いながらメールをした。特にこれと言った用件のない彼のメールに早速彼のスマホが振動していた。

 翌日、利一郎はモールの中で一番お洒落な喫茶店で夏希を待った。出来ることなら夏希と隣り合って座りたかったが、人の目もあるし、第一まだその段階ではなかった。夏希は時間通りに来て、利一郎のモカが来る前に席についた。すぐ「どんな用件ですか?」と訊くと思ったが、しばらく何も言わず奇妙な沈黙があった。利一郎は息苦しさを覚え
 「このモールの駐車場で変なことがあったんですよ」
と先日ベントレーにいきなり乗り込んで来た若い女の話や自宅の郵便受けの側面に貼られていた奇妙な写真について、夏希に話した。彼女は特に表情を変えるわけでもなく
 「そうですか。そんなこともあったんですか。あなたは敵が多いですからね」
と意味深なことを言って彼女はキリマンジャロを飲んだ。
 「一つ気になってることがあるんですが、あなたは僕に教育相談担当になってもらいたいと自宅に来ましたが、どうしてそれが僕なのか未だに不思議なんです」
 「それはあなたが公立高校の元校長だと近所では有名だったからですよ」
 「それだけですか?」
 「教育者としての人望も経験もあるからですわ」
 「とんでもない。僕は現職の頃は、校長という立場上一目置かれていたかもしれませんが、人物的には誰も寄って来ないつまらない人間ですよ。それに僕が教育相談担当になった時も急に決まり変な感じがしましたけど、あの時の司会者とあなたは親しい関係ですよね。先日、お二人をモールのフードコートで見かけましたよ」
 「要するに、私が司会者と組んであなたを教育相談担当に無理やりさせたと言いたいの?」
と夏希はそれがどうしたのと言わんばかりな口調だった。とにかく夏希は呑み込みが早く油断ならない女だと利一郎は思った。さらに夏希は
 「でもそんなことをして何の利益になるんですか?」
と言った。
 「そうですよね、確かに」
と利一郎はそれ以上言えなかったので、少し話題を変えた。
「教育相談担当になりましたが、ホント名ばかりで何も仕事が来ないのも奇妙な気もするんです。尤も自分が信頼されるような人物でないことは分かってますけどね」
と利一郎は言ったが、後半部分は真実だった。
 「ま、相談は相変わらず私のところに来てますけれど、最近はお隣の家のドアや車のドアの開け閉めの音がうるさいとか夜中のガレージの開け閉めに安眠が妨害されるなどと言う相談ばかりです」
 「それは厄介な問題ですね」
 「私の亭主との冷えた夫婦関係よりはずっとマシですわ」
と自嘲気味に言いながらチラッと彼の目を見た。利一郎は素早く
 「それについてはウチも同じです。妻は私に無表情で必要最小限のことしか話しませんが、電話で生徒と話している時はルンルンですよ」
と言って夏希の笑いを取ったと思ったが、夏希はうつむいたままキリマンジャロを口に含んでいた。利一郎はその空気感が意外だった。少しして
 「あなたは根は高慢ちきだと聞いてましたけど、結構面白い人ですね」
と夏希は言ったものの、呼び出された用件を聞きはしなかった。
 「またこうしてお茶したいですね」
と利一郎は素早く言って席を立ち、<あとはメールでやればいい>と思った。そして実際、その後のメールのやり取りは二人の気持ちだけでなく肉体的にも接近させ、一線を超えるのに時間はかからなかった。
  
相変わらず春枝は毎日学校から「宿題」を持って帰って来る。普通は夕食後、居間から欠席の生徒宅に電話をするのがルーティーンだった。だが、夕食の支度時や夕食時にかかってくることもあり、夕食が定時に食べられないこともしばしだった。特に欠席が多いと成績が良くとも進級不可になるので春枝も保護者への連絡が大変なようだった。生徒の深刻な事態を保護者に伝えるために深夜に電話することもあるし、保護者が出勤する前の早朝五時頃電話をしていることもあったが、それを苦にしているようには見えなかった。
昨夜の事だった。歳のせいか毎晩二回ほどトイレに起きる利一郎だったが、その夜は隣りの寝室から春枝の声が聞こえて来た。深夜の事もあるのだろうが、その日の春枝の声はいつもの口調とは異なっており、何か憚るようにひそひそと話しているようだった。
 「~してません」
 「~ではないです」  
 「~ないでください」
などと言っていた。声を潜めているのでよく聞こえなかったが、保護者にどことなく釈明しているようだった。
さらに翌日の夜もトイレに立つと、昨夜と同じように隣りの寝室から声が聞こえて来たので、そっと寝室に近づき耳をすました。
 「~君とは会ってません」  
 「~君とそんな~ではないです」
 「~ヒコ君とは~」
などとはっきり聞こえなかったが、昨夜と同じ保護者に釈明しているようだった。ただ、何とかヒコ君と言う名前を耳にしたが、どこかで耳にした名前の気がした。その夜はもう眠りに就けなかった。利一郎と春枝の間には子供がなかった。利一郎はそれが当たり前としてやってきたが、春枝は子供が欲しかったのかもしれない。春枝があの歳になっても担任をして毎晩飽きもせず欠席した生徒に電話をしているのは、仕事と言うよりは心配でそうせざるをえないのかもしれない。ひょっとして、その気持ちが昂じて六十近い春枝が若過ぎる生徒に特別な気持ちを持ったのかもしれないとも思った。 

 一方、利一郎はいろんな不思議なことが起こる中でも密かにそして強かに動いていた。半年後には市議会議員選挙が行われる。彼は自分が住んでいる地域を地盤にしている市会議員の小山田一男が今期で勇退することを同期の校長から知らされていた。その校長は大学の後輩で、小山田一男と懇意だった。その関係で利一郎は小山田一男に紹介してもらった。それ以降、時間があれば小山田の事務所にもしばしば足を運んでいた。小山田は、利一郎が市内にある多くの県立高校に勤務していたことに注目していた。人間的には箸にも棒にもかからない利一郎でも選挙ポスターなどの経歴にそれらの高校の名が載れば卒業生が票を入れてくれる可能性も大きい。
彼自身も近所の住民に対するのとは異なり、終始低姿勢で小山田に接近していた。その彼の熱意が通じたのか、一か月後に行われる小山田の議会報告会に、後援会長や彼を支持するいくつかの団体の長達とともに利一郎の席がひな壇に用意されることになった。そのことを小山田から知らされた時、嬉しさで身震いする自分を感じた。

 その数日後の朝、ドアのベルが鳴った。春枝は出勤の支度に忙しくしていたので、利一郎が出ると警察官が二人立っていた。驚いた利一郎に警察官の一人はビックリするようなことを言った。
 「この地域にお住いの石岡夏希さんをご存知ですよね」
 「ええ。同じ自治会でよろず相談担当をされています」
「その方に対する迷惑行為、いわゆるストーカー行為をやめてもらいたいというお願いに来たのですが、とにかく事情を聴かせていただけますか」
「ええ!?」
利一郎は腰を抜かすくらいビックリした。
 「本人からの願いなんですか?!」
 「う~ん、本人は体調を崩していて、代理人からの依頼です。入っていいでしょうか、それとも署に来ていただけますか?」
 「何言ってるんですか?何かの間違いだ!」
と言ったが、警察官は利一郎の言う事を聞こうとはしなかった。それに激怒した利一郎は思わず
「おい!オレを誰だと思ってるんだ。お前らとは違うんだぞ!」
と大声で警察官と言い合ってると、いつの間にか利一郎の家の周りは黒山の人だかりになっていた。そこへ夏希が駆け付け、警官と声を荒らげ話をしていた。その後、利一郎ではなく夏希がパトカーに乗り込み消えて行った。しばらくして周りを見ると殆どの住民はもういなくなっていた。唖然としている利一郎をチラッと見ながら、何事も無かったかのように春枝は無言のまま車に乗り込み学校へ行った。

 その日の午後、長いメールが利一郎のスマホに入っていた。夏希からだった。
 「利一郎さん、今朝随分驚かれたことでしょう。何から言えばいいのか分からないけれど、私が知っていることを言うわ。自治会長は現市議会議員小山田一男の後継者を目指していたの。でも今春退職したあなたが小山田の後釜を狙っていることを察知したのよ。それで「慇懃無礼で人を見下すようなあんな人間をこの地盤から出馬させてはならん」という事で、自治会長派の何人かがあなたにいろんなスキャンダラスなイヤガラセをしてたのよ。
私も芳子も仲間に入るように説得され、あなたを教育相談担当にするように言われたの。司会役として芳子も協力し、あの総会ですぐさま承認されたというわけ。教育相談担当だとちょっとしたスキャンダルでも信頼はがた落ちになるし、イメージダウンというダメージも大きいと思ったのね。
それにね、芳子には特別な理由もあったの。芳子の一人息子の和彦君があなたの奥さんからしつこく言い寄られていたのよ。芳子は教育委員会に相談したかったけれど、絶対もみ消されると思ったし、成績面で不当な扱いを受けると思い我慢してたの。それに和彦君とあなたの奥さんとの事が公になると、もうここには住んでいられないとも思ってたの。それで芳子は何度もあなたの奥さんに止めてもらうように懇願してたみたいよ。気づかなかった?
しかも、彼女の夫であるあなたと私があのような関係になり何度も逢っていたことを芳子は近所の噂で知ったみたい。それで完全にキレた芳子は、勝手に私の代理人になって「親友の石岡夏希は福良利一郎からストーカーまがいのハラスメントを受けており、とにかく事情を聞いてもらいたい」などと奥さんへの腹いせに警察に言ったみたいなの。あの日の朝、警察から確認の電話があり、ビックリした私はあなたの家に駆け付け、事情を話すためにパトカーに乗り込んだという訳なの。あの騒動で奥さんもきっと自分を取り戻すと思うわ。芳子も爆発はしたけど、これからは少しは冷静に対処すると思うの」
という長いメールを目を丸くしながら利一郎は読んでいた。呆然とした利一郎の頭には咀嚼できないほどの内容だった。そんな彼にさらにメールが届いた。
 「別居していた主人がよりを戻すために帰ってくるの。でももう彼とは一緒に暮らせないので、大学生の娘と家を出るつもり。あなたとはもう逢えないかもしれないけどお元気でね♡」
とあった。子供のように利一郎は♡マークをいつまでも眺めていた。

 その後、小山田一男の議会報告会が行われたが、利一郎が座る予定だったひな壇上の席には自治会長が終始笑みをかみ殺したような表情で座っていた。 


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