ご近所ミステリー18恭香ちゃんのスイリ

あらすじ:
 ミステリー好きの小学三年生の泉恭香ちゃんは幼馴染の悟君から猫が死んでいたと言われ、一緒にその現場に行ってみた。その時、悟君は思いもよらないことをした。悟君の行為に驚き思わず悟君を引っぱたいてしまった恭香ちゃんだったが、その日以降、悟君は学校を休み始めた。恭香ちゃんは彼女なりに様々な疑問に対しいろいろと推理するのだが・・・
ご近所ミステリー第十八弾です。読んで頂ければ幸いです。
※ご近所ミステリー第一弾から第十一弾は「#ミステリー小説部門」にもあります。

私、泉恭香小学三年生。人は私の名前について昔の文学者にそのような名前の人がいたなと喋ってるのをよく聞くけど私にはよく分からない。
そんなことよりも、いつだったか誰かが「人は誰でも何か特技があるもんだ」と言うのを聞いたことがあるけれど、それは本当だと思うわ。それにこう見えても私はミステリーが大好きなの。パパやママが本を読んでいるのを見たことはないけれど、時間があればシリーズの「ズッコケ三人組」や「少年探偵団」など読んでるの。そのおかげか、難しい言葉も割と知ってるの。それに、ママはよくお釣りを間違えるけれど私は算数はそれほど苦手ではないし、体育も得意じゃないけど体を動かすのは好きだし、絵を描くのも好き。この間なんか、クラスで描いた絵を持って帰ると、パパはとても上手で絵の才能があるんじゃないかと言ってその絵を玄関に飾ってるの。絵心のないパパ、ママなのに私に絵の才能がある訳ないのにね。ま、とにかく学校の成績などは人並みで問題は無いかナ。
学校生活は給食もおいしいし、仲の良い友達もいるので楽しいわ。特に仲の良い友達がいて、私は仲良し五人組って言ってるの。その中でも特に仲が良いのは悟君なの。悟君とは家も近いし幼馴染なの。でもね、私の近所でも少子化のためか、私と同学年の子供は悟君しかいないんだけど、最近ではどちらの親も二人だけで遊ぶのをよく思っていないの。だから近所では悟君と会ってもあまり喋らないようにしている。でも、学校では休み時間とか給食の時など席が近いこともあるけど、よく話したりしてるの。
 ただ、悟君は成績も私と同じように悪くはないのだけど、最近何故かいつも何か小さい声でぶつぶつ呟いてる
の。私は気にならないんだけど、シーンとした授業中では周りは気にしてると思う。それでこの間、思い切って
悟君に
「どうしてぶつぶつ言ってるの?」
とそっと聞いてみたの。そしたら悟君は
「頭の中でいろんな物語が進行していてね、聞いたことのないメロディーが鳴ってることもあるんだ」
と言ったの。私ホントびっくりした。悟君はものすごい特技、才能を持っていて。絶対将来小説家とか音楽家になればいいと思った。
担任の山倉薫先生は新聞漫画の「ののちゃん」に出てくる藤原先生のような人で、いつも眠そうにしていて面
倒くさいのか私達生徒にあまり細かいことは言わず、ほとんど自由にやらせてくれている。本当はまだ二十代半ばらしいけどずっと老けて見えるの。

 そんなある日、学校に登校したら教室で悟君が私を待っていた。朝の集団登校の時にいなかったので今日は休
みかと思ったんだけど、少し不思議な気がした。そして悟君は私を見るなり大急ぎで駆け寄って来て
「昨日下校途中、きれいだったので田んぼの畔道に咲いている花を取ってたら猫が死んでたんだ。怖くてすぐに走って家まで帰ったんだけど、今朝、まだ気持ちが悪かったので体調が悪いと言って学校までママに送ってもらったんだ」
と言ったの。
「ええ!いやだあ!私、そんなの気づかなかったわ」
って言ったら
「今日帰り二人で見に行こうよ。いつもの登下校の道を少し田んぼに入ったところだから」
と言ったの。
 帰り私はおっかなびっくりで悟君とその現場に行った。恐る恐る見ると確かに親子なのか猫が死んでいた。ど
の猫もからだには傷のようなものは無かったけれど三匹、それも親猫と子猫二匹がともに口を開け苦しそうに死
んでいたのはショックだった。悟君も
「かわいそうな猫」
と言ったきり固まっていたけど、びっくりするようなことを言った。
「昨日見た時は親猫が一匹だったのに」
と。私はすぐには悟君の言う意味が分からなかった。でも、自分なりに状況を考えていた時、悟君はいきなり背後から抱きついてきた。びっくりした私は彼を振り払い思いきり顔を引っぱたいてしまったの。私ってやっぱり気が強いのかしら。それに
「今度こんなことしたらグーで殴るよ」
って言ってた。悟君は今にも泣きそうな顔をして何も言わないでさっと帰って行った。私はあんなことをされてホントびっくりしたの。我に返ってもその猫をどうしていいのか分からず、そのままにして家まで走って帰ったの。
 その日以降、悟君は学校に来なくなった。

一週間近く経ったけど、相変わらず悟君は学校には来ていなかった。私はどうしても悟君に会いたかった。私
が引っぱたいたことが不登校の原因になっていたなら謝ろうと思っていた。だけど家に直接行ってベルを鳴らしても絶対出てこないと思ったし、出て来たとしても両親がいるその場では何も話してくれないと思った。
 ただ、悟君はゲームオタクなので絶対、ゲームセンターではなくゲームショップには行ってると思ったので、
ママには食後の運動と言って十分ほど自転車を走らせ駅前のショップを覗いていた。三日目にようやく店内にい
る悟君を見つけ後ろからそっと近づき
「悟君、今晩は」
と声をかけた。びっくりした悟君は少し私から離れようとしたので
「叩いてご免」
と言った。また悟君は泣きそうな顔をして 
「怖かったんだ」
と言った。私は
「私が?死んでた猫が?」
と聞いたけど、悟君は答えなかった。仕方なく
「学校どうして来ないの?私のせい?だったら謝るよ。私、びっくりしたのよ。悪気はなかったよ。だから登校して。悟君がやっぱり私の一番の親友なんだ」
と言ったが、悟君は
「怖かったんだ」
と同じことを言ってさっと消えて行った。

私は仲良し五人組と言ってる久美子ちゃんと恵理子ちゃんそして敏夫君に今までの状況を話し、どうしたらいいか相談した。
「悟君も男の子だからそうしたかったんじゃないの?よく分からないわ」
といつも的を得たことを言う久美子ちゃんだけど少し戸惑ってるように見えた。
「まず友達として悟君にとって何が一番良いのか考えるべきだと思う。それから薫先生に相談してはどうかしら?」
と思慮深い恵理子ちゃんは言った。
「こういう時は放っておくのが一番いいんだよ。動いて逆効果になったら僕たちの時間が無駄になるよ」
と普段から少し変わってる敏夫君は言う。
「ありがとう。みんなの意見を参考にしてよく考えるわ。私と悟君は幼馴染で家も近いし、また普通の状態に戻れるように頑張ってみるつもりよ」
とあいまいに言った。あの時、彼の頭の中はどんな物語があったのか、どんなメロディーが流れていたのかと考えていたけれど、このことは二人だけの秘密だからその場では言わなかった。

私はまた翌日、ゲームショップに行った。その途中のベーカリーで久美子ちゃんを見かけたの。昨日今までの事を話した時、何となく他人事のようなことを言ってたけど、久美子ちゃんはベーカリーを出るとゲームショップの方へ行った。そっとついて行くと店内で悟君にパンが入った店の袋を渡しながら話をしてた。そこには何故か私が入れるような雰囲気じゃなかったので一人家に帰ったわ。
その翌日、久美子ちゃんに「久美子ちゃんはゲームが好き?」と聞いたけど、久美子ちゃんは「別に」と言ったきりで、昨日のことは何も言わなかった。私の言葉に昨日のことが久美子ちゃんの頭をよぎったためか、それ以来何となく久美子ちゃんと話すことが少なくなった気がする。

特別活動の時間だった。薫先生はいきなり
「悟君の不登校の原因は何か?班で話し合ってください。その後、班長にはその結果を発表してもらいます」
と言い出し私はビックリした。その時、思慮深い恵理子ちゃんはさっと手をあげ
「あの私思うんですけど、悟君の不登校の原因を班で話し合うのは私たちの反省にもなり、それなりに意味のあることかもしれませんが、同じ話し合うのならもっと前向きに、悟君が登校できるように私たちは何をしたらいいかを話し合う方がいいと思います」
と教え諭すような口調で言った。
「そうね、じゃ悟君の不登校の原因はそれぞれが考え、班では恵理子さんの言うように悟君が登校できるように私たちは何をすべきか話し合ってみてください」
と薫先生は前言を撤回したが、何であれ私の心は晴れなかった。やっぱり私が引っぱたいたことが何よりの原因だからと思っていると、誰ともなく勝手に自分の意見を言い出した。
「千羽鶴をみんなで折って悟君の家に持って行く」 
「悟君の家でバーベキューをして彼を元気づける」
「悟君の一番好きなゲームのリーグ戦をクラスで実施し悟君に登校を促す」
「笑えるような四コマ漫画を描いて悟君を元気づける」
「今流行っている曲を悟君応援歌という替え歌にする」
など冗談か本気か分からない意見が噴出した。それに対して薫先生は
「鶴の折り方を先生に聞かないでよ」
 「バーベキューできる場所はあるのかな?」
などと言ってた。<この先生、今まで単なるズボラと思っていたけど、自分の考えがないのか、よく分からない不思議な先生>だと思った時、誰かが独り言のように
「悟君がぶつぶつ言ってるのが聞こえなくていいや」
と言ったので、その生徒に対して薫先生は注意するのかと思ったら何も言わなかった。結局その日の話し合いは単に自分達の意見を勝手に言うだけの時間で終わってしまった。
その後、薫先生は廊下で林先生と話をしていた。林先生は三年生の集会でいつも話をする先生で、薫先生よりエライ先生だと思う。
さらにその翌日には、薫先生は事務室の前で別の先生と話をしていた。この先生はいつも全校朝礼の時、校長先生がいない時は代わりに話をしていたので教頭先生だと思う。

驚いたことに、数日後、悟君は集団登校の集合場所にランドセルを背負って立っていた。「どうしてたの?」って聞きたかったけれど、今はそれは聞かない方がいいと思った。
数週間ぶりに教室に入った悟君をしばらく見ていたけれど、今までとどことなく違っていると思った。ぶつぶつと呟いていなかったの。そのことは悟君にとって重大なこと、つまりもう悟君の頭の中には物語も音楽の旋律も流れていないということじゃないかしら。言い換えれば悟君が悟君でなくなっているんだわ。やっぱりあの猫の件は今までの悟君の日常を変えるほどのショッキングな事だったのかも知れない。
それに久美子ちゃんと悟君の様子をそれとなく観察してたんだけど、二人ともお互いよそよそしい感じもした。また、薫先生は何となく落ち着きがないように思えた。
それにしても、どうして悟君は何度も「怖かったんだ」と言ったんだろう?
どうして不登校だった悟君が何事も無かったかのように登校しだしたのだろう?
次々に疑問が湧き上がってくるけど、誰にも相談できないことが辛いわ。だって、相談とかすれば悟君はもうどこかへ行ってしまいそうで怖いの。
もう仲良し五人組は今は開店休業状態で、集団登校でももう悟君と並んで歩くこともなくなった。一方、クラスでは今まで距離があった男子生徒たちの集団に悟君はうまく溶け込んでいる。
悟君の頭の中が見えたらなあと思った時、ふと、<あの時、久美子ちゃんはどうして悟君に小袋に入ったパンを渡したんだろう?>と思った。

私は今もいろいろ考えているの。
 近所であまり遊び友達のいなかった悟君はどんなことをして過ごしていたんだろう?寂しさやイライラを近
所にいる猫と遊んで紛らわしてたんじゃないかしら?遊ぶだけかしら?イジメたりしてなかったかしら?だか
ら下校時、猫が死んでいるのを見た時、昔を思い出してショックを受けたんじゃないかしら?しかも一匹死んで
いたはずが、翌日には三匹が死んでいたんだからショックはなおさらだったと思うわ。
それとも、ひょっとしてあの現場で悟君は何かを見たのかしら?もしそうなら悟君は何を見たの?それが恐ろ
しくて反射的に私に抱きついてきたのかしら?その悟君は何か言おうとしたのかもしれない。でも私が引っぱたいたので、頭が混乱してさっと帰ってしまったの?でも、そうは言っても、その恐怖で私に抱きついたりするかしら?それとも久美子ちゃんの言うように単に男の子だからそうしたかっただけ?私もよく分からないわ。

 ある晩、夕食後ママが明日の朝食のパンが無いと急に言った時、ふと先日久美子ちゃんがいたベーカリーを思い出し自転車で駅前まで買いに行ったの。それに足を延ばせばゲームショップがあるので悟君がいるかも知れなかった。先にショップに行き外から覗いたけれど悟君はいなかった。帰りベーカリーに行くと、スーパーと違い美味しそうなパンが並んでいた。その中で目に留まったのは、キティちゃんのような猫の形のパンで、見るからに美味しそうだった。でもママは食パンを買って来てと言ったので、そうしたけれどその時、私は何か奇妙な感覚にとらわれた。
 あの時、久美子ちゃんは悟君に店の袋に入ったパンを渡していたけど、それがもし猫の形のパンだとしたどうだろう?もし仮にそうなら、好意と言うよりも「黙っててね、あの猫のことは」と言う意味じゃないかしら?私って怖いことを想像しているわ。
でも私と一緒にいたあの現場で、もし木や小枝の陰に久美子ちゃんが隠れていて、悟君が久美子ちゃんの姿を見たとしたらどうだろう?猫の死に久美子ちゃんが関係していることを察知し、恐怖で思わず私に抱きついたとしたら・・・・・私は目を閉じて今までのことを考える。そうすると不思議に何となく話が繋がってくるような気もするの。
以前、仲良し五人組で久美子ちゃんのマンションに行った時、久美子ちゃんは「このマンション、ペットは飼えないの」って残念そうに言ってた。でももしこっそり外で飼っていて、伝染病などで親子が死んだとしたら久美子ちゃんはどうしただろう?一度に三匹の猫を持って行けなかったので、親猫だけあの場に置いておいて、翌日子猫二匹を持ってきて一緒にあの周辺に埋めるつもりだったのかも。でもちょうどその前に私たちがその場に来ちゃったのかもしれない。
別に猫を虐待したわけではなく、伝染病などの病気だったとしても、複数の猫が死んでいるとテレビや新聞などでしばしばニュースとして取り上げられる。猫が奇妙な死に方をしていれば大事件の前触れになることが多いからだと思う。だから万一新聞やテレビなどのマスコミが取り上げる前に埋葬したかったんじゃないかしら。でも、悟君に見られてしまった。悟君はその場を離れて行き、私もどうしていいのか分からないので何もせず逃げるように帰ってしまった。だから、その後のことは分からない。でも、とにかく困った久美子ちゃんは一部始終を薫先生に相談したんじゃないかしら。
そう言えば、薫先生は悟君の欠席が続いていても他人事のようだった。薫先生は悟君ではなくあくまでも久美子ちゃんを守りたかったんじゃないかな。だから薫先生は林先生と相談し教頭先生にも何とかしてもらうつもりだったんじゃないの?

 不思議なことに、最近また悟君は小さい声でぶつぶつ言ってるの。
 「どんな話が流れてるの?」
と思い切って聞いてやった。
「う~ん、それは言えないな」
と悟君に断られてしまった。そのせいか、余計に私は悟君の頭の中の物語が知りたくなった。
ある時、授業中、斜め前に座っている悟君がノートに何やら黙々と描いていた。そっと盗み見ると薫先生の顔だった。さらに次の授業でも悟君は同じように黙々とノートに描いていた。消しゴムを落としたふりをしてチラッと見ると、さっきの顔に続く上半身をリアルに描いていた。私はそのリアルさに少しドキッとしたわ。それに薫先生の声や教室内の雑音に紛れていたけれど、耳をそばだてていると悟君がぶつぶつ呟いているのが分かった。<ひょっとして悟君の頭の中には薫先生の話が流れているのかしら?>そう思って薫先生を見ると先生の視線はしっかり悟君に向いていた。それもあまりうれしそうな視線じゃないことはハッキリとしていた。
 一見のんびりとして大らかに見える薫先生だけど、本当はどうなんだろう?私たち子どもには細かいことを注意したり叱ったりしないけれど、私たちのことをどう思ってるんだろう?薫先生は本当は私たちのような子供が面倒くさいと思ってるんじゃないかしら?
 ひょっとして薫先生はぶつぶつ呟いている悟君こそが自分の正体を見抜いていて、悟君が発する呟きはそれのシグナルと薫先生は受け取っていたのかもしれない。だとすれば薫先生にとって悟君は疎ましい存在だった。
実を言うと私は知っていたの。薫先生の車が、猫の現場付近や駅前のゲームショップ付近、さらには学校から一キロほど離れた久美子ちゃんのマンションヘの道を通過するのを何度か見ていたの。私には、一度その人の車のナンバープレートを覚えると絶対に忘れないという特技があるの。
結局、久美子ちゃんがこっそり外で飼ってた猫の処置について指南していたのは薫先生だったという私の推理なんか、推理にもなっていないし、私自身も強引なこじつけに過ぎないと思っているわ。
でも本当のことが何であれどうであれ、学校は何も無かったかのように日々が過ぎて行くの。いろんなことがあったけど、要するにこれからも仲良し五人組と楽しく過ごせば良いんだと思っているの。
そしてまた週が明け月曜日になった。いつものように朝、私達は教室で相変わらず眠そうな顔をした薫先生が出席簿を持って教室に入って来るのを待っていた。そしたら林先生がやって来て、
「今日はみなさんに話さなければならない残念な話が二つあります」
といきなり言った。私たち生徒の多くは何言ってるんだという顔をしていたと思う。そんな事はお構いなしに林先生は無表情に
「一つは皆さんのお友達の大田原久美子さんは転校しました。そしていろいろと皆さんを指導してきた担任の山倉薫先生は辞めました」
と言った。


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