ご近所ミステリー23恭香ちゃんのスイリ②

あらすじ:
 おませで好奇心が強く推理好きな小学三年生の泉恭香ちゃんだけれど、二学期になって学校生活に少し変化があった。何よりも同学年の転校生である吉高歩美ちゃんがやって来た。母一人子一人の歩美ちゃん一家は近所の空き家に引っ越して来たのだった。経済的に余裕のない歩美ちゃん一家は給食費の支払いに苦労するのだが・・・
ご近所ミステリーの第二十三弾です。読んで頂ければ幸いです。

 私、泉恭香。おませで好奇心が強く推理好きな小学三年生。趣味はテレビで推理ものを観たり子供向けの推理小説を読むことなの。特技は自分で言うのもなんだけど、本好きの事もあって大人も知らない難しい言葉も結構知ってることと記憶力がいいことかな。人の名前や車のナンバーなど一度覚えれば忘れないの。
 元気で毎日学校に通ってるけれど、二学期になって少し変化があったの。新聞の四コマ漫画のののちゃんに出てくる藤原先生のような山倉先生と仲が良かった久美子ちゃんが突然いなくなり、二学期から担任の先生はののちゃんに出てくるタブチ先生のような佐々木先生になったの。それに、転校生の吉高歩美ちゃんがやって来たの。歩美ちゃんの一家は近所にある空き家に引っ越して来たの。一家と言っても歩美ちゃんとそのお母さんの二人だけだけれど。
 ただ言ってはなんだけど、その空き家はとても古く傷んでもいたので、そこに引っ越して来るとは子供の私でもビックリだった。歩美ちゃんは私の隣りのクラスだけれど、ママは私に「優しくしてあげるんだよ」と言ってた。歩美ちゃんちは何か事情があるのかもしれないけれど、集団登校の集合場所に来る歩美ちゃんはいつもどことなく元気がなく、服装も誰かのお古のような感じがしてた。歩美ちゃんのお母さんも一度だけ歩美ちゃんと一緒に集合場所に来て「よろしくお願いします」と言ってたけれど、茶髪の髪はボサボサで、胸の辺りが大きくあいた服を着て、帰る時はくわえたばこをしていたのにはビックリした。私とやさしい悟君は毎日学校までの道のり、いつも歩美ちゃんのそばにいてずっとおしゃべりをしていて、歩美ちゃんも学校に対してはあまり不安は無いように感じたわ。
 ところで二学期から、放課後の掃除の担当場所も変わり私達の班は校長室に変わったの。この校長先生は今年四月からいるんだけれど、何か少し変わってるの。一週間の始まりの月曜日の全校集会では毎週校長講話で話をしてくれるの。いつもメモなんか見ながらの話だけど、それなりに面白い話をしてくれるの。でもね、校長室に掃除に行くと、「お前誰だ?」とか「何か用か?」というような目で私達を見るの。それに掃除が済んでも何にも言ってくれないので、教室に戻ってもいいのか分からないのよね。
 そう言えばこの間、珍しくにこにこしながら校長先生は私達に
 「いつも校長室の清掃ご苦労さん」
と大きい声で言ったの。どうしたのかと思って振り返ると会議室から何人かの人を校長室に案内しているところだったの。
その日、下校する前にママのミスで銀行引き落としが出来なかった給食費を事務室に届けに行くと、校長先生は先ほどの人達を事務室前で見送っているところだった。校長先生はその人達が校門に向かっている間もその人達の後ろ姿に、一人深々と頭を下げているの。どうしたんだろうと思いながら正面玄関を見回すと、『教育委員会の先生方、今日はよくいらっしゃいました!』と書かれた看板があったわ。<この校長先生、何を考えているんだろう?>
 給食費のことで思い出したんだけど、昼休みの時間、毎日のように給食担当の事務の男の人が放送で「吉高歩美さん、お伝えしたいことがあるので事務室まで来てください」と呼び掛けているの。私、<歩美ちゃん、給食費の事で催促されているんじゃないかしら>と何となく思った。
 その数日後、校長室に掃除に行くと
 「今日は掃除はしなくていい」
と校長先生は言うの。何かなと思ってチラッと中を覗くと、校長室のソファに歩美ちゃんと彼女のお母さんが座っていたの。お母さんはその日も胸の辺りが大きくあいた服を着ていて、どのような話をしているのか私には想像もできなかったけれど、楽しそうな雰囲気じゃなかったわ。<やっぱり給食費の事かしら>
 それから二日後かな、ビックリすることがあったの。クラスの週番で給食の食器や残飯などをワゴンに載せて給食室に返しに行った時、「ご苦労様」と歩美ちゃんのお母さんがエプロン姿で迎えてくれたの!歩美ちゃんのお母さんは給食調理員として働くようになったみたい。
 そのことは悪いことじゃないと思うけれど、私達には別の心配があったの。給食室にいる赤オニにイジメられないかという心配が。髪を赤く染めて私達生徒に「遅い!」とか「ワゴンが汚れている!」などと言って叱りつけるだけじゃなく、調理員のおばさん達にも威張り散らしている若い女の人がいるの。そのようなことで、私達の間ではその女の人を赤オニと呼んでいたの。<子供だってそれくらいのことはするのよ>
 それに赤オニは校長室で校長先生に対しても大きな声で文句を言ってることもあり、校長先生とは仲が良くないようだったわ。校長先生もこの学校に来てまだ一年経ってないので勝手が分からないのかもしれないけどね。
 あっ、言い忘れたけれど、二学期から私のママは、前の学年委員長が入院することになって、代わりに三学年の学年委員長をやっているの。ウチのママは私に似ていて頼まれると断れない人なのよね。
 そんなある日、私達の小学校の創立三十周年記念に校長先生が記念講演をすることになり、生徒ばかりでなく保護者も自由に聞きに来ることになり、ママは学年委員長なので来賓席に座って聞いていたの。その記念講演で校長先生は
 「私はもともと関西の出身ですが、縁があって今年の四月からこの小学校の校長として勤務しています。関西と言うとどうしても大阪のイメージがあると思うんですが、私は関西でもハイセンスな神戸の出身で、お笑いとたこ焼きしかない大阪とは文化や気品の点でも異なり、神戸は関西人の誇りだと思っております」
などと聴衆のウケを狙ったことを言いながら話し始めたの。みんなはこれからどのようなことを話すのかと聞き耳を立てていたけれど、その後、校長先生の話は急に支離滅裂になり何を言ってるのか私達生徒ばかりでなく大人にも分からないような事を繰り返し話していたの。私は後ろの来賓席にいるママの方を見たんだけど、ママはとても心配そうにじっと校長先生を見つめているの。でも周りの保護者達は呆れた顔をしている人や馬鹿にしたように笑っている人もいて何とも変な光景だったわ。
 家に帰ってママにそのことを話すと
 「大勢のお母さん達が来ていたので緊張されてたんじゃないかな」
とママは言ったきりそれ以上、話そうとはしなかった。その時、何か不思議な空気感があった気がしたわ。
 変なことはその頃から始まったように思う。学年委員長だからいろいろと打ち合わせがあるらしく、学校に来ることがふえたみたい。そのせいか、ママは急にお洒落になったようで、学校に行く前には美容院で髪染めをしているし、洋服も明るい色調に変わってきた感じもするの。そのことは近所の子供達も感じたらしく、集団登校の時、悟君が私のところに近づいてきて
 「恭香ちゃんのママ、この頃何となく若く見えるような気がするんだけど、何かあったの?」
って言うのよ。
 「あそう?」
ととぼけると
 「みんな言ってるよ。ぼくのママも恭香ちゃんのママ、何かあったのって?」
 「ママに言っとくわ。若く見えるって言うと喜ぶと思うわ」
と言うのが精一杯だった。何気に歩美ちゃんを見たら目が合ったんだけど、歩美ちゃんは何の反応もなかったわ。
 そう言えば、歩美ちゃんはこの頃集合場所に遅刻してくるようになったわ。<どうしたんだろう?給食室で赤オニにイジメられてる母親を想像して学校へ行くことを渋っているのかしら?>
でもね、この間放課後サッカーをしていたんだけど、転がって行ったボールを追いかけていた時、歩美ちゃんの母親といつも給食の食材を運んでくる下町食材社の若い運転手が給食室の勝手口付近でひそひそと話してたわ。子供が近寄れないような変な雰囲気だった。<赤オニにイジメられてるって言ってたのかしら?>

 ある日、学校から帰ると買い物に行ったのかママはいなかったんだけど、おやつはいつものように食卓に用意されていた。私は大好きなバームクーヘンを取って噛り付こうとした時、その横に無造作に置かれているきれいな色合いの冊子が目に入ったの。何かなと思ってぱらぱらとめくると、何人かのメッセージが書かれていた。その中でふと神戸と言う文字が目に入ったので、少し読んでみると、「神戸の住民はユーモアのセンスやエレガンスを持つ人が多く、神戸は関西人の誇りでもある・・・(T.S)」などと書かれてあった。どこかで聞いたような気がしたけど、私はすぐに校長先生のあの講演を思い出したわ。あの時、確か「神戸はお笑いとたこ焼きしかない大阪とは違い、神戸は関西人の誇りだ」などと言ってみんなを笑わせていた。それに校長先生は以前「私の名前は笹沢辰雄、辰年生まれだから辰雄です」と言ってた。その頭文字をとったイニシャルはT.Sだから、この文章は校長先生に間違いないわ。この冊子をよく見ると『同心館大学同窓誌』とあったの。ママはあまり言わないけれど、確か大学は関西だと言ってた気がする。じゃ、ママと校長先生は同じ大学に行ってたという事になるわ。あの校長先生は若そうで歳もママとそれほど変わらない気もするし、ママは校長先生をよく知ってるってこともありうるわ。
ママはあの時、校長先生に気づき、校長先生も話している時にママに気づいたのかも知れない。だからあの時、校長先生の話が急に訳が分かんなくなり、ママはとても心配そうにじっと校長先生を見つめていたんじゃないかしら?ひょっとして私はママと校長先生との子供なの?!そんなの嫌だ!私の胸のドッキンドッキンはしばらく止まらなかった。
 その夜、私は変な夢を見たの。ママと校長先生が廊下の片隅でひそひそと話しているんだけど、いつの間にかどこかへ消えて行ったの。記憶力の良い私なんだけれどどうしてもよく思い出せないの。だって夢にしてもあまりにも不思議な光景なんだもの。ただ、ママの最近の変わりようは校長先生と関係があるのは間違いないと思うのね。
 とにかくママにはこれ以上変わってほしくないの。だって集団登校の時だって、やんちゃな武夫君が
 「恭香ちゃんのママは」
と言ったとたん
 「シーッ!」
と誰かが制止する声とかヘラヘラ笑う声とか聞こえて来るんだから。<ママ、少しは私のことも考えてよ>
 集団登校の時、私は心の中で<今日もママの噂話が聞こえてきませんように>と願いながら登校してたんだけれど、そんなある朝、学校に着いた時、歩美ちゃんが隣りのクラスに行くのを見ながら、悟君が私の方にやって来て声を潜めて言うの
 「歩美ちゃん、また転校するの?」
って。私はビックリして 
 「ええ、そうなの!?」
って言うと、悟君は
 「だって歩美ちゃん、ボクに『いろいろかまってくれてありがとうね』ってよく言うんだよ。何かお別れの言葉みたいだからさ」
と寂しそうに言った。
 「へえ~そうなの。歩美ちゃんにはっきり聞くのもテイコウあるしね」
と私は言葉を濁すしかなかったわ。<歩美ちゃん、また転校するの?どうして?>
 その時、何故か歩美ちゃんの母親が若い運転手と話していた場面がよみがえって来たわ。やっぱり赤オニのイジメにたえられなかったのかしら。思い切ってママに事情を話し、ママから校長先生に赤オニを叱ってもらうよう頼もうかしら。ママからの頼みなら校長先生も聞いてくれる気もするし。<でもあの冷たそうな校長先生だし、無理かな>

 それからどれくらい経っただろう。いろいろとある筈なのに学校は何事も無かったかのように淡々と日々が過ぎて行った。私もそれなりに平和な日常を送っていたんだけど、ある朝の集団登校の時、歩美ちゃんから
 「良かったら読んで」
と言ってメモのような長い手紙を手渡されたの。
「恭香ちゃん、いろいろと有難うね。やっぱりこの学校で四年生になることはできないの。また転校することになったの。どうして転校することになったのか、いろいろあってうまく言えないけれど、これが私たちの生き方かもしれないわ。恭香ちゃんのようにうまく言葉が使えないので読みづらいと思うけどごめんね。
 給食費のことだけど、ウチは払えるヨユウが無くて、どこに行ってもサイソクされてたの。以前、給食費ミノウシャゼロの校長はその後のシュッセが早いという事を聞きつけたママは、以前の学校で校長先生にジジョウを話したことがあったの。それがどういうわけか、うまく行って校長先生が立てかえてくれたの。それをこの学校でもやったの。だから私とママは校長室で何回かお願いしたの。すると何とかしましょうと言われたの。その代わりママは、給食室で働くことになったの。校長先生も考えたのね。ママが入ることで、今まで赤オニのターゲットになっていた他の給食員が救われると思ったのね。でも赤オニは校長がドクダンでママをやとったことを教育委員会に言うと言い出したの。だけどママは以前飲み屋さんで働いていたので、下町食材社の運転手とも知り合いだったの。その運転手から赤オニが給食担当の事務員とグルになって、うちの会社の架空請求書を作ってるらしいと聞いたママは、そのことを校長にチクると赤オニに言うと、急に赤オニは大人しくなったらしいの。
でもママには心配がもう一つあったの。それは校長先生がこんな小さな私に興味を持っていることをママはサッチしていたの。ジッサイ、私が放送で事務室に呼び出されていた時、それとなく校長は事務室に現れ、「どうしたの?」と言いながら、私を校長室に呼ぶこともあった。校長は「ボクには孫がいないけど、いたら君の様な歳だ」と言ったり、冷蔵庫からプリンも出してくれたわ。
それにね、校長室に少しいるだけでもビックリするようなことばっかりだった。泣きながら校長に文句を言う女の先生がいたり、事務の給食担当の男の人には小声で激しく怒ってることもあった。でも事務室の人達には「教育委員会からの電話には絶対失礼のないように」と口ぐせのように言ってたわ。そんな変な校長だから、朝になると、ママは「大丈夫?学校に行く?」と言ってよく心配してたの。だから私はしばしば集合場所にチコクしてたの。私はそんな校長が大嫌いで校長がキネンコウエンをしていた時、校長をにらみながら舌をアカンべーと出してやったの。そしたら急に校長は話がしどろもどろになっちゃって。おかしかったわ。
 恭香ちゃんは私がどうして細かいことまで知ってるのか不思議でしょ。恭香ちゃんは以前、「人は誰でも特技を持ってる」と言ってたでしょ。私の特技は耳かな。ビミョウなことに限ってよく聞こえるの。そうジゴクミミだと思う。だから校長室に呼ばれていた時、かかってきた赤オニの電話も言ってることが分かったし、給食担当の事務員と赤オニの立ち話も大体聞こえたの。だからその内容をママに話したりしてたのよ。
とにかくママと二人、これからも私たちはシタタカに生きていくわ。恭香ちゃんや悟君ともっと仲良くなれなかったことが残念だわ。でもいろいろとしてくれて有難う。私たちの事は忘れてね。バイバイ」
とあった。その日、学校からの帰り道、悟君と私は歩美ちゃんの家に立ち寄ったけど雨戸もすべて閉められていて以前の空き家に戻っていた。
<それにしてもこの手紙、ママに見せた方がいいのかな?>


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?