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ICT教育で寺子屋回帰か

社会が変化する時代、グローバル化、IT化に対応できる力を育てなければなりません。しかも、これまでのやり方のように学びは教師からすべて与えてもらうものではなく、自主的に学ばないといけない時代になります。
引用  https://ict-enews.net/2020/12/21surala-7/

ICT教育というのは集団授業の終わりの始まりなのかもしれない。かつて江戸時代の寺子屋では教室、子ども、親の三者で教育内容を決定し、個人の習熟度に合わせた教育がなされてきた。それが明治以降集団で一斉に授業するという西欧風のスタイルが採られるようになった。ところが一人の教師がさまざまな学力の生徒を教えて理解させるというのは大変なことである。そこでICTを取り入れればさまざまなレベルに対応できるというわけだ。

では個人の基礎学力はICTに任せるとして、学校の集団授業では何をメインにやるのかというと、レポートの発表やディベートにシフトしていくように思われる。自分の意見を言語化して発表したり、他の生徒と意見を交わしたりしていく場がもっと増えるのではないだろうか。今後はリモートでの仕事が多くなると予想されるので、高度な言語能力がなければ指示が正確に伝わらない。そのためにも小さな頃から自分の考えを言語化する訓練が必要なのだろう。

動画やゲーム漬けの子どもたちの中には文法の整った形で話すことのできない子どももいる。そうした子どもたちがそのまま大きくなると将来仕事でさまざまなトラブルを引き起こす可能性が高いということは容易に想像できる。更に悲観的な見方をすれば仕事がなかなか見つからないといった懸念もある。

ICT教育の導入によって現在の集団授業で教師が一方的に子どもたちに教えるというスタイルは将来的にはなくなるのだろう。かつての寺子屋のような個別の学習プランにより基礎学力が向上するのはもちろんのこと、自分の得意なことをどんどん伸ばすことも可能である。クラスでの活発な言語活動により児童の言語能力も向上し、将来仕事をするようになったときにこうしたシステムを生かして能力を最大限伸ばした子どもが活躍できるのかもしれない。社会の変革がICTという個別学習システムの到来によって加速する今、集団授業スタイルは既に時代遅れなのである。

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