破壊と可能性のお話


私には、強い好奇心がある。そう自覚している。
生まれ持ってして、全ての欲望を満たす事の叶う力を備えていた私には、食も性も眠りも退屈だった。
望むだけ手に入る富も、ほんの少し才を覗かせてやるだけで得られる名声も、それに付随する地位も。どれもが理を越えた私には、退屈凌ぎに過ぎない。

或る名で富豪になった。思い付く高価な物は全て手に出来る位の。しかし金で買える物には値が付けられる程度の価値しか無いと気付いた。私は満たされなかった。

或る名で芸術家になった。ふと目に留まった物で絵を描いた、石を削った、曲を作った。全てがその時身を置いた国の長に見初められ、神の腕との賛辞を贈られた。しかし手を抜いた物にすら価値を認められ、愚者の価値観が如何にいい加減か気付いた。私は満たされなかった。

或る名で国を興した。三つの国土に頒かたれた島を泰平し、その全てを統べる王となり、猛き者も賎しき者も何もかもが私に頭を垂れて蹲った。
しかし私に従い意のままに動く者は尽く私の可能性の域を出ないと気付いた。やはり、私が満たされる事は無かった。

一つを極める度に、この世から一つつまらない物が増えていく。私は何者にも脅かされることの無い永い生涯を果たすまで、万象を黒線で塗り潰し終えるのでは無いか。理の内にある人間達の物差しでは、私の真価を計る事すらも出来ないのだ。
最早それは私にとって、いずれ来る永遠の退屈を意味するある種の絶望だった。

しかし、ある時に見付けたのだ。
全くの偶然だった。
或いは宿命付けられた必然だったのかも知れない。
気紛れに訪れたある島国で、一人の女を見た。
彼女は全てを見透かせる私の目を以てしても高潔という他にない、瞳に太陽と世界中の希望を宿した様な人間であった。民衆に付き従われていたが、それは皆彼女の王としての権威でも、竜の首をも平らぐ力でも無く、その背に負った圧倒的なまでの光に惹かれて、であった。美しい国であった。人の営みを心を美しいと思ったのはそれが最初で最後だった。私は見るだけで目を焼かれそうな彼女の善性が煩わしくなり、その瞳を曇らせてみたくなった。
人の心に信頼などないと教えてあげたくなった。
しかし私が姿を変え、彼女を騙って人を欺き、国をひっくり返そうと画策しても、呆れるほどお人よしで嘘をつく事すら知らないほど愚かな筈の民衆は、一人として女王に疑いの視線を向けもしなかった。
私はその時気付いた、彼女は『世界一心の美しい者』で、本来疑い合い、憎み合い、奪い合い、殺し合う人の性すらも超越した、人の理すらも外れた存在だったのだ、と。

歓喜した。
全てが思うままの筈の世界には、私の"想定外"が存在し得るのだ。
生まれながらにして全てを凌駕し頂点に立つ私を、何か一つに限れば超える者がいる。
百年は昔の、彼女の興した国は今もなお戦火や醜い政争と無縁の平和ボケした歴史を紡いでいるが、それはとっくに亡骸として土の下で眠っている彼女の光が、未だに受け継がれ死んでいないからだ。

私はあの時の身が打ち震えるほどの感動をまた味わいたくなった。取るに足らない灰の世界に色が溢れる様な思いの中に浸っていたかった。
最早世界そのものに興味を無くし、ほとほと明日の天気や、勉強の手助け、指に留まった蝶の名前を知る事にしか使い道の無かった家宝の鏡に、初めて凄まじい価値を見出した。

それから私の日々は、何もかもが未知で輝いて見えた幼い頃の様に、刺激的で新鮮な物に戻った。
鏡に問い掛け、理を超える者を、私の想像の範疇を超える世界一の何者かを探して彼等を知り、接触を図った。彼等との日々は素晴らしく興味深く、私の知的好奇心を満たしてくれる。
その内幾人とは友達になる事も出来た。今私は胸を張って言える、生を謳歌していると。ほんの僅かな日数だけ超えるべき壁の無い人生を歩ませる才能を恨んだ事もあったが、それはやはり間違いだったのだ。私は、彼らと出会う為に生まれて来た、いや…彼らが私に出会う為に生まれて来たのだ。この全てを超える才と力は、彼らと引き合うための物だった。この"鏡"と共にある家に生まれた宿命も、彼らの真価を誰よりも正しく見抜く為のもの。
やはり全ては私のためにある。


そうして私は今日もまた新たな才能を探しに来た。
私が潰した生家のある国とは別の地の、とある国。文化や文明、建築技術などは世界的に見ても指折りに進んで栄えているのだが、それは中心部の秩序ある都市の話。美しい街並みや整備されたインフラ、夜間に一人で出歩いても破落戸に袋叩きにされる心配もない治安。それらの恩恵に肖れない郊外の貧民街…街というのも誇大広告かも知れない。
バラックと廃墟を繋ぎ合わせて構成された雨漏りと何かの腐臭に満たされた地域に、私はいる。

不思議なことだが、高度な教育を受けた者のみが優れた才覚を有しているとは限らない。
勿論、人並みの生活を送り衣食住に困らない者は才能を育む機会には恵まれている。しかし同時に、今日の命を繋ぐ為に人を殺すほど逼迫した者の目にしか宿らない光も存在すると思うのだ。
必ずここから這い上がる、成り上がるという狂気すらも含んだ強い意志。教えられて得られる物は教えられて得られる程度だ。ある水準まで育つことは出来ても、心に余裕の有る者は真の意味では必死になれない。私が好きなのはいくらでも作れる秀才ではなく、そこに己の命の全てをぶち撒けられる様な"天才"。
私はそれが唯一絶対でないならば、一分の価値も感じない。
それに、こういう所から本物を探し出すのも宝探しみたいで楽しいからね。

まぁ男とは切っても切れないロマンの話は抜きにしても、何の確証も無くこんな辺鄙なところに来た訳ではない。事実としてこのスラムには私の望む本物の天才がいるのだ。それも三人。異常な事態だ。
一つの地域に「世界一」の何者かが三人もいるなんて夢の様な千載一遇の好機は、今後二度と現れないに違いない。何ならその事実を鏡から知った昨日の夜はワクワクしてなかなか眠れなかった。
世界中の何処にだって瞬きの間に転移出来るのだからその必要は無いのに、今日も日の出前に早起きしてしまった。そうしてご機嫌に弾む足取りでスラムにやって来たのだが…それにしても、それにしてもこの地域の道は入り組んでいて分かりづらい。
当たり前だがここは観光地ではないので訪れた者に親切な案内板は設置されていないし、可愛い女の子のガイドもいない。そもそも余所者を歓迎する雰囲気は住民の誰も発していない。彼らが歓迎しているのは余所者の荷物と衣服、金品だけであろう。

この区域に入って、私は何時間歩いている。
別に何日飲まず食わず不眠不休で歩き続けたとて死ぬ訳では無いし、そんなに疲れもしない。
隙を見て襲い掛かろうと物陰に潜んでいるのがばればれの破落戸が、仮に一万人押し寄せてきても何の危険にもならない。
しかし酔狂と荒廃した貧民街の物珍しさで選んだ道とは言え、あまりにも景色が代わり映えしない。足元をちょろちょろと這い回るネズミや何かの死骸に集ったハエ、どこが便所でそうでないのか分からない位に蒔き散らされた糞尿や吐瀉物。

いい加減にうんざりして来る。最初から目的の人物の近くに転移しておけば良かった。
別に今直ぐ鼻を抓む必要の無い空気の都市部や家に引き返しても良いのだが、ここまで来た手前それも癪だ。意地でも、少なくとも一人は見付けなければこのバラックの迷宮に白旗を振った様に感じてしまう。別に誰かに義務付けられた訳でも強いられた訳でも無いが、私の感覚以上に優先すべき事などない。

…しかし、それにしても本当に酷い臭いだな、ここに棲んでいる人間は自分の身体が腐っていても気付かないんじゃないか?

Hey, would you mind carrying this stuff with you?なぁ、暇なんだったらこれ持って行ってくんね?

突然、背後から声を掛けられた。
驚いた、全く接近に気付かなかったからだ。

Sorry, I'm looking for someone.すみません、人を探してまして

そう断りながら振り向く。
そこに立っていたのは少女だった。いざ姿を目にして見ると何故この瞬間まで彼女を認識出来なかったのかが逆に分からない。毛先が顎に届く位の長さの赤紫色の派手な髪に、鋭く吊り上がった同色の瞳。背は十代中頃と見られる容姿にしてはやや高いが、実際の身長以上に存在感を放っている。率直な感想として、彼女はどこもかしこもドブの匂いのスラムには不釣り合いな程に美しい容姿をしていた。

Retarded,Just take that one.沸いてんのか、いいから持っていけよ

いやドブの匂いのスラムにお似合いの品性だった。

「つーか、あれだろお前。外国人だろ。死にてぇのか?無防備に一人でほっつき歩いて。」

I'm a tourist unfamiliar with this area, and I got lostこの辺りは不慣れで、迷ってしまって.…え?」

あまりにも自然で違和感の無いイントネーションに吹き替えを受けているのかとすら思った。

「おい?合ってんだろ?顔の系統とか訛りで東側の人間だと思ったんだけど?アニョハセヨーか?」

また驚かされた。ここには計算どころか簡単な読み書きすら出来ない完全な無教養の人間しかいないと思っていたのだが、目の前に少なくとも二言語をネイティブレベルで操る者が一人いる。そして言葉遣いはやや汚いが普通に意思の疎通が可能で、ハーブやケミカルな何かで頭をやってしまっている様子は無い。毎日二度は入浴している私ほどでは無いが未知の病気を移されそうなまでに不潔ではないし、引き締まった身体もとても健康的に見える。

それに言葉の通じる現地民というだけで、彼女はこの区域では有数の教養人であると見た。正直言って私は助かったと、少し安心していた。

「言葉、上手いんだね。良ければ君、この街をガイドしてくれないかな?」

餅は餅屋、という言葉もある。こういうのは勝手を知る人間に頼んでしまうのが一番良い。
別に案内役が必ずしも彼女である必要は無いのだが、次に出会う人間が正気で、最低限隣にいる事で不快感を覚えない様な確率はいかほどであろうか。それはきっと、私の勘に従うままにこのスラムを歩いて目的の人物に出会えることよりもずっと奇跡じみているに違いない。それに、旅の供は可愛いに越した事はないだろう。

少女は蟀谷をとんとんと叩いて、少し考え込む様子を見せた後に答えた。

「先ず。お前はアタシが案内しなきゃ死ぬ。アタシがお前を殺すからじゃない、他の奴が殺すからでも無い。迷路に一度足を踏み入れたが最後、ここで生まれ育ってない人間だけで外に出られた事は一度も無い。お前が何日飲まず食わずで生きられるか知らねぇけど、ゴキブリ食ってドブ啜る事はお前には出来ないだろ?飢え死にすんのとここの不衛生にやられて破傷風になるの、どっちがいい?」

「…それは、どちらも避けたいね。」

私は別に外に出られるのだけど。
そう言う事も出来るのだが、それはちょっとした危険を前にして本来の目的を投げ捨て、自分に掛けた制約を破ってしまう事になる気がした。
私はこれまでの生涯で予定や計画を変更した事も、自分の希望を通さず信念を曲げた事も一度も無い。何より、目的も遂げず、この逃げた様に思われる事は避けたかった。

「お前の変な部分が見た目だけで良かったわ。じゃあ金。」

親しい友人に煙草を一本貰う位気軽に、少女は手を出した。一連の行動のあまりのスムーズさに呆気に取られている私が馬鹿かの様に、形の良い眉を顰めて彼女は催促をする。

「ほら、早く。金出せよ。」

財布にいくら入っていただろうか、適当に一番桁の多い紙幣を数枚…この国であれば二月ほどの生活費に相当する金額を抜き取って差し出す。

「分かってんじゃねぇか。袋を片方持ってアタシに着いて来い。」

抜き取った額の十倍は入っている財布の方を引っ手繰られ、先ほどから彼女がしきりに私に持たせたがっていた荷物が飛んできた。力を入れて渡さない様にする隙も無かった。手際もテンポも鮮やか過ぎる。強く確かな足取りで先を往く背中を呼び止め、財布を返せと言うことがこの世で最も無粋な行動に思えるほどだ。芸術的にすら感じる。まぁ、別に金に困っている訳では無いのでそのままくれてやる事にしよう。これは必要経費であり、同時に彼女に対するチップでもあるのだ。

「残りは成功報酬な〜」

後ろ手に財布を掲げながら少女は言う。

「前金の方が多いじゃないか」

やけに重たくて大きいズタ袋を肩に担ぎながら、少し気を抜くと置いて行かれそうな彼女を追う。同じ物をハンドバッグの様にぶんぶんと回しているのを見るに、身体に見合わない相当な怪力だ。

「お前さ、当たり前だろ。サービスに正当な対価を払わずにトンズラこかれたらクリエイターは搾取される一方だぜ。」

スラム出身の癖に先を見通し過ぎていないか。

「君が何かをクリエイトする様には見えないけど」

「あ?立派にクリエイトしてるっつーの。瓦礫とか」

「デストロイじゃないか。」

「まぁ冗談は縦置きさ」

「さておき、だね」

「金払いが良い奴は嫌いじゃねぇよ。お前クソ野郎だけどアタシには関係無ぇし、ここはクソ野郎しかいねぇからな。だからま、アタシと一緒にいる分には身の安全もバッチリ保証するぜ。快適なスラムツアーをお届けしまーす。…お前アタシとバンド組む?二人で世界取ろうぜ」

ぴーすぴーすと、振り返りながらピースサインの両手を交互に突き出して来た。

「止めておくよ。君は面白いけど長く一緒にいると胃もたれすると思うからね。」

「あーそうかよ。で?お前ここに何しに来たんだよ。」

舌打ちをして前に向き直った少女は、大きな荷物を蹴りながら進む。

「ただの人探しじゃねぇだろ、お前みたいに綺麗な身なりの野郎の友達なんかここにいねぇし。それにお前に友達がいるわけねぇ。」

「まぁ…そうだね、これから友達になる、という様な人かな。大丈夫なの?荷物をそんなに乱暴に扱って。」

「良いんだよ、生き物じゃねぇんだし。…で?そのお友達候補ってのは?いくら人望が無いからってここよか良い場所なんか無限にあるだろ。あれか、他の所じゃ誰も相手にしてくれなかったか。じゃあいい方法教えるぜ、ボトルに手紙を入れて海に流せ。文章なら性格の悪さも多少誤魔化せる。」

…凄い言われ様だ。

「いや、目当ての人がいるんだ、この街にね。」

「アタシ?」

「…最早そうかも知れないけどね」

「うぇ~やめろよオッサン気持ち悪ぃ」

「君におっさんと呼ばれる筋合いはないけどね」

「ティーン以外はオッサンかババアだろ。で?その目的の奴は?悪そうなやつは大体友達だから紹介するぜ?」

「いや、彼らはそう悪そうでも無いけどね。三人いるのだけど、例えば一人目はカードゲームの天才。毎日暇だからね、ポーカーの相手になって貰おうと思って。」

「ふーん…どうしてそいつな訳?」

少女はどことなく、落胆した様な、面倒事に巻き込まれた様な口ぶりになった。

「彼が世界一の才能を持っているからさ。私は才能が好きだ。もっと言えば天才が好きだ。それもこの世界に比肩する者がいないほどの。私はそういった類稀なる資質を持った彼らを"保護"しているのさ、真価を知り、それを最も正当に評価出来る私がね。しかしカードというのは凄いよね。1から13までの数字、それに四種の絵柄を組み合わせた物で何十何百もの遊び方があって、彼はその全てに於いて世界一の腕前を」
「殺した」

「持ち合わせているんだ、凄いだろう、全てだよすべてえ?」

訳が分からなかった。言い出すタイミングを伺っていたのか、私の一呼吸する瞬間に無理矢理ねじ込む様に、彼女は駆け足で四文字を放り込んで来た。
その音が言葉であり、意味を持ったものであると分かるのに数秒掛かった。

「殺しちゃった、アタシが。」

出逢って初めて彼女から威圧的な印象が消えた。

「嘘、え?殺したの?」

「マジ…」

みるみる少女の表情が青ざめて行く。いたずらが見付かった子供の様に小さく背中が丸まっていく。
スラムの人間らしいナンセンスな冗談であることを本気で心から願ったが、僅か十分ほどの付き合いでも彼女は滅多にこんな表情をしないだろうと思えるほどに顔色が悪く情けない。

「因みに、それはいつなのかな?」

「昨晩…」

昨日来ればよかった。私が人生で後悔を感じたのは今日が初めてだ。

「理由…差し支えなければ理由は聞いて良いかな。」

助け船が出されたと、少女は目を輝かせて顔を上げる。

「そう…!大事なのは理由だよな!よくぞ聞いてくれた!これには深い訳があんだ!そいつアタシの彼氏だったんだけどさ、クスリやってたんだよ!アッパー系のやつ!」

「この街では御法度なのかな…?」

もしくは、そういうポリシーを持った組織に彼女も彼も所属していて、その掟に背いた者を始末した、みたいな。それならばまだ納得できる。是非ともそうであって欲しい。

「いや全然、アタシ以外大体やってんじゃね?」

違った。個人的なこだわりだった。

「じゃあ、家族が麻薬中毒者に殺されたのかい?」

それで薬物に対する憎しみが芽生えた、今もなおその仇を討つべく戦っている、みたいな。きっとそうに違いないだろう。せめてそうではあって欲しい。

「いや全然。母ちゃんは病気で死んだけど他はピンピンしてる。何かダサくね?たかが数グラムの物に振り回されんの。」

本当に彼女のフィーリングに過ぎなかった。

「ルールでも無く、宿命でもなく、君は気分で殺したのか…」

「何が悪いんだ?」

ついさっきまで多少は申し訳無さそうにしていた彼女は、私のその文言に反応して真顔になった。

「ルールは弱者を守る為、若しくはやや強いやつの利権を確保する為のもんだろ。最強のアタシを縛るのはアタシの気分だけ。シンプルな方が生きやすくねーか?」

「…いや、」

あまりにきっぱりと言い切ってみせるものだから若干面食らってしまった。咄嗟に何か反論を述べようとしたが、彼女の言い分は私の持論と全く同じであると気付く。論調が少し、乱暴なだけで。

「…君の言う通りだよ。誰も君を阻む事は出来ない。私の前に立ちはだからない限りは、この世界を好きに生きるその権利を認めてあげよう。」

面白い、彼女は。それは認めざるを得なかった。
鏡は私に、この少女の存在を教えなかった。それは彼女が今は何者でもないから、たったそれだけのシンプルな理由に過ぎないだろう。確かに何かを生み出す才能とは真逆の、何もかもを無茶苦茶に荒らすだけの存在かも知れない。しかし理性とは真逆に、彼女が無遠慮に踏み荒らし、捻じ曲げ、破壊していく運命もまた同様に興味深い物に感じた。きっといつか彼女は、彼女にしか出来ない方法で私の退屈をぶち壊してくれる存在になるのだろう。

「カードゲーマーの事は赦すよ。彼が君よりも"予想外"であったとは思えないからね。」

「偉そうだな。何言ってんだお前?」

彼女は首を傾げて、不思議そうな表情を浮かべた。君にはまだ分からないか。しかしこれは、"まだ分からない"だけの話だ。

「"こっち側"の話だよ、いずれ分かるさ。」

小洒落た大人を演じてみて、前を向く様に促す。
少女はいまいち要領を得ない模様だったが、まぁ良いかと再び私に背を向けて歩き出した。

「さ、次だ次。ドンマイおっさん。2人目は?」

「世界一の占い師さ。彼女の占いは必ず的中する。第六感の発達した人というのは昔から稀にいるものだけど、殆どは多少勘が優れている程度。しかし彼女の力は全くの別次元で、最早その精度は未来視、予言者の域に到達しているんだ。ワクワクするだろう、人は誰しも未来を見てみたい。自分が斃れ骸になった後にも、世界は人間は文明は絶え間なく進み栄え続けていくんだ。そんなロマンを垣間見る事が出来る力なんて世界中でも彼女一人、いやそれどころか、過去にも未来にも」
「殺しちゃった、そいつも…」


少女は震え声でそう言って俯いていた。

「…」


思わず倒れそうになった。頭がくらくらする。
カードゲーマーとは期待度も楽しみ度合いも全く段違いだったのに。正直、私がわざわざこんな衛生観念の終わったスラムに来たのは彼女がいたからだ。今回の旅の本命だったのに。彼女だけは味方に引き入れようと口説き文句も考えて来たのに。具体的には半日も費やして考えたのに。本当に、彼女に比べれば他二人はおまけでついでだった。

「アタシは大切な物を失って死ぬって言われて、すげームカついたから殺しちゃった…」

「…………」

「だってさ…アタシに大切な物なんかねーもん…インチキじゃねーかって…マジ、ホントごめん…」

良い、落ち着け。落ち着け。
もう終わった事にどうこう言っても仕方ない。
それにほら、自分の死を見越せてなかったんだから、きっと能力は本物でもそこまで万能では無かったのだ。私が望むほどの者ではなかった。そう思う事にしよう。そう思わなければやってられない。

「つーか、実はさ、アタシが運んでた荷物の中身、その二人の死体なんだよな…。アタシが持ってる方がカードゲーマー、お前が持ってる方が占い師だよ…」

もう、呆れて声も出なかった。それといくら冷静な私でも元恋人の死体を足蹴にしながら歩けるのは神経を疑う。

「…世界一のゴリラ顔」

「それアタシの兄貴!!案内するぜ!!」

よりにもよって、一番どうでも良いのが残ってた。


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