ヴァサップ童話 メアデレラ

昔々。ある所にメアデレラという年頃の女の子がいました。メアデレラに父親はおらず、その再婚相手である継母と、連れ子の二人の姉に毎日苛められ、料理に掃除にと扱き使われていました。

継母(⚰)「メアデレラ、掃除は?」
メアデレラ(🧵)「あっ…忘れてた…今からする…」
姉1(🎃)「メアデレラ、お腹空いたんだけど」
メアデレラ(🧵)「わたしもお腹空いた…」
姉2(💀)「メ、メアデレラサン、オセンタク、ハ」
メアデレラ(🧵)「寒くて手がかじかんじゃって…」
継母(⚰)「もう良い、アタシが全部やるわ。姉1、姉2、食事の準備をしてなさい。」
姉達(🎃、💀)「はーい」「ハ、ハァイ」
メアデレラ(🧵)「わたしオムライスが食べたい」
継母(⚰)「分かったからアンタは座ってなさい。」

※メアデレラは継母達に毎日苛められていました。

そんな辛い毎日を送っているメアデレラの耳に、とても嬉しい報せがやって来ました。
何と、王子様が国中の女性を集めた舞踏会を開き、見初められた一人をお妃様として迎えるそうです。
世間的には結婚の年齢である姉達は勿論、二児の母で未亡人ながらも美しい継母も、自分こそがお妃様に相応しいのだと意気込み、とびきりのおめかしをして出掛けて行きました。

継母(⚰)「ふん、アタシは世界一美しいのよ。王子だろうが王だろうが虜にしてやるわ」
姉1(🎃)「まぁ楽勝でしょ」
姉2(💀)「オネエサマ、オカアサマ、ワタクシダッテ、マケマセンワヨ。」
メアデレラ(🧵)「パーティってさ、美味しい食べ物とかあるのかな。わたしも行っていい?」
継母(⚰)「止めときなさい、悪い事言わないから」
姉1(🎃)「絶対高い壺とか割っちゃうでしょ。止めておいた方が良いって。」
姉2(💀)「ヒールとか履き慣れて無いから危ないんじゃないでしょうか……転んだり、足を痛めたり…」
継母(⚰)「アンタ、粗相とかあったら打首よ?」
メアデレラ(🧵)「うん…止めとく…」

意地悪な継母達の至極真っ当で論理的な説得のせいで、メアデレラは舞踏会に行きたくても行けません。何よりファッションに興味の無いメアデレラは綺麗なドレスを一着も持っていませんでした。

一人ぼっちになった静かな家で、チーズマカロニをつっつきながらメアデレラは呟きました。

メアデレラ(🧵)「美味しいなぁ…」

その直後、メアデレラの前にきらきらとした綺麗な光が輝きました。彼女が眩しさに思わず目を閉じ、再び開いた時には、青いローブに身を包んだ一人の女性が眼前に立っていました。

メアデレラ(🧵)「お義母さん……?」
フェアリーゴッドマザー(⚰)「フェアリーゴッドマザーよ。あと何よ『美味しいなぁ』って。セリフは『舞踏会に行きたいなぁ』でしょ。」
メアデレラ(🧵)「ごめんなさい…お義母さんにそっくりだったから…えっと、舞踏会に行きたいです」
フェア母(⚰)「…解ったわ。メアデレラ、アンタをとびきりの美人に仕立ててあげる」
そう言って、フェアリーゴッドマザーは化粧ポーチを取り出し、彼女に合いそうな物を見繕います。
メアデレラ(🧵)「魔法とかじゃないの…?」
前髪をピンで上げられたメアデレラは尋ねました。
フェア母(⚰)「魔法なんかある訳無いじゃない。アンタもっと現実見なさいよ。」
メアデレラ(🧵)「お伽噺なんだけど…」
フェア母(⚰)「ふぅん…ブルベ冬ね」
メアデレラ(🧵)「無視かぁ…」
フェア母(⚰)「アンタ中々肌綺麗じゃない」
メアデレラ(🧵)「ほんと?ありがとう…」

フェアリーゴッドマザーはプロのメイクアップアーティスト顔負けの腕前で、垢抜けず化粧慣れしない田舎娘のメアデレラを一人前のレディにしました。
メアデレラは差し出された手鏡を見て驚きます。

メアデレラ(🧵)「わぁ…これが、わたし…?普段の垢抜けず化粧慣れしない田舎娘とは思えない…」
フェア母(⚰)「そう。アタシのプロのメイクアップアーティスト顔負けの腕前で。一人前のレディよ。」

アンタ死体みたいねと言われた肌は、同じ白でも新雪の様に。アンタ死体みたいねと言われた墨汁を煮詰めたような瞳は、同じ色でも黒真珠の様に。
フェアリーゴッドマザーに『目大きいんだから勿体ないわよ』と言われて眼鏡を外したメアデレラは、視力を失った筈なのに、世界がいつもよりずっと美しく、輝いて見えました。

メアデレラ(🧵)「でも…わたしはドレスなんか…」

膨らんだ喜びと期待の分、彼女の目は自分への投資をして来なかった過去への後悔に沈みました。
しかしそれすらも何て事ないとばかりに、フェアリーゴッドマザーは言います。

フェア母(⚰)「馬鹿ね、そんな事予想の範囲内よ」

メアデレラが恐る恐る顔を上げると、フェアリーゴッドマザーは一着のドレスを差し出していました。

メアデレラ(🧵)「これは…」
それは黒く、しかしとても輝いて見える物でした。
服や装飾品に興味が無かったメアデレラにも、一目でそれが如何に素晴らしい物で、鈍間な自分が何回生まれ変わっても手に入れられない価値の物なのか肌で感じ取れる程に。

メアデレラ(🧵)「いいの…?こんなに良いもの…それにわたしじゃこのドレスに見合わな」
フェア母(⚰)「それは、見繕ったアタシに失礼な発言だと思わないかしら?」
メアデレラ(🧵)「あっ…でも…、こんなに良くして貰って、わたしはどうやって返したら良いの?」

フェアリーゴッドマザーはメアデレラの心配を他所に、くだらないわねと一笑に付しました。

フェア母(⚰)「良いかしら。魔法は無くてもね、奇跡は稀に起こるものなのよ。」
メアデレラ(🧵)「…奇跡?」
フェア母(⚰)「だけど常に本気で追い掛けなきゃ、見逃してしまう程一瞬で過ぎ去る。その手で掴んで来なさい。掴み取って来なさい。話はそれから。」
フェアリーゴッドマザーはお茶目にウィンクをして、メアデレラを元気付けました。

メアデレラ(🧵)「…うん!頑張る!」
フェア母(⚰)「その意気よ。王子様だか何だか知らないけど、しっかり射止めて来なさい。」

メアデレラ(🧵)「…?」

そして不意に、フェアリーゴッドマザーは家のキッチンを漁り始めました。
メアデレラ(🧵)「お腹すいてるの?」
フェア母(⚰)「馬鹿おっしゃい。カボチャカボチャ……無いわね…、もうこれで良いわ。」
フェアリーゴッドマザーが戸棚から取り出したのは今朝採れたての新鮮なキャベツでした。
メアデレラは怪訝な顔で見つめますが、フェアリーゴッドマザーは気にも止めずにローブの袖から木の杖を取り出すと、何やら呪文を唱えます。
すると、さっきまでキャベツだった物は特徴的な髪型の青年に姿を変えていました。

フェア母(⚰)「さぁ、メアデレラ。このキャベツの馬車に乗って行くのよ」
メアデレラ(🧵)「魔法はさっき無いって…」
フェア母(⚰)「そんな細かい事はどうだって良いじゃない。硝子の靴も履いて行きなさいね。」
メアデレラ(🧵)「どうして硝子なの?」
フェア母(⚰)「特徴的だからじゃない?さぁ、早く行きなさい。魔法は十二時に解けてしまうから」
メアデレラ(🧵)「魔法はキャベツだけじゃ…」
フェア母(⚰)「良いから行きなさい。チーズマカロニの皿は洗っといたげるから。」
メアデレラ(🧵)「まだ食べ終わってない…」
フェア母(⚰)「※後で美味しく頂くから」

メアデレラは有無を言わさぬ空気感に負け、カボチャでも馬車でも無い青年の背中におぶわれました。
青年はとても足が早く、直ぐに舞踏会が開催されているお城へと、メアデレラを運んでくれました。

メアデレラ(🧵)「ありがとう!キャベツの馬車!」
青年(🥬)「頑張って!人間の青年だけど!」

引き籠もってばかりで体力の無いメアデレラは、とても段数の多い階段をゆっくり時間を掛けて登り、扉を力いっぱい押して、何とか中に入れました。
メアデレラを迎え入れたのは、豪華絢爛な装飾が細部にまで施された、綺羅びやかな大広間でした。
天井にはとても大きくて立派なシャンデリア。
たくさんのテーブルの上には美味しそうな料理。
ほんの一瞬、パーティの開始時刻から大幅に遅れてやって来た者の登場に会場の人々の視線が集まりましたが、そんな事を気にしている場合では無いと、女性達はダンスの輪に戻り美しさを誇示し、楽団は演奏を再開しました。

メアデレラ(🧵)「……」

メアデレラは正直、『お腹空いたなぁ』と思っていました。理由はシンプルで、晩ごはんを中断したからです。何十段の階段も登り、そんな状態で明らかに良い食材を使った料理の匂いを嗅いだのですから、仕方ない事でもありますが。
メアデレラはほんの僅かな逡巡も無く、料理が並べられたテーブルへと向かいます。ひそひそと彼女の姿を指して内緒話をする者もいましたが、メアデレラの耳には全く入っていませんでした。

姉2(💀)「ア、アノビジンハイッタイダレカシラ」
姉1(🎃)「ん〜…なんか、目とかメアデレラに似てない…?あの死体みたいな目に…」
継母(⚰)「あの子があんな上等なドレスを持っている訳が無いでしょう。それに人の容姿にどうこう言うのは失礼よ。あと関係無いけど御手洗に行くわ」

メアデレラは死んだ瞳を輝かせながら、料理の一つに手を伸ばしました。中途半端に物を食べると、却って胃が刺激されて空腹感を覚える物です。これでやっとお腹いっぱいになれる…と笑顔の彼女でしたが、突如現れた何者かに声を掛けられました。

?「ねぇ、アンタ」
メアデレラ(🧵)「ん…?」

メアデレラは急に話し掛けられたので、つまみ出されるのでは無いかと恐る恐る振り返ります。
そこに立っていたのは、純白の衣装に身を包んだ絶世の美男子でした。

姉2(💀)「ア、アレハ、マクベス王子ダワ」
姉1(🎃)「やっぱりキマってるなぁ……」

そう。彼は何を隠そう、マクベス王子その人です。
女性達皆、その美しさに感嘆の息を漏らしました。
唯一、『フェアリーゴッドマザーとお義母さんにそっくりだなぁ』と思っていたメアデレラを除いて。

王子(⚰)「何故、料理を食べようとしてるの?」

王子の声は冷たく鋭く、決して威圧的な言葉を使ってはいないのに、返答を誤れない空気があります。
しかしメアデレラはきょとんとした表情で、「お腹空いてるから」とだけ答えました。

王子(⚰)「何故、開始時刻より遅れて来たの?」

王子は表情一つ崩さず、問を重ねます。

メアデレラ(🧵)「わたしは足が遅くて体力無いから、階段を登るのに時間が掛かったの」

王子は瞬きもせず、最後だけど、と続けました。

王子(⚰)「何故、このパーティーに来たの?」

最大の緊張感が、大広間を包み込みます。彼と向き合って問われている訳では無いのに、舞踏会に参加する女性達のみならず、楽団員や料理人までもが固唾を呑んで沈黙していました。

メアデレラ(🧵)「…奇跡を掴みに。わたしにはそれが出来ると思ったから。」

王子様は十秒ほど黙って彼女を見つめた後に、

王子(⚰)「面白いじゃない。アタシと踊る?」

ふっ、と笑って手を差し出しました。
それがその日初めて見せた、王子様の笑顔でした。

「初めてだから踊り方、分からないんだけど…」
「問題無いわ、一旦アタシに身を任せて。テキトーに音楽に合わせれば良いの」

鉄の仮面の様に表情を変えないと言われる王子の細やかな破顔に、何処か蹴落とし合いの様な殺伐すら漂っていた舞踏会は、すっかり空気を変えました。
人々は純粋に音楽に乗って踊る事を楽しみ、美味な料理に舌鼓を打ちます。

それは最後の曲目も終わり、盛り上がりも佳境を迎えたタイミングでした。

「ところで貴方、名前は…」

王子の声は、大きな鐘の音に掻き消されました。

メアデレラ(🧵)「あっ…!行かなきゃ…」
大広間の時計の針は十二時を指し、夢の様な時間の終わりを告げています。彼女は止めようとする王子の声も聞かず、大慌てで駆け出しました。


メアデレラは凄く足が遅く、体力も無いので短い距離で何度も立ち止まっていたのですが、不思議と誰もメアデレラに追い付きませんでした。

お城の大階段を駆け下りている途中、履いているのが慣れないヒールである事、そもそも彼女の足元は何もしなくても危うい事も相俟って盛大に転倒し、硝子の靴を落とし、悲鳴を上げながら転げ落ちていきましたが、偶々タイミング良く待ち構えてくれていた青年がキャッチしてくれました。

メアデレラ(🧵)「ありがとう!キャベツの…」
青年(🥬)「行こう!!血塗れだけど大丈夫…!?」

後日。
街は、舞踏会に突如とした現れた謎の女性についての噂で持ち切りでした。氷の心を持った王子に気に入られたらしいという話題性、そして誰もその素性を知らず、名前すら聞いてないというミステリアスさが民衆の好奇心と野次馬精神を擽ったからです。
次第に「自分こそがその謎の女性だ」と名乗り出る者まで現れましたが、王子は一瞥もくれずにバンバン打首にしました。
何日経っても"彼女"だと確信出来る者が現れなかった為、遂に痺れを切らした王子は、何としてでも見付け出せと配下に大規模な捜索を命じます。

王子(⚰)『大広間に着くなり、アタシを探すでも無く料理に手を伸ばすという精神的自由さ、あれだけ美しい衣装を身に纏いながらもかなりの痩身…選んだのも何て事ないオムライス…ただ貧しいだけや意地汚いのでなく、富や贅沢に執着が無い、と。』
『階段を登るのに時間が掛かった…と答えてたわね。
普通、あの場でアタシに取り入ろうとするなら「貴方に相応しくなれる様準備してたら遅れました」とかがベター。わざわざ鈍間であると言う意味は、如何に完璧であるかを誇示する舞踏会であれば無い。
…"普通なら"。やはり、あの娘は権力なんか欲しい訳じゃない。他の女達とは違う…』
『…だけど。あの張り詰めた緊張感の最中で娘は堂々と"自分なら掴み取れる"と言ってのけた。ただ無関心や無欲な訳では無い…確かな搖るがぬ自己がある。だけどそれを敢えて誇示する事もしない。それに、このアタシを前にして一切動じていなかった。ただの娘にしか見えない癖に、何と言う胆力…』

王子(⚰)「面白いじゃない、絶対手に入れるわ」
王子は不敵に笑いました。

恐らく彼の勘違いですが。

捜索の手は街中の民家一軒一軒を虱潰しに回るという単純な物でしたが、王子が動員しているというだけあって人員も豊富で、確実な物と言えました。
殆どの家を探して尚、それらしき人が見付からない為、あの娘は幻だったのでは無いか、実在しないのでは無いかと若干諦めムードの中、街の一番外れにあるメアデレラの家がラスイチとなりました。

王子(⚰)「この硝子の靴、履けるかしら」
姉1(🎃)「履ける履ける」
王子(⚰)「アンタみたいな屈強な女がいる筈無いでしょう。消えなさい」
姉1(🎃)「うちの母親もっとデカいよ。何か今は偶々トイレに行ってるけど」

靴を履く以前に論外であった姉1は兎も角として、次に試した姉2の足には、ピッタリと嵌まりました。

姉2(💀)「ホ、ホラ、ワタシガオキサキサマヨ」

姉2の可憐で且つ大人びた美しさに、従者達も彼女なら納得だろう、これで自分達も役立たずとして殺されはしないだろうと、一安心ムードです。

しかし、王子は断言しました。

王子(⚰)「違うわ。この子じゃない」

姉2(💀)「ド、ドウシテ…ワタシハマチガイナク」
王子(⚰)「あの娘はどう見てもヒールを履き慣れていなかった。踊る時の辿々しさからも明らかだったし、あの足で走って、しかも転んでいたのだから靴擦れ位起こしていると考えるのが自然。」
姉2(💀)「ソ、ソンナバカナ…」
王子(⚰)「それに、あの娘は貴方ほど体幹も良く無かったし、姿勢も良くなかったわ」

残るは奥の部屋にいたメアデレラたった一人。
頭を包帯でぐるぐる巻きにしている時点で王子は大体察しが付いていましたが、念の為硝子の靴を履かせてみると見事にジャストフィット。

王子(⚰)「名前を聞きそびれていたわね。改めて、
アタシはマクベス。貴方は?」
メアデレラ(🧵)「わたしはメアデレラ。」
王子(⚰)「良い名前ね。さ、行きましょうか。」
メアデレラ(🧵)「え…?どこに…?」
王子(⚰)「…馬鹿言ってんじゃないわよアンタ。
アタシの妃になる為に舞踏会に来たんでしょう?」
メアデレラ(🧵)「いや…美味しい物が食べられると思ったから」
王子(⚰)「じゃあ何故美しく着飾ってたの…?」
メアデレラ(🧵)「ドレスコード的な…いや、…本当に結婚するつもりなんか無かったし……」
王子(⚰)「………アタシの妃になったら毎日美味しい料理食べられるわよ」
メアデレラ(🧵)「じゃあ結婚する!!」

こうして、メアデレラは幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。



※継母は大臣と結婚したそうです


演者
メアデレラ役…メア
姉1役…セキア
姉2役…リピル
キャベツの青年役…ラミア
継母役…マクベス
フェアリーゴッドマザー役…マクベス
王子様役…マクベス


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