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能登大震災後の輪島

僕は現在農業バイトで栗の収穫のお仕事に来ました。
二日目ですが、収穫自体は9月から行う予定です。

それまでに何をするのかというと電気柵の設置と除草剤をかけたり、
芝刈り機を使って雑草をきる作業です。

今日は雨でお休みをいただいたので農家さんの実家に行って
地震で倒れた家などをみさせていただきました。


家の中の様子

まだまだ復旧に時間がかかります。

今での学校で過ごされている方が多いいみたいです。車で実家まで
走ったのですが道路の地面が割れていたり、電柱が倒れていたり
もちろん家も倒れたままでいた状態でした。

当時何が一番大変だったというのを聞いてみるとトイレを確保することだったみたいだそうです。物資(水、食料含む)はすぐに届いたそうです。
トイレは学校の中に限られた場所しかなくそこに数百名の避難の方が暮らしていたのでトイレにたくさんの行列ができたそうです。

しかも自分で排泄したものを袋にまとめて別の場所で捨てていたそうです。
トイレに行きたくないために、食事や水分を取らなくなって
痩せていった方もいるそうです。

赤ちゃんの鳴き声や、スリッパの音など中々夜も寝付けられない環境でストレス
もかかるしコロナに感染する方もいたそうです。近くの街も病院がないため学校の保健室に医者がいるそうです。

日本は地震大国なのでいつ、どこで大きな地震があるのかわからないので
起きても対策できるように、水、食料、避難場所を決めていた方が
良いなと教訓として現地に行って初めて思いました。

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