「手毬唄じゃないんだから」第1話

【1-1】@別荘らしき場所

別荘の中を恐る恐る歩く女性の足元
女性は血まみれで倒れる男性の遺体を発見する

女性「きゃーー!!」


     @小説家・葛西林子の書斎

場所が分からないように口元や顔のみを映して

葛西「んー。もっと滅多刺しにした方がよかったかなぁ」


     @別荘らしき場所

男性の遺体を発見してパニックになる中、携帯を取り出して電話をかける女性

女性「お願い…!出て…!」

相手が電話に出た様子

女性「あっ!もしもし!もしもし!聞こえますか…!?」


【1-2】@県警庁舎らしき一室

事務デスクが幾つも置いてある。机の上はぐちゃぐちゃ
刑事の岩橋が立ったまま業務用の携帯電話で電話をしている

岩橋「あ、はい。聞こえてます」

名前表示〔巡査部長 岩橋路生いわはし みちお

岩橋「はい」
  「あ、次の。はい。分かりました」
  「はい。お疲れ様です。失礼します」

電話を切る岩橋

岩橋「ふーー」

座ってデスクの上の資料を無造作にめくったりする岩橋

岩橋「さて…問題はこっちだな…」

資料のひとつを手に取る

岩橋「警部も災難だ。こんな面倒くさい事件を担当しなきゃいけなくなるんだったら昇進も考えものだよなぁ」

ぼやいている岩橋の背後にはいつの間にか片桐警部が立っている

片桐「お疲れ」
岩橋「あっお疲れ様です…!」

岩橋、驚きと反射で立ち上がる

片桐「しっかり独り言、口に出すタイプなんだね、岩橋君」

名前表示〔警部 片桐宗一かたぎり そういち

岩橋「すいませんてっきり誰もいないかと」
片桐「足音しなかったかな、靴脱いでるから」
岩橋「えっなんで靴脱いでるんですか…?」
片桐「そんなことより、残業は感心しないな」
岩橋「すいません、書類が溜まってまして…」
片桐「気をつけて。上司である私がお叱りを受けるからね」
岩橋「あぁ…そうですね」

岩橋が持っている資料を一瞥する片桐

片桐「でもちょうど良かった」

片桐、資料を岩橋の手から取り上げて

片桐「これの件で岩橋君にお願いがあって」
岩橋「お願い?なんでしょう」
片桐「とりあえず、岩橋君には私と一緒にこの事件を担当してもらうことになった」
岩橋「えっ…!?」
片桐「あと、この資料の事件について、一本連絡を入れておいてもらいたい」

片桐、資料を岩橋に返す
岩橋「げっ」というようなリアクションをして

岩橋「またあの人達呼ぶんですか!?」
片桐「どうも今回は部外者ってことでもなさそうなんだ」
岩橋「どういうことですか…?」
片桐「話は早いほうがいい。よろしく頼むよ」

片桐、以降は出口に向かいながら話す

岩橋「はあ…」
片桐「とりあえず、電話で一報入れておいてくれ」
岩橋「え、今からですか?」
片桐「ああ。私は今から、ひとりカラオケだから」
岩橋「ヒトカラ…」

終いには十八番を口ずさみながら退室する片桐を見送って岩橋、ため息を吐いて

岩橋「残業なんてするんじゃなかった…」

電話をかけながら部屋を出て行く岩橋
携帯電話から「prrr…」と音が漏れている様子を残して次のシーンへ


【1-3】@カラオケの個室

4人程度が入れる小さなカラオケの個室

部屋のインターホンが「prrrr…!」と鳴っている
茶子が立ち上がって受話器を取る

名前表示〔旬苑社しゅんえんしゃ 編集 若林茶子わかばやし ちゃこ

茶子「はい」
  「あ、延長で」
  「はい、お願いします」

受話器を戻して席に戻る茶子

茶子「失礼しました」

正面に担当編集・若林茶子、向かって右側にミステリー作家・葛西林子が座っている
周囲の部屋から音が漏れ聞こえる

茶子、意を決してから

茶子「まず…葛西先生は、ミステリー作家ですよね?」
葛西「自分からそう名乗ったことはないけどね」

名前表示〔小説家 葛西林子かさい りんこ

茶子「確かにそれはそうなんですけど。今までずっとミステリーでやってきたじゃないですか」
葛西「うん」
茶子「それで、今回のこれは…どういう、あれですか?」

目の前の原稿を指す茶子
質問の意図がわからず静かに困惑する葛西

葛西「…ミステリーだけど」
茶子「…そうですか…分かりました…!」
葛西「茶子ちゃんさ」
茶子「はい」
葛西「普通に生きてる人がさ、そういくつも事件だ解決だっていう架空のお話を考え続けるなんて、正気の沙汰じゃないと私は思うわけ」
茶子「作家あるまじき…」
葛西「好きに書けるうちはもちろん本は書くけどさ」
茶子「はい」
葛西「茶子ちゃんのためにも」
茶子「ありがとうございます…」
葛西「でもなんか、やっぱり書いて出して書いて出してが日常になってくると、つまんない」
茶子「そういうものですか…」
葛西「だから今回は、確かにちょっと意識して雰囲気変えたかも」
茶子「なるほど…!そういうことだったんですね」
葛西「ダメだったらボツでいいよ」
茶子「いやいや!これはこれで進めましょう。でもとりあえず、もう一本の方を先にしましょうか…!」
葛西「ああ、あの別荘のやつ?」
茶子「はい、まだ途中でしたよね?」
葛西「ベタだからなぁ、ちょっと書くの飽きちゃって」
茶子「でもここは一旦、そっちで部数稼いでから、変わり種で攻めるっていうのはどうでしょう?」
葛西「うーん」
茶子「ほら!先生のミステリー、ちゃんとそういう関係の人からも注目されてるじゃないですか」
葛西「あー。まぁあれは楽しいね。たまにそういうのあると」
茶子「筆が進むのであれば、私も協力しますから」

会話を遮るように茶子の携帯電話が鳴る

茶子「あ、ちょっとすみません」

電話に出る茶子

茶子「はい。あ、お世話になってます。…え?葛西先生に?」
葛西「なに?」
茶子「…捜査協力の依頼だそうで…」
葛西「噂をすれば!岩橋君か!なんの捜査?」
茶子「別荘での、殺人事件だそうです…」
葛西「おぉお!」

葛西、立ち上がって茶子から携帯電話をひったくって

葛西「やります!!」

【1-4】@少し古びれたホテル前

向かって左から茶子、葛西、片桐、岩橋がホテルの正面を向いて立っている
それぞれがスーツケースを持っている。茶子だけ大きなリュック

しかめっ面の葛西が一言

葛西「…別荘じゃない!!!」
茶子「別荘は事件現場ですから…!」
片桐「現地集合で済まないね。ここに、被害者と一緒に別荘に泊まっていた皆さんにお集まりいただいているんだ」
葛西「容疑者たちってことですね」
片桐「そう。容疑者たちに、集まってもらってる。ところで葛西先生」
葛西「ん?」
片桐「執筆の方はいかがですか?」
葛西「なんですか突然。書きたくないからこうして旅行に来てるんでしょ」
岩橋「旅行じゃないですけどね」
茶子「ちょっと待って書きたくないんですか…!?」
片桐「そうですか。なんでも、別荘が舞台のミステリーを書いているとか」
葛西「あーそうそう」
茶子「どうしてそれを…?」
片桐「まぁちょっとね。それで、今回の事件現場も、別荘なわけだけど」
葛西「確かにそういえば」
片桐「どうも、今回の事件と、先生が書いている小説の展開が酷似しているようなんだ」
茶子「え…?」
葛西「ほう…」
片桐「もう一度言うが、ここには ”容疑者たち” に、集まってもらってる」

茶子、ハッとリアクション

葛西「あっはは、そういうこと」
茶子「それって…」
岩橋「葛西先生も、容疑者の1人です」
片桐「と、いうことだ。さぁ、こちらへ」
茶子「小説の通りに殺人事件が起こるって、そんな…」

タイトル兼セリフとして表記して

茶子「手毬唄じゃないんだから」


【1-5】@ホテルロビー

容疑者が集められているロビー全体、そして容疑者たちにフォーカスされる
ソファに南野ふみか、関谷六郎
少し離れた椅子に畑紗弥加、寺本隼人
知念環は手前に立っている
片桐、岩橋、茶子が一同に向かって立っている
葛西は周辺にある物に気を取られていて少し離れている

片桐「県警の片桐だ」
岩橋「同じく県警の岩橋です」
片桐「まだ落ち着かない中、拘束していて申し訳ないね」
関谷「いえ、お手数おかけしてすみません」
南野「よろしくお願いします」

名前表示〔八坂やさか国際大学 4年 関谷六郎せきたに ろくろう
名前表示〔八坂国際大学 4年 南野みなみのふみか〕

寺本「また新しい刑事さんすか。別に俺、何にも分かんないっすけど」

名前表示〔八坂国際大学 4年 寺本隼人てらもと はやと

畑「仕方ないでしょ、辻川つじかわが、その、死んだとき、私たち全員別荘にいたんだから」

名前表示〔八坂国際大学 4年 畑紗弥加はた さやか

岩橋「ご友人が亡くなって心の整理もついていないかとは思いますが、事件の性質上、皆さんは容疑者にも重要参考人にもなってしまうので、どうか捜査にご協力お願いします」

部屋の隅で葛西がガシャンと物音を立てる

茶子「ちょっと先生…!大人しくしてください…!」
寺本「おいおい騒がしいなまた誰か死んだんじゃねえか?」
畑「あんま悪態つかないでよ。私たち一応容疑者で、この人たちは警察なんだよ」
葛西「私は警察じゃないけどね」
知念「あの、そちらの方は…?」

名前表示〔八坂国際大学 4年 知念環ちねん たまき

岩橋「こちらは、ミステリー作家の葛西林子先生です」
茶子「担当編集の若林茶子と申します」
片桐「紹介が遅れて申し訳ない」
知念「作家さん…?どうしてそんな人が」
寺本「はっ。早速小説にでもすんのかよ」
片桐「葛西先生も、容疑者の一人だ」
南野「え…」
畑「その人が?」
知念「容疑者…?」
寺本「なんで増えるんだよ。容疑者って絞ってくもんだろ」
岩橋「今回の事件と、葛西先生の書いた小説の展開が似通っているらしく、容疑者に」
関谷「小説と事件が?」
南野「じゃあやっぱり…!別荘の外からの犯行っていう可能性もあるんですね」
片桐「今はどんな可能性も残っているよ」
知念「つまり、えっと…」
葛西「葛西先生」
知念「…葛西先生が、自分の書いた本をなぞって殺人を…?」
関谷「そういうことなら、その本を読んだ人にもそれは可能ですよね」
片桐「それについては…」

片桐の言葉の途中、茶子が岩橋を部屋の隅に連れて行き、小声で話す

茶子「あの…!先生の小説のことなんですけど」
岩橋「あぁ、ごめんなさい僕まだ読めていなくて」
茶子「それが普通なんです」
岩橋「え?」
茶子「別荘を舞台にした先生の小説は、まだ執筆途中なんです…!」
岩橋「えっ、途中…!?」

片桐の説明を聞いている一同の声が聞こえてくる

畑「途中ってどういうことですか…?」
片桐「そのままの意味だ。最後まで書かれていない」
関谷「つまり読者がいない。だからその作家先生が容疑者になるってことですか」
片桐「そういうことだ」

岩橋「なるほど、そういうことだったのか」
茶子「知らなかったの?」
岩橋「警部は人をこき使うくせに色々教えてくれないんですよ」

遠くから葛西が口を挟む

葛西「ちょっと考えたら分かることだよ岩橋くん」
岩橋「あはは、先生みたいに賢くないもんですから…!」

腹を立てた表情をこぼしながら返事をしつつ戻ろうとする岩橋の手を掴み茶子が引き止めて

茶子「待って…!」
岩橋「まだ何か…?」
茶子「執筆途中ってことはつまり、あの小説は出版されてないんです」
岩橋「そうでしょうね」
茶子「もー!ちょっとは頭使ってください…!」
岩橋「なんのことですか!」
茶子「出版前の小説の内容を、どうして警部が知っているんですか…?」
岩橋「えっ」
茶子「原稿を持っているのは私だけのはずです」

問いただす茶子、やっと疑問に気付き、考える岩橋

片桐「葛西先生」

茶子、岩橋も一旦片桐に注目

片桐「一昨日の20時ごろは何を?」
葛西「自宅で原稿を整えてましたよ。締め切りが近かったんでね」
茶子「もともと締め切りは5日前でしたけどね!」
葛西「ごめんてば」
片桐「それを証明できる人は?」
葛西「いないよ自宅で1人だったし」
寺本「だからその人にも犯行は可能だったって?安直だな」
知念「でもアリバイはないってことになる。そうですよね?」
葛西「いっちょまえにアリバイとか言っちゃって」
知念「いちいちこの人、気になるんですけど…」
片桐「大めに見てやってくれ。葛西先生は容疑者でもあるが、捜査に協力してくれる」
南野「その人が捜査するんですか…!?」
畑「容疑者自身が捜査もするって…どういうことですか?」
片桐「以前から私の権限で協力してもらっているんだ。実に頭の回る御仁だよ。こと、謎を解くことに関してはね」
葛西「ちょっと警部、違うよそれは。私に出来るのは謎を作ること」
片桐「あぁそうだったね」
岩橋「ですから、葛西先生は作為の跡が残る事件であれば解決することが、できたりすることも、あるかもしれない、くらいの話です」
葛西「そんなに褒めるなよぉ」
知念「まぁ解決してくれるならありがたいし、出来ないならその程度の人ってことだよ」
南野「そんな言い方…」
知念「向こうだって棘があるんだからこれくらいは。すごい人にも見えないし」
葛西「おぉ~言うじゃない」

葛西、知念に少し近づいていく

茶子「先生、余計なことしないでくださいね…?」

葛西、知念をじっくり見てから

葛西「君はそうだな…」
知念「なんですか?」
葛西「恋人がいるね」
知念「推理でもしたつもりですか。そんなこと当てずっぽうで…」

葛西、知念の言葉を遮って

葛西「宿題とかは後回しにするタイプ…んー。この子たち学生だよね?」
岩橋「そうですけど」
葛西「3年、いや4年生。じゃあ宿題とかじゃないな。君も作家か」
南野「えっ…!」
葛西「おっ当たり?」
知念「余計なこと言わなくていいよ」
葛西「おまけに言うと、プライドが高いね」
岩橋「なんでそんなこと分かるんですか?」
葛西「あっはっは、岩橋くんは助手力があるねぇ」
岩橋「じょ、じょしゅりょく…?」
葛西「茶子ちゃんも頑張ってよね」
茶子「えっ…!?が、頑張ります」
岩橋「それで、どうして分かったんですか?」
茶子「恋人がいて、宿題は後回しで、作家だって」
葛西「彼の服、髪型、靴、時計は落ち着いた暗めの色でデザインもシンプル。でも右の人差し指にある指輪は太めで光沢感が強いし、あしらわれてるのは明るい色の石」

セリフ中、葛西の言葉で言及されている部分にフォーカスされていく

茶子「ほんとだ」
葛西「こういうのは大体、貰い物。でも男性が男性にプレゼントするようなデザインとは思えない」
岩橋「だから恋人がいると」
茶子「なら宿題を後回しっていうのは…?」
葛西「あぁ~それはそれこそ、指輪が気になって見てたら、前腕の外側に横向きの筋が何本かついてるのが見えたから」

知念の腕に線状に圧迫したような筋が何本かあることがフォーカスされる

茶子「確かに」
葛西「しかも両腕。あれはしばらくパソコンで作業をしていたから。私もよくなるんだよね」
茶子「机のフチに腕が当たっていたから跡がついたってことですか?」
葛西「そゆこと。今は3月も折り返しだし、友達が殺されたっていうのにパソコンに向かってるなんて、課題でも終わってないのかと思ったけど、そもそもこんな時期に旅行なんかしてるんだから、4年生が妥当かなって」
岩橋「だから、課題ではなく、何かを書いている作家なんじゃないかってことですか」
葛西「こんなときにパソコンに向かうなんてどんな理由であれどうかしてると思うけどね」
茶子「なるほど…。じゃあ最後の、プライドが高いっていうのは…?」
葛西「あははそんなのは見りゃ分かるでしょ」
知念「…」

知念、明らかに不愉快そう。

関谷「プライドは分からないですけど、他は当たってますね」
葛西「分からないことないでしょ!」
茶子「じゃあ本当に作家さんなんですか…!」
知念「作家っていうか…」
関谷「僕ら、大学の演劇サークルの同期なんです。そこで作った劇団で知念は脚本と演出をやっていて」
茶子「なるほど!そういうことでしたか」
寺本「さっきからずっと調子いいことばっか言ってるけどさ。そんなのいくらでもそこの刑事から事前に聞いておけるじゃんか」
関谷「確かに。知っていたり、見たことを言うんなら誰でもできるしね」
葛西「おぉ~、君も言うねえ」

葛西、今度は関谷に注目

茶子「せ、先生?」

関谷と南野を指して。

葛西「君と君は付き合ってる」

南野を指して

葛西「君はサークルの幹事長で、成績は悪い」

南野、びっくりしながら

南野「い、一応成績は平均くらいでしたけど…!」
関谷「幹事長は僕だし、僕らは付き合ってません」
葛西「本当にぃ~?」
南野「ほ、本当です!」

葛西、南野の視線や他の面々の様子に目をやって。

葛西「あぁ~。そっちね。指輪は君か」
岩橋「なんですか?」

知念、南野と自分を指して。

知念「付き合ってるのは、僕と彼女です」
寺本「今度は全然ひとつも当たってないんですけど」
葛西「うん。そもそも当てるなんて言ってないもん」
寺本「は?」

葛西、関谷を指して

葛西「さっき彼が『知っていることや見たことを言うのは簡単』って言ってたでしょ」
茶子「そうですね」
葛西「でもほら。知らなくても、推理をしなくても、情報は得られた」
茶子「えっ」
葛西「全部彼らが自分から教えてくれたよ」

一同のはっとさせられた顔

葛西「ね」
岩橋「じゃあ、本当のことを引き出すために当てずっぽうを?」
葛西「当てずっぽうというより、むしろなるべく外れてそうなことを言っただけだよ。本当のことを知りたいときは、否定させるのが一番早いからね」

言い当てられた面々や、言わされた面々のモヤッとした表情

片桐「そろそろ、本題に入ってもいいかな?」

片桐が割って入る。

関谷「あの。その前に、皆さん荷物をお部屋に置いて来られたらどうでしょうか?」
茶子「あっすみません大荷物で…」
関谷「いえいえ。僕らもずっとこんな調子で疲れてまして…。ちょっと早いですけど、夕食をそれぞれ済ませて、その後に続きではダメですか?」
葛西「お腹すいたね茶子ちゃん」
茶子「たしかに…そうですね」
岩橋「警部、どうしましょうか?」

片桐、少し考える素振りがあり

片桐「分かった。2時間後にここに戻ってきてくれ。現場に移動して続きということにしよう」
関谷「ありがとうございます」

南野のほっとした表情

葛西と茶子が話しながら部屋に向かっていく後姿

葛西  「茶子ちゃん茶子ちゃんお菓子何持ってきた?」
茶子  「そんな修学旅行じゃないんですから…」

畑が少し不安そうに岩橋に話しかける

畑「あの…」
岩橋「はい?」
畑「時間までここに居ても大丈夫ですか?」

片桐に指示を仰ぐように視線を送る岩橋

岩橋「えーっと…」
片桐「構いませんよ。」
畑「ありがとうございます…」

ソファーの方に去っていく畑を見送ってから、岩橋

岩橋「あの人にあんな好きにさせておいて大丈夫ですか…?」
片桐「いつも通りじゃないか」
岩橋「いつもだから心配してるんですよ…!人のことをバカにしてるっていうか…角が立つっていうか」
片桐「葛西先生は少しばかりユニークなんだよ」
岩橋「少しばかりって…」
片桐「いつだって、賢い人ほど損をするものだ」

言い残して去っていく片桐の背中につぶやく岩橋

岩橋「なんですかそれ…」


【1-6】@ホテル・葛西と茶子の部屋(304)

ベッドが2つ、さほど大きくない部屋

茶子は荷物を整理している
葛西、ベッドに飛び込みながら

葛西「だぁ~っ!!」
茶子「ちょっと先生!埃が舞っちゃうからやめてくださいよ」
葛西「ホテルに来たらベッドに飛び込むのが作法でしょうよ」
茶子「定番だけど無作法なんですよそれ」
葛西「作家にとっては定番こそが作法なんだよ」
茶子「でも非常識です」

葛西、だらしなく横向きに寝転がりながら

葛西「作家は常識にとらわれないのだよ」
茶子「なんですかそれ」

葛西、ぐんと起き上がってあぐらをかきながら

葛西「作家にとっては、定番こそが作法。作法は重んじ、常識は破る。作家とはそういう生き物なの」
茶子「常識も破るし締め切りも破る。そういう生き物ですもんね」

葛西、痛いところを突かれ凄まじく苦しい表情(変顔?)

葛西「意地悪」
茶子「いつか私を失った時に気付けばいいんです。『茶子ちゃんは優しかった』って」

プンスカしている茶子
葛西、狼狽えつつ

葛西「でもさ、定番である作法を重んじるっていうのは、ちゃんと役に立ってるんだよ?」
茶子「いつ何にですか。」
葛西「私が捜査に協力してるときは、まさにそういうのを使ってるだけなのさ」
茶子「そういうの?」
葛西「『私が作った物語だったら』って考えれば、ミステリーの定番や作法が活きてくるでしょ」
茶子「なるほど…謎を解くんじゃなく、作るっていうのはそういうことだったんですね」
葛西「まぁおおよその見栄えは謎を解いてるのと同じなんだろうけど。思考の順序の違いだね」
茶子「物語を作る作法ですか」
葛西「その点ミステリーは楽だよ」
茶子「楽?」
葛西「作法っていうか、そういうのがいくつかあるんだよ。十戒とかね。私はセンスとかないし天才じゃないから、ルールっぽいものがあるとほっとするんだ」
茶子「ジャズよりクラシックのが得意、みたいなことですかね」
葛西「お~言い得て妙~」

葛西、ベッドからぴょんと飛び降りながら言うと続けて

葛西「早くご飯食べいこ、茶子ちゃん」


【1-7】@ホテル3階 廊下

先に廊下にいる葛西
追って飛び出してくる茶子

茶子「先生!待ってください!」

葛西、阿波踊りのような挙動

茶子「いや!『舞ってください』とは言ってません!」

舞っていた葛西、廊下の先に人を見つける

葛西「おっ?」

部屋から出てきた畑
茶子もそれを見て

茶子「あぁ。あれは確か…畑紗弥加さん」
葛西「ご飯かな?」
茶子「さぁ。同じ階なんですね」

ニヤッと笑い、畑の方に向かおうとする葛西
それを引き止めて茶子

茶子「余計なことしないでください」
葛西「やだなあ捜査だよ捜査。協力しないと」
茶子「一息つこうってことで一旦解散になったんですから、今はやめておきましょう」
葛西「えー」
茶子「それに、現地集合だったせいで私たちまだ事件の詳細を聞いてません。何を捜査するっていうんですか?」

「現地集合って…」と改めてため息をつく茶子

葛西「私の小説と似てるんならなんとなくは分かるじゃん」
茶子「それでも!今はダメです。あとで別荘に行けば色々分かるんですから」
葛西「わかったよぉー。じゃ、早くご飯食べ行こ」
茶子「ですね」

歩き出しながら茶子の表情
モノローグ

茶子M「別荘ってどんな感じなんだろう。初めて行くなぁ」


【1-8】@別荘正面

立派な別荘正面全体を大きくバックに、別荘に対面する一同の後姿

茶子のあっけにとられた表情

茶子「すごい…べ、別そ」

茶子の言葉を遮って葛西が喜ぶ

葛西「別荘だー!!」

別荘の表札《辻川》が一度アップで小さく抜かれる


【1-9】@別荘玄関ホール

玄関を背にして室内を両手でたたえながら、葛西
その後ろには呆れた一同

葛西「別荘だーー!!!」
茶子「すごいですね…!お城みたい…」
片桐「ちょうどここから見える、2階奥のあの部屋が実際の事件現場だ」
葛西「なるほど!」

早速現場に向かおうとする葛西を制止する片桐。

片桐「今は立ち入り禁止だよ」
葛西「えー」
寺本「『えー』って、当たり前だろ」
片桐「現場保全のために、いくら葛西先生でももうしばらくは入れない」
岩橋「今回は先生も容疑者。後始末をしないとも限らないですから」
葛西「容疑者ってめんどくさいなぁ」
関谷「それには同感です」
片桐「まずは外の仮設テントで事件について説明と整理をする。ついてきてくれ」


【1-10】@別荘横、仮設テント

机に別荘の平面図等が置かれている
片桐と岩橋が立っていて、その他は座っている

片桐「2日前、こちらの別荘で八坂国際大学4年生の辻川稔さん22歳が遺体で発見された。岩橋くん、続けて」
岩橋「はい。通報があったのは2日前の3月17日、午後8時24分ごろ。別荘には、その前日3月16日から八坂国際大学演劇サークルのメンバー6名が宿泊していました。そうですよね?」
知念「はい、間違いありません」
岩橋「通報したのは、南野ふみかさん」
南野「はい」
葛西「第一発見者は?」
南野「私です…」
知念「僕もいました」
葛西「一緒に発見したってこと?」
知念「はい、発見は一緒に」
葛西「発見は?」
知念「自分の部屋にいたらふみかに呼ばれて」
茶子「遺体を発見したって…?」
葛西「発見は一緒にって言ってたじゃない」
茶子「あ、確かに…。じゃあどうして呼ばれたんですか?」
南野「扉が開かなくて…」
茶子「扉?」
知念「ふみかが辻川の部屋を訪ねたら、返事もなく扉が開かなかったんです。それで僕が呼ばれて」
岩橋「何かがつかえて開かなかった扉を知念さん協力のもと押し開けると、そこには辻川さんのご遺体が横たわっていたと」
南野「はい…」
片桐「つまりこの事件は、密室殺人と言えるんだよ」
茶子「密室殺人…!?」

息を飲む茶子の表情

葛西「大丈夫」

不敵な笑みの葛西

葛西「その密室トリックは簡単だよ」


第2話に続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?